旅する創造主――アノンの世界観

ぼん

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伝承時代:星見の岬フィラリア・魔王と勇者伝説

【星見の岬フィラリア・魔王と勇者伝説】 第一話:「星降る夜」

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 静けさだけが、時の川のように流れている。

 光も影もまだ輪郭を持たず、遠い星々の欠片のように祈りが散りばめられている。

その中心で、私はひとつの『始まり』を見つめていた。

 どこかで微かな振動が走る。

それは、星見の岬――遥か遠い大地で、いま目覚めつつある命の気配。

 祈りの芽生え。

 運命を選び取ろうとする、まだ名もない誰かの意志。

 その揺らぎに呼応するように、二つの気配が静かに近づいた。

 創造主の使い――オルド。

 秩序を司るその存在は、言葉より先に世界の律動そのものを響かせてくる。

「アノン様。この時代にもまた、新たな岐路が訪れようとしています」

 その声は淡く、遠雷のように静かだった。

 続いて、生命の循環を象徴するラクシアが柔らかな気配をまとって姿を現す。

春風が大地に触れるような穏やかな感触を運んでくる。

「命の歩みは止まりません。岬の下に生まれる問いも、また新しい芽吹きなのでしょう」

 ラクシアの声は、祈りの旋律に似ていた。

 私はしばらく黙し、二柱とともに大地に響く祈りの振動を見つめる。

――星見の岬フィラリア。

そこで揺れているのは、一人の青年の迷い。

そして、まだ形にならない希望。

 祈りの向こうで揺れているのは、決して強い意志ではない。

 青年のなかには希望と恐れがあり、恐れの方が勝っている。

 けれど、その恐れに押しつぶされず、小さく、それでも確かに前へ踏み出そうとしていた。

――希望は、恐れを越えたその先にこそ芽吹く。

 私は、そんな『普通の誰か』が選ぼうとしている瞬間を、何度も見てきた。

 伝説はいつも、偉大さではなく、小さな選択から始まる。

 だからこそ、彼の問いに寄り添い、彼の選択がどんな物語を生むのかを、そばで見届けたいと。

「この地で、私はひとつの命に宿ろうと思う」

 静かにそう告げると、オルドはわずかに姿勢を正した。

「アノン様。秩序の継承には選択の責任が伴います。あなたの問いは、この世界の未来に影響を及ぼす。……そのことを、我々は忘れてはなりません」

 淡々とした忠言に、私は小さくうなずいた。

 未来のすべては、ただひとつの選びから始まる――その事実は、どの時代でも変わらない。

 ラクシアが、そっと息を重ねるように言葉を紡ぐ。

「命が紡ぐ物語は、いつも恐れと希望のあいだで揺れています。けれど、どの命も必ず、誰かの願いから生まれるのです」

 沈黙が流れる。

 その間に、私は再び大地を見やる。

 星空の下、ひとりの青年が夜に問いを投げかけていた。

 小さな勇気が、祈りの光となり、静かに世界の底を照らしている。

「私は、あの青年の歩みに寄り添い、彼の人生を共に見届けよう」

 その決意は光と影のはざまへと溶けていく。

 オルドは言葉なくそれを受け止め、ラクシアは優しい気配で寄り添った。

「命は歩み続けるものです。どうか、恐れを知り、希望を手にして」

 その囁きが、まるで旅のはじまりを祝福する風のように胸へ届いた。

◇◇◇

 静寂の奥で、遠い地上に命の鼓動が重なっていく。

――私は、世界に降りる。

 始まりの静けさが淡い光を帯び、その輝きがゆっくりと視界を満たした。

 まぶたの裏で揺れていた光が、やがて現実の夜へとつながる。

――そして私は、彼――シュンの意識に寄り添い、その身体を通して世界を見ることになる。

 目を開くと、深く透きとおった夜空が世界を包んでいた。

 潮の香り。冷たい風。頭上を流れる星の川。

――そのすべてが、ひとつの始まりを告げているようだった。

 僕は、夜の岬に立っていた。

 息を吸うと、潮と夜の匂いが胸の奥にゆっくりと広がった。

 村の灯りが、岬の向こうで淡い祈りのように揺れている。

 家族と過ごす朝、畑の土の感触、焚き火の匂い――

 そんな日々の積み重ねが、これまでの僕の世界だった。

 それなのに、今夜の空は何かを訴えかけてくるようで、胸が落ち着かない。

 星々はただ美しいだけじゃない。

 いつもより強く、鋭く光っていて――

 まるで「問いかけ」に応えているみたいだった。

 僕は無意識のうちに足を前に出す。

家々の軒先を抜け、石畳の冷たさを感じながら広場へ向かった。

 道すがら、誰とも言葉を交わさなかったが、窓辺の淡い光や、遠くで眠る犬の静かな息遣いが、見えない繋がりを教えてくれる。

 広場に着くと、村長のグレイスが焚き火のそばで空を見上げていた。

 その隣には――星詠みの巫女フィラリア。

 白銀の髪が星明かりを受けて淡く揺れ、尖った耳が夜気を静かに震わせる。

 幼いころからずっと村の巫女としてここにいる。

 透き通る肌と儀式服、落ち着いた眼差し。どこか人ならぬ静けさをまといながらも、村のだれよりも星空を見上げ、祈りを捧げている。

 祈りを終えたフィラリアが立ち上がると、焚き火の明かりがその横顔を照らした。

「……今夜の星は、いつもより語りかけてくるみたいですね」

 澄んだ声音だった。

 僕は、ずっと胸に抱いていた疑問を思わず口にしていた。

「フィラリア……どうして、この村では星を読むんだ?」

 彼女は少しだけ目を細め、星明かりを映したまなざしを向ける。

「星は、ただ夜を照らすためだけに在るのではありません。私たちは、星の巡りに命の流れや未来の兆しを見るのです。昔から、星々に祈りを捧げ、季節や運命の移ろいを感じ取りながら暮らしてきました」

 フィラリアは祭壇にそっと手を置いた。

「私の役目は、村のみんなが見上げたときに感じる『星の声』を、言葉にして伝えること。星の動きに耳を傾け、その導きと共に祈る―― それが、この村の『星読み』であり、私がここにいる理由でもあります」

 その声には、長い時間を積み重ねてきた静けさがあった。

 私は思う。

――星は、なぜ人の心をとらえるのか。

――祈りは、どうして時代を越えて伝わっていくのか。

 誰かの願いが積み重なり、伝承となり、掟となり、命を導く律動となっていく。

 同時に、どこか遠くを見つめているような孤独も感じさせる。

「夜明けの星は、あなたを照らしています」

 フィラリアは、昔から変わらない調子でそう言った。

 けれど今夜のその言葉は、なぜか胸の奥に深く落ちていった。

 彼の胸の奥にあるざわめきが、私に問いを呼び起こす。

――どうして、こんなにも胸がざわつくんだろう。

――自分は、何を選ぶべきなのだろう。

 答えは、まだどこにもない。

 けれど、風が岬を駆け抜け、星の川がさらに広がっていく。

 フィラリアは祭壇に手を添え、低く祈りの言葉を紡いだ。

 その響きは、まるで過去と未来を繋いでいく細い糸のようだった。

 世界が何かを語りかけている。

 淡い光、祈りの揺らぎ、小さな命の呼吸――

 すべてが今夜、この場所に重なっていた。

 村長が僕の肩を軽く叩く。

「これが、星見の岬の『始まりの静けさ』だ」

 その言葉とともに、世界は再び静かに息を整える。

 星々は、まだ誰にも語られていない物語の行方を、穏やかに見下ろしていた。

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