めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 その時、シフォンの隣に突っ立っていた猪が、ふがふがと盛んに鳴き始めた。シフォンは猪と目を合わせ、その意を聞き取ると、泉に振り返った。つられて三人もシフォンの視線の先に目をやると、あの野生的な男が動物たち、つまりは踏ム獣族に周囲を囲まれ、泉のほとりに座りこんでいるのを目撃した。寝起きのような眠たげな表情で、きょろきょろと周囲を見回しており、自分の置かれている状況をまったく理解できていないようだった。
「あっ!!あの人!!なんでこんな所に!?」スコアは目を丸くした。
「あの人は、わたしの猪が助けておいてくれたのです」シフォンは男を見据えつつ言った。「無謀にもオッド=アインに単身で挑んだ挙句、追い詰められていましたから、途中でこの子が助けて、ここまで運んでおいたのですわ。彼……オッド=アインを憎んでいるんです」
「あの男を知っているのか!?」シンバルは驚いたようにたずねた。
「二年前にシュラプルを守ろうと戦っていた廻仔なんですが、名前までは…」シフォンはシンバルに向き直った。「急にオッド=アインの前に現れると、一言も発さずに戦いを挑んだんです。どこから来たのか、なぜオッド=アインを目の敵にしてるのかもわからなくて…」
野性的な男は、シフォンをじっと見つめていた。のそりと立ち上がると、泉を迂回し、シフォンのそばまでやって来た。そして、もの言いたげな表情でシフォンを見つめ続けた。以前のようにトロンやシンバルに襲い掛かってこないどころか、眼中にもないようだった。
「なんか言いたそうだね…」スコアは、男の表情を恐る恐る覗き込んだ。「もう襲ったりしないよね?そうなんだよね?」
シフォンは、男と目を合わせた。少しすると、「わたしにまた会えて嬉しいの?」と男にたずねた。
男は口元を緩め、こくりと頷いた。
「おい!!散々、オレたちに喧嘩を吹っかけといて無視はないだろうが!!」シンバルは、こちらに目もくれない男が気に入らないのか、激昂した。「せめて、ごめんなさい、くらいの一言はあってもいいだろ!!それとも、口すら利けないのか、オマエは!!」
男はシンバルに顔を向けると、目を三角にし、犬歯のように鋭い歯を剥き出しにし、獣のような唸り声をかすかに発し、まさしく犬の威嚇を思わせるような怒りの形相を見せつけた。
「や、やっぱり、まだ怒ってるのかなぁ…。でも、なんでシンバルに怒ってるんだろ?」スコアは怖くなったのか数歩だけ後ずさった。
男はシフォンに向け、身振り手振りでメッセージを伝えようとした。シフォンは、その動作をしばらく注視したのち、皆に向けて自分なりの解釈を口にした。「家を壊された事に怒っている…と思いますわ」
身に覚えがない。シンバルは目を点にしていたが、その一方、トロンは男の事情をすぐに察した。この男は、原初の安置されていた洞窟を住処としているのだ。根拠としては、断崖絶壁の下に、食い散らかされた果物や毛布といった人の住んでいる痕跡があった事が挙げられる。信じられない事だが、あの暗闇の深淵は、この男の生活空間であったのだ。留守の間に家の入口が壊されていては怒り心頭に発するのは当然か、とトロンは若干ではあるが男に同情してしまった。その事をシンバルに教えてあげると、途端に彼は怒りを鎮め、困惑したように頭をかいた。
「なんだ…。だったら、始めからそう言えばよかっただろ…。まさか、あんな洞窟に人が住んでるなんて思わなかったもんで…。てっきり、熊か何かがいるのかと…」
「でもさ。シンバルは何も知らなかったんだからさ、もう許してあげてよ」スコアは男に許しを請うた。
男はスコアに向かって右手のひらを突き出し、物欲しそうな目を見せつけた。スコアは、男が握手を求めていると判断すると、突き出された手のひらを両手で掴み、上下に振って握手を交わした。ところが、男が、しかめ面をすると、すぐに過ちに気付き、手をほどいた。そして、シフォンに目配せで助けを求めた。
「彼、なんだか犬みたいですし、もしかしたら食べ物が欲しいのかもしれませんわ」シフォンはスコアにリンゴを差し出した。
「ほんとかなぁ…?」スコアは半信半疑であったが、リンゴの果梗かこうをつまみ上げると、男の手のひらに乗せてみた。
すると、即座に男はリンゴにかじりつき、赤い果実は瞬く間に芯のみと化した。しかし、まだ物足りないのか、再びスコアに向けて右手のひらを突き出した。
「ボクはキミの飼い主じゃないんだから!!欲しかったら、自分で取ってきてよ!!」スコアは、呆れたように大声を出した。
「なんか面白いヤツだな!!」シンバルは、本能に忠実な男の行動を面白がった。「なぁ、名前は何ていうんだ?」
男は、身振り手振りで伝えようと懸命に両手を動かしたが、言葉を抜きにして名前を伝えるのは無理がある。やはり誰一人として伝わらず、男は困り果てた挙句、遂に口を開いた。
「ラブ=ラドール…エシレウス…」
