旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

文字の大きさ
63 / 70
伝承時代:冒険者ギルド誕生譚

【冒険者ギルド誕生譚】 第十話:「協力と未来への約束」

しおりを挟む
 高く昇った陽が、広場の石畳にやわらかな影を落としていた。

 治療所として張られていた白布は風にはためきながら、朝の役目をゆっくりと終えようとしている。

 薬草と包帯の香り。

 傷の手当てをしながら交わされていた静かな声。

 その名残がまだ広場の隅々にとどまっていた。

 子どもたちが陽だまりで追いかけっこを始め、遠くからは水桶のぶつかる軽い音が響く。

 私は、広場の片隅からその景色を見つめていた。

 昨日の戦いの跡が、光の角度によってまだ淡く残っている。

 それでも――この穏やかな陽射しは、わずかでも『新しい日常』を運んできている気がした。

 バルドは包帯を巻いた腕を下ろし、グリンと肩を並べて中央へ向かう。

 リュミナは帳面を胸に抱え、治療所のそばで陽を受けて細く目を閉じた。

 セレナとハリィは住人たちと片付けを手伝いながら、広場の端で何かを話している。

 サビーネは縫い終えた衣服を丁寧に畳み、子どもたちへ優しい笑みを向けていた。

――痛みや恐怖を越えた身体が、いま確かにここにある。

 その事実だけで、なぜか胸の奥に小さな誓いが灯るようだった。

◇◇◇

 ひっそりと使われていなかった倉庫の片隅に、仲間たちが自然と集まり始める。

 ギルドの仮拠点――その扉が軋むたび、昨日とは違う空気が流れ込むように感じた。

 簡素なテーブルの上には、バルドが用意した紙や木片、リュミナの帳面、グリンのペン。

 セレナは手を洗うと、そっと椅子に腰を下ろした。

 小屋の中には、不思議な静けさと熱が同居していた。

 傷つき、守り、助け合った者たちが――それでも『これから』を見ようとしている。

 その中心で、バルドが口を開く。

「……ギルドってさ、ただ強い奴らが集まる場所じゃない。俺たちが困っているとき、いつだって誰かが手を貸してくれた。だからそれを……ちゃんと『形』にして残したいんだ」

 彼の声は低く、けれど揺るぎなかった。

 グリンは木片を指でなぞりながらうなずく。

「わしはな、誰かが困っとるときに、ちゃんとそばにおりたいんじゃ。逃げたりせん。みんなで笑って過ごせる場所……それをここで約束したいと思っとる」

 リュミナは帳面を開き、慎重にペンを走らせる。

「……約束を残せれば、きっと明日を信じて歩ける。昨日みたいな夜が来ても……みんなでいれば、怖くないから」

 セレナは微笑み、指先を重ねて言った。

「街の子どもたちにも、帰る場所をあげたいな」

 紙に記されていくのは、それぞれの願いと、静かな誓い。

 バルドは力強い字で、グリンは木片に刻むように、ひとつずつ形を残していく。

 ハリィやティオも、言葉少なにうなずき合った。

 私は、その一つ一つを胸に刻みながら見守る。

――『夢』は、こうして静かに受け継がれていくのだ。

 全員の誓いが記された紙を束ね、仮の掲示板へそっと掛ける。

 その下で揺れる蝋燭の灯は、小さいのに不思議と温かく、空気に静かな色を落としていた。

「……大きな夢じゃなくていい。みんなで見た未来が、きっと私たちの力になる」

 リュミナの言葉は、昼の光に溶けて広がっていく。

 私は胸の奥で、観察者として小さな問いを抱えた。

――『協力』とは、どこから始まるのだろう。

『未来への約束』とは、どんな色や形を持つのか。

 その答えはまだ分からない。

 けれど、仲間たちが並べた誓いと、今この空気に漂う静けさだけは――嘘ではなかった。

◇◇◇

 外へ一歩出ると、昼下がりの石畳がきらめいていた。

 昨夜の戦いの痕跡が石の隙間に薄く残り、けれど治療所の片付けが終わった広場には、安堵の笑顔が灯っている。

 子どもたちは光の中を駆け回り、住人たちは互いの肩を叩き合っていた。

 この空気のどこかに、新しい希望と、遠い予感がふっと混じっている。

 バルドとグリンが、戦いのあった場所をゆっくりと歩く。

 ふとグリンが立ち止まり、石畳の端に落ちていた黒い羽根を拾い上げた。

「これ、数日前に市場で見かけた羽根と同じじゃ」

 グリンは羽根を指先で確かめ、仲間へと差し出す。

 そのとき、ハリィが自分のポーチから、そっと同じ黒い羽根を取り出した。

「これ、この前拾った羽根……やっぱり同じだよね」

 バルドの眉がわずかに寄り、セレナは近づいてその羽根を見つめた。

「やっぱり普通の鳥のものじゃない……」

 グリンも低く続ける。

「市場で見た跡も魔物とは違っとったしのう」

 住人や子どもたちが不安と興味の入り混じった顔で集まってくる。

 広場の空気に、静かなざわめきが広がった。

――都市の日常の端で、見えない糸がほつれはじめている。

 黒い羽根は、ただの落し物ではない。

 魔物の影か、都市の異変の前触れか――正体はつかめないまま、胸の奥を揺らしていく。

◇◇◇

 私はふと腰元の包みの重さを思い出した。

――シャムナから受け取った『あの包み』のことだ。

 私は包みを取り出し、そっと布を広げてみた。

 中には、見慣れぬ道具、複数の薬草、精緻な印が刻まれた符丁。

 三つの異物が、光を吸い込むように静かに並んでいた。

 近くにいた旅人が興味深そうに声をかける。

「それ、ちょっと見せてくれるかい?」

 私は道具を手渡す。

 旅人は観察し、低く言った。

「これは呪いに使われることが多い道具だな。東の地で似たものを見たことがある。扱いを間違えると厄介だ。だが使いようによっては、護符として災厄を避けるとも言われている」

 背筋に冷たいものが走る。

 その横で、商人が薬草に手を伸ばし、香りや色を確かめながら説明した。

「こっちは治癒に効くが……毒草も混じっとる。保存性は高いが、組み合わせ方次第で薬にも害にもなる。都市ではまず見ない品だ」

 近くにいた職人は符丁を手に取り、細かな刻印に目を凝らした。

 隣の商人と顔を見合わせ、小さく頷く。

「これは……伝言だな。ここに『夜明け前に備えよ』と刻まれてる」

「『集いし者に、新しき計画あり』……続きは読みづらいが、どうやら今後の動きに関わるものらしい」

 私は包みの中身を静かに受け取った。

 広場を満たす光とざわめきの中で、三つの異物だけが異彩を放っている。

 旅人の知恵。

 商人の経験。

 職人の技。

――この都市には、まだ知らぬ世界とつながる「知」が息づいている。

 仲間たちも集まり、誰もが不安と興味のあいだで揺れていた。

 私は観察者として問いかける。

――異物は、脅威だけではないのか。

 都市と外の世界を結ぶ『兆し』なのか。

――恐れるのか、受け入れるのか。

 その選択が、これからの都市を形作っていく。

 未来はまだ、名も形も持たない。

 けれど――掌に残る包みの重みと、都市の知恵の手触りは、たしかに新しい約束の静けさを告げていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...