めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 ガゼットの北部には、びょうがある。廟とは、祖先の霊を祀るための墓である。ガゼットに佇む鉄の廟は、少々変わった外観をしており、まるで巨大な鉄塊のように黒く、無造作な形状をしていた。とても墓とは思えぬその外観には、ガゼット建造前までさかのぼらなければ紐解けない理由があった。人々が自然から逃れるために各地をさまよっていた頃、原っぱの真っただ中にポツンと建つ巨岩を見つけた。それは、岩盤を積み重ねて作られた積み木のような建造物であり、人が何人も入れるほどの隙間が多く点在していたので、すぐに人々は巨岩を隠れ住処として利用するようになった。ほどなくして、人々は、巨岩にまつわる一つの事実に気付く事になる。原因は不明だが、巨岩の周囲一帯に自然が一切近寄ってこないのだ。この岩の建物には、自然避けの力がある。そう思った人々は、岩場を中心として小さな村を作った。それがガゼットの原型となる集落であり、以後長い年月をかけて急速に発展していき、現在の街並みへ至るのである。その最中、自然避けの効力を持つ巨岩は、次第に自然物として危険視されるようになったが、流石に壊してしまうのは忍びないと、かわりに岩全体を鋼鉄で覆い隠してしまった。人々に安寧の地を与えた巨岩は、ガゼット建造に携わった人々を祀る廟として残される事になり、特別な場合を除いては立ち入りを禁じられるようになったのである。
 そんなガゼットの礎となった廟も、トロンにとっては記憶の片隅に留められる程度の存在でしかなかったが、今はこうして数年ぶりに廟の元を訪れていた。ウェザーを探してガゼット北部を軽く徘徊してみたものの、まるで見つけられず、あとはこの廟を残すのみになった。廟は、ガゼットの中心部からかなり離れた場所に位置しており、普段から人気も少ないので、人目から逃れるには最適解である。内部に立ち入ろうとしてみたが、入口の扉には鉄鎖が何重にも巻き付けられ、何人たりとも内部に立ち入る事はできないようになっていた。ここでもないか。トロンは、もう一度街中を徘徊するべく、振り返ろうとしたその直後、
「やはり、あなたも廻仔。私と波長が合うのでしょう」とウェザーの声が耳に届き、一瞬だけ全身の動きを止めた。
 それから、ゆっくりと背後に目をやると、そこには不敵な笑みを浮かべたウェザーが、こちらを向いて立っていた。以前と同様、その左肩には何食わぬ顔をした猿が居座っていた。トロンは二度も背後をとられた事をもどかしく思った。同時に、わざわざ姿を現してくれるとは手間が省けた、と密かに喜んでもいた。
ウェザーはトロンと向かい合うと、静かだが尊大な口調で口を切った。「彼女から聞いたのでしょう、自分の素性を」
「なぜ俺を廻仔に目覚めさせた」トロンは単刀直入にたずねた。
「仲間だからですよ。ならば、いまだ目覚めぬ者に手を差し伸べるのは当然でしょうに」
「アンタに仲間呼ばわりされるいわれはない」トロンは、やけに馴れ馴れしいウェザーに反発した。
「どれだけ口で拒絶しようと、我々の血筋を変える事はできません。廻仔は皆、自然を父に持つ腹違いの兄弟なのですから」ウェザーは、自らを受け入れようとしないトロンに、きっぱりと言い放った。
そう言われればそうか、とトロンはウェザーの言葉に複雑な心境を抱いた。母は違えど、父は皆同じ。スコアもウェザーも、それからシンバル・サーズデイまでもが血を分けた兄弟だったとは、動揺のあまり取り乱してしまいそうになった。確かに彼らを兄弟と呼んでも差し支えはないのだろうが、その事実を受け止めるには、自らの気持ちを整理するための時間が必要だった。
「そう、我々は家族なのです。ならば、これから私が述べる事だって理解できるはず」ウェザーは突然改まった。「シンバルとスコアは自らの宿命に反し、自然に真っ向から立ち向かっています。しかし、力で自然を食い止める事はできないと断言できます。あのヒートヘイズなる兵器が通じなかったようにね。そこで、一つ方法があります。自然を退けられる絶対的な方法がね」
「アンタは自然を食い止めたいのか。アースガルと同じように」トロンは、動揺する気持ちを落ち着け、冷静にたずねた。
「私は人類を存続させたいだけですよ。ですので、私もまた、自らの一生を懸けて宿命に抗う事にしたのです」
この男は嘘偽りを語っているのではないか、とトロンは疑いの目をウェザーの肩に乗った猿に向けた。
