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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚
【冒険者ギルド誕生譚】 第十一話:「最大の危機」
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陽射しが石畳を白く染め、影だけがゆっくりと伸びていく。
広場を渡る風は、日ごとに温度を変えながら、この都市に新しい季節の兆しを運んでいた。
倉庫だった建物は、今はギルドの拠点として静かに息づいている。
扉のきしみも、いつの間にか新しい木の匂いに包まれ、落ち着いた気配へと変わっていた。
私は窓辺で、そその光と影と風――そして胸の奥に残る静かな祈りを感じていた。
市場の混乱も、ワイルドボアが残した蹄跡も、いまは街の端に沈んだ小さな影にすぎない。
しかし、その静けさの底に、何かがじわりと揺れている気がした。
仲間たちも、どこか言葉少なだった。
バルドは斧の手入れを終えると、道具をそっと壁に立てかける。
リュミナは帳面に視線を落とし、窓から差す光の具合を指先でなぞっていた。
セレナ、グリン、ハリィたちも、それぞれ道具の確認や身じたくを静かに続けている。
その時だった。
拠点の前で、足音が止まる。
扉が静かに開き、濃紫の髪を揺らしながら女――シャムナが姿を見せた。
「ごきげんよう、ギルドの皆さん。今日もお忙しそうですね。……少し『現実的な話』をさせていただけますか」
品のある声音なのに、どこか棘のある言い回し。
バルドは斧越しに、その気配を正面から受け止める。
「また取引か。今度は何を持ち込むつもりだ」
シャムナは肩をすくめ、布包みを机にそっと置いた。
「お力添えになるかは分かりませんが――。必要なら、等価交換で。都市というものは、時に裏口から動くものですから」
リュミナが視線だけで合図を送り、私は無言で包みを受け取った。
中には、前に渡された物とよく似た品々。
見慣れぬ道具、薬草、符丁。どれも都市の日常からは遠い異物だった。
グリンがぼそりと漏らす。
「また厄介なもん持ってきおったな……商売ってのは、こういうことか」
シャムナは薄く笑みを深める。
「何事も『等価』が原則です。信頼も利益も、交換できるものしか残らない。――使い道はお任せしますが『傀儡』を作るには、多少知恵が要りますよ」
セレナが薬草を手に取り、香りを確かめる。
「これ、前にも……。扱いを間違えると危険よ」
「ご明察。その通りです。薬にも毒にもなります」
淡々とした会話が続いていたそのとき――
拠点の扉が、もう一度きしんだ。
現れたのは、浅黒い肌に顎の傷が印象的な男――ゼスだ。
彼の足取りは重く、組合服の袖を無造作に捲り上げながら、室内の空気を一変させる。
「おい、勝手に動き回ってくれるなよ。……余計なことしやがって」
バルドが即座に応じた。
「ゼス、またお前か。……今度は何を企んでる」
ゼスは組合服の袖を乱暴に捲りながら、ギルドの面々を威圧の目つきで見回す。
「企んでるだと? ……笑わせんな。新参者が騒ぎ立てすぎなんだよ。町の流れは俺たちが守ってきた。……お前らが勝手にルールをいじるから、市場も魔物も荒れたんじゃねぇか?」
ハリィが真っ直ぐ踏み込む。
「魔物が荒れたのが僕たちのせい? ……じゃあ聞くけど、この黒い羽根はどう説明するんだ。お前らの仕業じゃないのか?」
ゼスは机の上の羽根を見て、口角を歪めた。
「……ああ、俺たちだ。町が新しい力に染まる前に、少し釘を刺しておく必要があったんでな。『誰が流れを握っているか』を思い出させるための合図だ」
バルドの呼吸がわずかに深くなる。
「……結局、誰も得しなかった。市場も荒れたし、魔物まで呼び寄せた」
シャムナが静かに笑う。
「魔物も都市の『裏側』の一部。……取引の条件次第では、あなた方の『困りごと』も減らせるかもしれませんよ?」
私は、三人の言葉の応酬を見つめながら、胸の奥に冷たい波が走るのを感じていた。
リュミナが帳面を閉じ、小さく息を吸う。
「でも――包みの仕掛けも、黒い羽根も。誰かが気付いてくれたから……この町はまだここにある」
ゼスは短く舌打ちした。
「運が良かっただけだ。次はどうかな」
言葉の温度が、空気をさらに冷たくする。
そのときだった。
ドンッ!
