旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚

【冒険者ギルド誕生譚】 第四話:「第一歩」

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 朝焼けが街の屋根を金色に染めはじめたころ、市場はもう活気に満ちていた。

 果物の山には朝露がきらめき、焼き立てのパンの甘い香りが石畳の隙間からふわりと漂ってくる。

客引きの声、荷物を運ぶ少年の足音、軒先で羽音を立てる鳥――どれも見慣れた朝の景色なのに、今日はどこか落ち着かない気配が混じっていた。

 私は昨日の面々――バルド、リュミナ、セレナ、グリン、そしてハリィと並んで広場を抜け、市場の通りへ向かった。

『仲間』と言うにはまだぎこちない。それでも昨夜、夢を語り合った余韻が、私たちの距離をわずかに近づけていた。

「今日は……少し騒がしいな」

 バルドが肩越しに市場を見やり、低くつぶやく。

「新しい季節の始まりじゃからのう」

 グリンは工具袋を揺らしながら、どこか嬉しそうに頷く。

「朝から大声が響くと、目が覚めちゃうわね」

 セレナが肩をすくめ、リュミナも控えめに笑った。

「こういう日は……何かが起こるかもしれないね」

 その一言とほぼ同時に、市場の奥から、けたたましい音と大きな声が響く。

「――あんたたち、なにやってるんだい!」

 それは、この街では知らぬ者などいない宿屋の女将――レミアの大きな声だった。

 ざわめきが一気に広がり、周囲の人々が足を止める。視線の先では、荷車が派手に倒れ、果物が地面いっぱいに散らばっていた。

 そして、果物に混じって――黒ずんだ羽根がいくつも落ちていた。

 朝の光の中で、その羽根だけ異質な影を落としている。

「おい、怪我はないか?」

 バルドが真っ先に近寄り、子どもたちの肩に手を置く。表情は険しいが、言葉には優しさが宿っていた。

 ハリィは怯えた少年のそばにしゃがみこみ、「大丈夫、僕がいるよ」と小声で励ます。

「何か……変だわ。誰が荷車を押したの?」

 セレナが周囲の大人たちへ声を投げ、混乱を抑えようとする。

 グリンは身をかがめ、荷車の下の泥を指でなぞった。

「見てみい。これ……いつもの魔物の跡とは違うぞ」

 彼の指の先には、小さな爪痕と湿った泥、そして黒い羽根。

「腹が減ったヤツが暴れたんじゃねぇのか……」

 よく食べに行く食堂の主人ティオが、ぶっきらぼうな調子で近づいてくる。

だが、その眉間にはいつもの軽さのない皺が寄っていた。

 レミアは子どもたちを抱き寄せ、落ち着かせるように背中を撫でる。

「大丈夫よ。ほら、深呼吸してごらん」

 その手つきは実に慣れていて、子どもたちの震えも少しずつ収まっていく。

 私は荷車の影に落ちた黒い羽根へ視線を落とした。朝の光を浴びているはずなのに、どこか湿り気を帯びているように見える。

 まるで――そこだけ温度が違う。

 リュミナがしゃがみ込み、落ちていた帳面を拾い上げた。

「記録を確認してくる。こういうときこそ記録が役に立つはず」

 小さく言い残し、市場へと走っていく。

 騒動が落ち着くにつれ、住民たちは次々とお礼を告げてきた。

「みんな、本当にありがとうね」

 レミアが深く頭を下げる。

「……オレの店にも寄ってけよ」

 ティオは相変わらずそっけないが、その表情の奥には不安がちらりと覗いていた。

 人々が散っていき、市場は徐々に朝の賑わいへ戻っていく。けれど、足元に残った黒い羽根の影だけは、簡単には消えなかった。

 私たちは、互いの顔を見合わせる。

 荷車を戻すにも人の手が要る――誰か一人では動かない物事が、皆でなら動かせる。

 そんなささやかな確信と、地面に残る黒い羽根の影が、胸の奥で静かに重なっていた。

 市場のざわめきは、しばらくすると再び日常の喧騒へと戻っていった。

散らばった果物は片づけられ、荷車も元の位置へ戻され、人々はそれぞれの朝の仕事へ戻っていく。

 けれど――さっきの騒動で落ちた黒い羽根。奇妙な足跡。怯えた子どもたちの表情。

 それらは市場の空気に溶けず、胸の奥へ小さな波紋として残り続けていた。

 私はそっと黒い羽根を拾い上げ、陽の光にかざす。

 光を吸い込むような深い黒。

 指先には、わずかな冷たさが刺さるように伝わってくる。

「こういうの、見たことないよな……」

 隣でハリィが不安げに呟く。

「普通の鳥のじゃないよ。……気配が、違う」

 セレナは地面に残った泥と羽根を見比べ、小さく首を振った。

 バルドは荷車の位置を直し終え、険しい表情で言う。

「何かあるなら見回りを増やす。油断はするな」

 リュミナの帳面は市場の隅に置かれていた。私はそれを手に取り、ページの端に走り書きされた文字へ目を落とす。

『市場近く、動物の異変。小さな騒動の積み重ねが大きな事件に繋がることも――注意』

 きっと彼女も、今の出来事もひとつ漏らさず記録してくのだろう。

「リュミナ、ほんと真面目だよね」

 セレナが安心したように微笑む。

「一人で抱え込むなよ」

 バルドが周囲を見渡しながら言う。

「何かあったらすぐ言え。俺たちはもう、一人じゃないんだからな」

 グリンは工具袋を腰に締め直し、にっと笑う。

「困ったときは助け合いじゃ。それが仲間ってもんじゃろ」

「ぼくも……記録しておくよ」

 ハリィは黒い羽根を大切にポーチへしまい込む。

 私は皆の顔を見つめる。

 まだぎこちない。でも、確かに何かが始まりつつある。

 そんな手応えが、胸の奥にかすかに残った。

 都市の日常は、何事もなかったようにまた動き出す。

 けれど、その織り目の端に――小さなほつれが生まれている。

 私はポケットの中で黒い羽根を握りしめた。

 その冷たさは、知らない気配を確かに伝えてくる。

 去り際、バルドが少しだけ声を落として言った。

「……ま、悪くない始まりだったな」

 その一言に、私たちは自然と頷き合った。

 胸に残るわずかな不安と、それ以上に確かな手応え。

 市場の外れに差し込む光の下、私たちはそれぞれの思いを抱えて歩き出す。

 都市の朝は再び動き出した。

 だがその裏側で――まだ名もない影が、静かに息を潜めていた。

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