ウェザーは視線に気付くと、きょとんとする猿の頭を撫でてあげた。「廻仔の力にかかれば、動物を従える事もたやすいのです。彼が私に懐いているのは“セイズ”と呼ばれる力のおかげなのですよ。もっとも、セイズを扱えるのは、基本的にに限りますが」
「どういう意味だ」トロンは純粋に疑問を口にした。
「何を隠そう、私は世界中を旅していましてね。故に、知っているのですよ………この世界のあり様を。ガゼットのような街は、世界中に少なからず点在している事もね」
トロンは思わず目を剥いた。ガゼットの人間は皆、外界に無知であるため、人によっては腰を抜かして驚くだろう。しかし、トロンは、そこまで驚きはしなかった。ウェザーの言葉を裏付ける者が、かつて身近にいたからである。
「私がガゼットに到着したのは、割と最近でしてね。いかんせん久しぶりの生まれ故郷ですから、少々感傷に浸っていた際、偶然あなたを見かけまして、こっそりと影ながら観察させていただきました。あなたが廻仔である事は、感覚的にわかりましたし、どうせなら覚醒を促してしまった方が、事が早く進むかと…」
トロンは、影ながら観察されていた事に嫌悪感を抱いた。しかし、嫌悪感は好奇心に勝る事はなく、次第に薄れていった。「アンタは、なぜ世界を旅している」
「この世界を知りたいという純粋な好奇心からですよ。今のあなたと同じようにね。しかし、最近では特に“ある物”を探しているのです。それが用いれば、自然を退かせる事も不可能ではないでしょう。一応聞いておきますが、“原初”と呼ばれるものについて何か見聞きした事は?」
トロンは首を横に振る事しかできなかった。
「そうでしょうね。原初とは、その名の通り自然の原初たる物質の事です。全部で十二個あると言われており、手にした者に自然を操る力を与える稀代きたいの自然物ですよ。なんとも興味をそそられる一品でして、一生に一つだけでも掴んでみたいと思い、現在、血眼になって探している最中なのです」
うさんくさい、というのがトロンの第一印象であった。自然を操る事ができる物質などと、まさしく絵に描いた餅であった。
「信じていない、といった所ですか。しかし、実物を見れば、嫌でも信じるでしょう」ウェザーは、トロンに向かって、にやりと微笑んだ。
「是非ともお目にかかりたいものだ。実物があるのならな」トロンは、不気味な笑顔を嫌味で潰してやろうした。
「そうでしょう、そうでしょう。なので、これから私と共に原初を探しに行きませんか?」ウェザーは笑顔を崩す事なく誘いを入れた。
「断る」トロンは即答した。絵空事に付き合っている暇はない、と呆れ果てた。
「実は、もうすでに原初の居所に目星をつけてあるんです」ウェザーは勝手に話を進めた。「ガゼットから、しばらく離れた所に巨大な木がありまして、そこに原初があるのではないかと踏んでいるんです。ところが、この木が中々の曲者でして、近づいた者を見境なく攻撃してくるのですよ。ですので、是非あなたにお力添えをと思いまして…」
「そのために俺を覚醒させたのか」トロンは、ウェザーの魂胆に、ほとほと呆れた。
「もちろん、あなたへの情もありますよ。あのまま何も知らずに一生を終えるのは、あまりにも不憫だと思いまして…」
 平然と白々しい言葉を吐くウェザーには、流石のトロンも怖気が走った。それはさておき、原初の話をどこまで信じたものかと頭を悩ませた。仮に存在するとしても、その存在意義が理解できなかった。原初は自然物、つまり自然が作り出した物だ。なぜ自然は自らを操れてしまうようなものを作り出したのか、どう考えても理解に苦しむ。
 「ああ!でしたら、こうしましょう!」ウェザーは突然何かをひらめいた。「私があなたに警護を依頼します。あなたは仕事として私と行動を共にする。これなら何も問題はないかと…」
「アースガルにも廻仔はいる」
「ええ、存じていますよ。しかし、あのリーダーは、話を公にしそうですし…。結局の所、彼らは自然と戦う事しか能がないのですよ」
遠回しに侮辱されたような気がしたが、トロンは目をつむる事にした。
「それで、あなたにお願いしたいんです。いかがですか?」ウェザーは、明らかな愛想笑いを浮かべてたずねた。
トロンは迷っていた。この男の宝探しに付き合う義理はないが、依頼となれば再考の余地はある。なんにせよ、それ相応の報酬を支払う能力があるかどうかは確認せねばなるまい。
「依頼の料金は前払いだ」
ウェザーは、か細いため息を吐いてからこう言った。「あいにく持ち合わせがありませんでしてね。そのかわりと言ってはなんですが、特別に面白い事を教えて差し上げましょう。我々の父親に関する事です」
