めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 明日が望まぬものであるほど、時間は瞬く間に過ぎ去っていく。翌朝へと移り変わるのは実に速く、遂にトロンは命日を迎えた。真っ黒いガスボンベのようなムスムスボムを背負い、廻仔やアースガル隊員に見守られ、禁止区域と市街地の境目に一人立っていた。自らの仔を差し出されようとしているとは露知らず、竜権化は、三度生贄を求めて飛来するだろう。その時は、父が我が仔に対して一体どこまで非情になれるか、自らの身をもって確かめてやろう。己が宿命に従わぬ仔を躊躇なく手にかけるか、あるいは、何の興味も示さずに人間の生贄を求めるか。地平線の彼方へと連れ去ってくれれば御の字だが、そのためには、たった一人の廻仔の命が、十の人間の命と対等でなければならず、その価値を決めるのは他の誰でもない我が父である。ああ、父よ。息子の死に際の願いなのだ、せめて一度くらいはわがままを聞き届けてやってくれ。息子は、父と共に散る事を望んでおり、そのために一世一代の覚悟を決め、今こうして迎えを凛然と待っているのだ。れっきとした父ならば、その覚悟に応え、図らずも心中してみせよ。
 やがて朝焼けに照らされた黒い巨影を見た。それはそれは大きな翼をはばたかせ、徐々にその大きさを増している。トロンにとっては死神の到来であったが、不思議と恐怖心はなかった。自らに先駆けて生贄となった、あの勇敢な住人たちの姿が、いまだ脳裏に焼き付いているからだ。あれほどまでの勇姿を見せつけられては、ここで醜態を晒すわけにもいかず、むしろ胸を張り、彼らに向けて自らの武勇を見せつけようとした。住人らの強き想いは、残響となってトロンに勇気を与えていたのだ。それこそが人の力であり、薄情な自然には到底持ち合わせる事のできない“見えざる原初”なのだ。たとえ竜権化が眼前に降り立ち、その威圧を正面から受けようとも、彼の心は不動のまま強く自身を誇示していた。そんな我が仔を父は悠然と見下し、一方、トロンは強く勇ましい面持ちで見上げ、こう言い放った。
「さぁ、遠慮はいらない!!この俺を生贄にしてみろ!!己が宿命に従わぬ仔を連れ去ってみろ!!」
竜権化は、トロンの態度をいぶかったのか、じっと見下したまま動きを見せなかった。やはりムスムスボムに警戒しているのか、とトロンが焦心した矢先、突然、竜権化はトロンに向けて右手を伸ばし、その鉤爪で鷲掴みにしようとした。それでいい。トロンは甘んじて父の抱擁を受け入れようとした。
 ところが、それを良しとせず、あろう事か父に盾突く者が現れた。父の横面に颯爽と現れたその人影は、竜の涙袋に向かって短槍を突き刺すと、トロンの目の前に着地した。その不届き者の名は、オッド=アインといった。真に自然な自然の仔であるはずの彼が、父と仔の抱擁を力づくで制止させたのだ。しかし、竜権化は、苔生す槍の一刺しなど、まるで意に介していないようだった。
「なぜ…止める!?」トロンは、思わぬ出来事に目を見開いた。
オッド=アインは、トロンを一切無視し、竜権化を見上げると、こう問いかけた。
「我ら兄弟の父よ!!その真意は何処いずこに!?」
オッド=アインの問いかけに対し、竜権化は、怒りを伴った暴力をもって答えた。我が仔に何かを訴えるかのように、口からわずかな紅炎を放つと、仔らは即座に身をかわした。トロンは後退したが、オッド=アインは果敢にも前進し、父と拳で語り合おうと試みた。その手に苔生す槍を呼び戻すと、襲い来る鉤爪をかわしつつ、竜権化の全身を槍で突き続けた。なぜ彼は自然と戦っているのだろうか。廻仔だけでなく、アースガル隊員までもが、そう思った。まさか心変わりをしたのだろうか、とさえ思うほどに、オッド=アインは反抗していたが、やはり単独で権化に挑むなど無謀極まりなく、すぐに劣勢へ追い込まれた。紅炎と鉤爪による絶え間ない攻撃には、防戦一方にならざるを得ず、遂には膝をついてしまったが、その時、地面から突き出た鉄檻が竜権化を捕らえた。スコアが原初の岩を用い、少しばかりの時間稼ぎをしてくれたのだ。
 「ちょっと、大丈夫!?」スコアは、他の廻仔らを引き連れ、トロンに駆け寄ってきた。
「俺の事はいい…」トロンはオッド=アインから目を逸らさずに呟いた。それから、「なぜアンタが権化に歯向かう?」とたずねた。
オッド=アインは、荒い息遣いのまま揺らぎ立つと、トロンらに目をやった。それから、ラブ=ラドールの敵意に満ちた眼差しも気にせず、粛々とこう言った。
「すべては…父の意思を理解するためだ…!少々無茶はしたが……そのおかげで理解した!ここ数日、竜権化が奇妙な行動をとるようになったその原因を!」
「奇妙な行動……まさか生贄の事か!」
