A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光

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第16話「A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる」

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 ギルドの執務室に朝の陽が差し込む。
 窓から見える街は、今日もいつも通りに活気に満ちていた。
 机の上には未処理の書類が山のように積まれている。
 新人の育成計画、予算調整、物資の入荷スケジュール……どれも重要な案件だ。かつての俺なら、思わずため息のひとつでも漏らしていたかもしれない。
 けれど今は違う。
 慌ただしく過ぎていく毎日が、むしろ心地いいとさえ思う。
「リオンさん。今朝の報告書、こちらにまとめておきました」
 顔を上げると、仕事モードのエリナが書類を抱えて立っていた。
 相変わらず整った字で、読みやすく丁寧にまとめられている。俺の仕事がスムーズに進んでいるのは、間違いなく彼女の支えがあってこそである。
「ありがとう。助かるよ」
「ふふっ。お礼なんて、今さらじゃないですか」
 そう言って笑う彼女の姿に、俺の胸は不思議と温かくなる。
 一緒にいるのが当たり前になってきた。でも、それが当然だなんて思いたくない。
 彼女の存在が、俺の中でどれほど大きなものになっているか――そのことを、最近ようやく自覚するようになってきた。
 一時は、すべてを失ったと思っていた。
 居場所も、仲間も、未来も。けれど今は違う。
 ギルドの中で、やるべき仕事があって、必要としてくれる人がいて、隣にはエリナがいる。
 ……これが、ずっと俺が欲しいと思っていた“安定した生活”ってやつなんだろうな。
 そんなことを考えながら、俺は新しい書類に手を伸ばした。
 静かに、けれど確かに、今という時間をかみしめながら。

