めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 それからトロンらはメルヘンに連れられ、極めて低く積まれた石の垣根を踏み越えると、教会の領域に立ち入り、さらに村中を進んで、壁とは別の高台に建つ教会に足を運んだ。それは灰色に染まった石造の教会であり、まるで地面から突き出た針の束のように鋭かった。メルヘンは、三人を引き連れたまま、ずかずかと教会内に立ち入り、何者にも遠慮する事なく突き進んでいくと、やがて灰一色の内装に浮かぶ純白の祭壇が見えてきた。白い大理石を荒く削って作られ、燭台や杯の置かれたその祭壇には、何人かの住人たちが寄り集まり、盛んに祈りを捧げているようであった。それにしても、この教会は、建造物と呼ぶよりかは、天然の洞窟と呼んだ方が適切だろう。これでは自然物と何ら変わりなく、自然の敵意の真っただ中、とりわけ掘ル岩族の敵陣にて祈りを捧げるとは、なんと信心深き事か、と無神論者のトロンですら感心していると、敬虔けいけんな住人の群れの先頭に跪く一人の青年が目に留まった。気障きざな優男、そんな印象を人に抱かせる風貌のその青年は、見慣れない三又のほこを手にしていた。それは色鮮やかな珊瑚礁を大量に寄せ集めて作られた自然物であった。
「ポワソン!!来客だ!!」メルヘンは、祈りの群れに向かって大声で呼びかけた。すると、鉾を持った青年、ポワソンが立ち上がり、こちらに目を向けた。
「ああ、本日の祈願は、これにて終わりにしようじゃないか」ポワソンは、やけに気取った口調で住人を解散させると、手にしていた鉾を背負ったのち、嬉々としてメルヘンに歩み寄ってきた。「来客とは珍しいね、メルヘン!しかも、随分と懐かしい顔触れを引き連れて参上するとは、ますます珍しい!特にタフは歓迎させてもらうよ!」
ラブ=ラドールは、手厚い歓迎を受けると、ほがらかに微笑んだ。
「じゃあ、わざわざ紹介する必要はないな」メルヘンは、ポワソンの陽気な態度に難色を示したようだった。ふとトロンに向くと、「だが、この男は知らないだろう。シフォンの実の兄、トロンだ。アスレチック曰く、この兄妹は、お前ら三兄弟と同様、同じ父母から生まれたらしい」
ポワソンは、トロンとシフォンの顔を見比べると、唸り声を上げた。「なるほどね。確かに顔はそっくりだ。もしかすると…双子なんじゃないのかい?」
「はい、わたしとお兄様は双子なんです。あと……あの時は本当にごめんなさい」シフォンは、四度までも頭を下げた。「オッド=アインにかわって、わたしが謝ります…。原初の海をお返しする事はできませんが、せめてこのくらいの事は…」
「その気持ちがまことの心から出たものであるならば、むしろ僕は喜んで君を許そうじゃないか」ポワソンは、機嫌よく笑って許した。「おっと、自己紹介が遅れたね。僕はポワソン・エラクレス、またの名を、洗礼のエラクレス。神の如きエラクレス、その次兄さ」
「あの原初の海は、元々アンタが持っていたのか」トロンはポアソンにたずねた。
「そうさ。だが、二年前に奪われてしまったよ。なぜか原初は僕を差し置いて、あの男を選んだんだ。真に自然な自然の仔が持つべき、とか何とか言っていたっけ。あのたまは今、どうなったのかな?」
「原初の海は、ウェザーが持ち去っていった。あいにくだが、アンタの手に戻る可能性は低い」
「ああ、あの男がか。昔ならいざ知らず、今となっては必要不可欠な物なのに、まいったね」
「もしウェザーから原初の海を取り返す事ができたら、真っ先にあなたにお返ししますわ」シフォンは、躍起になって償いをしようとした。「ところで、あなたは兄弟喧嘩をしているそうですが……なぜなのですか?」
ポワソンは、機嫌を損ねたのか、急にしかめっ面になると、悪態をつくようにして語り始めた。
