赤獣の女王

しろくじちゅう

文字の大きさ
上 下
23 / 108
三章 赤い女王

23、実際に夜空を翔けてみると

しおりを挟む
 実際に夜空を翔けてみると、恐怖と歓楽が入り混じった心持ちになるけれど、ノノバラは、無我夢中でしがみついていたので、死に物狂いになる他に感情を抱く余地がなかった。IDにおぶさられてロオマ県の遥か上空をしばし翔け回って、その果てに時計台の頂上へたどり着いた。それはロオマ県で最も見晴らしのよい場所であり、日中では観光客でごった返すのであるが、深夜だと閑散としていた。IDは、その頂上に降り立つや否や、大きく身体を振るわせ、ノノバラを振るい落とした。それから、ノノバラと差し向いに立って、こう尋ねた。
「君、どうして私に食い下がってくるの?他の人たちと違って」
ノノバラは、すぐに立ち上がって、IDを睨みつけた。「他の連中がおかしいんだ。ただ黙って見ているだけなんて僕にはできない」
「彼ら、君とは違って賢明なのよ。私には絶対に敵わないって認めているからこそ、足がすくんで動けなかった」
「売った喧嘩は最後までやり通したくなるのが、僕のさがさ。だから、お前とも最後までやる。そして、聖碑石を取り返す」
「つまらない理由。どうせなら地獄を呼ぶために頑張ってみたら?聖碑石にも書いてある。“この碑石は、かの天国の種、または、地獄の玉座の事である。玉座をこしらええさえすれば、たちまち地獄に投げ入れられる”と。聖碑石は、天国だけでなく、地獄をも呼び出す事ができる」
「ルージュは、地獄を呼び出して何がしたいんだ?」
「ねぇ、君。私の下で働いてみない?今、私は五つの聖碑石を持っている。あとは赤獣の女王が持っている六つ目、それから、もうじき飛来する最後の七つ目だけ。それさえ手に入れれば、遂に七つの聖碑石が揃い、私は、不動の女王となる。だから、協力してみない?」
「いやだね」
「でも、君の守護霊、まんざらでもなさそう。君を守るためなら何でもしそうだし」
「出任せを言うな!」
 ノノバラは、いきり立って陽光剣を手に取って、IDの首に向けて切り下ろしたが、片翼に阻まれると、代わりにそれと鍔迫つばぜり合った。ただ、今のノノバラにとっては、何に突き当たろうが然したる問題ではなかった。感情任せに剣を一気に押し込んで、片翼を焼き切ってみせた。すると、根本から切り離された片翼は、矮小わいしょうな聖碑石へと姿形を変えたので、思わず目を剥いた。その翼は、聖碑石が変化したものであったから。
しおりを挟む

処理中です...