めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 トロンが朝日のまぶしさに目を覚ますと、図らずも樹海の風景を見上げていた。起き上がってみると、ウェザー、及びスコアと川の字に並んで眠っていた事を把握した。バイクは周囲一帯のどこにも見当たらず、似たような緑の風景が見渡す限り広がっており、どうやら雨後の樹海の真っただ中に取り残されているようだった。きっと水魚によってここまでさらわれてきたのだろう。しかし、なぜ、よりにもよってこの樹海に置き去りにされたのか。自問自答では答えなど出ず、やむなく偶然で片付けてしまう他なかった。
 そうこうしているうちに、隣の二人がほぼ同時に起き上がってきた。それから、きょろきょろと周囲を見回し、自分たちが置かれている状況を確認した。
スコアは、一通り見終わると、「ここ…どこ?」とトロンにたずねた。
「樹海のようですが…」ウェザーが頼んでもいないのに答えた。左肩に乗ったずぶ濡れの猿の状態を注視しながら「それにしても変な場所に流れ着きましたね。と、言うより、意図的にここに流されたと言った方が適当でしょうが。何のためにここに流されたのかはわかりませんが、どのみちバイクもありませんし、徒歩で行くしかありませんね」
「え~…」スコアは嘆息混じりに落胆し、視線を地面に落とした。すると、足元に転がる奇妙な石像に目が留まった。屈んでから両手で持ち上げてみると、「なにこれ?」と疑問を口にした。
見慣れない代物だった。トロンの目で見る限り、それはただの土偶にしか見えなかった。赤子ほどの大きさのそれは、つやつやとした白い大理石のような表面をしており、やけに丸っこい体つきをしていた。いかにも重そうに見えたが、廻仔の筋力をもってすれば、矮小な小石となんら変わりないのだろう。
「ああ。“掘ル岩族ホルガンぞく”の子どもではないですか、それは」ウェザーは土偶を見るなり即答した。「岩石や金属を象徴する部族の赤子ですよ。あまり人間に対して好戦的でない大人しい部族でしてね。たぶん雨に流されて、皆とはぐれたのでしょうね」
スコアは土偶をそっと地面に下した。「なんか勢いで抱っこしちゃったけど、あんまり触らない方がいいのかな…。いくら赤ちゃんでも自然物には変わりないし…」
「その方が無難でしょうね。もしかしたら、近くに親がいるかもしれませんから」ウェザーは、突如として歩き出すと、樹海の中を進み始めた。「それよりも早くここから出て、ガゼットに戻りましょう。身を落ち着ける場所でなければ、次の目星も立てられませんから」
 ウェザーとスコアが一緒になって樹海からの脱出を試み始めた頃、トロンは掘ル岩族の赤子の前で立ち止まり、その可愛らしい姿をじっと見下ろしていた。やがて何を思ったのか、両手で赤子を抱え上げると、あらぬ方向へ進もうとする二人に向かって「ついてこい」と呼びかけたのち、二人とは正反対の方向へ進み始めた。
「道、知ってるの!?」呼びかけを聞いたスコアは、即座にウェザーの隣を離れると、トロンにすり寄ってきたが、抱えらえた赤子の存在に気付くと、ひどく仰天した。「え!?その子、持っていくの!?なんで!?」
「樹海の外まで持っていくだけだ…」トロンは恥ずかしそうに小声で答えた。
「おや、意外ですね!」ウェザーもトロンに寄ってくると、白々しく驚いた。「狩人のあなたが、自然物を助けるような真似をするとは、思いもしませんでした!」
トロンは、いちいち突っかかってくる二人に苛立ち、逃げるように早足で樹海を突き進んだ。その後ろを、口うるさく質問を投げかけ続ける二人が付きまとい、いよいよトロンの堪忍袋の緒が切れた。そこで、トロンは振り向く事もなく、早足で歩きながら、嫌々理由を語り出した。
「俺だって自然なんかどうでもいい!ただ…」そこで一旦間をおいてから続けて「だからといって、この樹海に置き去りにしていくのは、なんだか気分が悪い…。結局は、昔の俺を思い出すのが嫌なだけなのさ…」
「へぇ~。なんか訳ありって感じだね…」スコアは静聴の姿勢を示した。
