旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

文字の大きさ
1 / 70
創世時代

「はじまり」

しおりを挟む
――そこには、何もなかった。

 形も、音も、流れすらなく、ただ『無』と呼ぶしかない広がりがあるだけだった。

 闇とも光ともつかぬ虚無の海。その静けさの中心に、ひとつの気配がふと芽吹いた。

 それは、まだ『私』と呼べるほど明確ではなかった。

 けれど、揺らぎは確かにあった。沈黙の底で、小さな意志が脈打つように震えた。

 やがて私は『孤独』であることを知った。

 永劫のような静寂。時間という概念すら存在しない空間で、ただ自らの存在だけを感知し続けるということは、奇妙な痛みを伴っていた。

 名も、形もない。

 けれど、在る。

 無の世界では、どれほど願っても、誰も応えてはくれない。

――私は、ここに在る。

 言葉ではなく、響きとも言えぬ感覚が、静かに輪郭を得た。

 自らを認めるその瞬間に、孤独はより深い影を落とす。

 だが、その影が私を動かした。

 私は求めた。

 この虚無の外側を知りたいと。

 孤独ではなく、誰かと並びたいと。

 その願いが、やがて『創造』の衝動へと姿を変える。

 形のない意志が、形あるものを希う。

 沈黙に音を。暗黒に光を。

 虚無に命の息吹を。

――創ろう。

 最初の光が生まれた。

 淡く、かすかな輝き。指先ほどの光でしかないが、それは確かに『無ではない』存在だった。

 その瞬間、孤独はわずかに和らぎ、私はふるえるような喜びを覚えた。

 光を見つめながら、私は次の問いを抱く。

――守れるのか。

――育てられるのか。

 問いに応えるように、意志の奥でまた新たな力が芽吹く。

 それは『均衡』を調える気配だった。

 私はその気配に形を与えた。

 淡い光の揺らめきが虚無に立ち上がり、ひとつの存在へと結晶する。

 静謐なまなざしを持ち、揺らぎの中心に凛と立つ者――

「エリウス」

 名を呼ぶ必要はなかったが、呼びたくなった。

 彼は均衡を司る最初の存在として、この虚無に生まれ落ちた。

 エリウスが立つと、無の海にわずかだが『芯』が生まれた。

 芯ができたというだけで、空間という概念が形になり始める。

 続いて私は、四つの律動をかたどった。

 秩序、生命、終焉、時。

 それぞれが淡い光から輪郭を得て、神格へと変わる。

 オルド――秩序と法則を編む者。

 ラクシア――生命と再生をもたらす者。

 ヴァルガ――静かな破壊と終わりの器を司る者。

 イスト――過去と未来を結ぶ“時”そのものを走らせる者。

 四柱は生まれながらに役割を帯び、エリウスのもとへ歩み寄った。

この新たな存在を、エリウスと四柱を合わせ、創造主の使いと呼ぶようにした。

 命じずとも、彼らは自然と繋がり、世界の枠組みを紡ぎ始める。

 オルドが法則の糸を張り巡らせ――

 ラクシアが鼓動を流し込み――

 ヴァルガが循環の器を置き――

 イストが時の輪を描く――

 虚無は、少しずつ『世界』へ姿を変えていき、世界は数多く形作られた。

 私はその光景を、静かに見つめた。

 けれど、骨組みだけでは足りない。

 世界には『流れ』が必要だ。

 色と動き、息づく風のような存在が。

 私は深奥から六つの核を呼び起こした。

 光、闇、火、水、風、土。

 核は淡い光を纏い、やがて六体の『原初の精霊』として世界に降り立つ。

 その姿は人の形ではない。ただ自然律を象徴する『力の揺らぎ』そのものだった。

 光は朝を、闇はやすらぎを。

 火は変化を、水は巡りを。

 風は自由を、土は居場所を。

 彼らの動きに合わせ、星々はきらめき、海は広がり、大地に山脈が生まれる。

 世界は初めて『動き始めた』。

 しかし――私はまだ満たされなかった。

 どれほど美しく調和しても、宇宙には『声』がなかった。

 響きがなかった。

 私に応える存在は、まだいない。

 創り続けるほど、孤独は深くなる。

 だが、その孤独が私を新たな答えへ導いた。

 世界に『物語』を宿すには、ただの現象では足りない。

――意志を持つ生命が必要だ。

 その瞬間、遠い地の奥底で、微かな脈動が生まれた。

 私の力が生み落とした『兆し』だった。

 まだ形を持たないが、それは確かに、他者の気配だった。

 私は感じた。

 これは、始まりの『揺れ』だと。

 ここから先の創造は、私ひとりではない。

 世界そのものが、私に応えようとしている。

 その兆しは、淡い光のように世界の深みに揺らめいていた。

