旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:冒険者ギルド誕生譚

【冒険者ギルド誕生譚】 第九話:「癒しと誓い」

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 最後の一頭が倒れ、断末魔が夜の闇に吸い込まれるように消えていった。

 その瞬間――広場を包んだのは、ただの静寂だった。

 戦いをかき消すような鐘の音も、住人たちの叫びも、もうどこか遠い。

 石畳に落ちた泥と血の匂いだけが、冷たい夜気に溶け残っている。

 私は剣を握ったまま、しばらく動けずにいた。

 肩で息をする仲間、膝をつきうずくまる住人たち――誰もが、張りつめた緊張のあとに押し寄せる痛みと疲労に呑まれていた。

 けれど、その静けさの奥には、確かにあった。

 助かったことへの安堵と、生き延びた重みを抱きしめるような息づかい。

「負傷者を運んで! 治療所はこっちだ!」

 広場の隅で住人の男が声を上げる。

 担架を運ぶ足音が行き交い、倒れた者を慎重に寝かせていく。

 バルドは血の滲む腕を押さえながら、グリンやハリィとともに倒れた住人を運んでいた。

 リュミナは膝をついたまま、震える誰かの手をしっかり握り、必死に声を届けようとしている。

 私は息を整えながら、広場に設けられた仮設の治療所へ足を運んだ。

 薬草の香り、水音、誰かの小さな呻き声――すべてが、夜明け前の空気の中に混ざり合っていく。

 サビーネと女将のレミアは薬草を刻み、包帯を湿らせ、負傷者の手当てに追われていた。

 住人の女性たちも、傷口を洗い、包帯を巻き、毛布をかける手を休めない。

 言葉はほとんどなかった。

 ただ、自分にできることを淡々と重ねるだけだ。

 私も傷ついた住人の隣にしゃがみ込む。

 血に染まった袖をまくり、そっと傷口を洗い流す。

「……これ、使って」

 ハリィが薬草を差し出す。

 小さな手は震えているのに、その表情はどこまでも真っすぐだった。

 私はうなずき、薬草を傷口に当てた。

 ひりつく痛みの奥に、じんわりと温かさが広がっていく。

――なぜ、人は痛みや恐怖を知りながら、それでも手を差し伸べるのだろう。

 観察者としての問いが胸の奥で揺れる。

 けれど今だけは、難しい答えよりも確かな実感が優先された。
 私は、一人ではない。

◇◇◇

 東の空が薄く明るみはじめ、仮設の治療所に柔らかな朝の光が差しこんだ。

 静かな空間に、かすかな祈りや安堵の息づかいが溶けていく。

 レミアは寝台のあいだを歩き、包帯の緩みをそっと確かめていた。

 薬草の香りが、朝の気配とともにほんのり漂う。

 サビーネは破れた袖や防具の修繕に集中し、細い指で糸を結んでは、また一針ずつ縫い直していく。

 夜の疲れが残るはずなのに、その表情はやわらかい。

 バルドは壁にもたれ、包帯に巻かれた腕を上から力強く手を握る。

 隣でグリンが笑いとも溜息ともつかない息をこぼし、二人で互いの無事を確認していた。

 ハリィは水差しを持って、人のあいだを静かに動き回る。

 食堂の主人ティオは簡単な食事を配り、住人たちの顔をのぞき込みながら声をかけていた。

 セレナは治療所の片隅で膝をつき、誰よりも長く仲間の眠る顔を見守っていた。

 私は窓の外に視線を向けた。

 専門区街も広場も、混乱の痕跡を残しながら、それでも朝の光を受けて静かに息づいていた。

 治療所の空気が、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。

 それでも、戦いの余韻は完全には消えない。

 石畳の上には破れた布や薬草の香りが残り、外では疲れた住人たちが静かに腰を下ろしていた。

 私はふと、疼く傷に意識を向ける。

 血が乾いた袖口を見つめ、胸の奥に沈んだ問いがわずかに揺れた。

――なぜ、自分はここに立ち続けたのか。

 答えの形はまだ曖昧だった。

 けれど、広場を包む静かな気配が、その空白を責めるようなことはしない。

 リュミナがふと近づき、私の横に座った。

 彼女は傷の包帯を押さえ、俯いたまま、何か小さく呟いた。

「……こわかった。でも、逃げたくなかった」

 その声はか細いけれど、しっかりとした芯があった。

 私は何も言わず、ただ彼女の肩に手を置く。

 返事というより、そこにいるよ、と告げるために。

 背後では、サビーネが針を置き、朝の光に細めた目を向けている。

 セレナは膝をついたまま、祈るように目を伏せていた。

 誰も強がらない。

 誰も急がない。

 ただ、隣にいる誰かの呼吸を確かめながら、静けさの中で小さな温もりを共有していた。

 こうして、長い夜はようやく終わりを迎えた。

◇◇◇

 治療所の入り口から、冷たい朝風がふわりと流れ込んできた。

 戦いを共にした住人や仲間たちは、思い思いの場所に座り込み、ゆっくりと夜の名残を吐き出していた。

 誰もが同じ方向を見ているわけではない。

 けれど、胸の奥ではそれぞれの言葉にならない誓いが灯っている。

「この都市でまた歩き始める」という、小さく確かな光だ。

 私は静かに立ち上がり、まだ頼りない足で外へ出た。

 陽の光が石畳を照らし、淡い影をつくる。

 新しい一日のはじまり――

 それはただの繰り返しではなく、昨夜の戦いの果てに生まれた変化の気配を含んでいた。

 私は、胸の奥で小さく問いを立てる。

――人は、痛みや恐れとともに、それでも歩き続けるものなのか。

 その答えはまだ遠い。

 けれど、交わした誓いと、仲間の温もりだけは確かに残っていた。

 朝の光の中で、その静けさはゆっくりと根を張り――

 私は、そこで小さな『始まりの静けさ』を胸に刻んだ。

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