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神話時代:祈りの丘・最初の巫女
【祈りの丘・最初の巫女】 第二話:「精霊の気配」
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夜明けの光が、焦げた大地にそっと触れていた。
空はまだ淡い灰色のまま、東だけがわずかに明るい。焼けた風が静かに流れ、色を失った村全体をゆっくり撫でていく。
私は、丘の上で膝をついていた。土の奥から伝わる冷たさは、まるで世界そのものが眠りきれずに残してしまった痛みのようだった。
灰の匂い、崩れた石、焦げた木々の影。
どれもが昨夜の悲鳴の余韻を抱えたまま、ただ沈黙している。
――少女の身体は、まだ震えを覚えている。焼け跡の冷たさと、胸の奥に残る喪失の感触を。
その感覚は、痛みよりも静かな重さだった。胸の奥に沈む何かに、私自身の意識がゆっくりと引き寄せられていく。
風が、丘を抜けた。
焼け焦げた木々の隙間で、その風がひときわ強く揺れた瞬間――胸の奥に微かなざわめきが走る。
――……いる。
――この世界のどこかで、誰かが呼吸している。
それは言葉ではなく、声でもなかった。
ただ、世界の奥で脈動する『何か』が、少女の身体を通して私に触れた。
私は指先を土に触れさせる。まだ冷たい。けれど、そのさらに奥に、じんわりとした温もりが残っていた。命の余韻――そんな言葉が頭をよぎる。
静かに目を閉じて耳を澄ませば、風の流れる音、小鳥のかすかな羽ばたき。
世界は、完全には死んでいない。
「……ここに、いるの?」
か細い声が唇から零れた。少女の言葉は、震えながらも確かに空へ向けて放たれる。
その声に答えるものはなかった。
けれど沈黙の底で、ひとつの揺らぎが生まれた。
風が微かに触れたのだ。
意識の奥底で、柔らかな感触が響く。
――この揺れ……精霊か。
私はゆっくり立ち上がる。焼けた大地が足元で小さく音を立てる。
丘の下には、変わらぬ焼け野原が広がっていた。光を失った世界の中で、それでも私は、目に見えない気配を探していた。
「……生きている?」
また問いかける。
少女の声は風に溶け、土の上で静かに消えていく。
その瞬間、風がひときわ強く吹き抜けた。
灰色の大地に、ひとつ、ふたつ。
小さな緑の芽が顔を覗かせる。
私は息をのみ、その光景を凝視した。
――これは……少女の祈りの残響だ。
アノンとしての私が理解した。少女の心の奥に沈んでいた『願い』が、世界にわずかな応えを呼び起こしたのだ。
芽吹いた緑はかすかに揺れ、朝の光を受けて柔らかく光る。
丘の下では、生き残った村人たちがゆっくりと歩き出していた。
誰も空を見上げず、ただ地面を見つめるように。
その足取りは重く、声一つ交わさない。
私は、その様子を遠くから見ていた。近づくことも、声をかけることもできなかった。
少女の心の奥底で、冷たい孤独が広がる。『誰にも見つけてもらえない』そんな思いが、足元から絡みついてくる。
けれど、私はそこで立ち止まらない。
まだ歩ける。
祈りに触れた身体は、再び前へ進もうとしている。
私は、朝の色が溶ける空をもう一度見上げた。
雲の切れ間から差し込む光は弱い。それでも確かに、焦げた大地を照らしていた。
――まだ終わっていない。
――この世界は、もう一度息をしようとしている。
その確信が胸に静かに流れ込む。
風が少女の白い髪を揺らし、焦げた匂いの中に、ほんの僅かな温度を運んできた。
私はそっと、祈った。
光が戻るように。
誰かが泣かずに済む未来が訪れるように。
その祈りは、言葉ではなかった。
ただ、胸の奥から自然に湧き出す願いだった。