「すべてはアンデスのせいさ。あの兄が、あんなヘマをしなければ、かつてのシュラプルが消え去る事もなかったかもしれない。とんだ馬鹿者だよ、あの兄は。末弟まっていだって、そう思ってるからこそ、アンデスとの関係を絶ったんだ。普段は大人しくしているだけのくせに、肝心な時になると意味不明な言葉を口走っては、突拍子もなく奇行に走るんだ。あの時だってそうさ。あの箱さえ開けなければ、まだシュラプルが救われる可能性はあったかもしれないのに。でも、全部台無しさ。もう皆、自然に帰ってしまったんだ。いくら後悔しようが、かつてのシュラプルは、もう戻ってきやしない。輝かしき栄光は消え去り、残ったのは悲嘆と屈辱だけさ。………おっと失礼。つい愚痴っぽくなってしまったね」
「箱を開けたくらいで、アンタらは喧嘩をしているのか」トロンは、稚拙ちせつな理由に呆れ果てた。
「当然だが、ただの箱じゃない。君たちは、“聖なる箱”というものを知っているかい?」ポワソンは笑みを取り戻すと、三人に向かって問いかけた。
「確か……シュラプルの安定と平穏を司る箱…でしたね」シフォンは、記憶を辿りながらも、おもむろに答えた。
「その通りさ。聖なる箱とは、かつてのシュラプルの繁栄を支えた偉大な宝物ほうもつだ。小脇に抱えられるほどの大きさなんだが、何を隠そう、あらゆる自然を封印する力が備わっていてね。たとえ自然の大群がシュラプルに攻めてこようが、たちどころに吸収し、永久に閉じ込めてしまう夢のような箱なのさ。おかげで、かつてのシュラプルは、自然の脅威とはほぼ無縁であり、長きに渡って繁栄を謳歌する事ができたんだ。だが、シュラプルが消えたあの日、あろう事か長兄は、その箱を開けてしまった。そのせいで箱の中から、今まで封印した自然が飛び出し、かつてのシュラプルを覆い尽くしてしまったのさ。ただでさえ、自然の侵攻を受けていたというのに、まったく、あれが致命傷だったよ。まさに盛者必衰だね」
まさにポワソンの言葉通り、全人類にとって夢のような箱が、こんな世の中にも存在していたのか。トロンは、ただただ驚愕した。これまでガゼットが鋼鉄のドームをこしらえ、その住人が身を投げ打って苦労していた傍ら、シュラプルは何の脅威にも晒される事なく、ぬくぬくと平和を享受していたのだ。それはまさに人類の桃源郷であり、おもよこしまなしに羨んでしまった。
「そうだったのですか…。でも、アンデスさんは、どうして箱を開けてしまったのですか?」シフォンは、素朴な疑問を呈した。
「さぁね。何を考えてたかなんて、僕の知る所じゃないね。なんにせよ、箱を開けてしまったのは事実なんだ。その事実を住人が知らないのをいい事に、どうやったって償いきれないほどに大きな罪を背負っていながら、いまだに未練たらしく現世に縛りついているんだよ、兄は」ポワソンは、実の兄に対して、実に辛辣だった。
「そんなひどい事を…言わないであげてください」シフォンは、三兄弟を仲直りさせるべく、意を決して訴えた。「あなたがた三兄弟は、長い間お互いに口も利いていないと聞きました。それでは本当の気持ちを伝えあう事は絶対にできません。どうか、一度だけでもいいので、顔を揃えて、腹を割って話し合ってみませんか?出過ぎた口を利ける立場ではない事は重々承知していますが、何卒、お願いします…」
「君の気持ちもわからなくはない。だが、既に道を違えた者たちを引き戻す事はできないんだ」ポワソンは後ろへ振り返ると、三人から顔を背けた。「それに……あのブブゼラが君の提案に耳を貸すとは思えない。なにせ弟は君の事を恨んでいるようだからね」
「そのブブゼラとやらが三兄弟の末っ子か…」トロンは、ため息混じりにたずねた。
「我が弟、神の如きエラクレスの末弟、ブブゼラ・エラクレス、またの名を、君臨のエラクレス。彼は昔から視野が狭く、思い込みが激しいからね。あの日、シュラプルを消滅させた廻仔を一括りにして憎んでいるらしいのさ」そこでポワソンは、シフォンに振り向くと「君の事だからブブゼラにも会いに行くんだろうが、悪い事は言わない。今すぐシュラプルから出て行くんだ。さもなくば、彼は君を殺すかもしれない」
