旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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神話時代:精霊の森・精霊との誓い

【精霊の森・精霊との誓い】 第八話:「森の芽吹き」

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 森の奥の闇は静かで、冷たい風が枝先を鳴らしていた。

 祭壇の前では、キリアとナミが互いの手をぎゅっと握り合い、ユートは恐怖のあまり、言葉を失って立ち尽くしている。

 エンリ長老は、祭壇の石に手を置いて苔の感触を確かめていた。

 ぼくも両手を苔の上に重ねた。

 冷たさと土の湿り気――ずっと変わらないはずのそれが、いまはどこか遠い世界のものみたいだった。

 泉の水面は深く濁り、その上に落ちた淡い光さえ吸い込んでしまう。

 水際では、あの獣の影が身を低くし、濁った目でこちらをじっと見つめていた。

 森全体が、息を潜めている。

 風も音も祈りも、すべてが重く沈んでいた。

 けれど――胸の奥にはまだ、一筋の想いだけが残っていた。

――どうか、この森に、命の光が戻りますように。

――精霊たちが、またここに集えますように。

 言葉にならない祈りが、静かに胸で燃えていく。

 そのときだった。

 泉の奥底。

 見えない水底から、ぽつりと小さな光が浮かびあがった。

 消えてしまいそうなほど弱々しく、けれど確かにそこにある輝き。

 光は波紋を広げ、濁った水を押し返すみたいに淡く色を残した。

 キリアが静かに息を呑む。

「……見て、泉が……」

 ナミがぼくの袖をそっと引いた。

 ユートも、祭壇と泉を何度も見比べている。

 エンリ長老が、低くつぶやいた。

「精霊の……息吹じゃろうな」

 その声は細いけれど、森の奥に届くくらい深くて優しかった。

 光に触れるたび、水面の濁りはほんの少しずつ薄れていく。

 祭壇の苔のあいだからも、細かな光がふわりと立ちのぼった。

 それは土の精霊の気配。

 森の底で眠っていた命が、目を覚まそうとしている証――

 風が森を抜けた。

 さっきまでとは違う、やわらかくて温かい風。

 枝葉が揺れ、小さな花の香りが漂う。

 風の精霊が森全体を包みなおすように、そっと空気を震わせていた。

 ぼくは、その変化を全身で感じていた。

 胸の奥の震えは、少しずつ温もりへと変わっていく。

 泉の底では、光が幾重にも重なり小さな泡のようになって浮かびあがってくる。

 それは、新しい精霊の芽吹き。

 泡は水面でふわりと弾け、淡い虹色の帯となって水辺を漂った。

 獣の影も、その光を見つめていた。

 やがて少しずつ後ずさり、森の闇へと溶け込んでいく。

 完全に消えたわけではないが、荒々しさはもうなかった。

 祭壇の石の間では、苔が露をまとい、小さな芽がそっと顔を出している。

 土の精霊の働きが、ゆっくり森へ広がっていった。

 風がふたたび吹き抜ける。

 今度は、森が歌っているみたいなやさしい音。

 葉がきらめき、花や草がふわりと身を起こす。

 その一つひとつが、目覚めた命の鼓動のようだった。

 ぼくはそっと目を閉じる。

 森が呼吸を取り戻す、この感覚を胸の奥に刻むように。

 目を開けると、村人たちが森の小道の端で立ち止まっていた。

 みんな、森の変化に気づいたのだろう。

 誰も声を出さず、ただ静かに森を見つめていた。

 恐れよりも、戸惑いよりも、祈りに似た眼差しで。

 やがて村人の何人かが、そっと歩みを進めて祭壇の方へ近づいてきた。

 その表情には不安もあったが、同じくらい期待が宿っていた。

「また……精霊が……」

「風が、あたたかい……」

 そんな小さな声が、森のなかに溶けていく。

 ぼくは祭壇の石にそっと手を置いた。

 苔の湿り気。精霊の微かな輝き。

 胸の奥で、あらたな想いが生まれる。

――この森を、もっと知りたい。

――祈りと命の営みが続いていくように。

 泉の水底では光が重なり、虹の帯はさらに濃くなってゆく。

 小さな魚や虫も姿を見せ、命の流れが戻りはじめていた。

 キリアが感嘆の息をもらし、ユートがほほえむ。

 ナミは泉を見つめながら、静かに両手を合わせた。

 土の精霊の力は、地面全体にじんわりと染みわたり、風の精霊は花の香りを村へ運んでいく。

 森は、確かに目覚めはじめていた。

 村の大人たちも、ふとした瞬間にその変化に気づき、互いに目を見合わせる。

 キリアがぼくの肩を軽くたたいた。

「……ルオ。今日の森って、なんかすごく違わない?」

 ぼくはゆっくり頷いた。

「うん。でも……たぶん、森が本当の姿を取り戻しているんだと思う」

 そう言うと、胸の奥に温かいものが広がった。

 ユートが真っ直ぐな声で言う。

「この森、みんなで守らないと」

 ナミも、小さくうなずく。

「……わたしも、できることを探す」

 そのとき、祭壇の苔のあいだからまたひとつ、淡い光が浮かびあがった。

 祈りと誓いが混ざりあったような、小さな光。

 森全体が、それに呼応するように静かに輝いた。

 ぼくは空を見上げる。

 そこには、今までに見たことのないほど澄んだ青が広がっていた。

――この森を、守り抜くこと。

――みんなとともに歩き続けること。

 それが、いまのぼくの誓いだった。

 村へ帰る小道で、誰もが静かに微笑んでいた。

 森の風も、土も、泉も、新しい命の息吹で満ちている。

 世界は、静かに、確かに生まれ変わろうとしていた。

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