旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚

【冒険者ギルド誕生譚】 第六話:「襲撃の兆し」

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 朝の光が石畳にまだらな影を落とし、都市の空気にはいつもより乾いた緊張が漂っていた。

 ギルドを結成した夜から、季節の風はゆっくり温度を変え、日常の奥へと新しい気配が少しずつ根を張っていく。

 拠点には、焚き火の焦げ跡や使い慣れた道具の痕が増え、誰かが早朝に衣服を整え、誰かはまだ夢の残り香に包まれていた。

 市場のほうからは、遠いざわめきと荷馬車の車輪の音。

 朝の光が倉庫の壁に届くたび、影がじわりと伸びる。

 その空気のどこかで――わずかに『不穏なざわめき』が息を潜めていた。

 私は焚き火跡の灰へそっと手をかざす。

 肌に触れる空気は、昨日より少しだけ冷たい。

 街の外れから流れてきた、知らない草の匂い。

 どこか遠くで吠える犬の声。

 低く響く鐘の余韻。

――新しい日々の始まりには、期待と不安が静かに折り重なる。

 観察者としての私は、そのわずかな揺らぎを見過ごさなかった。

「なんだか、街の様子が少しずつ変わってきた気がする」

 焚き火の向こうから、セレナがぽつりとつぶやく。

 グリンは壁の隙間を気にしながら短く言った。

「夜になると、人の足が急に減っとる」

 サビーネは縫い物の手を止め、視線を落としたまま小さく息をつく。

 焚き火の残り香が揺れるたび、倉庫の空気はどこか落ち着かなく色を変えた。

 その奥で――重い足音が床板に響く。

 質素な組合服。顎に刻まれた古い傷跡。浅黒い肌。

 姿を見た瞬間、バルドが低く声をかけた。

「……ゼスか。こんな朝っぱらから、何の用だ」

 ゼスはゆっくりと火のそばへ歩き、私たちの顔を一度だけ無言で見渡すと、短く鼻を鳴らした。

「余計な波風立てるなよ。ギルドなんて、お前らの遊び場にしないでくれよ」

 その目に宿っていたのは、警戒、苛立ち――そして街を守る者としての、強い責任感だった。

 ゼスは焚き火の横に腰を降ろし、肩をわずかに落とす。

 火の温もりに身を預けながらも、誰も簡単には踏み込ませない雰囲気をまとっていた。

 バルドは無言で火の揺らぎを見つめ、やがて短く吐息を落とす。

「……俺たちは、俺たちのやり方で進む」

 二人のあいだに沈黙が落ちた。

 鋭さでも衝突でもなく、互いの歩んできた時間がぶつかるような、重たい沈黙だった。

 誰もすぐには口を開かなかった。

――『対立』だけでは片付けられない何かが、この土地の奥深くで息をしている。

 私は火の揺らぎを見つめながら、その均衡が崩れないよう静かに耳を澄ませていた。

◇◇◇

 ゼスが離れ、倉庫に残ったのは短い余韻と、朝の冷たい空気だけだった。

 灰の匂いが、床にわずかな温度を残す。

 仲間たちは言葉を交わさないまま、それぞれ席を立ち、外の音へそっと耳を向けた。

 市場の戸がひらき始め、荷馬車の音、住人たちの話し声――

 街はいつも通りに動き出しているはずなのに、どこかぎこちない空気がまとわりついていた。

 薄雲の流れる空に、朝の光がにじむ。

 焚き火跡の灰が、かすかに冷たくなっていた。

 そのとき、倉庫の扉が控えめに叩かれる。

「なんじゃ、今日はやけに客が来るな」

グリンは短く言った。

 扉の隙間から現れた影――

 濃紫の髪、青白い肌、下半分を布で覆った異国の姿。

 人々が魔人族と呼ぶ種族のひとりだった。

 彼女は輪の中へは入らず、静かに私の前へ歩み寄る。

「はじめまして――シャムナと申します」

 その声は澄んでいて、どこか冷たさを帯びていた。

「少しだけ……取引の相談があります」

 そう言って、彼女は布に包まれた小さな包みを差し出した。

 包みの中には、見慣れぬ道具、薬草、そして精緻な印の刻まれた符丁。

「これは、話す前の『前提』です。外の世界で手に入れた品。価値を測るのはあなたたち――等価交換として受け取るかどうか、まずはその判断を知りたい」

 私は包みを見下ろし、息を呑む。

「……なぜ私たちに? 何を探っているの」

 シャムナはわずかに首を傾げ、布の奥で笑みを深めた。

「探る? ……強いて言えば、この都市がどう動くのか。それを確かめたいだけですよ。新しい流れには、新しい相手が必要になる。私は『対価を払ってくれる相手』を探しているのです」

