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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚
【冒険者ギルド誕生譚】 第三話:「夢と現実」
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夕闇が市場をゆっくりと包み込み、街灯の柔らかな光が石畳に長い影を落としていた。昼の喧騒はどこか遠くへ消えてゆき、酒場の窓には黄昏の色と人影が淡く揺れている。
丸い大きなテーブルを囲み、私たちは昼食からいつしか晩餐へと変わっていった。
パンの香り、温かな香草のスープ、干し肉の噛み応え。誰かが小さく冗談を言えば、近くの誰かがそれに笑い、またすぐに静けさが落ちる。
そうした緩やかな波が、夜の空気をひたすら心地よく揺らしていた。
話題は、今日起きた出来事や、明日の予定、街の噂や小さな自慢話――けれど、心の奥底にひっそり沈んでいる『何か』には、まだ誰も触れようとはしなかった。
誰も触れようとしない『何か』が、ゆっくりと沈んでいるのがわかる。
グリンが仕事の話をしている。
「このあいだの南門でな、台車の車輪が壊れとってのう。作り直したら、店の親父が涙ぐんで喜んどったわい」
誇らしげな声の奥に、どこか遠い気配が宿っていた。
セレナはカップを両手で包み、リュミナと小さく目を合わせている。
リュミナは帳簿の端を指でなぞりながら、何かを考え込んでいた。
沈黙が落ちるたび、外から夜風が細く入り込んでくる。私も、窓越しに浮かぶ星を見上げながら、胸の奥で揺れるものにそっと触れていた。
◇◇◇
不意に、ハリィが立ち上がって窓の外を見る。
「ねえ、皆さ……」
一呼吸置いて、彼は声を落とした。
「いつか、もっと遠くへ行ってみたいと思わない?」
その一言が、場の空気を一瞬で静かにしてしまう。
セレナが肩をすくめ、小さく笑う。
「ここだって十分に大きい街だけど……うん、分かるよ。私も昔は旅人の話に憧れてた」
リュミナも静かに頷いた。
「違う景色、違う人、知らない出来事……、全部を見てみたいって思う。でも――」
言葉をそっと切って、視線を落とす。
「現実は、そんなに甘くないよね」
グリンが工具袋をぽんと叩いた。
「ドワーフが外に出るのも難儀じゃよ。道具ひとつ持ってくだけで背中が折れそうじゃ。……じゃが、新しいもんを作りたい気持ちは、どうにも止まらん」
バルドは腕を組み、小さく息を吐く。
「俺だって、昔は自由に旅いたいと思ってたさ。けど仲間や家族を守るには、ここに根を下ろす方が早いと思ったんだ」
その横顔には、諦めではなく、重ねた年月の静かな覚悟があった。
私は、自分の胸の奥で渦を巻く想いを見つめる。
『遠くへ行きたい』という気持ちと『いまここで誰かと共に生きていたい』という願い。
どちらも嘘じゃなく、どちらも捨てられない。
◇◇◇
テーブルに、また静けさが降りた。
パンの切れ端、揺れる茶の湯気。
誰もが言いかけては、すぐに飲み込む。
外では月が高く昇り、窓の向こうで星が小さく瞬いている。
――このまま終わりたくない。
その想いが、胸のどこかでひっそり灯るのを感じた。
話が途切れたまま、私たちは静かに夜へ歩き出した。酒場の扉を閉めると、街灯の下に伸びる影が、私たちをひとつの輪に包み込む。
猫が路地で短く鳴き、石畳を行く足音が夜気に吸い込まれていく。
言葉はなくても、誰も離れようとはしなかった。
広場へ向かう途中、街全体が少しずつ静けさへ沈んでいくのがわかった。
昼のざわめきとは違う、夜だけが持つ柔らかな息遣いが、路地という路地にひっそり流れ込んでいた。
噴水の水音だけが、澄んだ空気の中で規則的に響いている。
誰からともなくベンチに腰を下ろし、私たちは夜空を見上げた。
「星、よく見えるね。ここでこうしていると、なんだか昔の夢を思い出すわ」
セレナが小さく笑う。
その声は、夜風に溶けるように優しかった。
ハリィが両手を広げる。
「きっと、あの空の向こうには、誰も知らない世界があるんだよ」
グリンがにやりと笑い、足をぶらつかせた。