          *

 ギルドの業務を終え、俺はいつものように自室へ戻ってきた。
 扉を閉める音が静かに響き、外の喧騒が嘘のように遠ざかる。
 部屋の中には、木の香りと、ほんの少しエリナが淹れてくれた紅茶の残り香が漂っていた。
 窓から差し込む夕陽が、机の上の書類と、使い込まれたペン立てを照らしている。
 何の変哲もない一人部屋。けれど、この静けさが今の俺には何よりの安らぎだった。
「ふう……」
 ソファに身を沈めて、息を吐く。
 背中がふわりと沈み、柔らかなクッションが体を受け止めてくれる。
 ……数年前は、こんな風に、安心して腰を下ろす時間なんてなかった。
 常に緊張し、次の依頼に備え、足りない物資を整え、仲間の武器を磨き、金銭管理に頭を悩ませていた。
 休まる暇なんてどこにもなかった。
 冒険者をやめるという発想は無かった。
 ザルツ村で生まれ育った俺達五人。
 村に戻っても家族はいない。両親とも流行り病で既に他界している。
 カイルとリナは父親を失っているし、ダリオも母を失っていた。セリナも俺と同じく両親を失っていた。
 だから俺は厳しくてもA級パーティ『ザルツ』にしがみつくしか生きていく術がなかったのだ。
 それに、あの頃はA級パーティのメンバーでいると言う謎のプライドみたいなものがあった。俺にはザルツだけだった。
 だというのに──今はどうだ?
 ギルド職員になってから、日々の業務は忙しいが、理不尽な怒声は飛んでこない。理不尽に近い怒声はたまにあるが。
 数字は俺の采配一つで回るし、信頼できる仲間たちが俺の判断を尊重してくれる。
 ギルドには秩序があり、働けば報われる仕組みがある。
 当たり前のようでいて、これほどありがたいことはない。
「……本当に、安定した生活を手に入れたんだな」
 ふと、つぶやいた。
 この部屋も、家具も、日々の食事も、毎月出る給料も。
 そして、そばにいてくれる人も。すべて、自分の手で得たものだ。
 心の奥から、静かな喜びが湧き上がる。
 それは派手な感情じゃない。ただ、身体の芯がじんわりと温まっていくような、そんな感覚。
「……ありがとな、エリナ」
 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
 幼馴染のエリナ。
 ザルツ村の出身ではないが、近くの街に住んでいた彼女とは俺の父とエリナの父のバルドさんが友人だった事もありよく遊んだ。
 俺が冒険者になって、彼女はギルド職員になった。
 たまに顔を合わせる程度だったが、パーティを追放された時に、俺は彼女に救われた。
『それなら、ギルドで働いてみない?リオンならきっとできる。ギルドには、あなたの力が必要だと思う』
『戦うことだけが力じゃないわ。あなたがパーティを支えていたこと、私は知っているわ。だから、今度はギルドを支えてほしい』
 彼女の言葉が、あのとき俺を引き戻してくれた。
 見捨てず、俺に出来ると信じてくれた。それがなければ、今の俺はここにいなかったかもしれない。
 静かに目を閉じて、しばらく身を任せる。
 部屋の中に満ちる沈黙が、ただただ心地よかった。
 こんな夜が、毎日続けばいい。
 そんな願いすら、今の俺には贅沢じゃないと思える。
 これはもう夢じゃない。
 俺が手にした、かけがえのない現実だ。
 そして、明日もまた、日常が続いていく。
 だが。
 こうして安定した今を噛みしめるたびに、どうしても思い出してしまう。
 もう、戻ることのない過去。取り返しのつかない、あの頃のことを。
 カイル。
 幼馴染として、何よりも長く一緒にいた仲間だった。
 今思えば、あいつの前では、いつも強がってしまっていた。
 あいつが俺の働きを認めていないことに気づいていながら、それを認めたくなかったのだ。
 どんな理不尽な扱いを受けても、A級パーティにいられるなら「それでもいい」と、自分に言い聞かせていた。
 カイル自身。A級の戦闘力を持っていたが、戦闘以外のことが出来ない奴だった。そんな部分があるから俺が支えてやっていたとの自負もあった。
 リナ。
 誇り高く、孤高の魔法使い。
 誰よりも強くあろうとし、周囲の手助けを煩わしく思っていた。
 それでも、俺が支えなければ倒れてしまうとわかっていた。
 あのまま続けていれば、俺が支えるしかなかった。
 ダリオ。
 多重人格者じゃないかと何度も思ったが、豪快で、単純で、でも……一番、仲間のことを見ていたかもしれない男。
 後にセリナから聞いたが、最後に俺の存在の大事さに気づいてくれたこと、当時の俺は知らなかった。
 けれど、もし知っていたら。何か、違った未来があっただろうか。いや、いずれにしてもダリオが死んだ後の事だ。
 セリナ。
 軽口ばかり叩いていたが、誰よりも空気を読んでいた。
 定義は違うかもしれないが、俺は勝手にセリナまでをザルツの初期メンバーだと思っていた。そして俺を除くザルツの初期メンバーで生き残ったのが彼女だけだったのは、皮肉でもあり、必然だったのかもしれない。
 俺が、もっと上手く立ち回れていたら。
 もっと強く、自分の価値を訴えていたら。
 いや、そもそも、あの場に俺がいれば──
 状況を整え、物資を配分し、戦術を見直し、危険を回避できたかもしれない。
 でも。
 本当に、俺はずっとやっていけたのか? 限界は来ていなかったか?
 ──あの頃、胸の奥にずっとあった疲労感。
 どれだけ寝ても抜けない疲れ。
 張りつめた思考と緊張が、常に頭を圧迫していた。
 数字を追い、装備を磨き、依頼主の顔色を見て、仲間の感情を読み続ける日々。
 それが当たり前になっていたから、自分が疲れていることにも気づけなかった。
「……もし、あのままみんなと一緒にいたら……俺が、先に潰れていたのかもな」
 自嘲気味に漏れたその声は、やけに冷静だった。
 今だからこそわかるが、あの頃の俺は、無理をしている自覚すらなかった。
 責任感に飲まれて、やりすぎていることを、誇りだとすら思っていた。
 きっと……俺もどこかで、限界を感じていたのだ。
 あの追放がなければ、自分で自分を壊していたかもしれない。
 ……だからこそ、今、こうして生きていられる。
 仲間たちを思うと胸が痛む。後悔も、無念もある。
 けれど、全てが自分の責任だったとは思わない。
 だってあのままだったら俺が倒れて俺がいなくなったパーティは同じような結末を迎えただろうからだ。
 彼らには彼らの選択があり、俺にも、進むべき道があった。
 目を閉じる。
 静かな夜が、部屋の中に染み込んでいく。
 心の奥で、過去と未来がゆっくりと交差した。
 失ったものの大きさを思い、そして、今あるものの尊さに感謝しながら。
 俺は、深く息をついた。
「……ありがとう。みんな」
 もう届かないかもしれない。けれど、その言葉を、静かに口にしていた。
 苦い思い出ばかりだが、みんなの存在のおかげでそれまで俺は生きて行けたのだからだ。