拠点の扉が激しく叩かれ、少年が荒い息を切らしながら駆け込んでくる。
「大変だ! 東の門の外に魔物の群れが……! ワイルドボアに、グリーンウルフ……みんな、すぐ来て!」
仲間たちの表情が、一瞬で戦いの色に変わった。
仲間たちは同時に動き出し、武器と道具へと手を伸ばす。
バルドが静かに立ち上がり、短く言い放った。
「来るぞ。……油断するな」
遠くで、低く魔物の咆哮が響いた。
窓辺の陽がわずかに陰り、都市の外縁から迫る気配が空気を重くする。
ワイルドボア。
ヘッジバイパー。
グリーンウルフ。
複数の魔物が同時に接近している――それが息づかいのように伝わってきた。
私は深く呼吸を整え、胸の奥で静かに決意を固める。
外では風が強まり、石畳の上に積もった影がざわめきに揺れている。
ゼスは腕をまくり上げ、忌々しげにギルドの面々を睨む。
「ここは俺たちの街だ。……バルド、余計な波風は立てるなよ。お前らのやり方で全部ひっくり返されちゃ敵わねぇ」
バルドは正面からその視線を受け止める。
「俺たちは守るだけだ。街も、仲間も、目の前の命も――それだけは譲れねぇ」
ゼスは舌打ちを返し、顔をそらす。
「勝手にしろよ。中途半端に腐らせるくらいなら、一度ぶっ壊して……また俺の手で作り直した方がマシだ」
拠点の隅では、シャムナがわずかな笑みを浮かべていた。
「お二人とも熱心ですね。……まあ、どちらが主導権を握ろうと、私の商いは変わりませんので。今は静かに拝見させてください」
皮肉にも本心にも聞こえる声だった。
その余裕に、逆に空気の緊張が強まっていく。
私は仲間たちの顔を順に見渡す。
誰の目にも、揺るぎない覚悟が灯っていた。
外から、また咆哮が響く。
光の角度が変わり、陰影が伸び、戦いの時が満ちていく。
「俺は中央。ハリィは東、グリンは南。セレナは後方支援、他は状況を見て動け」
バルドの声で、全員が散開した。
外に出ると、陽光が魔物たちの輪郭を鋭く切り取る。
石畳が揺れるほどの重低音――ワイルドボアが吠えながら突進してきた。
バルドは前線に立ち、斧を高々と掲げる。
「来いッ!」
衝撃音が弾け、斧と魔物の巨体が激突する。
石畳が砕け、獣臭と土埃が舞ったが、バルドは一歩も引かない。
風が鳴る。
リュミナの帳面が淡く光を帯びる。
風の精霊が集まり、彼女の願いに呼応するように輝きを増していく。
刹那――風が鋭利な刃となって地面を裂き、ワイルドボアの脇腹を切り裂いた。
その影から、長大なヘッジバイパーが姿を現した。
朝の光を受けた緑の鱗が、不気味に光を反射する。
ティオが素早く矢をつがえ、合図を送る。
専門区街の男たちが連携し、網と石塊を投げて進路を阻んだ。
その一瞬を逃さず、グリンが前へ。
大きなハンマーが振り下ろされ、鱗が砕け散る。
「今じゃ!」
ヘッジバイパーの体がよじれ、毒牙が空を切った。
◇◇◇
東では、グリーンウルフの群れが影のように駆けていた。
青緑の毛並みが陽光に閃き、赤い舌を覗かせながら飛びかかる。
「レミア、合わせる!」
ハリィが呼吸を合わせ、鋭く矢を放つ。
レミアの一撃が跳躍中のグリーンウルフの動きをそらし、ハリィがすかさずもう一本、脚を撃ち抜く。
グリーンウルフたちは散開し、素早く影に溶けていく。
後方では、セレナが魔法具を掲げていた。
淡い光が半透明の盾となり、仲間や住人を守る。
グリーンウルフの爪が結界にぶつかるたび、光が弾け、衝撃が空気を揺らした。
セレナは歯を食いしばりつつも、光を保ち続ける。
サビーネは怯える子どもたちを抱き寄せ、目線を合わせて静かに励ます。
混沌の戦場に、そこだけ淡い静けさがあった。
◇◇◇
火花、土埃、毒の靄、風の唸り――
咆哮と命の叫びが広場を満たす。
だがその中でも、仲間たちはそれぞれの『静』を抱えていた。
守りたいものがある。
失いたくない場所がある。
胸の奥で灯した誓いは、戦いの熱に焼かれて、さらに強く形を帯びていく。
