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神話時代:祈りの丘・最初の巫女
【祈りの丘・最初の巫女】 エピローグ:「世界樹の麓で」
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世界樹の梢が、朝の風にそっと揺れていた。
葉先からこぼれる光は、まだ眠りの余韻をまとっていて、村の空気を静かに包みこんでいる。
私は、いつものように大きな幹の傍らに立っていた。
小さな苗木だった世界樹は、今や村と森を包むほどにその根を張り、空高く伸びた枝葉が、朝も昼も夕も、どこにいてもその存在を感じさせてくれる。
かつて、この場所に立っていたのは名もなき少女だった。
名前も役割もなく、ただ祈りに導かれるように、大地と風とともに日々を過ごしていた少女。
その少女は、いま――世界樹の巫女エルナと呼ばれている。
季節が巡るあいだに、世界樹は枝を大きく広げ、根を深く伸ばし、村と森の営みを包み込んでいった。
春には根元に小さな花が咲き、夏には葉が陽光を反射し、秋には風が澄んだ色を森へ運び、冬には静かな雪が枝を白く染めた。
そうしているあいだに、私はゆっくりと年を重ねた。
畑の作物は豊かになり、子供たちはいつのまにか成長し、次の世代を育てる側となり、その営みを受け継いでいった。
村の暮らしは形を変えながらも、変わらず世界樹の隣で静かに息づいていた。
私は祈りの巫女として、風の流れに耳を澄ませ、森のさざめきを受けとめ、淡い光をまとった精霊たちの気配に寄り添ってきた。
彼らはことばを持たず、ただ光のうねりや風の揺らぎとなって、そっと私のそばにいた。
その静かな寄り添いが、どれほど心を支えていたか知れない。
世界樹の下で過ごした年月は、数えきれないほどの朝と夜になり、祈りの重なりになった。
祝祭の日には村人の歌声が響き、旅人が訪れれば火を分けあい、森に新しい命が芽吹けば私はそっと手を合わせた。
そんな日々が、どれほど愛おしかっただろう。
けれど、私はエルフとして長い時間を生きながら、その終わりを近くに感じるようになっていった。
手に刻まれた皺も、髪に混じる白い光も、どこか穏やかで、さみしさはなかった。
やがて、夜明けとともに目覚める力が少しずつ遠ざかり、光のなかに世界のすべてがやわらかく滲んでいく。
いま、静けさのなかで、この命の終わりを迎えようとしている。
村の子供たちの声も、精霊たちの光も、やわらかな空気のなかで少しずつ遠ざかっていく。
私は静かに目を閉じる。
世界樹の梢が揺れ、淡い光が降り注ぐなか――私は静かに、ひとつの旅路を終えた。
◇◇◇
そして次の瞬間。
私は肉体の輪郭を離れ、ただ『祈りの丘に在る』感覚だけを残していた。
そこには恐れも痛みもなく、風と光に溶けるような軽さがあった。
世界樹の根元には子供たちの笑い声があり、精霊たちの淡い光が揺れ、村と森の営みは変わらず続いていた。
そのとき――丘の空気が、柔らかく揺れた。
光と風のあわいに、静かな気配が姿を現す。
創造主の使い、エリウス。
その後ろには光の大精霊ルミナ、風の大精霊アウラ、土の大精霊グランの気配もそっと寄り添っていた。
「お戻りになられましたか、アノン様」
敬意を含んだ声が、風に溶けるように響いた。
私は静かにうなずいた。
長く続いた憑依としての旅が、ようやく終わりを迎えたのだ。
エリウスは、ほんのわずかに目を細めた。
その視線には、旅路のすべてを見届けてきた者だけが持つ、静かな誇りが宿っている。
「すべては、アノン様が静かに見守られていたからこそ、村の人々も、森の命も、精霊たちも、それぞれの歩みを続けることができました」
風に混じるその声音は、どこまでも穏やかだった。
私はふと、世界樹の梢を見上げた。
そこには、名を与えられ、巫女として歩みきった少女の痕跡が、光となって漂っているように思えた。
「名もなき少女の祈りは、世界樹と村を包んだ。……あれほど静かで、優しい循環が生まれるとは思わなかったよ」
そう告げると、ルミナが光の揺らぎとともに近づいてくる。
「アノン様。祈りは命を灯し、命はまた光を生みます。少女が紡いだ想いは、未来の誰かの歩みを照らすでしょう」
ルミナの声は、あたたかさそのものだった。
夜明けの光がその輪郭に溶け、世界樹の影と重なって、ひとつの物語を描き出す。
アウラが風を纏わせながら私の周囲を巡る。
「ここから始まった願いは、ずっと続いていきます。森も村も、風に託された祈りを忘れません」
その言葉に、森の葉がそっと揺れた。