          *
 
「今日、仕事が終わったら……ちょっと街を歩きませんか?」
 午後の休憩時間、資料を並べていたエリナが、ふとそんなことを言った 
「街……って、買い出しか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……たまには、仕事抜きでゆっくり歩いてみたいなって」
 その言い方に、俺は少しだけ戸惑った。
 これは……いわゆる“デート”ってやつなんじゃないか?
 とはいえ、最近はよく一緒に食事をしたり、買い物に出かけたりするようになった。特に意識していなかったけれど、気づけばエリナと過ごす時間は自然と増えていた。
「……いいな。それ」
 そう答えると、エリナはうれしそうに微笑んだ。
 その笑顔を見て、俺の胸にほんの少し熱が灯る。
 夕方、仕事を終えた俺たちは、ギルドの裏手にある並木道を歩いた。
 空は茜色に染まり、風は涼しく心地よかった。
「あの道の先に、小さな花屋さんがあるのよ」
「へえ、知らなかった。……でも、知っているんだな。ギルドの周りのこと、よく」
「ええ、子どもの頃からずっと見てきた街だから。どの路地に猫がいて、どの家がパン屋さんで、どこに魔物の卵が落ちていたかも」 
「卵?」
「昔ね。弟が大騒ぎして、父が真っ青になって……ふふっ」
 エリナの話す声は、いつもより少し柔らかい。
 過去の自分は、仲間の声を聞く余裕なんてなかった。でも今は――ただ彼女の話に耳を傾けていられることが、こんなにも穏やかで幸せだと思える。
「リオンは、こうして歩くの……嫌じゃない?」
「いや。むしろ……落ち着く」
「……そう、ですか。よかった」
 言葉が尽きたわけじゃない。
 けれど、沈黙もまた心地よい。
 この時間が、ずっと続いてくれればいいとさえ思った。
 ふと、俺はポケットの中に忍ばせた、小さな箱に手をやった。
 今じゃない。今はまだ……そのときじゃない。
 けれど、近づいている。
 俺が心から、この人と歩いていきたいと思える瞬間が。
 そのときのために、俺は覚悟を決めなければならない。
 ギルド幹部としてでも、ひとりの男としてでもなく――ただ、リオン・アルディスとして。

