ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第49話 ネオクトンのバウリ

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 国都の情勢に疎いテムは、ネオクトンの傭兵からバウリという名前を聞いても、思い当たる節はない。
 テムは、目でダイザに問いかける。
 だが、ダイザも知らない名前らしく、僅かに首を横に振って、テムの視線に応える。
 それを見たテムは、男に聞いた方が早いとみて、直接尋ねることにする。

「おい。バウリとは、誰だ?」

「し、知らないのか? ディスガルドで有名な方だぞ?」

「残念ながら知らん。いいから、教えろ」

 テムは、余計なことを聞き返される前に、背中の収納袋から斧を取り出して威嚇する。

「ひっ! わ、分かった、分かった! 素直に言うから、命だけは助けてくれ!」

 両手を腰の後ろで縛られ、両足も蔦でぐるぐる巻きにされた男は、テムの斧を見て、体を戦慄わななかせる。

「殺しはせん。いいから、話せ」

 テムは、斧の刃先でぐいっと男の顎を持ち上げる。

「い、言うから……」

 テムは、刃先をどけず、目だけで男を促す。

「バ、バウリ様は、我らネオクトンの騎将だ。数々の武勇伝を残した雄壮な方だぞ? 本当に知らないのか?」

「知らん」

 数十年の間、島から外へ出たことのないテムにとっては、短命族の将など初耳である。
 しかし、男が騎将バウリの子どもを追いかけているのは理解した。

「そのバウリの子どもは、なぜ誘拐されたんだ?」

「誘拐ではない。人質に差し入れられ、連れていかれた子どもだ」

 それを聞いたテムの顔が、少し険しくなる。
 ネオクトンの有力者であるバウリが、子どもを人質として要求されたのである。
 そして、それを要求できる者は、バウリよりも上の人間しかいない。

「誰に……と言いたいが、もしや、国主か?」

「そうだ」

 男の答えをテムの後ろで聞いていたダイザは、顔を曇らせる。
 ドライン国主は、善政を敷いて人望を集めるのではなく、人質手法を用いて各部族を従えているようである。

「今の国主は、各部族が反旗を翻さないために人質を要求している。バウリ様の子どもは、数年前に人質に取られ、今、ロマキへ移送されている」

「それを取り返しに行くのだな?」

「そうだ」

 男は明快に答え、自らの思いに後ろめたいことがないのを誇るかのようにテムの目を見返す。

「分かった。話は信じよう。……ただ、もう1つ教えてくれ。ゴイメールは、どう関わっている?」

「ゴイメール?」

 男は、予想していなかった問いに、言葉に詰まる。

「子どもを取り戻すのは、ネオクトン単独か?」

「そうだ。ゴイメールは、関係ない」

 テムは、男の目を見て、嘘は言ってないと判断する。
しかし、街道の北には、ゴイメールの傭兵団がおり、国主の妻を囲んでいた。
 テムは、男から情報を引き出せるだけ引き出すつもりである。

「ネオクトンとゴイメールの関係はどうだ?」

「あんた、本当に何も知らないんだな?」

 それを聞いたテムは、まだ男の喉元に押し付けていた斧の刃先を少し押し込む。

「痛! わ、分かった、分かった! ゴイメールとは仲が良くない! 奴らとは、縄張り争いが絶えず、お互いに嫌っている!」

 テムは、すっと斧を引くが、まだ釈然としない思いに駆られる。
 男の言葉に嘘はない。
 だが、好き嫌いだけで動かないのが、政治や権力者の世界である。
 ゴイメールは、何の得があって動いているのか、見極めが必要である。
 テムは、男からはこれ以上有益なことは聞けないとみて、男の首筋に手刀を叩き込む。

「ぐっ!」

 男は、白目を向いて気絶し、地面に伸びてしまう。
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