ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
119 / 492
凍雪国編第2章

第6話 始祖の誕生秘話2

しおりを挟む
 ロナリアが話す始祖とは、ロシュフォール帝国のいしずえを築いた人物である。

「始祖さまはね、今から3000年以上前にお生まれになったの」

「うん」

 フレイは、合いの手を入れ、ベッドの上に座りなおして、続きを待つ。
 ニアは、いつものように控えめにして、静かに聞き入っている。

「あっ、そうそう。私たちたちは、始祖さまのことを名前で呼ばずに、始祖さま・・・・とお呼びしているのだけど、フレイはその理由について聞いたことがあるかしら?」

「ううん、知らない」

「始祖さまはね、お名前がころころと変わられたの。だから、どれが本当のお名前か今でも分かっていないのよ」

「へぇ~」

「私たちは、畏敬の念を込めて、始祖さまとお呼びしているわ」

「ふ~ん」

 フレイは、そういうものなんだねというように、軽く頷いて返事をする。

「始祖さまは、ロシュフォール帝国よりもはるか以前にお生まれになったの。そして、始祖さまには、お父さまもお母さまもいらっしゃらないの」

「どうして? 死んじゃったの?」

「いいえ。始祖さまは、容器の中でお生まれになったのよ」

 ロナリアは、始祖が父と母からではなく、人工物の容器から誕生したことを告げる。

「よく分からない……」

 フレイは、容器といわれても、想像が追いついていかない。
 それは、ニアも同じで、顔に疑問を浮かべる。

「そうね。フレイやニアには、まだ早いけれど……。子供はね、お父さんとお母さんが愛し合って、授かるものなのよ」

「うん。それは知っているよ」

 フレイは、素直に頷き、ニアも首を縦に振る。

「でも、始祖さまの場合は、魔法実験が行われた容器の中でお生まれになったの。だから、始祖さまには、お父さまもお母さまもいないのよ」

「お母さん、人って容器から生まれることがあるの?」

「本来は、ないわ。だって、それは神の摂理せつりに反することだもの。だけどね、当時の研究者たちは、自分たちの手で命を作り出そうとしたの。それで、禁忌とされる魔法実験を繰り返して……。そうして、お生まれになったのが始祖さまなのよ」

 始祖が誕生した魔法実験は、ベルテオーム族が寿命を延ばすために行った実験である。
 この実験は、神の領域に土足で踏み入る禁じられた実験であり、人族に長命なエルフの血を混ぜて、命を誕生させるというものであった。
 また、実験では、エルフのほかにも、長命な竜種や龍種、フェンリル、ユニコーンなどの血も混ぜた。
 そのため、これらの種族は、実験材料のために狩り尽くされ、数千年が経った今でも人族を憎しみ続けている。

「ふ~ん」

 フレイは、うまく想像できないのか、また生返事をする。

「始祖さまはね……、幾つもの失敗を重ねた上で誕生された唯一の成功例なのよ」

「ほかの子たちは、どうなったの?」

「ほとんどは、生まれることすらできずに終わったわ。なかには、運よく生まれた子もいたけれど、始祖さまみたいに長くは生きられなかったみたいね」

「なんだか、悲しいね」

 フレイは、小さな命がたくさん消えていく様を想像して、言葉に言い表しきれない寂しさを感じる。

「そうね。命をもてあそぶ実験だからね……。でも、その報いは、始祖さまがお与えになったわ」

 ロナリアも、非人道的な魔法実験は許せない。
 言葉に少し怒りを込めながらも、始祖が行ったことを話す。

「始祖さまが?」

「えぇ。始祖さまは、お生まれになったあと、研究者たちから、一方的な教育をお受けになられたの。だけど、始祖さまは、その聡明さと純真さで、善悪を正しく判断することを学ばれたのよ」

「始祖さま、えらいね」

「そうね。そして、始祖さまは、自身がお生まれになったあとも繰り返される実験を悲しみ、力を発現できるようになったあと、その実験をめさせたのよ」

「どうやって?」

 フレイは、始祖が悪い研究者をどのように粛正しゅくせいしたのかを、ロナリアに尋ねる。
しおりを挟む

処理中です...