「本当に等価なの?」

「ええ。もし信用できないなら断っていただいて構いません。でも……その包みの価値は、遅かれ早かれ分かるはず」

 私は彼女の瞳をまっすぐ見返す。

「……信用できる根拠は?」

「信用は、等価交換で積み上げるものです」

 皮肉を含んだ微笑みだった。

「あなたたちが受け取らないというなら、それも選択。私は別の交渉相手を探すだけです」

 私は仲間たちを見渡す。

 サビーネが不安げに目を伏せ、バルドがわずかに身構える。

 他の仲間の目には、警戒と興味が揺れていた。

「……分かった。受け取る。でも何かあったら、あなたに直接理由を聞きに行く」

「どうぞ、ご用心を。静かな夜ほど……動くものは多いですから」

 そう言って、シャムナは音もなく扉の向こうへ消えた。

 倉庫の扉が静かに閉まる。

 焚き火の炎がふっと揺れ、わずかな緊張が空気の隅に沈んでいく。

 仲間たちは誰もすぐには口を開かなかった。

――この夜の静寂に、私は耳を澄ませる。

 魔人族と人のあいだの隔たり、等価交換の裏にある欲望や孤独――

 それらが交わるとき、この都市は新たな選択を迫られる。

 サビーネがそっと息をつき、私の隣で囁く。

「あの人……本当に魔人族だったの?」

 リュミナは帳面を胸に抱き、扉の方に視線を向ける。

 グリンは包みの中身を慎重に覗き込み、眉を寄せた。

 薬草の乾いた香り、金属とも樹皮ともつかない道具、見たことのない刻印の符丁。

 私はその符丁の表面を指でなぞり、胸の奥に沈む不安を抑えようとした。

「受け取ってよかったのかな……」

 ハリィの不安げな声が、焚き火に吸い込まれるように揺れる。

「取引で動くやつの考えは読みづらい。だが……魔人族が街に姿を見せるときは、用心して損はない」

 バルドが腕を組み、焚き火越しに低く言う。

 リュミナは記録帳をめくりながら呟いた。

「都市の記録にも、魔人族との取引はほとんどない。……あれは特別な意味を持つ気がします」

 セレナは薬草を指先でつまみ、慎重に香りを確かめた。

「でも、悪いものじゃないと思う。魔人族ってずっと差別されてきたんでしょ。 ……あの人は『等価交換』って言って、ちゃんと正面から向き合おうとしてた。私たちも、怖いけど疑うだけじゃなくて、ちゃんと考えたいな」

 その声は、静かだが真っすぐだった。

 ハリィも小さく頷き、包みの端をそっと握りしめる。

 焚き火の影が揺れ、倉庫の壁に夜の色が深まっていく。

 シャムナの残した言葉――『信用』と『等価交換』

 その残響が、私の中に静かに波紋を広げていく。

 観察者としての私は、このやりとりを眺めながら『信用』という曖昧な価値と『選択』という決断が、今夜この拠点の誰の心にも静かに積もっていくのを見ていた。

◇◇◇

 遠くで犬の鳴き声が響く。

 続いて、誰かの叫び声。

 街の外れで何かが倒れるような鈍い音。

 空気がわずかに震え、仲間全員の視線が一斉に外へ向く。

「何か……起きてる?」

 サビーネが毛布を握りしめ、声を震わせる。

 グリンは工具袋の中身を確かめ、バルドが立ち上がり扉へ歩み出る。

「俺が見てくる。誰か、一緒に来るか?」

 私は小さく息を整え、うなずいた。

 仲間たちもそれぞれ、道具や武器を手に取る。

 外の空気は冷たく、街路の灯りが一つ、また一つと消えていっていた。

 扉に手を掛け、夜の空気へ耳を澄ます。

 遠くの闇の向こう――赤い影が、火の手のようにわずかに揺れている。

「魔物……? それとも盗賊?」

 リュミナが記録帳を握り締め、息を潜める。

 バルドは仲間を見回し、短く言った。

「何があっても、俺たちで守る。覚悟はできているな」

 私はその言葉にうなずき、仲間の顔を順に見た。

「誰かが『等価交換』って言ってたよね。 ……なら、ここで生きるのも、誰かに頼るだけじゃなくて、自分たち決めていきたい」

 セレナがそっと私の手を握り返す。

 サビーネは深く息を吸い、グリンはハンマーを握りしめた。

 ハリィも小さく背筋を伸ばしてうなずく。

 外では、さらに遠い灯りが揺れ続けていた。

 都市の奥底で、何かが静かに目を覚まし始めている。

 私はシャムナの包みをしっかりと握りしめ、胸の中で静かに誓う。

――この『夜明け前』の揺らぎも、観察者である私の目に焼きついている。

 選択の積み重ねが、やがてどんな運命を生むのか――

 今はまだ、その答えは闇の中。

 誰かを疑うことも、誰かに手を伸ばすことも――

 そのすべてが、ここで暮らす私たちの『選択』であり『誓い』になるのだと。

 都市の空に、淡い光がにじむ。

 拠点の焚き火は細く、静かに。

 来るべき朝のために、その灯りを守り続けていた。

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