ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第5章

第25話 貯蔵ができる魔法瓶

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 フレイが生み出した英精水は、無色透明である。
 しかし、魔力感知ができる者は、その英精水からエルフ特有の魔力波長が出ていることが分かる。
 しかも、その波長は、モールが生み出した英精水よりも力強く、峻厳さを備えている。
 ティナは、モールがひと舐めして、大きく頷いたのを見て、自身も匙を取り、器の中の英精水を掬って、口の中へ運ぶ。

「!」

 ティナは、何も言わずに目だけを大きく見開き、口をへの字に曲げて、鼻から息を吐き出す。
 その目は驚きを表しているが、ティナは、一言も漏らさない。

「すごい味だよね」

 ティナの向かい側に座るフレイは、ティナの様子が可笑しかったのか、含み笑いをして見ている。
 しかし、ティナは、フレイをじろりと見るが、フレイへは返答をせず、口の中の英精水を飲み下し、その効果が現れるのをじっと待つ。

「どれどれ。あたしも、ご相伴に預かるかね……」

 メラニアも、モールから受け取った匙で英精水を掬い、匂いを嗅いだあと、ズズズッとすするように英精水を飲み干す。

「ふむ。匂いは、特になし。味は、苦味が強いが、生薬に似た苦味だね。前に貰ったものと同じにできているよ」

 メラニアは、フレイに「うまくできたね」と言って誉める。
 フレイは、にた~っと笑い、得意気な顔でティナを見る。

「これで、お母さんの病気が治るよ。これ、全部持って帰って」

 フレイは、器をティナの方へずらし、器の縁をこんこんと叩いてみせる。

「うむ。礼を言う。わらわも、これが本物の英精水じゃと確信した」

 ティナが飲み下した英精水は、すぐに体内へ吸収され、全身の活性化を促し、魔力の流れを著しく改善したのである。
 また、ティナの体に僅かに残っていた疲労も、今は完全に消え失せており、その効果はモールの英精水よりも上であることを実感した。

「お主の英精水も、素晴らしいものであった。じゃが、これこそが真の英精水じゃな」

 ティナは、横を向いて密かに苦味に耐えていたモールに言う。

「まぁの。わしのと、何が違うのかは分からん。じゃが、フレイのものの方が、効果が高いのは事実じゃの」

 モールは、少し首を傾げてティナに答える。
 一方、フレイには、「お主の方がエルフに愛されておるのかもな」と、フレイの英精水が優れていることを誉める。
 フレイは、えへへっと照れ笑いをする。
 それを微笑ましそうに眺めたモールは、一転して難しい顔をして考え込む。

「あとは、日持ちの問題じゃな」

「魔法瓶に詰めたら、どうだい?」

 メラニアは、そう言って立ち上がり、薬瓶が置かれている棚から、空の瓶を取って戻ってくる。

「これなら、ある程度は保存が利くのじゃないかい?」

 メラニアが手にしている魔法瓶には、細かい魔方陣が二つ刻まれており、それぞれの中央に魔石が嵌め込まれている。

「貯蔵筒か……」

 モールは、メラニアから魔法瓶を受け取り、その魔法瓶に描かれた魔方陣を読み解く。

「時属性の遅延効果と風属性の密封効果じゃの。確かに、これなら、うまくいくかもしれん」

 モールは、再び無言を貫いているティナに、その魔法瓶を手渡す。

「これを試してみてくれ。どれくらい日持ちをするか分からぬが、何もないよりかは、ましじゃろうて……」

 ティナは、モールの言葉に静かに頷く。
 手に取った魔法瓶は、ティナも見たことがある。
 だが、この魔法瓶は、大陸ではたいへん貴重な品である。
 この魔法瓶ひとつで、数十人が泊まれる宿屋が五軒は買えてしまう代物である。

「うん……? お主、どうしたのじゃ?」

「何でも……ないわい。ちと、舌が痺れておっただけじゃ」

「はははっ。お主には、刺激的過ぎたか。実は、わしも、苦味に耐えておったわい。はははっ」

 ティナの答えに破顔したモールは、愉快に笑い、同類を見る目でなおも笑い続ける。

「えぇい。わらわを笑い者にするでない。お主とて、許さぬぞ」

 ティナは、目尻を吊り上げ、モールを睨み上げる。
 その目は座っており、冗談が通じぬことを物語っている。

「はははっ。すまん、すまん。お主も年相応じゃと思ってな」

「わらわは、甘党なだけじゃ。子どもではない」

 ティナは、モールが時おり見せる子ども扱いが気に入らない。
 特に、ティナがロンギマルの娘であることを知ってからは、その態度が如実に現れている。

「僕も、甘いものが大好きだよ。だから、これは嫌い。苦過ぎるよね」

 フレイは、モールとティナの言い合いに割って入り、部屋の空気がギスギスしないように気を配る。

「ほほぅ……。お主とは、意見が合うの」

「そう?」

「そうじゃ。この男より、よほど話が分かるぞ」

 ティナは、機嫌を取り直して、フレイに微笑む。

「これは、ありがたく貰っておく。わらわが、長年探し求めていたものじゃからな」

 ティナは、風属性の魔法で英精水を宙へ浮かせ、手に持った魔法瓶の中へ流し込む。
 そして、大事そうに蓋をし、中身がこぼれないかどうかを確め、満足そうに頷く。

「お主には、厚く礼をしなくてはならんな」

「僕に? 僕は、何もいらないよ」

 フレイは、両手を横に振って、ティナの申し出を断る。

「そうは、いかん。これは、幻の薬じゃぞ。これだけの量で、城が丸ごと買えるのじゃ」

「城? よく分からないけど、僕は、ティナのお母さんが元気になるなら、それでいいよ」

 フレイは、困った表情を浮かべ、モールへ助け船を求める。
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