「俺は幼い頃、母に連れられ、このガゼットに移住したらしい。だが、まもなく母を亡くした。確か四歳くらいの時だったはずだ。それからは、“あの人”に面倒を見てもらった。とにかく不器用な人で、教えてくれるのは剣の扱い方だけだった。自分にも他人にも厳しく、決して甘やかさない性格だったが、ごく稀に優しい一面を見せる事はあった。なんにせよ、あの頃の俺にとっては本当の父親のような存在だった。だが、ある日突然、消えた。俺が十三歳ほどの頃にな。この樹海に連れ出され、そこで俺は置き去りにされたんだ。剣の練習という名目で、よく二人で訪れたこの樹海にな」
「じゃあ、この樹海の事をよく知ってるんだ!出口とか!」スコアは、いかにも嬉しそうな黄色い声を上げた。「でも、なんで消えちゃったの?そのお父さん代わりの人!」
「………あの人の気持ちなんて、わかるはずもない。ただ、あの人は最後に“目に見えるものに逆らい、孤独を享受せよ”…と俺に言い残していった。だから、俺は、その言葉を胸に刻んで生きていく事にした」
「なるほど。その性格は、根っからのものではなかったんですね」ウェザーは、トロンについて理解を深めたようであった。「あくまで父の言葉に従っていると。ならば、本物の父である自然の言葉に耳を貸してもいいのでは?」
トロンは一言も返事を返さず、ひたすらに黙々と歩いた。
「やれやれ…。それにしても、数奇なものですね。どのみち母に恵まれないとは」
そのウェザーの意味深な言葉にトロンは「どういう意味だ」と疑問を発した。
「いえ、こちらの話です。それに近々、巡り合う事になりますよ。嫌でもね」ウェザーは、もったいぶっているのか答えなかった。
どうせ粘っても答えないだろう、とトロンは言葉の意味を聞き出す事を早々に諦めた。
 それから、難なく樹海を脱出すると、広大な草原に出た。この草原を、うんとしばらく進むと、ガゼット周辺に戻る事ができる。ウェザーもスコアも一安心したようで、微笑みを浮かべる余裕すらうかがえた。さて、ここで掘ル岩族の赤子ともお別れである。トロンは、その場に屈むと、抱きかかえていた赤子を慎重に草原へ降ろし、草の上に寝かせた。親は赤子についた人の匂いを嫌うだろうか、と助けた事を野暮に思いもしたが、既に後の祭り、もはやこの場に置き去りにしていくしかない。
 ところが、予期せぬ事に、突如として赤子が立ち上がった。そして、さも当然のように二足歩行をすると、草原をかき分けながら進み始めたのだ。これには三人とも目を剥いた。
「あれ!?一人で歩けるんじゃん!」スコアは、あんぐりと口を大きく開けた。
「赤子といえども、やはり自然ですから。人間と同じように考えない方がよろしいかと」ウェザーは両目を細め、注意深く赤子を観察すると、その不審な動きに気が付いた。「どうやら、我々についてきてほしいようですよ。どうしますか?」
確かに赤子は、こちらに何度も振り向きながら草原を進んでいた。その執拗なほどに視線を向けてくる姿からは、赤子らしからぬ威圧感を感じ取る事ができ、また、こちらに追従を迫るような、暗に押しつけがましい無言のメッセージをも感じ取る事ができた。助けたお礼でもしてくれるのか、とトロンは儚い期待感を抱いたが、罠の可能性を考えると、どうしても乗り気にはなれなかった。
「ふむ…。中々、珍しいですよ。あれほどまでに自然から気を掛けられるのは、私も初めての体験です。どうです、せっかくなのでついて行ってみませんか?」ウェザーは、後先考えず、ただ純粋な知的探求心によって行動しようとしていた。
「大丈夫なのかなぁ…?」スコアは優柔不断の様相を見せた。「二人が行くって言うならボクも行くけどさ。トロンさんは、どうするの?」
トロンもまたウェザーと同様に、赤子の行き先が気になっていた。三度までも好奇心に駆られたが、二度も憂き目の引き金を引いている事から、石橋を叩いて渡ると言わんばかりに慎重になってしまった。しかし、三度目の正直という言葉もある。結局は、ずるずると好奇に引きずられる形で、赤子に誘われていったのであった。
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