ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第2章

第7話 始祖の怒り

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「始祖さまは、高魔力体質の持ち主で、絶大な魔力を宿されていたの」

 高魔力体質とは、生まれながらにして、魔臓に圧縮した魔力を持つ者のことである。
 この高魔力体質持ちが放つ魔法は、その威力が桁違いとなり、周囲に破滅的な結果をもたらす。

「だからもう、それは徹底的に行われて、始祖さまがお力を振るわれたあと、辺り一体が塵と化したぐらいなの。その名残なごりが今でも残っているのよ」

「どこに?」

「大陸の中心より、ちょっと東のところね。今では、湖になっているはずよ」

 始祖が引き起こした爆発は、辺り一面を一瞬で破壊し尽くし、大地に巨大なすり鉢状の穴を穿うがった。
 その穴は、大陸中央東部にあり、ゼルスト国の北に広がるネーデル湖として今でも残っている。

「始祖さまって、すごいんだね」

 フレイは、偉大な始祖の逸話を聞いて、幾分興奮しながら、ロナリアに言う。

「そうね。言い伝えによれば、その時の始祖さまは、たいそうお怒りになられて、我を忘れていたと伝えられているわ」

 ロナリアは、伝承を思い出しながら、フレイに語る。

「何があったの?」

「なんでも、同じようにしてお生まれになった弟さまが、実験施設で研究者たちによって、無惨にも殺されたらしいのよ。それを知った始祖さまは、それ以上悲しい出来事が続かないように、実験施設がある街ごと消滅させたの」

「そのあとは?」

 フレイは、始祖のその後が知りたくなり、話の続きを促す。

「始祖さまは、大陸各地を放浪されて、やがて、龍族の里にたどり着かれたの」

 始祖は、ベルテオーム族が支配する地を逃れ、少数部族の地を渡り歩いたあと、東大陸へ流れ着いた。
 そして、原初の森に生きる龍族と出会い、そこでようやく安住の地を得た。

「龍族? 龍のおじさんみたいな?」

「えぇ。始祖さまが出会われたのは、トウジンさんとは別の種族らしいけどね」

 トウジンは、雪龍種という寒さに強い種族の龍である。
 一方、始祖が出会った龍族は、太古から生きる龍族であり、皇龍こうりゅう種という龍族の祖とも呼べる龍である。

「へぇ~」

 フレイは、目をキラキラとさせて、ロナリアの話に聞き入る。
 ニアも、真剣な表情をして、話に聞き入っている。

「始祖さまはそこで、自身の強大なお力を制御する術を龍族から学ばれたの。だから、私たちが、龍族のトウジンさんと仲良く暮らせているのも、実は始祖さまが深く関係しているのよ」

「そうなの?」

「始祖さまはね、当時の龍族のおさに、そのお力を認められて、龍族との契りを交わされたの」

 ロナリアは、皇龍種の長と始祖が交わした龍の掟について話す。

「それって、龍のおじさんがよく言っている、『互いに敵対せず、傷つけず、とこしえまでえにしを結ぶ』っていう龍のおきてのこと?」

「そう、それそれ。その掟は、始祖さまの子孫であれば、誰でも守るべき掟とされ、私たちの代まで引き継がれてきたものよ」

 この龍の掟は、龍族の側でも、種族の区別なく守るべきものとされている。
 雪龍種のトウジンが、ミショウ村の人々を襲わず、仲良くしているのも、龍の掟が大きく関係している。

「へぇ~、始祖さまが最初だったんだ……」

「えぇ、そうよ」

「でも、お母さん。今まで、その掟を破った人はいないの?」

 フレイは、素朴な疑問を口にする。

「残念ながら、長い歴史のなかでは、何人かの掟破りが存在するわね……。でも、いずれの場合も、私たちや龍族の怒りを買って身を滅ぼしているわ」

 ロナリアは、一族にまつわる黒い歴史を思い起こし、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。

「フレイ。その話は、また今度してあげるわ」

「うん。じゃぁ、始祖さまは、それから、どうなったの?」

「始祖さまは、龍族のもとで学ばれたあと、龍の長の勧めに従って、人とともに暮らす道を選ばれたの」

「そうか。それで、国を建てられたんだね」

「そうよ。でも、その辺のお話は、また明日。じゃないと、フレイは朝、起きられなくなるでしょ?」

 ロナリアは、そう言ってフレイに布団を被せて、寝る準備をさせる。

「起きられるよ!」

 フレイは、抗議の声を上げるが、ロナリアの言うことを大人しく受け入れる。

「はいはい。期待してるわよ」

「もう!」

「フレイが、明日も良い子なら、また続きを話してあげるわ。おやすみ、フレイ」

「は~い。おやすみなさい、お母さん。ニア姉さん」

 フレイは、ロナリアの話に満足したのか、すぐに睡魔に誘われて、すやすやと寝息を立てる。
 それを見たロナリアとニアは、お互いにくすりと笑い合い、静かに部屋を出て行く。
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