……そして、土の下から温かな気配がふわりと流れ出した。
大地の鼓動が、少女の掌にかすかに伝わってくる。
◇◇◇
村に戻ると、人の気配はわずかに増えていたが、誰もが顔を上げようとしなかった。
井戸のそばには数人の村人が集まり、年老いた男が石に腰を下ろしたまま顔を覆っている。隣では、小さな女の子が膝を抱えていた。
私はそっと近づいた。足音に気づいたのか、大人のひとりがこちらを見やる。だが、その視線はすぐに逸れてしまう。
怯えと警戒。
そのどちらも、私ではなく――少女へ向けられた感情だった。
細い白髪を束ね、焦げで汚れた服の裾を握る。
大陸分断の混乱で種族の多くが散り、この村に残されたのはほとんど人間ばかり。
耳の形、髪の色……その違いは、この村では目立ちすぎた。
「……耳、尖ってる……」
「精霊の子、なのかもな」
風に溶ける声が、私の周囲を揺らした。
私は静かにその視線を受け止める。
長い髪。青白い肌。焼け跡の空を映す瞳。
異質な存在。
この世界で生きる少女は、いつもそう見られていたのだろう。
ふいに、か細い声が漏れた。
「……私、なにも悪いことはしていない」
誰にともなく零れた声は、空へ昇りそのまま消えた。
けれど返事はなかった。孤独が胸の奥を強く締め付ける。
◇◇◇
そのとき、ひとりの年老いた女性が近づき、そっと私の頭に手を置いた。
荒れた掌のはずなのに、その触れ方は驚くほど優しかった。
「怖がらなくていいよ。みんな同じさ。もうこの村に家も名前も残っちゃいない」
胸の奥で、小さく固まった何かがほどけていく。
少女の心が反応している――私はその揺れを内側から感じていた。
子供たちは私の髪に手を伸ばしかけ、けれど途中で思いとどまる。その躊躇いが、『孤独』をより際立たせた。
やがて、幼い男の子が涙声を上げた。
「精霊の子なんだったら……助けてよ」
「お母さん、もう帰ってこないの? ねえ、何かして」
私は息を飲む。
その瞳の奥――そこには明確な『祈り』が宿っていた。
――人は、絶望の中でも祈らずにはいられない。
私は静かに膝をつき、指先で大地に触れた。
土は冷たく、乾いていた。
それでも、その奥には確かな温もりが息づいている。
「……大丈夫。きっと、また光が戻るよ」
自然と口をついて出た言葉。
これは創造主としての理ではない。この少女の願いだった。
子供たちが、ぽつりぽつりと私のもとへ集まってくる。
しかし、大人たちは距離を置き、ただ見守るだけだった。
幾重にも重なる『孤独の輪』が、景色の向こうに広がっていく。
私はもう一度、掌を開いた。風が髪を揺らし、その風の気配に微かな脈動が宿る。
土の奥――焼けた地表の下で。
淡い光が、小さく浮かび上がった。
私は息を呑む。
光は揺れながら地面を巡り、ひとつ、またひとつと草木の眠りを解き始める。
「……見えるの?」
「うん、光が……」
子供たちの声が重なり、震えと驚きが連なっていく。
祈りは静かに連鎖する――私はその光景を見つめた。
目を閉じた瞬間、胸の奥に遠い『歌』が響いた気がした。
世界が初めて祈りを持った時――
二匹の竜たちが丘に捧げた、あの原初の歌。
◇◇◇
風が丘を渡る。
土の匂い、芽吹きの温度、淡い光の揺らぎ――
すべてが、再び『命』へ戻ろうとしていた。
私は立ち上がり、丘の上を見やった。
そこには誰もいないはずだった。しかし、確かな『気配』があった。
名もなき存在たちの、静かなまなざし。
彼らは言葉を持たず、風や光、土の脈動として『ここにいる』ことを告げている。
私は、そっと問いかける。
「聞こえていますか」
「私は、あなたたちの声を探している」
その瞬間、胸の奥に確かな共鳴が生まれた。
冷たい大地がじんわりと温かさを帯びていく。
名もなき存在たち――精霊の気配は、私だけでなく、子供たちの心にも届いていた。
