めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 ガゼットを無事に脱出できた住人は、お世辞にも多いとは言えなかった。権化の襲来に巻き込まれ、不幸にも命を落とした者、あるいは自然に連れ去られた者は、全体の半数以上にのぼった。運よく脱出できた人々は、ラブ=ラドールが住処とする森の洞窟、その入り口付近にテントをいくつも張り、簡易な野営地を作っていたが、ただでさえ先の踏ム獣族の襲撃によって人口を減らしており、まさに弱り目に祟り目、野営地に集う住人は目に見えて少なかった。しかし、三度、災難は降りかかる。それは自然環境の中に身を置く事に他ならない。住人は、慣れない外界に不安の色を隠せず、互いに身を寄せ合い、自然の恐怖に絶えず怯えていた。本来であるならば、女性や子どもは、洞窟内に避難してもらう予定であったが、洞窟に一歩たりとも足を踏み入れる事を拒むほどに、住人は自然を恐れていた。それに加え、住人を守るべきアースガル隊員や警備隊までもが、恐怖の虜となっており、自分の身を守る事すら危ういほどに震え上がっていた。総じて、人々は、狼の群れに放り込まれた羊であり、その集まりたる野営地は、自然が跋扈ばっこする狩場となる始末であった。そこでシンバルは、「アースガル隊員が片時もそばを離れず、日夜を徹して警護する」と強い言葉で住人を励まし、また、アースガル隊員には「各々の心に、恐怖が泣き喚くほどの雷鳴を轟かせろ」と叱咤激励した。が、そんなシンバル自身も、不安に駆られていないわけではなかった。いくら全力を尽くそうとも、自然の中に身を置いている限り、いずれ住人は一人残らず自然へと帰されてしまうからである。一刻も早く、行き場を失った人々に安全なゆりかごを与えてやらなければならない。そのための方法は二つある。一つは、天地鳴動を阻止し、ガゼットを救う事。もう一つは、まだ見ぬ新たな街へと移住する事である。しかし、どちらを選ぼうと困難な道である事には変わりがない。仮に、あの権化を退けたとて、未曽有の大災害に見舞われ、あまつさえ人口も激減してしまったガゼットは、もはや再起不能の域に達している。とはいえ、他の街を探そうにも、その居場所がまったくと言っていいほどにわからず、まさに八方塞がりであった。それでも、廻仔らは頭を悩ませ、なんとかして苦境を打開しようと試みた。そんな彼らの前に、微笑みを浮かべたウェザー(と、その飼い猿)が飄々ひょうひょうと姿を現した。
「おや、お困りですか?」ウェザーの白々しい質問は、シンバルを大層腹立たせた。
「お困りも何も、オマエだってわかってんだろ!!!」シンバルは人目をはばからず怒鳴った。
「まぁまぁ。怒鳴った所で問題は解決しませんよ。それよりかは、もっと有益な行動を起こす事に全力を注いでみませんか?」ウェザーは、にやりと怪しく微笑んだ。
「今度は何を企んでいる?」トロンは、これ以上ないほど強い疑いをもって質問し返した。
「いえ、何も企んでなんかいませんよ。もはや私が何もせずとも、ガゼットは権化によって消え去り、その住人は一人残らず自然へと帰るのですから。しかし、ガゼットが消え去る前に、どうしても確かめておきたい事が一つあるのです」
「断る」トロンは、そっけなく即答した。
「ガゼット北部にびょうがある事は皆ご存じでしょう」ウェザーは返答を無視して話を続けた。「あの鋼鉄に覆われた殺風景な廟の事ですよ。正確には廟ではなく、遺跡なのですが。それはともかくとして、あの廟には自然除けの力が宿っている事も周知の事実。ならば、その原因を探ってみたくはありませんか?もし、それがわかれば、権化を退ける事ができるやもしれません」
「アンタは俺たちが権化を退けてもいいのか?」
「できるのならね。それはそれで面白いですから。もっとも、仮にあの権化を退けた所で、すぐに新たな権化がやってくるかもしれませんが」
「なに…」
「オッド=アインは“四の権化”と言っていたでしょう。権化は一体ではなく、全部で四体存在するのですよ。現在、ガゼットを襲っているのは、火を象徴せし“火の竜権化”で間違いないでしょう。実物を見るのは私も初めてですがね…。で、どうします?私と共にガゼットへ赴き、廟を調査してみる気はありますか?」
この男は信用するに値しないが、その話には興味がある。もう何度目だろうか、トロンはウェザーによって好奇心を刺激され、性懲りもなく自ら愚者の道へと歩みを進めようとしている。まったくもって懲りない男である。しかし、廟に興味を抱いたのは、トロンだけでなく、シンバルとスコアも同じであった。彼らは自然を退ける手段を求めておきながら、古来より自然除けの力を宿す廟の存在を失念していたのだ。そんな廻仔らに降って湧いた幸運、ここは是が非でも廟の秘密を突き止め、竜権化を退治する足がかりとしたい。ウェザーの話に乗るのは、いささか不安ではあったが、そもそも彼らに選択の余地などなく、わらにもすがる思いで頷くしかなかった。
