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突入

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「わかりやすい罠してんな」


 フェルモは裏口に視線を向け、一言呟く。
 工場の裏口付近まで来たが、やけに静かすぎる。
 てっきりまたギャングの仲間が溢れて来るかと思ったが、予想とは違った。

 裏口の扉は開いており、薄暗い工場の中から外に向かって点々と落ちる血痕。
 散乱する無数の段ボール箱。  台車も数台置かれたまま。


「誰も出てこねぇが、中から殺意が沸いてやがる。大勢居るな……入った所を一斉攻撃、か」


 開かれた扉の向こうは薄暗く、外からでは中の様子までは確認出来ない。
 フェルモにはまるで見えているかのように告げるそれは、裏の世界に生きる人間の習性とも言えるものだろう。

 そこへエルモが二本の刀を手に握り、裏口の扉に向かい一歩踏み出す。


「ぼくが先に入ります──ッ!」


 先に動き出そうとするエルモを無視して横を通り抜け、オレは工場の中に突入した。

 この時のオレは、頭が馬鹿になって焦っていたんだ。  散乱する段ボール箱と血痕を見て、早いとこその犯人を捕らえようと。
 それでここから早く立ち去りたいと。

 落ちる血痕はまだ渇ききっていない。 新しいものだ。
 きっとさっき見た、切断死体の物だろう。

 血の臭いも生々しく充満している。
 鳥肌が立つ──やはりここにずっとここに居たんじゃおかしくなりそうだと、嫌な予感がしてならない。


 オレがエルモの横を通り薄暗い中へ突入し、扉から少しばかり進んだところで、早速ギャング連中からの挨拶が行われた・・・・


「撃てっ!!」

「──ッ!?」


 どこからともなく聞こえた一人の叫び声と共に、空を斬る銃声音が一斉に、そして多量に響く。
 鼓膜が破れると思わせる轟音が工場の壁に反響し、よりその凄まじさが身体に痺れを起こす。

 銃弾の向かう的はドン──チェルソ・プロベンツァーノ。
 これは確実に、蜂の巣にされて死んだ。そう思ったが、何ひとつ痛みどころか衝撃のひとつも感じない。

 その理由は何故か。
 目前を見て瞬時に理解する──いや、するしかなかった。
 撃たれたと思った瞬間に感じた焦りよりも、今、目前に居る男二人を見ている方が冷や汗が滲む。

 轟く銃撃音が静まると、異常な光景に前に立つ二人に向け驚きと、呆れを含んだ声色で口を開く。


「お前ら……身体能力は、人間離れしてんのかよ……」


 エルモは二本の刀で弾丸を弾き返し。
 フェルモは素手で弾丸を掴み取る。

 足元に転がる無数の弾は、ざっと見ても百は余裕に越えている。
 二人の男は息を乱す事もなく、身体に掠り傷すら付ける事もなく、堂々とその場に立っていた。


「はっ……ははははは!  噂には聞いた事はあったが、本当にとんでもない奴らが居たんだな!」

「……?」


 先刻、射撃を告げた者と同じ声が響き──

 そこへ突如、電灯が灯る。
 天井にぶら下がる電球から、弱い光で工場内を照らす。
 決して明るいとは言い切れない光の下で確認出来たのは、人……人人人人人人……人……

 内部は一切の仕切りが無く、半分より前方の壁際にそれぞれ銃や刃物、鉄パイプを持つ男達──ギャング連中が顔を出す。

 連中は殺気を放ち、狂気に満ちた目をギラギラ輝かせ口元に笑みを浮かべる。
 銃弾を弾き返されようが、連中にとってそれは想定内の事だったのか……驚いている様子はない。

 先程、部下二人が倒した奴らとは、まるで雰囲気が違う。
 こいつらからは恐怖を感じない。それどころか、今すぐにでも飛び掛かりたい気持ちを抑え、我慢している風だ。


 連中の中央に位置する所に一際目立つ──真っ赤なシャツに白のスラックスを着て、金の長髪男が悠々と放った。


「どうも、どうも。これはどうも!  よく来てくれた、我が──」


 だがその男の声は、一瞬にして部下二人によってかき消される。相手の上をいく怒鳴り声で。


「あんた俺の言葉聞いてなかったのか!?   罠だって言ったろうが!」

「なに考えてるんですか!?   記憶飛ばしても立場考えて下さいよね!  さっきもいきなり走り出すし……また撃たれたいんですか!?」


 銃声といい、この二人の怒鳴り声といい……オレの耳は痺れて麻痺しそうだ。
 青筋を見せる二人の剣幕に圧倒され、申し訳無さも沸いて謝らない訳にはいかない。


「あー……悪かった、気を付ける」

「そうしてください」

「なるべく俺達からは離れないでくれ……面倒な仕事が増える」


 怒りから飽きれ、困った顔を浮かべる部下──エルモとフェルモは大きな溜め息をつく。
 そしてこの二人の声にかき消されていた、目立つ男の声が再び響き渡る。


「さて……もう良いだろうか?  改めて言おう──我がアジトにようこそ、俺達のご挨拶は気に入って頂けたかな?」

「危うく蜂の巣になるところだったぞ。部下が人間離れしてて助かったが……銃声のご挨拶なんて嫌だね」

「ははっ。気に入ってもらえなかったのか、残念だよ」


 男は本当に残念だと悲しむように肩を落とし、首を左右に振る。
 この派手な男は二十代後半……て、ところか。
 見た目だけならば、ただのチャラ男。
 細身で長身、金の長髪なら安っぽいホストにでも居そうだ。

 けれど、感じる──こいつはこのギャング連中の中じゃあ一番強い。
 はっきりとし理由が浮かぶ訳じゃない。それでもオレの勘が、そう思わせる。


「もしかして、あんたがここのリーダーのセルジョか?」


 問い掛ければ、金髪男は嬉しそうに笑顔を浮かべ、両手に刃物を持ちながらも腕を左右に大きく広げる。


「嬉しいねえ!  俺の事を知っててくれてたのか!」

「いや、さっき知った。お前の仲間が言ってたんだよ」

「仲間?  ……ああ、そいつらは使えない奴らだ。殺したのかい?」

「殺してはない。痛みで地べたに転がってはいるが」

「そうか、まぁ良いさ。それより俺はあんたの事を知ってるんだぜ……プロベンツァーノの旦那」

「──ッ」


 一瞬、背筋が凍る。
 なんだこの男は……悠々とした声からは異様な雰囲気を纏ってる。
 ただの金に目がない暴力集団だと思ったら、どうやらそれだけじゃない。

 セルジョ以外は殺意に満ちてギラついているが、セルジョからは殺意が感じない──と言うより、この場をただ単に楽しんでいるようだ。
 何を企んでるんだ?

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