不明瞭な発声ではあったが、確かに男は声を発し、四人は、しかと聞き取った。言葉が不自由なのだろうか、とトロンはラブ=ラドールの過去に興味を抱いた。彼もまた廻仔。初めから父はなく、それ故の数奇な人生を送ってきたのだろう。そう共感に浸っていると、ふとシフォンの驚き顔を目にした。
「ラブ=ラドール・エシレウス…?でも、あなたは…違う!」シフォンは耳を疑っているようだった。
「なんだ?もしかして、本当はこの男を知ってたのか?」シンバルがたずねると、
「いえ…!でも、ラブ=ラドール・エシレウスという人なら知っていますわ!わたしたちがシュラプルを襲った時、廻仔ではないにもかかわらず、その住人たちを率いてオッド=アインに戦いを挑んだ勇敢な戦士です!しかし、彼…」シフォンは、ラブ=ラドールと名乗る男に目を向けた。「彼はラブ=ラドールではありませんわ!容姿が全然違いますもの!もっとこう…精悍せいかんで凛々しい方でしたわ」
「おい、嘘ついたのか!!」シンバルは、ラブ=ラドールと名乗る男に詰め寄った。
ラブ=ラドールと名乗る男は、首を何度も横に振った。あくまで、自分はラブ=ラドールだと言い張っているようだ。
「でも、違うって言ってるよ。ほんとは何て名前なの?」スコアは本名を聞き出そうと躍起になった。
しかし、トロンにとっては、本名か否かなど然したる問題ではなかった。それよりも、一刻も早くガゼットへ戻り、オッド=アインを止めねばならない。泉にぐずぐずと留まっているばかりでは、心が急いて仕方がない。四の五の言わずにガゼットへ戻らなければ。新たな廻仔と出会ったものの、だからと言って、この状況を一変させるような出会いではなさそうだ。シフォンはオッド=アインの仲間ではあるが、彼の意に賛同しているわけではなく、ただ廻仔の仲を取り持ちたいだけであって、総じて、益にも害にもならない中立の立場に立っている。もう一人の廻仔、ラブ=ラドールはオッド=アインと敵対しているものの、果たして味方になってくれるのだろうか。先ほどからやけに大人しいが、住処を破壊した罪は、たった一個のリンゴで許されたとでも言うのだろうか。それは結構な事だが、いかんせん彼は度を超えて寡黙であったため、その気心すらも知る事ができず、正直言って、あまり信用する事ができなかった。とりあえずは両者とも、このまま放っておいてもよさそうに思えた。
 トロンは皆に背を向けると、森から抜け出そうと歩みを進めた。
「あっ…!」シフォンは息を呑んだ。「待ってください!まだお話したい事が……大事な話があるのです!」
「いつまでもグズグズしてはいられない」トロンは立ち止まらず、振り返らずに言った。
「おっ、そうだな!ここで油を売っている場合じゃなかったな!」シンバルは、思い出したかのように慌て始めた。「早くガゼットへ戻るぜ!じゃなきゃ、今頃、街がどうなってるのかもわかりやしない!」
「でも、迷わずにこの森から出られるかなぁ?結構、深いよ、この森」スコアは心配を口にした。
「そうです!この森は、似たような景色が続きますから、案内なしでは外に出られませんわ!」シフォンはスコアではなく、トロンに呼びかけた。
しかし、トロンは返事もせず、皆から徐々に遠ざかっていった。その背中をじっと見つめていたラブ=ラドールは、引き寄せられるようにして歩き出し、トロンの後を足早に追った。ところが、トロンの横を追い抜いて行くと、突然、右折し、あらぬ方向へと進み始めた。一見すると不可解にも思えたが、ラブ=ラドールの足取りは、妙な自信を感じさせるほどに力強く、あたかも森の抜け道を知っているかのようだった。トロンは一旦立ち止まり、ラブ=ラドールの動向を注意深く観察してみた。その途端、ラブ=ラドールはトロンに振り返り、ぎこちない手招きを繰り返した。ついてこい、そう言っているかのようであった。この森に詳しいのだろうか。それとも、野性的な勘によって出口を見出す事ができるのだろうか。
「あれ?出口がわかってるって感じ?」スコアは無邪気にもラブ=ラドールの手招きに応じ、駆け寄っていった。
「だったら、いいんだがなぁ。コイツ、全然しゃべらないから何がしたいのかがわからないぜ」シンバルは渋々ではあったが、歩いてスコアを追いかけた。
ラブ=ラドールは、二人が寄って来た事で手招きをやめると、さっと向き直り、あらぬ方向へと歩き出した。
トロンはラブ=ラドールに疑いの目をかけていた。本当に信用していいのだろうか。しかし、シンバルとスコアは、ラブ=ラドールを信じているのか素直に追従している。思い止まらせるのは難儀であったし、一人だけ違う方向へ進むのも後々面倒事に引き起こしかねない。こうなったら、思い切って自分もついて行ってやろう。旅は道連れ世は情け、一人より三人の方が何かと心強い。なぜか物悲しそうな表情を浮かべるシフォンを尻目に、トロンは三人の後を追った。
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