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認めはくはない
しおりを挟む残りの一人に近付き、距離にして僅か1メートル手前でエルモの歩みは一度止まる。
恐怖で固まり動けずに居る男へ刀の先を向け、目の前の蒼白する顔とは非対称にエルモはニッコリと笑みが浮かぶ。
余裕の笑み。
何がどう間違おうが決してお前には自分に傷を付ける事すら敵わないと告げる、そんな余裕の笑みを浮かべて告げる。
「逃げなくて良いんですか? ぼくとしては楽でとても良いですけどね」
「……っ!?……あっ、ああ……」
固まる男はエルモの声ではっ我に返ったかのように反応し、全身の筋肉がブルブルと震えながら一歩後ろに下がろうと動く。
しかし震える脚は脳からの信号をまともに受け取る事は出来ず、それだけで脚がもつれ地面に尻餅を着いて倒れてしまう。
刀を向け笑う者。
恐怖で震える者。
これだけ見れば一体どちらが悪者だか……
などと考えるのも馬鹿げているな。
答えはひとつ。 どちらも悪だ。
ならば斬られようが、それは自業自得──なのか?
以前のオレは、そんな風に考えられただろうか。
いや、そんな訳はない。
例え相手がどんなに悪だろうが、いくら憎かろうが、物理的に攻撃を意味も無くしてはならない。
それは警官として、ひとりの人として。
でも──今、オレは目の前で人が斬られようが、骨が折られようが心はなんとも思わない自分が居る。
違うな。 なんとも思わない、ではない。
どちらかと言えば、気分が良い……のかもしれない。
実際、オレは何もせずにただ眺めている。
そしてまた、一人の悲鳴が鳴る。
尻餅を着いた男はエルモに背を向け、四つん這い状態で這って逃げようとした。
亀のように鈍い動き、狙って下さいと言わんばかりのもの。
直後、びくんっと腰から肩に掛けて跳ねた男の動きが止まる。
両方の太股に一本ずつ刺さる刀。
一度は半分まで刺したところで止め、再び腕に力を加えて更に一気に押し込む。
二本の刀が、それぞれの太股を突き破る。
「んぅあああっ!?」
一度は突き刺した刀を今度は一気に引き抜き、溢れ出した血は地面を濡らす。
それでも逃げようと不自由になった脚を前に動かし、腕も前に動かし、少しでもここを離れたいと地面を這う。
その頑張りは大したものだが、数十センチ進んだ辺りで無惨にも停止する。
停止は自分の意思ではない、背に押し付けられた脚が邪魔をして前後左右に動く事を許さない。
エルモの脚が男の背中を踏みつける。
いくらもがこうが、押し付ける力に抗う事が出来ない。
「ぼくも力はあるんですよ? 流石にフェルモさんみたいな、馬鹿力とはいかないけど」
「馬鹿は余計だろ」
背後から掛かる声は無視する。
エルモは脚の下で必死に動こうと抵抗する男を見下ろし、両手に握っていた刀を背にある鞘に納めた。
空いた手は次に男の両手首を片方ずつ持ち、背を押し付け腹は地面に密着した状態で、本来はあまり向ける事のない方向──腕を後ろに持ち上げる。
これ以上は上がる事が無い位置まで腕が持ち上がったが止めることはせず、更に円を描くように頭まで腕を持ち上げれば肩からゴキッと鈍い音が鳴る。
両肩の骨が外された。
「──ッ」
痛みで音にならない声が喉を通る。
手首を離せば、だらり落ちる腕。
今は持ち上がる事のない腕。
漸く背からエルモの脚が退けられると、驚いた事にまた男は這い始めた。
腰を曲げ負傷した脚を動かし、動かぬ腕の代わりに顎が上半身を支え芋虫のような動きをする。
まだ逃げようとする男に呆れ顔で溜め息を吐いたエルモは、再び鞘から刀を抜き取り腕を振り上げた。
そのまま背に向かって一振りした──が、刃の先が肉を切り裂く寸前の所で声を掛ける。
「よせ」
