Love looks not with the eyes, but with the mind

我利我利亡者

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 思いもしなかった突然のできごとに、俺は天地がひっくり返ったかと思う程驚いた。
 だって、てっきりこちらのことを食おうと虎視眈々と狙っている獣と対峙していると思っていたら、急に人の声が聞こえてきたんだから! 驚くのも無理はないだろう!
 いつの間にか止めていたらしい息をヒュッと飲み込んで、再び気配を探る。
 成程、相手が人間だというのなら、あらかた納得がいく。直ぐに声をかけてこなかったことと気配を感じなかったことは解せないが、相手もこんな山中で滅多に見かけるとも思えない杖をついた盲人を見て、魔物か何かが自分をおびきよせるために作り出した幻影ではないかと疑って様子を見ていたのかもしれない。
 呼吸の位置が俺の頭より高いのも、ただ単に相手の背が俺よりもかなり高いだけなんだろう。
 なんにせよ、これは渡りに船だ。こんな山奥で、人に会えるなんて! 正直かなり助かった。これで山をおりて人里へ行ける。1度は死を覚悟はしたけれど、別に俺は率先して死にたい訳ではないのだ。
 俺は慌てて杖を引っ込め正眼の構えを解き、急いで服を払い背筋を伸ばして声のした方へと向き直った。
「えー、オホンッ。大変失礼致しました。まさか人とは思いもよらず、獣だと思ったものですから。私は見ての通り目が悪く、オマケに他の感覚も鈍いので、どうにもこういう間違いをしていけません。どうか許してくださいますか?」
 相手の機嫌を損ねて山中に置いていかれては堪らないので、今更ながらできる限り礼儀正しく品良く、見えない相手におもねる。
 ま、相手がここでこんな盲人のお守りなんてめんどくさいことはせずに、さっさと金目のものでも奪ってこの場に置いていってやろう。こんな山奥なら、どうせ誰にもばれやしない。とか考えている不心得者だったら全部パアなんだが。
 ここは運命の女神様を信じよう。
 俺の目から光を奪い、山で迷わせた上でようやく現れた救いの主と思いきや相手が強盗とか、まさかとは思うけどそういう風に立て続けに不運を押し付けるなんて……そんな酷いことはしないよね、女神様?
「そんなことはいいから、質問に答えろ。お前はここで何をしている」
 おーっと、幸先不安だぞ。相手はあまり友好的とはいえないみたいだけど……。なんだかぶっきらぼうな人に当たっちゃっただけだよね、そうだよね?
「ああ、申し訳ございません。実は見ての通り道に迷ってしまいまして。目が見えないものですからどうすることもできず、途方に暮れていたところです」
「道に迷った? ここは正規のルートからかなり離れているぞ。盲人がよく1人でここまで来れたものだな」
 えー、疑われてる、疑われてる! 疑われてるよ!
 そりゃそうだよなー。普通そうだもん。目の見えない人間がうっかり迷い込むには、今いる場所は相当不自然な程奥まったところなんだろうな。
 仕方ないだろ、だって健脚なんだもん!
 序(ついで)に道無き道を歩くのも、前職でさんざやらされたから目が見えなくてもある程度できちゃうの!
 そして考え事をし始めるとそれに夢中になって、機械のように動き続けてしまう質なの!
 今までだってこういうことはあった。戦闘中にも関わらず、考え事に夢中で気がつけば激戦区のど真ん中とか、朝だったはずがふと物思いから帰って来れば深夜とか。
 その度に困っているのに直さないのは俺が悪いけれど、だからってしょうがないじゃんか! 生まれ持った性分なんだもの!