言うに困って、はったりをかましているのか。トロンは疑心に満ちていた。
「なぜ自然が、実の子である廻仔をも襲うのか、知りたくはありませんか?既に知っているのなら、別の話にでも変えますがね。どうです?」
「その話をアースガルの二人は知っているのか」
「どうでしょうね。どっちにせよ、私の方が自然に対する造詣が深い事は確かです」
 トロンは、しばし考えた。ウェザーが信用に値する男かどうか、慎重に見極めなければならない。情報は気になるが、内容がなんであれ証拠がなければ素直に納得する事はできないだろう。聞くだけなら聞いてやってもいいが、聞いたら最後、ウェザーと共に外界へ飛び出して行かなければならない。いささか億劫な依頼ではあるが、さっきから好奇心がうずいて仕方がない。とにかく、今回の依頼は、警護に徹すればいいのであって、原初の有無は関係ない。やらないよりかは後悔も少ないだろう、と一歩前に踏み出してみる事にした。
「わかった。引き受けてやる。ただし、報酬は前払いだ」
「きちんと依頼を果たしてくれる事を祈りますよ。では、お教えしましょう…」
トロンは息を呑んだ。危険の対価に見合う情報であれば御の字だった。
「なぜ自然が廻仔を襲うのか。その理由は、宿命に従わない我が子を失敗作としてしようとしているからに他ならないのですよ。要は、聞き分けの悪い子は殺せ……と言った所ですか」
トロンは不意打ちを食らったように狼狽した。「…証拠は?」
「フフフ…。ならば、騙されたと思って宿命に従ってみなさい。そうすれば、自然に襲われる事は金輪際なくなりますから。そのためには、狩人を廃業せねばなりませんがね」
トロンは、喉に小骨がつかえたように顔をしかめた。あの木人が自分を殺そうとしていたとは想像もしなかった。確かに向こうから現れる事が大抵だが、いかんせん貧弱すぎたため、人を殺せるだけの力があるとは思わなかったのだ。しかしながら、この情報は、依頼の報酬としては少し物足りないというか、若干拍子抜けしてしまった。好奇心に負けた自分への戒めとして、また、誰であれ依頼主を裏切らないためにも警護に注力する事にした。
「報酬分は警護してやる」
「報酬分、というのが気にかかりますが、いいでしょう」ウェザーは、いぶかしげな表情で軽く頷いた。「では、兄弟よ。乗り物を拝借しに行きましょうか。大木は遠い所にあるので、徒歩では、とても行けませんよ」
 アースガル基地へ乗り物を拝借しにきた二人は、入口前にてスコアに直談判してみたが、すぐにシンバルがしゃしゃり出てきた。
「いきなり仲間が増えるとは!!」シンバルは、スコアから聞いたのか、既に事情を知っているようだった。トロンに馴れ馴れしく声をかけると、握手を求めてきた。「困った事があれば、これからは気兼ねなく言ってくれればいいからな!!」
トロンは、差し出された手に目もくれてやらず、シンバルの顔に向かって「だったら、バイクか何かを貸してくれ」と抑揚のない口調で頼んだ。
「仲間の頼みとあっては断れないが、わざわざ借りてまでどこへ行くつもりだ?」シンバルは、きょとんとした。
「外界へ出る」
シンバルとスコアは、ひどく驚かされた様子で仰け反った。どうして外界に行くんだ、何をしに行くのか、といったトロンに対する質問を代わる代わる浴びせてきた。
トロンは、似たような質問の雨を鬱陶しく思うと、「貸すのなら早く貸してくれ」と強めの語気で言い放った。
「わかった、わかった!」シンバルは質問をやめると、スコアの頭を乱雑に撫でた。「だが、こいつも連れていけ!外界なんて一人で行かせらないからな!」
「一人じゃないよ。あの人も行くんだってさ」スコアは、トロンの背中を遠くから見守るウェザーを指差した。彼は飼い猿を人目から守るために、基地の影に身を潜め、こっそりとトロンの様子を覗き込んでおり、その姿をスコアは不思議に思っているようだった。トロンに「あの人がウェザーって人なの?」とたずねた。
トロンは黙って頷いた。
「じゃあ、三台だな。オレも行きたい所だが、作戦やら何やらの後始末を色々とやらないといけないんでな…。今は、この場から離れられないんだ…」シンバルは小言をぼやいた。それから、吹っ切ったように「ま!かわりにスコアが行くからよ!正面から堂々と行ってこい!」
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