精霊たちの気配が重なり合い、まるで少女の名を再び祝福するかのように淡く光る。
最後に、グランが大地の奥から響く声で語りかけてくる。
「命は土に還り、また芽吹く。あの少女の祈りがあったからこそ、世界樹の根は深く、強く育った。これからも大地は、この世界を支え続ける」
その言葉に、私は静かに目を閉じた。
祈りも命も、短いものも長いものも、確かに世界のどこかに残り続ける――
◇◇◇
「ありがとう、みんな」
私は小さく言葉を紡ぎ、世界樹を振り返る。
根元では、村の子供たちが花を手向け、大人たちが静かに手を合わせていた。
精霊たちの淡い光は、枝のあわいを漂い、彼らの営みをやわらかく見守っている。
あの少女が生きた場所。
名前を与えられた少女が歩んだ世界。
そして、祈りが息づき続ける村。
――もう、心残りはない。
私は風に溶けるように歩き出した。
光と気配が薄れていき、祈りの丘がゆっくりと遠ざかっていく。
その向こうに――境界の光が広がっていた。
私はその光の中へ、静かに足を踏み入れる。
淡い空間の奥に、創造主の使いたち――オルド、ラクシア、ヴァルガ、イスト――が揃って待っていた。
誰もが深い敬意と、再会の安堵をその姿に宿している。
「アノン様。長き旅路、確かに拝見いたしました」
オルドが胸に手を当て、一礼する。
その厳かさは、秩序を司る者らしい静かな圧を含んでいた。
ラクシアは柔らかな光をまとい、私を見るだけで涙をこぼしそうな表情をしている。
「少女の祈り……とても、やさしかった。アノン様が紡いだ道は、あの世界に命の循環を残しました」
ヴァルガが腕を組み、うなずく。
イストは静かに時の流れをまとい、私へと視線を向ける。
「アノン様。あなたの祈りは、時を越えて響きました。次なる時代にも、きっと届くでしょう」
皆の言葉を受け取ると、胸の奥に、小さな熱が灯る。
あの少女――エルナ。
村の人々。
精霊たち。
世界樹の静かな鼓動。
彼らの営みは、もう私の手を離れ、確かに未来へ続いていく。
「……さて」
私は、静かに息をついた。
「次の問いを探しに行こう」
その瞬間、風が音もなく膨らみ、光が世界の縁へと道を描いた。
私の声は、やがて静かな風に溶けていく。
世界樹の丘へ、森へ、村へ、そして――まだ見ぬ未来の物語へ。
祈りは途切れない。
命は巡り続ける。
物語は、またどこかで始まる。
――始まりの静けさのなかで、私はそっと歩き出した。
葉先からこぼれる光は、まだ眠りの余韻をまとっていて、村の空気を静かに包みこんでいる。
私は、いつものように大きな幹の傍らに立っていた。
小さな苗木だった世界樹は、今や村と森を包むほどにその根を張り、空高く伸びた枝葉が、朝も昼も夕も、どこにいてもその存在を感じさせてくれる。
かつて、この場所に立っていたのは名もなき少女だった。
名前も役割もなく、ただ祈りに導かれるように、大地と風とともに日々を過ごしていた少女。
その少女は、いま――世界樹の巫女エルナと呼ばれている。
季節が巡るあいだに、世界樹は枝を大きく広げ、根を深く伸ばし、村と森の営みを包み込んでいった。
春には根元に小さな花が咲き、夏には葉が陽光を反射し、秋には風が澄んだ色を森へ運び、冬には静かな雪が枝を白く染めた。
そうしているあいだに、私はゆっくりと年を重ねた。
畑の作物は豊かになり、子供たちはいつのまにか成長し、次の世代を育てる側となり、その営みを受け継いでいった。
村の暮らしは形を変えながらも、変わらず世界樹の隣で静かに息づいていた。
私は祈りの巫女として、風の流れに耳を澄ませ、森のさざめきを受けとめ、淡い光をまとった精霊たちの気配に寄り添ってきた。
彼らはことばを持たず、ただ光のうねりや風の揺らぎとなって、そっと私のそばにいた。
その静かな寄り添いが、どれほど心を支えていたか知れない。
世界樹の下で過ごした年月は、数えきれないほどの朝と夜になり、祈りの重なりになった。
祝祭の日には村人の歌声が響き、旅人が訪れれば火を分けあい、森に新しい命が芽吹けば私はそっと手を合わせた。
そんな日々が、どれほど愛おしかっただろう。
けれど、私はエルフとして長い時間を生きながら、その終わりを近くに感じるようになっていった。
手に刻まれた皺も、髪に混じる白い光も、どこか穏やかで、さみしさはなかった。
やがて、夜明けとともに目覚める力が少しずつ遠ざかり、光のなかに世界のすべてがやわらかく滲んでいく。
いま、静けさのなかで、この命の終わりを迎えようとしている。
村の子供たちの声も、精霊たちの光も、やわらかな空気のなかで少しずつ遠ざかっていく。