「そもそも盲人が1人で旅なんて。供の者はいないのか? ……おい、まさかとは思うが、お前この山に厄介払いで捨てられたんじゃないだろうな」
「そ、そんな! 違います!」
 おいおいなんだか話が不穏な方へと進んできたぞ。想像力逞しいところ悪いが、俺は自分の自由意志でここにいる。まあ、迷いまくってたどり着いたのが自由意志と言えるかどうかは分からないが。
 慌てて否定した俺に、相手が益々疑わしげな様子で言葉を続ける。
「なら、何故お前はこんなところにいる。ここは人里からも管理された山道からもかなり離れていて、そう易々とはたどりつける場所ではないぞ。盲人が1人でたどりつけると思えるほど、容易い道のりでもない。常人でさえ行くのも帰るのもひと仕事だ。そもそも供も付けない盲人の一人旅と言うだけで怪しさいっぱいだ!」
 うっ、グウの音もでねぇ。
 でも現に俺は見えない目でここまで1人でたどり着いちゃってるわけですよ。そこは信じてもらう他ない。
 一人旅ってのにも、理由はある。
「いえ、実は最初は供の者が居たには居たんです。ジョーと言って、気の良い聾者でした。私たち2人は怪我を理由に退役した元軍人で、身寄りもなく最初は国の施設にいたのですが、先の戦争で傷痍軍人が溢れてしまって私たち程度の少しの補助で生活ができる軽度の障害の者は出ていくように言われてしまいまして。仕方がないから福祉が行き届いていて体に触りがあっても住みやすいという、南の国を目指して仲の良い2人で旅に出たんです。ジョーも私もとうの昔に家族は全員死んで他に身寄りもありませんでしたから、心残りなどありませんでしたよ。お互い相手に足りないものを補い合って仲良く旅をしていたんですが、ここの手前の村に着いた時、ジョーが病にかかりましてね。あっという間でした。医者を呼ぶ暇もないくらい、あいつはポックリ死んでしまったんです。今にして思えば、戦争の時あいつの耳をどうにかしてしまった魔法兵器の後遺症かもしれません。それまでも時々頭が痛いと寝込むことがありましたから。おっと、そんな話ではありませんでしたね。すみません。兎に角、ジョーが死んでも私は旅を止めるわけにはいきません。その村では私のような厄介者を養うような余分な食い扶持を稼げる当てはありませんでしたからね。仕方がないから私1人だけでも予定通り南の国に行こうと決めて、せめてもの供養に村でジョーの葬式をして墓を立ててもらえるよう、国の施設を出る時にもらった見舞金をありったけ置いて、私1人で村を出てきたんです」
 そう、だから今の俺は限りなく無一文なんだ。取るものなんて何も残っていないから、もしあんたが不心得者でも、俺を襲う旨みはないぜ、と言外に何となく伝えておく。いや、相手が悪い事を考えてるかなんて分からないんだけどさ。それでも牽制はしておきたくなるじゃん。
 ワタシ、タベテモ、オイシクナイ!
 おっと。待て待て自分。相手が金品目的に俺を襲うことがないにしても、このあからさまとは言えない迄も、一応『私はあなたを強盗だと疑っています!』とおおいに捉えられる言い様に不快感を覚えてここに置き去りにされることは十分に有りうる。やべえな。俺の言葉、不快に思っていないといいんだけど。ちょっとまずいかもなー。だってさっきからお相手さん、何も喋ってないんだもの。俺の発言で只今絶賛不機嫌中なのかも。いやー、身から出た錆とはいえ、ここにきてやっと人間を見つけたのに、山の中に置いてきぼりは御勘弁だぜ?
 さて、どうしようか。
 一応目が見えないなりに一生懸命声の聞こえてくる方向から相手の位置を割り出して、微笑んでみせているのだが、反応がない。
 そのまましばらく気まずい沈黙が続く。
 ああ、だんだん頬の筋肉が引き攣ってきた。これ以上はもう無理だ。相手が何を考えているのかしれないが、なんだか友好的な雰囲気ではなさそうだし、親切に麓の村まで送って貰うのは諦めよう。
 なんだろう、機嫌悪いのかな?
