めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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ハラッパバッカのコのセカイ

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 もはや策はない。トロンは心を折りかけていた。哀れにも住人は、依然として板挟みに陥っているのだ。このまま竜権化に生贄を差し出し続け、すこしでも長く生きながらえるか。それとも、シュラプルを目指して南下し、敵陣の中を切り抜けるか。どちらを選ぼうが、全滅という名の終点から逃れる事はできず、その過程が多少異なっているに過ぎなかった。ああ、抵抗虚しく、遂にガゼットは自然に帰るのか。やはり人間の力では自然に抗う事はできないのか。大いなる自然に比べれば、人間などちっぽけな存在だ。所詮は人間も自然の一部、潔くるべき場所へ収まるべきなのかもしれない。かつて仮の父は、“目に見えるものに抗い、孤独を享受せよ”と自分に教えたが、今ばかりは抗えそうもない。そうは言っても、今の自分は反抗的でもなければ、孤独でもない。流されるままに行動し、気づけば周囲に兄弟がいた。十三の頃から守り続けてきた信条は、きっと知らぬ間に崩壊していたのだ。ならば、権化にも、己が宿命にも、父にも抗う必要はなく、自分を無理に偽る必要もないのだ。
 ふとラブ=ラドールはシンバルの肩を叩くと、顔を上げさせた。それから、右手のひらを差し出すと、細長く黒い物体を見せつけた。
「なんだよ、これは…?」シンバルは、謎の黒い物体を手に取った。まじまじと見つめてみたが、その正体が、まるでわからない。
「あ。もしかして…」スコアは、その正体に勘付いた。「それってアレじゃない?シンバルのハンマーじゃない?ほら、柄の部分みたいに細長いでしょ?」
「そう言われれば…。こんな消し炭になっちまってよ…」シンバルは、その無残な姿を哀れに思った。竜権化の紅炎によって黒焦げとなった電光の槌には、もはや原型はなく、ただの炭の棒と化していた。「でも、どこからこんなもん拾ってきたんだ?いや、そもそもいつ拾ったんだ?」
ラブ=ラドールは無言を貫いた。シンバルが多少なりとも気を取り直すと、またその場に座り込んでしまった。
「なんでもいいけどよ。どうせなら、もっと強力な武器でも拾ってこいよ。こんなもん、持ってこられても使い物にならな………」そこでシンバルは、何かに気付いたのか、口を閉ざした。それから思い立ったように「そうだ…!!アレだ!!!今こそ“ムスムスボム”を使う時だ!!!」
「えっ!?ムスムスボム!?」スコアは、一瞬で青ざめた。「あれはヤバいよ!!絶対!!」
「だからこそだ!!あの威力なら、たとえ竜権化だろうと消し飛ばせるかもしれない!!」
ムスムスボム。その名をトロンは知っていた。ヒートヘイズを用い、森の一掃を目論んだ“黄昏の一撃作戦”の際、シンバルとスコアが口走っていた言葉である。
「あの…。なんですの、そのムスムスっていうのは?」シフォンがスコアにたずねると、
「アースガルが昔作った爆弾だよ。でも、想定よりも遥かに威力が強くなっちゃってね、それでお蔵入りになったんだ。ガスボンベくらいの小さな爆弾なんだけど、ガゼットくらいは軽く吹き飛んじゃうよ」
「だが、あの竜権化にぶつけてやれば、もしかしたら…!」シンバルの表情が、希望を掴んだかのように明るくなりはしたが、同時に悩みも口にした。「だが、ムスムスボムをガゼット内で使う事はできない…!そんな事をすれば、何もかもお陀仏になるからな…!できれば、外界で使いたい…!なんとか竜権化をガゼットから遠い所に追いやれれば…!」
そのための方法をトロンは即座に思いついた。いささか残酷な策であるものの、確実に成功させようと思えば、やむを得ない。「竜権化は生贄を連れ去る際、ガゼットから遠ざかる。その時を狙って爆発させればいい。生贄となった者が爆弾を背負い、竜権化に至近距離で爆風を浴びせるんだ」
「えぇっ!!?」スコアは、開いた口が塞がらなくなった。「それって、つまり……誰かが爆発の犠牲に……自爆するって事!?」
「随分と無茶だが、そこまで悪くはないぜ、その案」シンバルは、にやりと微笑んだ。それから、一回だけ手を打ち鳴らすと、「だったら………オレが人肌脱いでやるか。どうせガゼットが消えちまったら、オレだって長生きはできないだろうしな。文句ないだろ?」
「いや、俺がやる」トロンは即答した。
「お兄様!!?」シフォンの顔から、血の気が引いていった。「まさか本気ではないですよね!?」
トロンは、シフォンの泣きそうな顔をよそに、こう続けた。「俺の勝手で誰かが犠牲になるのは、もううんざりだ。この案を思いついたのは俺だ。だから、俺がやる。それに、俺は人々を危機に陥れた大罪人、仮にガゼットに平穏が戻ったとしても、もはや居場所はない。どうせ極刑にかかって死ぬのなら、せめてこの街を救うために死なせてくれ」
「そんな事…!!だからって、わざわざお兄様が犠牲にならなくても…!!!」シフォンはトロンにすがりついた。「わたしは…絶対…絶対許しませんわ、そんなの!!!」
「…やりたいってんなら止めはしないぜ。でも、無理してんのなら、やめときな」シンバルは、厳かな口調でトロンの覚悟を問うた。
「そうだよ!悪い事したから犠牲になるっていうなら、ボクだって同じなんだし…!」スコアは狼狽しつつも彼の身を案じた。
そこで、トロンはスコアに向かって「幸いにもアンタの所業は、まだ露見していない。まだアンタには選択肢があるんだ。罪を白状して、裁かれるか。それとも、罪をひた隠しにして、己が方法で罪滅ぼしをするか。俺とは違い、アンタの目の前には、枝分かれした道が開けている。だから、選んでくれ。罪の償いを果たす事ができる最善の道を」
それを聞いたスコアは、ほんのわずかではあるが感涙を浮かべた。
トロンは続けてシフォンに「俺と血肉を分けた双子なら、今の俺の気持ちがわかるはずだ。俺は、やらねばならない。俺は、とうの昔から後戻りできなくなっていたのさ」
シフォンは悲涙を堪え、溜め涙のまま小さく頷いた。
「よし、だったら明日に備えて………今日は好きにしてろ」シンバルは、皆に背を向けると、住人の集いへと歩いて行った。
 トロンは、自らをガゼット救済のための人柱とする事を選んだ、もとい選ばざるを得なかった。それが彼に残された唯一の道であり、ガゼットを救う最善の手段である。そう彼は信じた。竜権化を打ち倒せる保証はないが、今は、ひたすらに信じた。そして、自らの命尽きるまでは信じ続けようと決意した。兄弟たちは悲しみに暮れているようだったが、きっと明日には歓喜に打ち震える事だろう。竜権化を倒し、ガゼットに平穏が戻りさえすれば、ちっぽけな死など霞んで消える。だから、未来に不安を抱く必要もない。ガゼット、そして人間の未来は明るく、どこまでも際限なく広がっているのである。しかしながら、このラブ=ラドールは、実にマイペースな男である。曲りなりにも友であるはずのトロンが、これから死にゆこうとしているというのに、まさしく犬のように平然としている。恐らくは、会話の内容を理解していないだけだろう。
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