私は静かに目を閉じる。
世界樹の梢が揺れ、淡い光が降り注ぐなか――私は静かに、ひとつの旅路を終えた。
◇◇◇
そして次の瞬間。
私は肉体の輪郭を離れ、ただ『祈りの丘に在る』感覚だけを残していた。
そこには恐れも痛みもなく、風と光に溶けるような軽さがあった。
世界樹の根元には子供たちの笑い声があり、精霊たちの淡い光が揺れ、村と森の営みは変わらず続いていた。
そのとき――丘の空気が、柔らかく揺れた。
光と風のあわいに、静かな気配が姿を現す。
創造主の使い、エリウス。
その後ろには光の大精霊ルミナ、風の大精霊アウラ、土の大精霊グランの気配もそっと寄り添っていた。
「お戻りになられましたか、アノン様」
敬意を含んだ声が、風に溶けるように響いた。
私は静かにうなずいた。
長く続いた憑依としての旅が、ようやく終わりを迎えたのだ。
エリウスは、ほんのわずかに目を細めた。
その視線には、旅路のすべてを見届けてきた者だけが持つ、静かな誇りが宿っている。
「すべては、アノン様が静かに見守られていたからこそ、村の人々も、森の命も、精霊たちも、それぞれの歩みを続けることができました」
風に混じるその声音は、どこまでも穏やかだった。
私はふと、世界樹の梢を見上げた。
そこには、名を与えられ、巫女として歩みきった少女の痕跡が、光となって漂っているように思えた。
「名もなき少女の祈りは、世界樹と村を包んだ。……あれほど静かで、優しい循環が生まれるとは思わなかったよ」
そう告げると、ルミナが光の揺らぎとともに近づいてくる。
「アノン様。祈りは命を灯し、命はまた光を生みます。少女が紡いだ想いは、未来の誰かの歩みを照らすでしょう」
ルミナの声は、あたたかさそのものだった。
夜明けの光がその輪郭に溶け、世界樹の影と重なって、ひとつの物語を描き出す。
アウラが風を纏わせながら私の周囲を巡る。
「ここから始まった願いは、ずっと続いていきます。森も村も、風に託された祈りを忘れません」
その言葉に、森の葉がそっと揺れた。
精霊たちの気配が重なり合い、まるで少女の名を再び祝福するかのように淡く光る。
最後に、グランが大地の奥から響く声で語りかけてくる。
「命は土に還り、また芽吹く。あの少女の祈りがあったからこそ、世界樹の根は深く、強く育った。これからも大地は、この世界を支え続ける」
その言葉に、私は静かに目を閉じた。
祈りも命も、短いものも長いものも、確かに世界のどこかに残り続ける――
◇◇◇
「ありがとう、みんな」
私は小さく言葉を紡ぎ、世界樹を振り返る。
根元では、村の子供たちが花を手向け、大人たちが静かに手を合わせていた。
精霊たちの淡い光は、枝のあわいを漂い、彼らの営みをやわらかく見守っている。
あの少女が生きた場所。
名前を与えられた少女が歩んだ世界。
そして、祈りが息づき続ける村。
――もう、心残りはない。
私は風に溶けるように歩き出した。
光と気配が薄れていき、祈りの丘がゆっくりと遠ざかっていく。
その向こうに――境界の光が広がっていた。
私はその光の中へ、静かに足を踏み入れる。
淡い空間の奥に、創造主の使いたち――オルド、ラクシア、ヴァルガ、イスト――が揃って待っていた。
誰もが深い敬意と、再会の安堵をその姿に宿している。
「アノン様。長き旅路、確かに拝見いたしました」
オルドが胸に手を当て、一礼する。
その厳かさは、秩序を司る者らしい静かな圧を含んでいた。
ラクシアは柔らかな光をまとい、私を見るだけで涙をこぼしそうな表情をしている。
「少女の祈り……とても、やさしかった。アノン様が紡いだ道は、あの世界に命の循環を残しました」
ヴァルガが腕を組み、うなずく。
イストは静かに時の流れをまとい、私へと視線を向ける。
「アノン様。あなたの祈りは、時を越えて響きました。次なる時代にも、きっと届くでしょう」
皆の言葉を受け取ると、胸の奥に、小さな熱が灯る。
あの少女――エルナ。
村の人々。
精霊たち。
世界樹の静かな鼓動。
彼らの営みは、もう私の手を離れ、確かに未来へ続いていく。
「……さて」
私は、静かに息をついた。
「次の問いを探しに行こう」
その瞬間、風が音もなく膨らみ、光が世界の縁へと道を描いた。
私の声は、やがて静かな風に溶けていく。
世界樹の丘へ、森へ、村へ、そして――まだ見ぬ未来の物語へ。
祈りは途切れない。
命は巡り続ける。
物語は、またどこかで始まる。
――始まりの静けさのなかで、私はそっと歩き出した。
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