旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚

【冒険者ギルド誕生譚】 第五話:「ギルドの名を灯して」

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 夜の帳がゆっくりと街を包み込むころ、私は焚き火の前で小さく息をついた。

 使われなくなった倉庫の隅は、寄せ集めの木箱や樽、粗末な麻袋が冷えた床を覆い、壁の隙間からは冷えた風がそっと忍び込んでくる。

 焚き火の揺らめきだけが、私たちの影を壁に淡く映し出していた。

 市場に広がった不安のざわめき。あの黒い羽根の冷たい手触り。

 その微かな記憶が、まだ手のひらに残ったまま離れない。

 皆も自然と口数が少なく、火の音だけが静かな時間を繋いでいた。

 バルドは焚き火の向こう側で片膝を立て、じっと外の闇を見据えている。

 グリンは工具袋を傍らに置き、火加減を何度も確かめていた。

 セレナは膝上の毛布を指先で撫で、軽く息を吐く。

 ハリィは壁際で縮こまり、耳を澄ませながら夜の気配を探っていた。

 ときどき、皆の視線が一瞬だけ私に集まり、すぐに離れていく――

 そんな微妙な『間』が、今夜の空気を形作っていた。

 倉庫の外で馬車の車輪の音が短く響き、また静けさが落ちる。

 焚き火の淡い光が天井の梁を照らし、その影がゆっくり揺れた。

◇◇◇

――扉が、そっと開いた。

 顔を上げると、夜気を背負った二つの影が倉庫の中へ入ってきた。

 一人はリュミナ。分厚い帳面と紙束を両手に抱えている。

 その隣には、銀髪を肩まで落とした長身のエルフ。

 役所の制服をきちんと着こなしながらも、どこかためらいの色を纏っていた。

 リュミナは焚き火の前に腰を下ろし、息を整えて帳面を膝に置く。

「ただいま。……少し遅くなった」

 私は「おかえり」と返し、セレナが顔を上げる。

「市場の記録所に寄っていたの。それで……行政官のフィリオさんとも話をしてね」

 紹介されるように、フィリオが丁寧に頭を下げた。

「皆さん、初めまして。行政官のフィリオと申します」

 低く澄んだ声。役人の堅さはあるけれど、話し方には誠実さがにじんでいた。

「記録所で、書類を手伝ってもらったんだ。街の記録に……気になる動きがあって」

 リュミナが帳面を開き、数枚の紙束を私たちに差し出す。

 その端には、彼女が何度も書き直した跡が残っていた。

「最近、この街で続いている『変化』……私も無視できなくて」

 フィリオが言葉を継ぐ。

 論理的な声に、ほんのわずか迷いの影が混ざっていた。

「何かが起こり始めています。……それを、皆さんと一緒に考えたいと思ったんです」

 その言葉に、グリンが肩を揺らして笑った。

「役人さんがここに来るとは……珍しいこった」

 バルドは焚き火越しにうなずきながら、低い声を落とす。

「……力になるなら協力する。けど、俺たちのやり方は荒いぞ」

 フィリオは小さく微笑んだ。

「法だけが正しさじゃありません。時には『現場の声』こそ必要です」

 その一言に、リュミナの肩がわずかに緩む。

 セレナはフィリオをじっと見つめ、「案外、話が分かる人なんだね」と笑った。

 フィリオは照れたように微笑み、焚き火の輪に加わる。

◇◇◇

 そのとき、扉がまた控えめに開いた。

「ハリィ、頼まれてた上着、直したよ」

 包みを抱えた獣人の女性が現れた。

 細やかな手つきで布を広げ、縫い目を確かめながら説明していく。

「ありがとう、サビーネさん!」

 ハリィが顔を輝かせると、グリンが感心したように唸った。

「器用な手じゃな。見事な仕上がりじゃ」

 セレナも「すごいね」と目を丸くする。

「サビーネです。仕立てのことなら、なんでも言ってね。……困ったら、どうにかするから」

 その控えめな声が焚き火に溶け、倉庫の空気をほんのり温めた。

 私は息を吐き、火の揺らめきを見つめる。

 少しずつ、皆の距離が縮まっていく。

 焚き火の光が壁に揺れ、倉庫の隅々に静かな温もりが広がる。

 バルドは炎を眺め、グリンは「こういう時間も悪くない」と呟いた。

 セレナは毛布を整え、焚き火の音に耳を傾けている。

――この場所で、何かが始まる。