 荒廃したガゼットの姿は、原っぱからでもよく見えた。これまで住人を守ってきた鋼鉄のドームは、無残にも竜権化によって引き裂かれ、既に原形すら留めてはいない。剥き出しとなった街からは、いくつもの火の手が上がり、立ち昇る黒煙が青空をひどく汚していた。それでもなお、竜権化はガゼットに留まり、文明の破壊を続けていた。そんな崩壊寸前のガゼットへ戻ってきたのは、トロン、スコア、シフォン(と猪)、ラブ=ラドール、ウェザーの五人であった。シンバルはアースガル隊長としての責務を果たすべく、廟の調査を皆に託し、自らは野営地に残る事を選んだ。
「なんか……ほんとに終わりって感じだね…」スコアはガゼットの有様を見ると、ぼそりと呟いた。
「心とは、何と移ろいやすい事か。あなたは元々、ガゼットの消滅を望んでいたはずなのですが」ウェザーは、ガゼットの崩壊を喜んでいるのか、若干快活な口調であった。それからシフォンにも「どうです、シフォンは。あなたもオッド=アインの同志であったのなら、ガゼットの消滅を歓迎すべきです」
「わたしは、家族が無事であるのなら、それ以上は何も望みません」シフォンは淡々と答えた。
「あいかわらず、人間には冷たいですね。ま、自然と人間が相容れぬ以上、廻仔と人間がわかり合える事もないでしょうしね…」ウェザーは感傷に浸ったかと思うと、すぐに気持ちを切り替え、こんな提案をした。「さて。皆さんもお分かりの通り、廟へ向かうのは、たやすい事ではありません。なにせ竜権化がガゼットに居座っているのですから。そこで提案なのですが、二手に分かれて行動し、竜権化の注意をどちらか一方に逸らしてみるというのは…」
「注意を逸らすってどうするの?」スコアはウェザーにたずねた。
「適当に逃げていればいいんです。片方のグループは、竜権化の注意を引き付け、その間にもう片方のグループが廟を調べる。どうです?これならほぼ確実に廟へたどり着けますよ」
「片方が囮組で、もう片方が調査組ってわけか~。じゃあ、ボクは調査組になるね」スコアは当然のことながら、危険よりも安全を選び取った。
「いえ、あなたは足が速いですし、ここは是非とも囮になっていただきたい」ウェザーは誰の了解を得る事もなく、勝手にグループ分けをした。「私とトロンが調査をしますから、残りの三人は囮となって逃げ回っていてください。なに、スコアはもちろんの事、ラブ=ラドールも俊足ですし、シフォンも猪に乗ってしまえば二人に劣る事はないでしょう」
「いやです!!」シフォンは即座に異を唱えた。「わたしはお兄様と一緒にいます!!別々だなんて受け入れられません!!」
「いいではありませんか。どうせ調査が終われば、また一緒になれるのですから。それまでの辛抱です」ウェザーはシフォンを諭した。
「では、こうしましょう…」シフォンは、自らの友である猪に視線を向けると、「この猪のみを囮組に残し、わたしは調査組に入る事とします。そうすれば、何も問題はありませんわね?」
「えっ、ずるくない?だったら、ボクも調査組に入れてよ!」スコアは不服を唱えた。それから、ウェザーの肩に乗った猿を指差すと、「で、かわりにそのおサルを囮にすればいいよ!」
「何を馬鹿な事を。この猿は、私の大切な友人であり、危険な目に遭わせられるはずがないでしょうに」ウェザーは猿を庇い立てた。「それに、囮とするには、あまりにも小さすぎます。これでは、いてもいなくても同じです。とにかく、スコア。あなたは、ラブ=ラドール、そして猪と共に街を逃げ回っていなさい。心配せずとも、竜権化は廻仔を殺めたりはしません。この私が保証します」
「なぜそう言い切れる」トロンは、唐突に口を開いた。
「権化は、あくまで人々を自然に帰すための存在であって、廻仔を殺すためのものではないのです。それに、どのみち………」
「なんだ」
「いえ、何でもありません。では、行きましょうか。もうこれ以上の時間の浪費は無用です」
 強引に囮の役を背負わされたスコアは、物も言いたくなった。それに対し、ラブ=ラドール、及び猪は、そもそも話の内容を理解していなかったため、文句の一つも言わずにいた。スコアは、囮となる直前までウェザーになだめられつつ、また、猪はシフォンに慰められつつガゼットへと向かい、調査組に先行して街中へと駆け出していった。ぼけっと立ち尽くしていたラブ=ラドールは、猪の後を追わせるように仕向け、やっとこさ追いかけていった。しばらくすると、街で暴れていただけの竜権化は、囮の存在に気付き、おもむろに彼らの後を追い始めた。その隙に調査組の三人は、廟を目指して駆け出した。
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