――都市最大の危機は、いままさに始まったばかりだった。
広場を渡る風は、日ごとに温度を変えながら、この都市に新しい季節の兆しを運んでいた。
倉庫だった建物は、今はギルドの拠点として静かに息づいている。
扉のきしみも、いつの間にか新しい木の匂いに包まれ、落ち着いた気配へと変わっていた。
私は窓辺で、そその光と影と風――そして胸の奥に残る静かな祈りを感じていた。
市場の混乱も、ワイルドボアが残した蹄跡も、いまは街の端に沈んだ小さな影にすぎない。
しかし、その静けさの底に、何かがじわりと揺れている気がした。
仲間たちも、どこか言葉少なだった。
バルドは斧の手入れを終えると、道具をそっと壁に立てかける。
リュミナは帳面に視線を落とし、窓から差す光の具合を指先でなぞっていた。
セレナ、グリン、ハリィたちも、それぞれ道具の確認や身じたくを静かに続けている。
その時だった。
拠点の前で、足音が止まる。
扉が静かに開き、濃紫の髪を揺らしながら女――シャムナが姿を見せた。
「ごきげんよう、ギルドの皆さん。今日もお忙しそうですね。……少し『現実的な話』をさせていただけますか」
品のある声音なのに、どこか棘のある言い回し。
バルドは斧越しに、その気配を正面から受け止める。
「また取引か。今度は何を持ち込むつもりだ」
シャムナは肩をすくめ、布包みを机にそっと置いた。
「お力添えになるかは分かりませんが――。必要なら、等価交換で。都市というものは、時に裏口から動くものですから」
リュミナが視線だけで合図を送り、私は無言で包みを受け取った。
中には、前に渡された物とよく似た品々。
見慣れぬ道具、薬草、符丁。どれも都市の日常からは遠い異物だった。
グリンがぼそりと漏らす。
「また厄介なもん持ってきおったな……商売ってのは、こういうことか」
シャムナは薄く笑みを深める。
「何事も『等価』が原則です。信頼も利益も、交換できるものしか残らない。――使い道はお任せしますが『傀儡』を作るには、多少知恵が要りますよ」
セレナが薬草を手に取り、香りを確かめる。
「これ、前にも……。扱いを間違えると危険よ」
「ご明察。その通りです。薬にも毒にもなります」
淡々とした会話が続いていたそのとき――
拠点の扉が、もう一度きしんだ。
現れたのは、浅黒い肌に顎の傷が印象的な男――ゼスだ。
彼の足取りは重く、組合服の袖を無造作に捲り上げながら、室内の空気を一変させる。
「おい、勝手に動き回ってくれるなよ。……余計なことしやがって」
バルドが即座に応じた。
「ゼス、またお前か。……今度は何を企んでる」
ゼスは組合服の袖を乱暴に捲りながら、ギルドの面々を威圧の目つきで見回す。
「企んでるだと? ……笑わせんな。新参者が騒ぎ立てすぎなんだよ。町の流れは俺たちが守ってきた。……お前らが勝手にルールをいじるから、市場も魔物も荒れたんじゃねぇか?」
ハリィが真っ直ぐ踏み込む。
「魔物が荒れたのが僕たちのせい? ……じゃあ聞くけど、この黒い羽根はどう説明するんだ。お前らの仕業じゃないのか?」
ゼスは机の上の羽根を見て、口角を歪めた。
「……ああ、俺たちだ。町が新しい力に染まる前に、少し釘を刺しておく必要があったんでな。『誰が流れを握っているか』を思い出させるための合図だ」
バルドの呼吸がわずかに深くなる。
「……結局、誰も得しなかった。市場も荒れたし、魔物まで呼び寄せた」
シャムナが静かに笑う。
「魔物も都市の『裏側』の一部。……取引の条件次第では、あなた方の『困りごと』も減らせるかもしれませんよ?」
私は、三人の言葉の応酬を見つめながら、胸の奥に冷たい波が走るのを感じていた。
リュミナが帳面を閉じ、小さく息を吸う。
「でも――包みの仕掛けも、黒い羽根も。誰かが気付いてくれたから……この町はまだここにある」
ゼスは短く舌打ちした。
「運が良かっただけだ。次はどうかな」
言葉の温度が、空気をさらに冷たくする。
そのときだった。
ドンッ!