「そうだ。なぜ毎日のようにガゼットを往来しているのか、ずっと気になっていた。しかし、竜権化には…父には何一つとして疑いをかける余地などなかった。すべては人間を自然に帰すためであり、すべては揺るぎない意志で行われていたのだ」
「何が言いたい?竜権化は、生贄を連れ去るためにガゼットを行き来しているはずだ!」
「噂など所詮は偽り。あのような戯言に意味などあるはずがない。いくら生贄を差し出しら所で、ガゼットの運命が変わる事はなく、ましてや天地鳴動が中止される事もない。これまで父は、進んで自然に帰ろうとする者に敬意を払っていたに過ぎず、それが噂と偶然に重なって見えただけだ。だが、………それももう終わりだ。天地鳴動をもって、父は間もなくガゼットを消滅させるだろう」
「あの噂はウソだったと言うのか!?」シンバルは仰天した。「だったら、誰があんな事を言い出したんだ…?」
オッド=アインは、ムスムスボムを背負ったトロンの姿に嘲笑を浮かべると、「実に愚かだ…!まさか本当にそんな爆弾ごときで権化を滅ぼせると思っているのか?以前にも述べた通り、権化は不死の存在。たとえ爆発によってその身を失おうが、姿形を変えて何度でも復活する。権化とは自然そのものであり、この星がある限り、永久に不滅なのだ」
トロンは、ようやく頭が冷えたのか、ムスムスボムをそっと背から降ろした。すると、シフォンが駆け寄り、感極まって泣きついてきたが、今だけは好きにさせてやった。
そんな二人に目もくれず、シンバルはオッド=アインに頭を下げた。そして、なりふり構わぬ姿勢と死力を尽くした叫びでこう頼み込んだ。
「頼む!!!ガゼットは、どうなってもいい!!!だから、住人だけは助けてやってくれ!!もう権化を説得できるのは、オマエしかいないんだ!!!」
オッド=アインは、その必死な姿を冷笑した。「我らの父は、誰に言われずとも、人間を救済する。故に、もうじきガゼットの住人は救われる。彼らは、自然という新たな居場所を手にし、真の自由と平和、そして孤独を掴み取るのだ」
それでもシンバルは敵に頭を下げ続けた。恥ずべき事ではあるが、住人を想えばこその平服であった。
 オッド=アインが口を開きかけたその瞬間、鋼鉄の大地が微震した。とめどなく続くその揺れに、誰もが不吉な予感を覚えた。
「わぁ~!なんなの!?」スコアは驚き声を上げた。
「…まさか!!」シンバルは揺れの原因をすぐに察した。「心臓部!!あそこに何かが起きたのか!?なんでこんな時に限って…!?」
「心臓部って何なんですの!?」シフォンは、不気味な揺れに怯えているようであった。
「このガゼット全体の動力部だ!!地下にあるんだが、もしかしたら何か異常が起きてるのかもしれない!!あれが壊れると、ガゼットが完全に死ぬぞ!!」
ラブ=ラドールは、その場に這いつくばると、地面に耳を当てた。しばらくすると、立ち上がり、皆に向かって身振り手振りで何かを伝えようとしたものの、その意を理解できたのはシフォンのみであった。
「大量の水が、なみなみに注がれるような音がする……たぶん彼はそう言いたいのですわ」
それを聞いてオッド=アインは、はっとした。それからシンバルに「心臓部とやらへは、どうやって行く!?」とたずねた。
「権化を説得してくれるのなら教えてもいいぜ」シンバルは真顔で言い放った。
そこでオッド=アインは、トロンに同じ質問をしたが、彼もまた答えを知らなかったために閉口してしまった。そうこうしているうちにも、大地の揺れは、徐々にその揺れ幅を増していき、遂には波打ち始めた。
「悠長にはしてられないな…!こうなったら、オレが行ってくるから、他のヤツらは権化を見てろ!!」シンバルは危機感を募らせ、言葉を言い切ると同時に走り出して行こうとした。
「待て」オッド=アインは、凄みを感じさせる声で呼び止めた。「まだ気付いていないのか。この揺れは、原初の海によって引き起こされている事に」
それを聞いたシンバルは、すかさず足を止め、オッド=アインに向くと、「…ヤツの仕業か!?だったら、なおさら急がなければ!!」
トロンは、ウェザーの暴挙に頭を痛めた。いまだガゼット内に留まっているとは思いもしなかったが、この期に及んで何かを企んでいるようだった。見当をつける事もできず、やはり対面し、その意図を問いただすしかない。
「こうなったら総出で行くぞ!!だが、スコア!!オマエは、そこで竜権化を押さえつけとけ!!」シンバルは足踏みしながら叫び散らした。
「わかった。みんな……気を付けてね」スコアは皆との別れ際、妙に儚げな、それでいて悲壮を感じさせる表情を見せた。
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