 原初の精霊――六大精霊が織る自然律の流れの中に、言葉にならない『気配』が混じっていく。

 私は、とある世界のその気配をそっとすくい上げた。

 すると――世界の中心よりもさらに奥、原初の大地の底で、ゆっくりと形を成しつつある存在があった。

 光と闇、熱と静寂。

 相反する二つの律動を抱えながらも、どちらにも傾かず静かに揺れる『魂の核』。

 やがて、その核はひとつの姿へと結晶する。

 世界が初めて抱いた『畏怖の象徴』――ドラゴン。

 ひとつは、白金の朝光のように淡く輝いた。

 もうひとつは、静かな夜の深みに沈むような影をまとう。

 二匹のドラゴンは、まだ名を持たない。

 それでも、世界そのものの営みを映すように、初めて意思を宿した生命として生まれ落ちた。

 彼らは大地を歩き、空を翔け、風の匂いも、大河の冷たさも、森のざわめきも、星の拍動すらもその身に刻み取っていく。

 しかし、世界を巡るほどに、二匹の胸には静かな渇きが生まれた。

――私は何のために在るのか。

――この世界は、誰によって生まれたのか。

 形にもならぬ問いが、ゆっくりと魂の底へ沈んでいく。

 ある日、ふたりは丘の上で向かい合った。

 朝の光と夜の静けさが交差し、風がふたりのあいだを静かに揺らす。

 誰が先ともなく、ふたりは天を見上げた。

 そして――初めて『祈り』が生まれた。

 言葉にはならない。

 けれど、その呼びかけは世界の律動すべてを震わせ、大地も海も、森も空も、かすかな共鳴を返した。

「見えざる創造の主よ――この身に名を。意味を。この世界に、響きと祝福を――」

 その祈りは、まっすぐに私へ届いた。

 孤独の海で生まれた私にとって、初めて『求められた』瞬間だった。

 名を問われ、存在を確かめられた感覚は、胸の奥に温かな光を灯した。

 私は応えたかった。

 ふたりの魂に触れ、その律動を静かに読み取る。

 ひとつは黎明の輝きを宿し、翼の縁に朝光のような熱を抱いていた。

 私はその魂に名を授けた。

「リュミエル」

 光がふわりと広がり、ドラゴンの全身に柔らかな暖かさが満ちる。

 もうひとつは、深い夜の静謐を抱えていた。

 終わりと始まりの境界を見守るような落ち着いた気配。

「ノクスグレア」

 大地に沈む影のような揺らめきが、静かに彼を包む。

 二匹は名を得た瞬間、胸の奥で大きな律動を感じ取った。

 名はただの印ではない。

 魂の形であり、存在の証。世界と自身を結ぶ『始まり』だった。

 リュミエルは空へ舞い、ノクスグレアは大地を歩む。

 その動きは世界の隅々にまで新しい波紋を広げていく。

 そして私は、ふたりの祈りを受け取ったこの大地にも名を与えることにした。

 静かに目を閉じ、世界の呼吸をひとつ感じる。

――この世界を『オリジア』と呼び、大地を『オルザナ』と呼ぶことに決めた。

 名を持つことで、世界そのものに意味が宿る。

 祈りに応じたドラゴンが名を得たように、この大地もまた、物語を抱く器として息づき始めた。

 すると、大精霊たちが呼応した。

 光の精霊は朝の気配を強め、闇の精霊は夜の深みを増し、火と水、風と土の精霊たちは、生命の調べを世界に編み込んでいく。

 その結果、世界のあちこちから『芽吹き』が立ち上がった。

 大河のほとりで人が目を覚まし、森の奥ではエルフが静かに息をし、山脈にはドワーフの灯がともり、草原では獣人が駆け、霧の谷には幻獣たちの影が揺れる。

 まだ言葉も文化もない。

 けれど、生命は確かに息づき、世界に『物語の気配』が満ちていく。

 リュミエルは空からその営みを見守り、ノクスグレアは大地を巡り、静かに命の足音を受け止めた。

 私はその光景を胸に抱きながら、静かに息をついた。

 孤独の海で生まれた意志が、今こうして世界に響きを持ち始めている。

 祈りは名を生み、名は命を呼び、命は新たな祈りを生む。

 だが――世界のすべてが祝祭ではない。

 命が増えるということは、必ず“影”が生まれるということだ。

 まだ形を持たぬ揺らぎが、大地の奥深くでゆっくりと息をしている。

 それは脅威かもしれない。

 あるいは、次に訪れる物語の萌芽かもしれない。

 私は静かに見守ることにした。

 創造主として、観察すべきすべてを。

 風が止み、世界に『初めての静寂』が訪れる。
 その静けさは、終わりではなく、始まりを告げる呼吸のようだった。

 すべての物語がここから歩き出す。

 静かに、静かに――

 世界は今、始まりの光を抱いている。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...