「わしらの夢は、案外足元に転がっとるのかもしれんがの。……それでも、星を見れば胸が騒ぐ」
しばらく、誰も言葉を続けなかった。
沈黙は重くなく、夜の静けさに寄り添うような穏やかさがあった。
遠くの塔で、鐘がひとつ鳴った。
バルドが深く息を吐き、星を見たまま言った。
「……夢ってのは簡単に叶わねぇ。でも、夢を持つことをやめると、人はそこで止まっちまう気がする」
その声は、不器用だけど芯のある優しさがにじんでいた。
リュミナが手を膝に重ね、そっと言う。
「現実に押しつぶされそうになるときもあるよ。でも……誰かが隣にいてくれたら、それだけでまた歩けると思う」
セレナが微笑む。
「夢って、一人で抱えるより誰かと共有したほうが、きっと強くなるよね」
「僕も、大人になったらきっと遠くへ行くんだ」
ハリィは拳を握りしめて、小さく胸を張った。
私は静かに夜空を仰ぐ。
星々は、どこまでも遠く、手の届かない場所でまたたいている。
それでも、この夜の下で誰かと想いを重ね合えることだけが、確かな現実だった。
そのとき、私の胸の奥にぽつりと小さな願いが芽生える。
――この街のどこかに、誰もが帰れる場所があったら。
――遠くを夢見ても、現実に戻れる『拠り所』があれば。
それはただの願いかもしれない。
けれど、今こうして皆と並んで座っていると、その願いはうっすら形を持ちはじめていた。
バルドが顔を上げる。
「……もしさ、誰でも帰れる場所があったらよ。俺ら、もう少しだけ楽になれるのかもな」
その声は独り言のようでいて、確かに私たち全員へ届いていた。
すぐに返事をする者はいなかったが、沈黙がいつもより温かい。
夜風がそっと吹き抜ける。
グリンがぽつりと言った。
「わしら……少しずつ夢を持ち寄ってみんか。無理に一気に変えんでもええ。できるとこからで、ええじゃろ」
リュミナが小さく頷き、セレナも柔らかく微笑む。
ハリィは「うん」と迷いなく返した。
みんなの『想い』が重なり合って、夜の広場に小さな輪が生まれた。
夢と現実の境目にある、静かな火――そんな光だった。
◇◇◇
夜が深まり、ひとりまたひとりと家路につき、広場には私ひとりが残った。
星が見下ろす中で、私は目を閉じる。
――もし願いが形になるなら、私はどんな一歩を選ぶんだろう。
ふと胸の奥で、静かな種が芽吹く気配がした。
それはまだ名前もない、小さな選択の芽。
でも確かに、そこから何かが始まろうとしていた。
丸い大きなテーブルを囲み、私たちは昼食からいつしか晩餐へと変わっていった。
パンの香り、温かな香草のスープ、干し肉の噛み応え。誰かが小さく冗談を言えば、近くの誰かがそれに笑い、またすぐに静けさが落ちる。
そうした緩やかな波が、夜の空気をひたすら心地よく揺らしていた。
話題は、今日起きた出来事や、明日の予定、街の噂や小さな自慢話――けれど、心の奥底にひっそり沈んでいる『何か』には、まだ誰も触れようとはしなかった。
誰も触れようとしない『何か』が、ゆっくりと沈んでいるのがわかる。
グリンが仕事の話をしている。
「このあいだの南門でな、台車の車輪が壊れとってのう。作り直したら、店の親父が涙ぐんで喜んどったわい」
誇らしげな声の奥に、どこか遠い気配が宿っていた。
セレナはカップを両手で包み、リュミナと小さく目を合わせている。
リュミナは帳簿の端を指でなぞりながら、何かを考え込んでいた。
沈黙が落ちるたび、外から夜風が細く入り込んでくる。私も、窓越しに浮かぶ星を見上げながら、胸の奥で揺れるものにそっと触れていた。
◇◇◇
不意に、ハリィが立ち上がって窓の外を見る。
「ねえ、皆さ……」
一呼吸置いて、彼は声を落とした。
「いつか、もっと遠くへ行ってみたいと思わない?」
その一言が、場の空気を一瞬で静かにしてしまう。
セレナが肩をすくめ、小さく笑う。
「ここだって十分に大きい街だけど……うん、分かるよ。私も昔は旅人の話に憧れてた」
リュミナも静かに頷いた。
「違う景色、違う人、知らない出来事……、全部を見てみたいって思う。でも――」
言葉をそっと切って、視線を落とす。
「現実は、そんなに甘くないよね」
グリンが工具袋をぽんと叩いた。
