旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚

【冒険者ギルド誕生譚】 第十二話:「新たな時代へ」

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 広場を照らす陽は高く昇り、石畳の裂け目を鋭く際立たせていた。

 魔物の咆哮はすでに遠く、残った静寂は――決して穏やかなものではない。むしろ、震える余熱のように街の空気にまとわりついている。

 目の前では、傷だらけのワイルドボアが泥と血を滴らせ、石畳を爪で引っかきながら最後の意地のように身を起こした。

「任せろ!」

 バルドが一歩踏み込み、まるでためらいなく斧を振り抜いた。

 骨を断つ鈍い衝撃。ワイルドボアは咆哮を残し、地響きを揺らして倒れ伏した。

 その隙間を縫うように、ヘッジバイパーの胴体がくねる。長い体を石畳に擦りつけ、逃げ場を求めている。

 グリンは罠の縄を素早く放り、ティオの矢が鋭く飛ぶ。

 ヘッジバイパーの胴は貫かれ、壁に絡み暴れたが、住人と専門区街の男たちが石と棒で囲い込み、ついには動きを止めた。

 東側の路地では、青緑の体毛を逆立てたグリーンウルフが住人へ跳びかかる。

「今!」

 ハリィとレミアの矢が同時に唸り、脚と肩を正確に射抜く。

 怒りの唸りをあげたグリーンウルフは後退し、数頭が影へ逃げ込んだ。住人たちが木の板を掲げて追い立て、最後の一匹も影へ消えていく。

 魔物の咆哮が途切れ、静寂が広場を包む。

 倒れた魔物たち。血の匂い。荒い呼吸。

 ただそれだけが残されていた。

 都市の端からは薄い煙が上がり、人々は肩を寄せて息をひそめている。

 戦いの熱気がまだ消えないまま――

 広場では別の『決着』が、ゆっくりと形を成し始めていた。

◇◇◇

 ゼスの手下たちが重装の影となって広場へ進み出る。

 その後ろには、シャムナが雇った闇の一団も紛れ込んでいた。

 敵意と焦りが、空気の密度をぐっと重くする。

 私はリュミナの横に立ち、そっと息を整えた。

 彼女の帳面には光が落ち、静かに揺れている。

――ここが……最後の局面になる。

 胸の奥でそんな声がした。

 バルドは無言で斧を構え、グリンと並ぶ。

 彼らの影が長く伸び、緊張が広がる。

 広場の暗がりから、シャムナの一団が一斉に姿を現した。

 その先頭に立つ仮面の男が、狂気を帯びた声で叫ぶ。

「この街も、希望も、全部燃やしてやる! それが俺たちの報酬だ!」

 次の瞬間、影が走った。

 短剣が瞬きを置き去りにし、私たちの目の前を裂く。

「っく……!」

 飛んできた短剣を避け、石柱に突き刺さる金属音が背後に響く。

 私はリュミナの気配を確認しながら身を低くした。

 リュミナは指先に淡い光を集め、帳面に願いを落とし込む。

 風が、ふっと膨らむ。

 帳面から放たれた風が一気に渦を巻き、敵の布陣を乱した。

 埃が舞い、視界が白く揺れる。

「風よ……わたしたちを守って」

 光が瞬き、敵の動きが一瞬止まる。

 その隙を逃さず踏み込み、私は目の前の敵に斬りかかり、一気に切り伏せた。

 リュミナの風がもう一人の足元をすくい、持っていた武器を弾き飛ばした。

 バルドとグリンは背中を合わせて敵陣に突入した。

 バルドの斧がうなりを上げ、盾ごと相手の腕を断ち割る。

 金属が砕け散り、悲鳴があがる。

 グリンは足場を狙ってハンマーを叩き込み、よろめいた敵を住人たちが追い詰める。

 闇に紛れた一団が、シャムナの合図で背後から回り込んでくる。

 だが、ティオが矢を素早くつがえ、目にもとまらぬ速さで矢を放つ。

 矢が敵の頭上をかすめ、動きが止まる。

 セレナの魔法具が淡い光を放ち、路地を透明な壁で塞ぐ。

 敵は叫び、進路を失った。

 ハリィとレミアの矢が影の中を駆け、次々と敵を分断する。

 サビーネは子どもたちを守りながら、時折棒を構えて応戦し、住人を冷静に避難させていた。

 戦いは一瞬たりとも止まらない。

 衝撃、足音、風の渦――

 全てが広場の中心へ吸い込まれるように響き渡った。

 やがて、私とリュミナ、バルドとグリンが、残ったゼスの手下と闇の一団をそれぞれ仕留めていった。

 戦闘は終わった。

 広場を包む影は薄れ、代わりに人々の息遣いが戻り始める。

 シャムナとゼス――

 二人の姿が、逃げ場なく光の下にさらされた。

◇◇◇

 市場の女主人が指を震わせながら叫んだ。

「この人たち、魔物が現れる前に黒い羽根を撒いてたのを……私は見たよ!」

 別の商人が、符丁を指差す。

「あれは裏取引の合図だ。去年も同じ印が市場に出て、何人も騙されかけた」

 職人の男が前に出る。