「それでも、わたしは、あなた方を仲直りさせると決意した以上、行かなければなりません」シフォンは、毅然とした態度を見せ、強い決意を露わにした。
「君が行った所で、まともに話ができないどころか、火に油を注ぐだけだ。そうなれば、言葉ではなく、剣を交える事になるだろう」
それでも意志の揺るがぬ妹のために、トロンはシフォンに追随してやろうと思い立つと、ポワソンにこう言った。「俺は言葉よりも剣を交わす方が性に合っている。アンタに心配をかけはしない」
「どうかな。弟の武器は、万雷そのもの。雷を自在に操る“原初の雷”の前では、君の剣など、たちどころに焼かれてしまうだろう」
それを聞いたトロンは、つい言葉を呑んでしまった。
「ブブゼラは、現在のシュラプルにおいて唯一、原初を所持している。彼はシュラプルの中で最も強き廻仔であり、故に君臨のエラクレスと呼ばれているんだ」ポワソンは、弟が気に入らないのか、悔し紛れに発した。「原初を倒すには、こちらも同じく原初を用いるしかない。それ以外に対抗の術はない。だから、今すぐにでもシュラプルから逃げるんだ。早死にしたくなければね」
トロンは、原初の絶大な威力を既に思い知っていたため、ここはポワソンの言葉に従った方が賢明ではないだろうかと心に迷いを生じさせていた。たとえどんな理由があろうと、軽々しく原初を敵に回すべきではなく、ましてや電光石火の雷を相手取るなど常人の為せる業ではなく、廻仔の範疇はんちゅうすら超えている。たかが兄弟喧嘩のために自らの命を懸けられる愚か者は、この世に存在しないのだ。しかし、そんな常識も我が妹には通じない、その事を以心伝心によって兄は悟っていた。きっと彼女は食い下がるに違いない。そう思いわずらうう兄の思いを感じ取ったのか、シフォンはトロンにこう言った。
「お兄様…。わたし、本当は諦めたくありません。でも、わたしの罪滅ぼしのせいで、無関係なお兄様を危険な目に遭わせたくもありません。だから……アンデスさんやアスレチックさんには申し訳ありませんが、ここは引き下がります…」
その決断を聞き、トロンは、小さく頷いた。シフォンは、トロンの安全を選び取り、自らの手で果たされるべき贖罪しょくざいを捨てた。それは双子が運命共同体であるが故に、二人は肩を並べて同じ道を歩み、片方が死に瀕する事があろうとも決して離れる事はないからである。
「気に病む事はないさ。その罪滅ぼしをしたいという気持ちだけで、僕は胸が一杯だよ」ポワソンは、気落ちするシフォンを励ました。それからラブ=ラドールに向かって「ところで、君はエシレウス将軍の跡を継ぐ気はないかい?いきなりだと思うだろうが、せっかく戻ってきてくれたし、僕としてはシュラプルに留まってほしいと思っているんだ。どうだい」
ラブ=ラドールは迷う事もなく、こくりと頷いた。やはりシュラプルの住人に愛着があるようである。トロンとしては複雑な心境であったが、彼の望みならば引き止める事もあるまい。
「そうかい!きっと亡き将軍も喜ぶよ」ポワソンは、ラブ=ラドールの両肩に手を置き、目線を合わせて喜んだ。
「では、俺たちは失礼する」トロンは、そっけなく教会を去ろうとした。
「出るなら早い方がいい。既にブブゼラは、シフォンの存在に気付いているかもしれないから」それからポワソンはメルヘンに「双子のために門外まで送ってあげてくれよ」と命じた。
「うるさい」メルヘンは、大層ご機嫌斜めであり、どすの利いた低い声で怒った。「私は、お前ら兄弟の召使いじゃない。人に命じる前に、まず自分でやってみたらどうなんだ」
トロンは、口論の予感に嫌気が差すと、何も言わずに振り向き、さっさと教会出口に向かって早足で歩き出した。それを見たシフォンは、ポワソンとメルヘンに「それでは、失礼します…」と一礼してから兄を追いかけていった。
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