「ドワーフが外に出るのも難儀じゃよ。道具ひとつ持ってくだけで背中が折れそうじゃ。……じゃが、新しいもんを作りたい気持ちは、どうにも止まらん」
バルドは腕を組み、小さく息を吐く。
「俺だって、昔は自由に旅いたいと思ってたさ。けど仲間や家族を守るには、ここに根を下ろす方が早いと思ったんだ」
その横顔には、諦めではなく、重ねた年月の静かな覚悟があった。
私は、自分の胸の奥で渦を巻く想いを見つめる。
『遠くへ行きたい』という気持ちと『いまここで誰かと共に生きていたい』という願い。
どちらも嘘じゃなく、どちらも捨てられない。
◇◇◇
テーブルに、また静けさが降りた。
パンの切れ端、揺れる茶の湯気。
誰もが言いかけては、すぐに飲み込む。
外では月が高く昇り、窓の向こうで星が小さく瞬いている。
――このまま終わりたくない。
その想いが、胸のどこかでひっそり灯るのを感じた。
話が途切れたまま、私たちは静かに夜へ歩き出した。酒場の扉を閉めると、街灯の下に伸びる影が、私たちをひとつの輪に包み込む。
猫が路地で短く鳴き、石畳を行く足音が夜気に吸い込まれていく。
言葉はなくても、誰も離れようとはしなかった。
広場へ向かう途中、街全体が少しずつ静けさへ沈んでいくのがわかった。
昼のざわめきとは違う、夜だけが持つ柔らかな息遣いが、路地という路地にひっそり流れ込んでいた。
噴水の水音だけが、澄んだ空気の中で規則的に響いている。
誰からともなくベンチに腰を下ろし、私たちは夜空を見上げた。
「星、よく見えるね。ここでこうしていると、なんだか昔の夢を思い出すわ」
セレナが小さく笑う。
その声は、夜風に溶けるように優しかった。
ハリィが両手を広げる。
「きっと、あの空の向こうには、誰も知らない世界があるんだよ」
グリンがにやりと笑い、足をぶらつかせた。
「わしらの夢は、案外足元に転がっとるのかもしれんがの。……それでも、星を見れば胸が騒ぐ」
しばらく、誰も言葉を続けなかった。
沈黙は重くなく、夜の静けさに寄り添うような穏やかさがあった。
遠くの塔で、鐘がひとつ鳴った。
バルドが深く息を吐き、星を見たまま言った。
「……夢ってのは簡単に叶わねぇ。でも、夢を持つことをやめると、人はそこで止まっちまう気がする」
その声は、不器用だけど芯のある優しさがにじんでいた。
リュミナが手を膝に重ね、そっと言う。
「現実に押しつぶされそうになるときもあるよ。でも……誰かが隣にいてくれたら、それだけでまた歩けると思う」
セレナが微笑む。
「夢って、一人で抱えるより誰かと共有したほうが、きっと強くなるよね」
「僕も、大人になったらきっと遠くへ行くんだ」
ハリィは拳を握りしめて、小さく胸を張った。
私は静かに夜空を仰ぐ。
星々は、どこまでも遠く、手の届かない場所でまたたいている。
それでも、この夜の下で誰かと想いを重ね合えることだけが、確かな現実だった。
そのとき、私の胸の奥にぽつりと小さな願いが芽生える。
――この街のどこかに、誰もが帰れる場所があったら。
――遠くを夢見ても、現実に戻れる『拠り所』があれば。
それはただの願いかもしれない。
けれど、今こうして皆と並んで座っていると、その願いはうっすら形を持ちはじめていた。
バルドが顔を上げる。
「……もしさ、誰でも帰れる場所があったらよ。俺ら、もう少しだけ楽になれるのかもな」
その声は独り言のようでいて、確かに私たち全員へ届いていた。
すぐに返事をする者はいなかったが、沈黙がいつもより温かい。
夜風がそっと吹き抜ける。
グリンがぽつりと言った。
「わしら……少しずつ夢を持ち寄ってみんか。無理に一気に変えんでもええ。できるとこからで、ええじゃろ」
リュミナが小さく頷き、セレナも柔らかく微笑む。
ハリィは「うん」と迷いなく返した。
みんなの『想い』が重なり合って、夜の広場に小さな輪が生まれた。
夢と現実の境目にある、静かな火――そんな光だった。
◇◇◇
夜が深まり、ひとりまたひとりと家路につき、広場には私ひとりが残った。
星が見下ろす中で、私は目を閉じる。
――もし願いが形になるなら、私はどんな一歩を選ぶんだろう。
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