「ゼスが市場で手下に何か指示してたのを見た。何度も見た」

 グリンが証拠品を掲げみんなに見せる。

「街で拾ったこれらも……全部、お前らが動かしてた物じゃろう」

 ティオも歩み寄る。

「皆が魔物と戦ってる間に、裏で誘導してた。通路の罠も、住人を遠ざける仕掛けも、証人がいる」

 証言が次々積み上がり、都市兵が確認に入る。

 サビーネが子どもを抱き寄せながら言った。

「広場の外で取引を見たって……何人も話してたわ」

 視線が一斉にシャムナとゼスに向いた。

 重い沈黙が落ちる。

 シャムナは静かに両手を上げ、ほんのわずかに笑った。

 ゼスは顔を伏せ、影だけを見つめていた。

 都市兵が二人に縄をかける。

 二人は抵抗せず、連行されていく。

 静けさが戻った広場には、淡い陽が差し込んでいた。

 魔物と闇の脅威が去った後の街には、まだ焦げた臭いと、砕けた石の感触が残っている。

 それでも――そこに立つ人々の眼差しには、確かな安堵と、小さな誇りが宿っていた。

 都市の再生は、目に見えないところから始まっていた。

 誰かがそっと瓦礫を片付け、子どもたちは陽だまりを探して遊び始める。

 グリンやティオは住人たちと力を合わせ、崩れた壁や屋根を修理していた。

 サビーネは傷ついた人に声をかけ、泣き出した子どもの手をそっと握った。

 都市のあちこちで、小さな再生の音が響きはじめる。

◇◇◇

 かつて倉庫の一角だった拠点にも、新しい風が吹き込んでいた。

 木の香りのする新しい扉。

 掲げられたばかりのギルドの看板が、夕暮れの光を受けて静かに揺れる。

 バルドは仲間と並んで看板を見上げ、深く息を吐いた。

「……ここから始まる。俺たちの新しい物語が」

 言葉は短くても、胸の奥には大きな決意が灯っていた。

 リュミナは帳面を胸に抱き、ふわりと微笑む。

 グリンは工具棚の組み立てを手伝いながら、ぽつりと呟いた。

「都市や街、みんなを助け、困っとる人のそばに立つ場所……それがギルドじゃ」

 その声は、不器用だけど真っ直ぐで、聞く者の背を押すようだった。

 セレナは静かに薬草を仕分け、魔法具の点検に没頭している。

 サビーネは子どもたちの手を引きながら、防具をいっしょに磨いていた。

 何気ない作業や笑い声が、ここを『仲間の拠点』へ変えていく。

 言葉よりも確かな誓いと夢が、日々の積み重ねの中でゆっくりと形になっていった。

◇◇◇

 やがて広場では祝祭の準備が始まった。

 色鮮やかな布が風に踊り、灯火が吊るされていく。

 住人たちの歌声、子どもたちの笑い声――

 街全体が、新しい時代の『始まり』を祝おうとしていた。

 夕暮れ時、ギルド拠点の前に人々が集まる。

 バルドが初代ギルド長として一歩前に出ると、広場の空気がふっと張りつめた。

「誰かが泣いているなら、俺たちはそばに立つ。誰かが迷っているなら、手を差し伸べる。この都市に生きるすべての人のために――ギルドはここに在る。それが、俺たちの誓いであり、願いだ」

 短く、まっすぐで、強い言葉。

 でも、その奥に込められた想いが静かに広場に溶けていく。

 リュミナが小さく頷き、セレナは魔法具に灯を宿す。

 住人や子どもたちが灯火を掲げ、淡い光が広場いっぱいに広がっていく。

 私はその光景を、胸の奥にそっと刻みつけた。

 祝祭の夜は、風と灯火と人々の祈りで満たされていた。

 都市の屋根が淡く照らされ、遠くでは精霊の気配が揺れていた。

 誰もが、新たな時代の息吹を感じていた。

◇◇◇

 季節は静かに巡り、都市は少しずつ姿を変えていく。

 ギルドの扉は歳月の中で擦り減り、石畳には数えきれない足跡が刻まれた。

 子どもたちは大人になり、かつての仲間たちの役目は、新しい世代へ受け継がれていく。

 私は窓辺にひとり佇み、過ぎた日々をそっと辿った。

 手には古びた帳面。

 そこには仲間と歩いた時間、分け合った言葉、未来への小さな約束が記されている。

 陽の移ろい、影の伸び方、風の温度――

 どれも、私の心に静かな祈りとなって染み込んでいく。

 旅の憧れは消えなかったけれど、それでも私は――この街で、あなたたちと歩く日々を選んだ。

「ありがとう、みんな。あなたたちと共に、この都市に生きられて……本当に幸せだった」

 その言葉は、誰に向けたものでもない。

 けれど、風の粒となって都市の隅々に溶けていく気がした。

 静けさの中、私は胸に灯る光とともに、そっと目を閉じた。

 窓の外には新しい光が降り、遠くで子どもたちの笑い声が、次の時代の幕開けを告げていた。

――新たな時代の始まり。

 その予感だけが、静かに心に残っていた。

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