拠点の扉が激しく叩かれ、少年が荒い息を切らしながら駆け込んでくる。
「大変だ! 東の門の外に魔物の群れが……! ワイルドボアに、グリーンウルフ……みんな、すぐ来て!」
仲間たちの表情が、一瞬で戦いの色に変わった。
仲間たちは同時に動き出し、武器と道具へと手を伸ばす。
バルドが静かに立ち上がり、短く言い放った。
「来るぞ。……油断するな」
遠くで、低く魔物の咆哮が響いた。
窓辺の陽がわずかに陰り、都市の外縁から迫る気配が空気を重くする。
ワイルドボア。
ヘッジバイパー。
グリーンウルフ。
複数の魔物が同時に接近している――それが息づかいのように伝わってきた。
私は深く呼吸を整え、胸の奥で静かに決意を固める。
外では風が強まり、石畳の上に積もった影がざわめきに揺れている。
ゼスは腕をまくり上げ、忌々しげにギルドの面々を睨む。
「ここは俺たちの街だ。……バルド、余計な波風は立てるなよ。お前らのやり方で全部ひっくり返されちゃ敵わねぇ」
バルドは正面からその視線を受け止める。
「俺たちは守るだけだ。街も、仲間も、目の前の命も――それだけは譲れねぇ」
ゼスは舌打ちを返し、顔をそらす。
「勝手にしろよ。中途半端に腐らせるくらいなら、一度ぶっ壊して……また俺の手で作り直した方がマシだ」
拠点の隅では、シャムナがわずかな笑みを浮かべていた。
「お二人とも熱心ですね。……まあ、どちらが主導権を握ろうと、私の商いは変わりませんので。今は静かに拝見させてください」
皮肉にも本心にも聞こえる声だった。
その余裕に、逆に空気の緊張が強まっていく。
私は仲間たちの顔を順に見渡す。
誰の目にも、揺るぎない覚悟が灯っていた。
外から、また咆哮が響く。
光の角度が変わり、陰影が伸び、戦いの時が満ちていく。
「俺は中央。ハリィは東、グリンは南。セレナは後方支援、他は状況を見て動け」
バルドの声で、全員が散開した。
外に出ると、陽光が魔物たちの輪郭を鋭く切り取る。
石畳が揺れるほどの重低音――ワイルドボアが吠えながら突進してきた。
バルドは前線に立ち、斧を高々と掲げる。
「来いッ!」
衝撃音が弾け、斧と魔物の巨体が激突する。
石畳が砕け、獣臭と土埃が舞ったが、バルドは一歩も引かない。
風が鳴る。
リュミナの帳面が淡く光を帯びる。
風の精霊が集まり、彼女の願いに呼応するように輝きを増していく。
刹那――風が鋭利な刃となって地面を裂き、ワイルドボアの脇腹を切り裂いた。
その影から、長大なヘッジバイパーが姿を現した。
朝の光を受けた緑の鱗が、不気味に光を反射する。
ティオが素早く矢をつがえ、合図を送る。
専門区街の男たちが連携し、網と石塊を投げて進路を阻んだ。
その一瞬を逃さず、グリンが前へ。
大きなハンマーが振り下ろされ、鱗が砕け散る。
「今じゃ!」
ヘッジバイパーの体がよじれ、毒牙が空を切った。
◇◇◇
東では、グリーンウルフの群れが影のように駆けていた。
青緑の毛並みが陽光に閃き、赤い舌を覗かせながら飛びかかる。
「レミア、合わせる!」
ハリィが呼吸を合わせ、鋭く矢を放つ。
レミアの一撃が跳躍中のグリーンウルフの動きをそらし、ハリィがすかさずもう一本、脚を撃ち抜く。
グリーンウルフたちは散開し、素早く影に溶けていく。
後方では、セレナが魔法具を掲げていた。
淡い光が半透明の盾となり、仲間や住人を守る。
グリーンウルフの爪が結界にぶつかるたび、光が弾け、衝撃が空気を揺らした。
セレナは歯を食いしばりつつも、光を保ち続ける。
サビーネは怯える子どもたちを抱き寄せ、目線を合わせて静かに励ます。
混沌の戦場に、そこだけ淡い静けさがあった。
◇◇◇
火花、土埃、毒の靄、風の唸り――
咆哮と命の叫びが広場を満たす。
だがその中でも、仲間たちはそれぞれの『静』を抱えていた。
守りたいものがある。
失いたくない場所がある。
胸の奥で灯した誓いは、戦いの熱に焼かれて、さらに強く形を帯びていく。
――都市最大の危機は、いままさに始まったばかりだった。
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