          *

 日が落ちて、街灯がぽつりぽつりと灯るころ。
 俺たちは小さな公園に立ち寄った。人通りも少なく、柔らかな明かりの下、ベンチに並んで腰を下ろす。
 静かな時間だった。
 虫の音が微かに聞こえ、遠くで酒場の賑わいが風に乗って届く。
 エリナは黙って空を見上げていた。
 その横顔が、妙に綺麗で……少しだけ、胸が苦しくなる。
 俺は深く息を吸い、意を決した。
「エリナ」
「……はい?」
 呼びかけに、彼女は少し驚いたようにこちらを見た。
 その瞳を、俺は正面から見据える。
「ずっと……感謝しているんだ。ギルドで拾ってくれたことも、俺の力を信じてくれたことも、こうして隣にいてくれることも」
「リオン?」
 突然の俺の言葉にエリナは少し首をかしげた。
「だけど、感謝って言葉だけじゃ足りない。今の俺があるのは、間違いなく……エリナのおかげだ。本当に感謝している」
 俺はエリナの手を握った。
 エリナが目を見開く。
 その瞳に、ほんの少し震えが走ったのを、俺は見逃さなかった。
「だから……これから先の時間を、俺と一緒に過ごしてほしい。仕事としてでも、恩返しでもなく――ただ、一人の人間として、俺の隣にいてほしい」
 そう言って、俺はポケットから小さな箱を取り出した。
 そっと開けば、中には控えめな銀の指輪がひとつ。
「エリナ。俺と、結婚してくれ」
 長い沈黙が落ちる。
 彼女は口元に手を当て、ほんの一瞬、言葉を失っていた。
 そして次の瞬間――
「……ずるいわよ。リオン」
 ぽろりと涙をこぼしながら、彼女は笑った。
「そんな言い方されたら、断れるはずないじゃないですか」
「……言い方が別の言い方だったら断ったのか?」
「ふふ、言葉の綾よ」
 顔を真っ赤にしながらエリナは微笑む。
 俺はそっと、彼女の手を取った。
 指先は温かく、わずかに震えている。その震えは、俺自身のそれと重なっていた。
 彼女の薬指に、そっと指輪をはめる。
 まるで、そこに収まるべくしてあった場所のように、ぴたりと収まった。
「……ありがとう、リオン」
「こっちこそ。……これから、よろしくな。エリナ」
「ええ」
 星が、静かに夜空にきらめいていた。
 誰に見せるでもない、俺たちだけの誓いが、確かにそこに刻まれた。

          *

 あれから、もう三年が経った。
 季節は初夏。
 昼は少し汗ばむ陽気でも、朝晩は涼しく、過ごしやすい気候が続いている。
 ギルドは変わった。
 いや、正確には……俺の立場が変わったからそう感じたのかもしれない。
 幹部として任される業務は多岐にわたる。
 人員の割り振り、財務の管理、遠征の計画、トラブルの仲裁。面倒なことも多いが、やりがいもある。
 なにより、誰かに必要とされている実感がある。
 ギルドという組織の中で、俺の存在が"ただの便利屋"じゃないと、今では胸を張って言える。
「リオン、昼休み終わっちゃうわよ?」
 エリナが声をかけてくる。
 窓際のベンチに座り、サンドイッチを片手に頬をふくらませている。柔らかな光に照らされたその姿は、昔と変わらない……けれど、どこか落ち着きが出てきた気がする。
「もう少しだけ、こうしていたい」
「ふふ、珍しいこと言うのね」
 隣に腰掛けると、エリナは自然に俺の肩にもたれてきた。
 ギルドの喧騒が、遠く感じられる。
 目の前には忙しなく動く新人たちの姿。昔の自分を思い出して、少しだけ笑った。
「なあ、エリナ」
「ん?」
「俺さ……本当に、今が一番幸せだって思えるよ」
 彼女は小さく目を細めて、うなずいた。
「私もよ。リオン」
 手と手が、そっと重なる。
 誰かの影に隠れて、名前も知られず働いていた頃。道具のように扱われ、心だけが冷えていった日々。全部が、今のこの瞬間につながっていたんだと、ようやく実感できる。
 過去はもう、恨んでもいない。
 痛みも、後悔も、すべて飲み込んで、今の自分をつくる糧になった。
「……さて、そろそろ戻るか。幹部がサボっていたら示しがつかないからな」
「はいはい、仕事人間さん。勘違いされないように仕事をたくさん回しますね」
「……おい。ちょっとは手加減してくれ」
「ふふ、冗談よ」
 笑い合いながら立ち上がる。
 歩き出した足取りは軽い。隣には、愛する人がいる。ただそれだけで、もう不安なんてなかった。
 ようやく手に入れた、安定した日々。
 俺は、これからもこの日常を守っていく。
 戦場ではなく、事務机の前で、ペンと帳簿を武器にして。
「さあ、リオンさん。午後も忙しくなりますよ?」
「ああ。……でも、悪くないな。こんな生活も」
 何の変哲もない、けれど確かな幸せ。
 それこそが、俺が望んだ未来だ。
 こうして、A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れたのだった。
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