 まあ、困っている盲人がいたら普通の人なら大抵、親切にしてくれるだろうという俺の思い上がりが否定されただけだ。たいしたことじゃない。
「あー、その。お忙しいところをお邪魔して申し訳ありませんでした。私はそろそろ退散させていただきます。お手間を取らせて申し訳ないのですが、麓までの道をお教えいただけないでしょうか? 方向を言っていただけるだけで結構ですので」
「はあ?」
 何を言っているんだと言わんばかりの返事に、もしやこの問いかけにも答えてもらえないのではと思ったが、流石にそれはなかった。
 相手の呆れた声が聞こえてくる。
「何を馬鹿なことを。お前は見えていないから分からなくても仕方がないが、もうすぐ日が暮れる。夜の山を歩くのは、馬鹿のすることだ」
「いえ、大丈夫です。暗闇なんてなんともありませんよ。なんと言っても私は目が見えていませんからね。夜の山といっても普段とそう変わりません」
「馬鹿か貴様。夜の山で恐ろしいのはなにも暗闇ばかりではない。空気も冷えるし、ここら辺にはいないが、麓までの道には獣だって出る。危険はいっぱいだ。そうでなくても真っ直ぐ進むのが難しい山の中で、目の見えないお前が何を頼りに方向だけを聞いて麓まで降りれると思っているんだ。やっぱり馬鹿だろう」
 うぐっ、何もそこまで馬鹿馬鹿言うことないじゃないか。
 もっとも、その言葉は全て正論中の正論。何も言い返す余地はない。
「で、ですがいつまでもここでこうしている訳にもまいりませんし。旅をしている以上、危険も苦労も覚悟の上です。大丈夫。これでも腕には多少の自信があります。きっと、なんとかなりますって!」
「そのどこからともなく根拠の無い自信が湧いてくるのが、お前が馬鹿たる所以なのだろうな」
 今、何気酷いこと言わんかった? まあ、当たってんだけどさ。
 でも、他にどうしろってんだ。口を出すだけ出してあんたは助けてくれそうにないし。他に頼る当てもない。ここは俺が1人で頑張るしかないんだ。なんだよ、道くらい教えてくれたっていいじゃないか!
 そうして俺が内心うだうだしていると、相手がはあーっ、と大きくため息をついたのが聞こえた。
 そのまま少し、その場で身動ぎする音もする。
 これはあれだ。知ってるぞ。頭を掻いたり、腕を組んだり。なにか本当はしたくはないけどしなくちゃいけないことがある時に、人が決まって出す音だ。
「……なんというか、あれだ。今日はもう遅いし、私の屋敷に来るか? 大したもてなしはできないが、パンとスープくらいならある。どうせ今日はもう歩き通しで疲れただろう。どの道途中で一息つくことになるのなら、山中で野宿するよりは、私の屋敷に泊まる方がいくらかマシなはずだ」
 驚いた。この御仁、てっきり俺との出会いを歓迎していなくて、道を教えるだけ教えてさっさと立ち去ると思ってたのに、まさか一宿一飯のお世話を申し出てくれるなんて。
 ぶっきらぼうなだけで本当は優しい人なのか? いや、それは違うな。
 声音からいかにも仕方がない、と思っているのを隠しもせずにいるのが聞き取れる。
 本当にこの提案は彼にとって嫌で嫌で仕方がないものなのだろう。
「ですが、初対面の方にそこまでお世話になるのも……。私は何もお礼できるようなものは持っておりませんし」
「いいから、うちに来い。こんな所にお前を放置したら、十中八九獣の餌だ。流石に自分が助けないと死ぬとわかっている人間を、放ったらかしにできるほど私の神経は図太くない。後で私がお前の死体でも見つけたら寝覚めが悪くなるどころの話じゃ済まないだろう」
 まあ、それはそうだけど。
 そこまで声に嫌々、渋々、といった感情が乗るほど気が進まないのなら、どの道寝覚めは悪くなるんじゃないか?
 とはいえ、この有難い申し出。断ったらバチが当たる。
 運命の女神様は、最後の最後に俺に手を差し伸べる気になってくれたようだ。
「分かりました。何度もお誘い頂いているのをお断りするのも失礼な話ですしね。お言葉に甘えて暫し屋根をお借りします」
「ああ、そのかわり、道を教えてやるから、明日には出ていけよ。私は人が嫌いなんだ」
 へーへー、分かっておりますよ。
 この人物が愛想が悪いのはこの際仕方がないとして、せめて俺だけは相手の親切に対して失礼のない態度を心がけよう。
「申し遅れました。私はマルセル・カシニョールと申します。どうぞ一晩、よろしくお願い致します」
「ああ、そうか。もう行くぞ」
 謎の人物はぞんざいにそれだけ吐き捨てると、こっちに来いと言いながら、一応目の見えない俺がついてきやすいようにかガサガサと大きく音を立てながら歩き始めた音がする。
 やれやれ。名前も教えてくれない、か。
 まあいい。俺は文句を言える立場じゃない。大人しくついて行こう。
 そうして俺は、手の中の杖をしっかりと握り直し、探り探り慎重に歩を進め始めたのだった。
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