 そんな確かな予感が胸に灯っていた。

◇◇◇

 焚き火の灯りが、倉庫の隅々までやわらかな影を落としていた。

 その輪の中心で、静かな呼吸だけが一定のリズムを刻んでいる。

 外の夜風が壁をかすかに揺らし、室内の空気までもそっと震わせた。

 フィリオは帳面を手に、膝の上で何かを確認している。

 リュミナはその隣で紙束を並べ直し、視線は真剣そのものだった。

 緊張と期待のあわいに揺れる横顔。

 その表情に、私も静かに息を飲む。

「今日、市場で見つけたあの羽根……気になっているのは、私だけじゃないと思う」

 リュミナの落ち着いた声が、焚き火の音のなかでゆっくり広がる。

 バルドがうなずき、グリンも続く。

「わしも見たことがない。あの黒い羽根、ただ者じゃないぞ」

 セレナは炎を見つめ、軽く眉を寄せる。

「普通の鳥の羽根じゃ、あんな気配しないよ」

 フィリオはページの端をそっと押さえ、言葉を選ぶように口を開いた。

「街の記録にも、不穏な出来事が増えています。……何か動きがあるとしか思えない」

 沈黙が、焚き火の揺れと重なって落ちていく。

「そういう時こそ、力を合わせるべきじゃ」

 グリンが低く呟き、サビーネは膝の上で手を重ねたまま小さく顔を上げた。

「わたしも……衣類や防具のことで手伝えるなら、なんでもするよ」

 控えめな声なのに、胸の奥に真っ直ぐ届いてくる。

 きっと私だけじゃない。みんな同じ気持ちだった。

 しばらく沈黙が流れる。

 焚き火の音、夜の匂い、誰かの浅い息遣い――言葉にしきれない想いが空気の中でふくらんでいく。

「みんなで助け合える……ギルド。ギルドを作ろう」

 バルドが短く、けれど強い言葉で言った。

 その言葉は、倉庫全体にしんと染み渡った。

 火の揺らめきさえ、一瞬止まったように見える。

「……本当に?」

 セレナが驚いたように目を見開く。

 私は焚き火越しに、みんなの視線がひとつに集まるのを感じた。

 反対する者なんて、誰もいなかった。

「今日みたいに、困ったことがあった時……助け合える場所が欲しい」

 ハリィがぎゅっと上着の裾を握りしめながら言う。

 リュミナは帳面を開き、新しいページにそっとペンを走らせた。

「じゃあ……最初の記録として、『ギルド結成の夜』って書いてもいい?」

 誰もが自然と頷いた。

 フィリオは眼鏡を外し、指でそっと目元を押さえる。

「本来なら正式な手続きが必要ですが……」

 口元には、今夜の輪を肯定するような微かな笑み。

「大切なのは、皆さんの『想い』です。この街の未来を信じる気持ち」

 グリンが立ち上がり、古い板切れを拾い上げて焚き火の端に立てかけた。

「ここが、始まりの場所になるんじゃ」

 その声が、夜の倉庫に深く落ちていった。
 サビーネは包みを胸に抱え、静かに深呼吸する。

「みんなのために……私も役に立ちたい」

 セレナが小さく頷き、バルドも短くうなずいた。

 みんなどこか不安を抱えている。

 それでも――不安を分け合える場所があるだけで、人は随分強くなれる。

「ギルドの名前、どうする?」

 セレナが焚き火越しに問いかけると、全員が一度黙り込んだ。

 夜気の静けさが、倉庫にそっと降りる。

「まだ決めなくていいよ。今は、ここに集まれたことが大事なんだ」

 自然と、そんな言葉が口から零れた。

 焚き火の光が仲間たちの横顔を照らし、その影が温かく揺れる。

 フィリオは書類を閉じ、リュミナの帳面を覗き込む。

「この夜のことは……きっと忘れません」

 その声は優しく、どこか遠い響きを持っていた。

 グリンは工具袋を肩にかけ、サビーネは毛布を整え、セレナは小さな石をひとつ拾って火のそばに置いた。

 それぞれが、自分なりの『誓い』を静かに置いていく。

 外では夜風が街の灯りを揺らし、倉庫の隅には小さな朝の気配が漂い始めていた。

 私は膝の上に手を置き、ゆっくりと息を吐く。

――この夜、この場所から、すべてが始まる。

 未来のことはまだわからない。

 でも、不確かさをそのまま抱えながら、夜が静かに明けていこうとしている。

 焚き火の中心で、小さな火が揺れ続けていた。

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