めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 心臓部へは、市街地の中心から下る事ができる。廻仔らはスコアを残し、一斉に地下への階段を駆け下りていった。双子にラブ=ラドール、そればかりかオッド=アインまでもが、揺れの根源へと急いでいた。竜権化をスコア一人に任せるのは心もとないが、原初を持つ者と対峙する以上、手抜かりは命取りとなり得る。それにしても、やはりウェザーは無事であった。どうやら竜権化の御前からは逃げ果せたようだが、人知れず地下に籠り、さらには心臓部に異常を引き起こさせるとは、まさに乱心者の行いである。
 廻仔らが階段を下り終えた頃には、心臓部は海水に没しており、侵入者を排するための鉄門も、すべて開かれていた。海水に足を取られながらも奥へと進むと、水面に浮かぶ中二階へと躍り出し、遂にウェザーの後ろ姿をも捉えた。すると、怒りにたぎるオッド=アインの呼び声がこだました。
「ウェザー!!!」
ウェザーは、悠々と振り返った。その手に原初の海を持っていたが、いつも肩に乗せているはずの猿が不在だった。廻仔らを見るや否や、両腕を広げ、兄弟の到着を歓迎した。「感激ですよ…!兄弟たちと共に昇天の時を迎える事ができるとは!」
「おい!!メガネヤロウ!!」シンバルは怒り心頭に発した。「ガゼットの心臓部を破壊するとは、随分とせこい手を使うじゃねぇか!」
「いえ、まだですよ」ウェザーは兄弟に背を向けると、とうに水没してしまった一階を見下ろした。「相当に頑丈でしてね、この心臓は。残念ながら、破壊するには、まだ時間がかかります」
ウェザーの視線の先、中二階に取り囲まれた一階には、剥き出しとなった鋼鉄の心臓が鎮座していたが、今や海水に沈み、故障しているのか、盛んに放電を繰り返していた。
「ウェザー。もはや我らの出る幕はないというのに、なぜこのような事をする?」オッド=アインは、権化の偉業を横取りしようとするウェザーに腹を立てていた。「ガゼットの住人は、我らの父である権化の手によって自然へと帰るのだ。邪魔立てはするな」
ウェザーは兄弟に向き直ると、わきあがる喜びを抑えつつ、こう語った。「どうせ結果は同じなのですから、誰が自然に帰そうと別に構わないじゃあないですか。それに、もうじき我々は、元の姿へと帰るのです!その喜びを今ここで分かち合おうではありませんか!」
「元の姿へ帰るだと…?」
「そうです。あなたは、ご存じないでしょうが、現在の我々は仮初めの存在に過ぎないのです。この忌々しい人間の姿を捨て、元の姿、つまり“自然”の姿を取り戻してからが、廻仔の真の人生が幕を開けるのですよ」
その言葉には、流石のオッド=アインも眉をひそめた。「…お前は何を言っているんだ?」
「真に自然な自然の仔といえども、この事実は父から聞かされていないのですね。でしたら、お教えしましょう。すべての人間を自然に帰し、その役目を終えた廻仔は、ただちに昇天、つまり“死ぬ”のです。廻仔とは、人間を自然に帰すためだけに生まれた存在であり、それ以上の意義を父は求めておられないのですよ」
耳を疑うような事実に息が詰まった。言葉が出なくなった兄弟に対し、ウェザーはさらにこう続けた。
「自然は、世界中に点在する街に立て籠もる人々を自然に帰すため、人の姿をした自然とも言うべき廻仔を人間に生ませました。それぞれの街に生まれた廻仔たちは、人として育まれる最中、やがて自らの宿命に気付き、すみやかに人間を自然に帰そうとするでしょう。そして、自らの故郷から人間を一人残らず帰した時、そこで生まれた廻仔は元の姿へと変化し、あるべき場所へ召されていくのです。つまり……我々の出生はガゼットですから、すべてのガゼットの人間が自然に帰った時、我々はこの世界を去りゆく、というわけです」
「それじゃあ……ガゼットの死は、オレたち廻仔の死を意味するって事か!?」シンバルは、絶句の余韻を残しつつも言葉を絞り出すようにしてたずねた。
「ええ。しかしながら、この中にはガゼットを故郷としない廻仔もいますがね」ウェザーは、哀れみの眼差しを双子に向けた。「気の毒ですが、彼らは、いまだこの世界に留まらなければならないのです」
シフォンは、トロンに身を寄せると、その温もりをもって少しでも不安を紛らわせようとした。
 結局は、父にとって都合のいい使い捨ての手駒でしかなかったのか。トロンは、廻仔の宿命に激怒した。父は手前勝手な理由で仔をもうけ、まるで捨て子同然に扱い、用済みとなれば平然と死なせる外道だったのだ。もはや薄情を通り越して冷酷ですらあるが、己が宿命を跳ね返すだけの力が自らには備わっておらず、悔しさを歯ぎしりでごまかす事しかできずにいた。我々は不幸な星の元に生まれてしまった。真っ当な人間として生まれず、まともな一生を送る事もできず、ありふれた死を迎え入れる事すらできない存在として生をけてしまったのだ。もし廻仔として生まれなければ、きっと今より幸福だったろうに。望んでもいない宿命を背負う事もなく、父と反目する事もなく、何のしがらみもない家族と共に人生を歩んで行けたのだろう。しかし、それも叶わぬ夢でしかなく、白でも黒でもない中途半端な肉体に引きずられるようにして現実を直視するしかないのである。それにしても、トロンは、ウェザーを不思議に思った。なぜそれほどまでに博識なのか、純粋に疑問を呈した。
