赤獣の女王

しろくじちゅう

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二章 水霊祓い

4、白を基調とした淡泊

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 白を基調とした淡泊な建物が立ち並び、野性の鹿が街道を往来する様を散見できる古都、ロオマ県であったが、そんな古めかしい風物の一画にある花屋の二階に、ノノバラは居候いそうろうをしていた。味気のない空き部屋であり、必要最低限の家具くらいしか目に留まる物は置かれていなかった。ただ、机の上には手配書が散乱しており、ノノバラは、椅子に腰かけ、その一枚一枚を食い入るように見漁っていた。その手配書のいずれもが、ルージュと呼ばれる組織に名を連ねる犯罪者の顔と氏名を明記したものであった。多くの暗殺や麻薬取引に携わり、世界を股に掛けて暗躍する巨大な犯罪組織こそが、ルージュである。その構成員の中でも、所業が露見している人間については、密かに報奨金をかけられ、名うての賞金稼ぎの獲物に仕立て上げられるのである。
 ノノバラもまた、危険な生業なりわいを始めようかと、この頃になって頭を悩ませている。手前味噌と言われようが、腕っぷしには自信があったし、一介の犯罪者くらいであるならば、容易く捕らえられるのではないかと高を括っている。そんな想念を抱きつつも手配書を代わる代わる手に取って確認している最中、身勝手にも部屋に押し入り、ノノバラの前に姿を現した者がいた。一見すると、変哲もない素朴な少女であるものの、ノノバラにとっては、かねてより見知った顔である。名をミキキ・キキミミといい、“赤獣せきじゅうの女王”という教会に属する教徒である。かつてノノバラも、そこに腰を落ち着けていたけれど、ほんの数時間前に仕事を放り出して無断で抜け出したため、彼女は、きっと連れ戻そうと説得をしに来たのだろうと察した。
 カノンの死の直後までさかのぼってみると、ノノバラに対する農民からの視線は冷ややかなものであった。両親ばかりかカノンまでもが亡くなったせいで、ノノバラは呪いの子だとか、親殺しだとか、そんな噂がまことしやかに流布るふされたばかりか、再び孤児となった彼を誰一人として引き取ろうとはしなかった。散々除け者として扱われ、その挙句、赤獣の女王に預けられたので、否応無しに新たな生家とせざるを得なかった。ところが、この教会は、並大抵の教会とは一線を画しており、悪に対して武闘派の姿勢を貫いているものだから、むしろ自警団と似通っていた。そこに所属する教徒は皆、敢然と悪に抗う戦士である。猫も杓子しゃくしも武器を手に取り、世に跋扈ばっこする犯罪の温床を根絶やしにして回っている。とりわけ、ルージュに対しては非常に好戦的であり、今日に至るまで臆することなく戦いを挑み続けている。差し出がましいようにも思えるが、ルージュの手回しによって警察が腐敗しきってしまったので、それに成り代わる存在として、庶民から一目置かれている。
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