祈りは届く。
希望は、また芽吹く。
私は静かに微笑んだ。
淡い光が、ゆっくりと地面を満たしていった。
空はまだ淡い灰色のまま、東だけがわずかに明るい。焼けた風が静かに流れ、色を失った村全体をゆっくり撫でていく。
私は、丘の上で膝をついていた。土の奥から伝わる冷たさは、まるで世界そのものが眠りきれずに残してしまった痛みのようだった。
灰の匂い、崩れた石、焦げた木々の影。
どれもが昨夜の悲鳴の余韻を抱えたまま、ただ沈黙している。
――少女の身体は、まだ震えを覚えている。焼け跡の冷たさと、胸の奥に残る喪失の感触を。
その感覚は、痛みよりも静かな重さだった。胸の奥に沈む何かに、私自身の意識がゆっくりと引き寄せられていく。
風が、丘を抜けた。
焼け焦げた木々の隙間で、その風がひときわ強く揺れた瞬間――胸の奥に微かなざわめきが走る。
――……いる。
――この世界のどこかで、誰かが呼吸している。
それは言葉ではなく、声でもなかった。
ただ、世界の奥で脈動する『何か』が、少女の身体を通して私に触れた。
私は指先を土に触れさせる。まだ冷たい。けれど、そのさらに奥に、じんわりとした温もりが残っていた。命の余韻――そんな言葉が頭をよぎる。
静かに目を閉じて耳を澄ませば、風の流れる音、小鳥のかすかな羽ばたき。
世界は、完全には死んでいない。
「……ここに、いるの?」
か細い声が唇から零れた。少女の言葉は、震えながらも確かに空へ向けて放たれる。
その声に答えるものはなかった。
けれど沈黙の底で、ひとつの揺らぎが生まれた。
風が微かに触れたのだ。
意識の奥底で、柔らかな感触が響く。
――この揺れ……精霊か。
私はゆっくり立ち上がる。焼けた大地が足元で小さく音を立てる。
丘の下には、変わらぬ焼け野原が広がっていた。光を失った世界の中で、それでも私は、目に見えない気配を探していた。
「……生きている?」
また問いかける。
少女の声は風に溶け、土の上で静かに消えていく。
その瞬間、風がひときわ強く吹き抜けた。
灰色の大地に、ひとつ、ふたつ。
小さな緑の芽が顔を覗かせる。
私は息をのみ、その光景を凝視した。
――これは……少女の祈りの残響だ。
アノンとしての私が理解した。少女の心の奥に沈んでいた『願い』が、世界にわずかな応えを呼び起こしたのだ。
芽吹いた緑はかすかに揺れ、朝の光を受けて柔らかく光る。
丘の下では、生き残った村人たちがゆっくりと歩き出していた。
誰も空を見上げず、ただ地面を見つめるように。
その足取りは重く、声一つ交わさない。
私は、その様子を遠くから見ていた。近づくことも、声をかけることもできなかった。
少女の心の奥底で、冷たい孤独が広がる。『誰にも見つけてもらえない』そんな思いが、足元から絡みついてくる。
けれど、私はそこで立ち止まらない。
まだ歩ける。
祈りに触れた身体は、再び前へ進もうとしている。
私は、朝の色が溶ける空をもう一度見上げた。
雲の切れ間から差し込む光は弱い。それでも確かに、焦げた大地を照らしていた。
――まだ終わっていない。
――この世界は、もう一度息をしようとしている。
その確信が胸に静かに流れ込む。
風が少女の白い髪を揺らし、焦げた匂いの中に、ほんの僅かな温度を運んできた。
私はそっと、祈った。
光が戻るように。
誰かが泣かずに済む未来が訪れるように。
その祈りは、言葉ではなかった。
ただ、胸の奥から自然に湧き出す願いだった。
……そして、土の下から温かな気配がふわりと流れ出した。
大地の鼓動が、少女の掌にかすかに伝わってくる。
◇◇◇
村に戻ると、人の気配はわずかに増えていたが、誰もが顔を上げようとしなかった。