「ドン?」
「もう良い。 そのくらいにしてやれ」
オレは地面を芋虫のように這う男の顔の前まで移動し、見下ろす。
「あんたも、もう動くなよ。 脚の怪我も出血が酷いし、これ以上動けばもっと血が出る。 それに……そのままじゃあ、次は顎の骨が出るぞ」
「……」
地面はざらつくアスファルト。
僅かな移動でも、上半身を顎で支えに動いたせいで既に擦り傷が酷い。
このままこの状態で這えば皮膚は更に擦れ、抉れ、骨まで覗きそうだ。
「くそっ……」
それだけ小さく呟くと、諦めたようで芋虫体勢から転がり仰向けになる。
睨まれはしたがオレは視線を逸らし、改めて周りを見渡す。
初めに来た男も含めれば、11人の男達が転がっている。
意識を失っている者。
裂かれた傷に苦しむ者。
それぞれの顔を見て、オレは頭を掻く。
「少しやり過ぎじゃないのか」
確かに半殺しの許可までは出していたが、想定以上だ。
だがオレは言葉とは裏腹に、正直心ではやり過ぎとは思えていない。
それが嫌だった。
先程感じた、気分が良い感覚が止まない。
異常だ。
認めたくない、この感覚を。
「ドンにやり過ぎなんて言われると、変な感じしますね」
「ああ、そうだな。 これはかなり温い方だと思うがな」
「そうか……」
笑う二人を見て思う──こいつらも異常じゃないか。
心もオレは岸 まさしのままでありたいが、どうやら変化してきている。
それはつまり本体に心が引き寄せられている……て、事なのだろうか。
それこそ認めたくはない。
しかしロジータにも言われた、血を見て興奮しているのかと。
確かにゾクゾクとした感覚はあった……だが、認めたくはない。
切断された人達を見ても、動揺しなかった。
苛つきで叫びはしたが、それですっきりしてしまった。
血も、その臭いも、慣れているんだ。 この身体は。
今の場にも気分が良いなんて……認めたくはない。
だが既に、心に感じるものはオレじゃない。
このままでは警官だった心は、消えてしまうのだろうか。
それは流石に嫌だな……
「ドン? どうかされましたか?」
「ん? なんでもない」
「それなら良いですけど……早く行って終わらせましょうよ! まだ退屈には変わりないです」
そうだな。 早く終わらせよう。
このまま血の臭いを嗅いでいたんじゃ、本当におかしくなりそうだ。
廃工場の裏口に向かい歩き出そうとした。
だが、この場に来てからずっと動かずに居る彼女が気になり、視線を向ける。
「そう言えば、あの子は大丈夫なのか?」
「ロジータちゃんですか? 大丈夫ですよ、問題ありません」
「……そうは見えないけどな」
ロジータはこの場に来てからずっと段ボール箱の中を覗き、ぶつぶつと何かを呟いている。
オレ達に向かって話すではなく、独り言のように思えるが。
彼女の表情も暗く、倉庫前でオレに向けてくれた笑顔とは明らかに違う。
そこへ思わぬ言葉が掛かる。
「俺には理解できないが、あいつは話し掛けてんだよ……箱の中身に」
「何故だ」
箱の中は切断された死体が入っている。
話し掛けたところで、言葉など返ってくる事はないだろうに。
まぁ、死者に声を掛ける事は無いわけではないが。
別れの際や墓に声を掛ける事はあるし、それと今のロジータは同じと思えば良いのか。
「少しここを離れる。 こいつらが逃げ出そうとしたら、押さえててくれるか?」
「……」
声を掛けると、無言のままではあるがロジータは頷く。
こちらの声はきちんと聞こえているようだ。
とりあえずこの場は、ロジータに見張っていてもらうとしよう。
今度こそ、裏口に向かって歩き出す。
「行くぞ。 誰も逃がすなよ」
「はい」
「へーい」
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