ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第5章

第24話 英精水の生成4

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 モールは、フレイの右手中指に嵌まっている指輪を見る。

「……オセイアの秘石を外してみるか」

「これを? 僕、また酔わない?」

「分からん。ちょっと、外してみよ」

「うん……」

 フレイは、大丈夫かなと思いつつも、オセイアの秘石が嵌まった指輪を外してみる。

「わぁっ! あぁぁぁっ!」

 途端にフレイからは、ゴチャゴチャして滅茶苦茶に律動する魔力波長が溢れ出す。
 フレイの目の前にいたティナは、思わず顔を背け、盛大に顔をしかめる。
 フレイは、すぐに指輪を嵌め直し、滅茶苦茶な魔力波長をオセイアの波長へと変化させていく。

「何じゃ、お主! 全くの出鱈目ではないか!」

 猛烈な勢いのある魔力波長を真正面から浴びたティナは、フレイへ苛立ちを込めて喋る。

「ご、ごめん……」

 フレイは、申し訳なさそうに謝り、一瞬で吹き出た脂汗を額から拭う。

「これこれ。そうフレイを責めるでない。フレイよりも、わしを責めるがよい」

 モールは、すぐにフレイとティナの会話に口を挟み、ティナの鋭気がフレイに向くのを止めさせる。

「お主も、無茶なことをさせよる」

 ティナは、そうモールに当たる。
 そして、フレイには、「気にするでない。わらわも、言い過ぎた」と謝罪の言葉を述べる。
 フレイは、首を横に振り、ティナに「びっくりしたよね。僕も、びっくりしたよ」と言って笑い出す。
 ティナは、フレイの笑顔を見て、微笑み返す。
 フレイの笑顔は、なんだか憎めないのである。

「わしからも、フレイに謝ろう。すまんかった。辛かったであろう?」

「ううん。一瞬だったから、酔わなかったよ。ただ、びっくりしただけ……」

「そうか……。でも、無理をさせてしもうたの」

「いいよ。今は、大丈夫だし……」

 フレイは、右手中指に嵌まっている指輪をしげしげと眺める。

「これは、僕にとっては、なくてはならないものだね」

 フレイは、指輪に対し、これまで以上の愛着心を湧かせる。

「そうじゃな……。じゃが、それを嵌めたままでは、英精水が日持ちせん。はて……? どうしたもんじゃろか?」

 モールは、両腕を組み、天井を見上げて考え込む。

「とりあえず、エルフの水を作ってみるよ」

 フレイは、目の前に座るティナに笑いかけ、器の上に手をかざす。
 フレイの手のひらに、魔力が集まり始め、その魔力がエルフの魔力波長を帯び始める。
 ただ、魔力波長の中には、オセイアの波長も混じっており、完全なものではない。
 フレイは、大きく深呼吸をしてから、英精水を生み出す魔法を唱える。


『せ、世界の……始まりを知る……大樹よ。森の……民の友である我に……、え、遠大なる英気の……源泉を分け与え……、我が前に……樹精の奇跡を現せ』

 フレイは、思い出しながら、たどたどしく術式詠唱を唱える。
 ただ、つかえながら言っても、術式詠唱は成功したようで、魔法の発動準備が終わったことを知らせるかのように、フレイの手のひらからは淡い翡翠色の光が漏れ出る。

「うむ、順調じゃ。では、魔法名を唱えてみよ」

 モールは、きちんと術式詠唱が終わったのを確認して、ほっとする。
 モールは、フレイのことだから、術式詠唱を忘れてしまっていると思っていたのである。

energetic waterエナジェティックウォーター

 フレイは、一際大きな声で魔法名を唱える。
 フレイの手のひらには、清新な感覚が生じ、そこから水がバシャバシャと溢れ出る。
 底の浅い器は、あっという間に英精水で満たされてしまう。
 フレイは、英精水が器からこぼれないように、生成を止め、手のひらを閉じてしまう。

「できたよ。やったね」

 にた~と笑ったフレイは、手についた英精水をペロッと舐める。

「に、苦~! これ、やっぱり嫌い……」

 フレイは、うぇ~っと舌を出し、顔をくしゃくしゃに歪める。

「これ。罰当たりなことをするでない」

 モールは、フレイを叱ったあと、席を立ち、調剤器具の山から匙を三本取り上げて、戻ってくる。
 三本の匙のうち、二本をティナとメラニアの前に置き、英精水の入った器を自身の前に引き寄せる。
 モールは、フレイの出した英精水を匙で掬い上げ、ぺろりと舐めて、その出来を確かめる。

「うむ。上出来じゃの」
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