「なぜアンタは誰も知らない事を知っている?それに、あの石盤は今どこにある?」
「“ゴルデミッド”と呼ばれる街が遥か彼方にあるのですが、本当に素晴らしい所ですよ。これまで私は世界中を旅してきましたが、あれほどまでに英知が集う場所を訪れた事はありません。その街の廻仔たちは、誰しも知識に秀でており、この世界の隅々までを知り尽くしているようです。しかし、そのせいか秘密主義的な所がありまして、彼らから知識を引き出すのは容易ではありませんでしたよ。それと、石盤の事ですが、あれは今、私の猿がゴルデミッドへと運んでいます。知識の代償を払わなければなりませんし、なによりあの文字を解読できるのは、かの街の廻仔を置いて存在しないでしょうから。まぁ、かなりの遠路を移動しなければなりませんが、私の猿なら、きっと大丈夫でしょう。本当は私自身の手で約束を果たすつもりだったのですがね」
「死ぬ覚悟はできているという事か。だが、アンタは人類を存続させたいと言っていたはず。ここで死んでしまっては、それも道半ばで終わる」
「逆ですよ、これから始まるのです。いくら死ぬと言った所で、我々は本来の姿を取り戻すだけなのですから、心配には及びません。いえ、むしろ歓迎するべきです。遂に私は、人間の肉体を脱ぎ捨てる事で、この呪われた宿命を断ち切り、ようやく大いなる自然に生まれ変わる事ができるのです。そして、すべての人間たちを取り込み、彼らを正しく導く事こそが、我が本願。それにより人類は、未来永劫に渡って存続する事ができるのですよ!」
トロンは、ふっと微笑んだ。「結局は、アンタも己が宿命を恨んでいたのか。それは俺も同じ……だが、自然となって人間を導く事に一体何の意味がある。人間は自然と袂を分かち、今も懸命に生きているというのに」
「私は、その誤った考えを正そうとしているのです。力をもって屈服させなければ、人間は己が過ちを理解しようとはしませんよ。その事を私は嫌というほど思い知らされていますから」ウェザーは、右手に乗せた原初の海を掲げ、光り輝かせた。「あなたの事でしょうから、他の人間たちと同様に私の願いを理解しようとはしないでしょうが、いずれは考えを改めてくれるはずです。いえ、そうなると信じたいのです。しかしながら、今のあなたは……心底目障りです」
 原初の海は、その輝きを増していき、廻仔らを眩く照らした。オッド=アインやトロンは、それぞれの得物を手にし、原初の発動を力づくでも阻止しようとしたが、そのための猶予もなく、その圧倒的な力の前に屈服させられそうになった。ところが、光によって周囲が雪原のように真っ白く感じられた頃、突如として一発の銃声が鳴り響いた。その途端、水辺に小石が投げ込まれた時に発せられる水音を誰もが聞き、それから間もなくして光が消え失せると、ぱっちりと両目を大きく開き、真っ先に目に飛び込んできたのは、空っぽの手のひらをわなわなと震えさせるウェザーの姿であった。
「不覚…!!これ以上ないほどの…不覚!!!」
一瞬の間にウェザーの手から原初が消えていたが、その理由が解せなかった。眩い光に視界を奪われていたせいで、誰も目撃する事ができなかったのだ。しかし、火薬の匂いを辿ると、すぐに経緯を把握できた。ラブ=ラドールがウェザーに向けて拳銃を構えており、その銃口から硝煙が立ち昇っていた。つまり、銃弾によってウェザーの手から打ち落とされた原初の海は、海水の溜まった一階へと転がり落ちていったのだ。
「おっ!!こんなヤツでも、やる時はやるんだな!!」シンバルはラブ=ラドールに感嘆した。
「こんなヤツ呼ばわりは、失礼かと…」シフォンは、ラブ=ラドールの頭を撫でてやった。当の本人は、特に嬉しそうでもなく、猛獣のような鋭い目つきでウェザーを睨みつけたまま、依然として銃口を向け続けている。
「所詮、お前は原初を扱える器ではない!」オッド=アインは、放心に囚われるウェザーに言い放った。「それがわかったら、あとは権化にすべてを任せ、大人しくしていろ!ガゼットの住人が自然に帰るのは、もはや時間の問題なのだ!」
 原初の海が所持者の手を離れ、その力を失ったからなのか、心臓部に満ちていた海水が急激に引き始めた。たちまち水気が消えると、心臓部は放電を止め、ガゼット崩壊の目論見は打ち砕かれた。しかし、ウェザーは止められても、竜権化は止まらない。心臓部は救われたにもかかわらず、鋼鉄の大地は揺れに揺れ続けた。
「遂に天地鳴動の時だ…!文明は消え失せ、人は自然に帰る…!」オッド=アインは、この揺れが竜権化によるものであると確信し、つい笑みをこぼした。
「マズイな…!!スコアは限界か!?」シンバルは、スコアの危機に居ても立ってもいられなかった。「早く戻ってやらないと、住人も危ないぞ!!」
「悪あがきはよせ。今更、何をしても無駄だ」オッド=アインは、シンバルの気勢を削いでやろうとした。
「住人が自然に帰ったら、オマエも死ぬんだぞ!!それでもいいのか!?」シンバルは、猛る心を抑えられず、早口で問うた。
「己が宿命に殉ずるのなら本望だ」
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