井戸のそばには数人の村人が集まり、年老いた男が石に腰を下ろしたまま顔を覆っている。隣では、小さな女の子が膝を抱えていた。
私はそっと近づいた。足音に気づいたのか、大人のひとりがこちらを見やる。だが、その視線はすぐに逸れてしまう。
怯えと警戒。
そのどちらも、私ではなく――少女へ向けられた感情だった。
細い白髪を束ね、焦げで汚れた服の裾を握る。
大陸分断の混乱で種族の多くが散り、この村に残されたのはほとんど人間ばかり。
耳の形、髪の色……その違いは、この村では目立ちすぎた。
「……耳、尖ってる……」
「精霊の子、なのかもな」
風に溶ける声が、私の周囲を揺らした。
私は静かにその視線を受け止める。
長い髪。青白い肌。焼け跡の空を映す瞳。
異質な存在。
この世界で生きる少女は、いつもそう見られていたのだろう。
ふいに、か細い声が漏れた。
「……私、なにも悪いことはしていない」
誰にともなく零れた声は、空へ昇りそのまま消えた。
けれど返事はなかった。孤独が胸の奥を強く締め付ける。
◇◇◇
そのとき、ひとりの年老いた女性が近づき、そっと私の頭に手を置いた。
荒れた掌のはずなのに、その触れ方は驚くほど優しかった。
「怖がらなくていいよ。みんな同じさ。もうこの村に家も名前も残っちゃいない」
胸の奥で、小さく固まった何かがほどけていく。
少女の心が反応している――私はその揺れを内側から感じていた。
子供たちは私の髪に手を伸ばしかけ、けれど途中で思いとどまる。その躊躇いが、『孤独』をより際立たせた。
やがて、幼い男の子が涙声を上げた。
「精霊の子なんだったら……助けてよ」
「お母さん、もう帰ってこないの? ねえ、何かして」
私は息を飲む。
その瞳の奥――そこには明確な『祈り』が宿っていた。
――人は、絶望の中でも祈らずにはいられない。
私は静かに膝をつき、指先で大地に触れた。
土は冷たく、乾いていた。
それでも、その奥には確かな温もりが息づいている。
「……大丈夫。きっと、また光が戻るよ」
自然と口をついて出た言葉。
これは創造主としての理ではない。この少女の願いだった。
子供たちが、ぽつりぽつりと私のもとへ集まってくる。
しかし、大人たちは距離を置き、ただ見守るだけだった。
幾重にも重なる『孤独の輪』が、景色の向こうに広がっていく。
私はもう一度、掌を開いた。風が髪を揺らし、その風の気配に微かな脈動が宿る。
土の奥――焼けた地表の下で。
淡い光が、小さく浮かび上がった。
私は息を呑む。
光は揺れながら地面を巡り、ひとつ、またひとつと草木の眠りを解き始める。
「……見えるの?」
「うん、光が……」
子供たちの声が重なり、震えと驚きが連なっていく。
祈りは静かに連鎖する――私はその光景を見つめた。
目を閉じた瞬間、胸の奥に遠い『歌』が響いた気がした。
世界が初めて祈りを持った時――
二匹の竜たちが丘に捧げた、あの原初の歌。
◇◇◇
風が丘を渡る。
土の匂い、芽吹きの温度、淡い光の揺らぎ――
すべてが、再び『命』へ戻ろうとしていた。
私は立ち上がり、丘の上を見やった。
そこには誰もいないはずだった。しかし、確かな『気配』があった。
名もなき存在たちの、静かなまなざし。
彼らは言葉を持たず、風や光、土の脈動として『ここにいる』ことを告げている。
私は、そっと問いかける。
「聞こえていますか」
「私は、あなたたちの声を探している」
その瞬間、胸の奥に確かな共鳴が生まれた。
冷たい大地がじんわりと温かさを帯びていく。
名もなき存在たち――精霊の気配は、私だけでなく、子供たちの心にも届いていた。
祈りは届く。
希望は、また芽吹く。
私は静かに微笑んだ。
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