めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

文字の大きさ
46 / 124
流せ、綴れ、情愛

7

しおりを挟む
 門外まで何事もなく戻ってきたまではいいが、双子は、些細な問題によって足止めを食らっていた。シュラプルを出た後は、どこへ行けばいいのだろうか。どうせならポワソンかメルヘンにでも、最寄りの街を聞いておくべきだった。末弟の脅威が迫る中、今更引き返すのも億劫であったし、近くの住人に聞き込みをしようとも考えたが、彼らが知っているとは到底思えず、さらには門番であるはずのアスレチックの姿も見当たらなかったため、双子は立ち往生をしているばかりになってしまった。さて、これからどうしたものか。いくらか頭を悩ませた末に、トロンが一人で教会へ戻り、次なる目的地を聞き出す事に決まった。シフォンには先にシュラプルから離れてもらい、後で落ち合えばよい。早速、トロンが教会へ引き返そうとした矢先、蒼天の雲を割いて飛来する一筋の閃光が双子の眼前に落下した。目も眩む雷光に一瞬だけ視界を奪われたが、やがて回復すると、稲光の落下地点に見知らぬ青年の威風堂々とした立ち姿を目撃した。その素性をシフォンだけでなく、トロンまでもが瞬時に理解できたのは、その青年の手に、稲妻を放ちつつも燦然さんぜんと光り輝く球体が乗せられていたからである。それこそが原初の雷であり、すなわち、閃光と共にこの場に降臨したのは、神の如きエラクレスの末弟、ブブゼラ・エラクレスである。
「さっきから俺の五感が疼いて仕方がなかったんだ…!だが、ここに来てようやく原因がわかった!!」ブブゼラは開口一番、目を血走らせ、シフォンに向かって憎悪のこもった口調で叫んだ。「歯ごたえのなさそうな女だけだが、それでもいい!!今ここで、その首を討ち取り、皆の墓標に捧げてやる!!」
シフォンは、ブブゼラの憤怒に満ちた表情を直視できず、伏し目のままでこう述べた。「わたしの命で許されるのなら、それでも構いません…!でも、わたしは、あなたに兄弟たちと一度だけでも話を……」
「無駄口を利くな!!」ブブゼラは、シフォンの言葉を遮り、さらに続けて恨み節を吐いた。「お前なんぞ黙って俺に天罰を下されていればいいんだ!!そのために戻って来たんだろ!?だったら、お望み通り、痺れさせてやる!!」
「シフォンを恨むのは、もっともだが、少しだけでも話を聞いてやったらどうなんだ」トロンは、ブブゼラの扱い方に困り、ひとまずは差し障りのない言葉を投げかけてみた。
「お前は……まさか、この女の身内か!?」ブブゼラは、眉をひそめてトロンに問うた。
「お兄様は関係ありません!!」シフォンは、思わず声を大にして言った。「憎んでいるのは、わたしだけのはずです!!お兄様に手出しはしないでください!!」
「のたまったな…!!人の身内を奪っておきながら、よくもそんな言葉を…!!」ブブゼラの怒りに油が注がれると、突然、彼はひらめいた。「…そうだ!お前を痺れさせるのは一旦やめにして、かわりにこの身内の男をいたぶってやる!!そうすれば、シュラプルが味わわされた痛みが少しは理解できるだろ!?」
「や…やめてください…!!わたしは……」シフォンは、涙を浮かべつつもブブゼラに哀願しようとしたが、彼の暴挙を止める資格が自分にはない事をすぐに痛感し、口ごもってしまった。
そんな妹を見かねたトロンは、捨て身の覚悟を決め、ブブゼラにこう申し出た。「俺がアンタの体に傷の一つでも付けられたら、大人しくシフォンの話を聞いてもらう」
ブブゼラは、そっとほくそ笑んだ。「その度胸だけは買ってやる!だが、この君臨のエラクレスは、他の兄弟とは違って慈悲など持たないぞ!新たなシュラプルを率いる定めを背負った強者に情けなど不要だからな!」
 トロンは、歴戦の剣を引き抜くと、原初の雷をお手玉のようにして何度も空中に放り投げるブブゼラと対峙した。シフォンが何か言いたげに表情をこわばらせていたが、今だけは相手だけに精神を集中させ、雷の支配者との決闘に打ち勝たなければならない。しかし、勝算はおろか、わずかな望みすら持てず、己の敗北を既に予見してしまっていた。それほどまでに雷は恐ろしい自然であった。岩や海も十二分に強大だが、雷はそれらを凌駕し、古来より人々を畏怖いふさせてきた、まさに神の象徴ともいうべき自然である。そして、今、目の前に立ちはだかるのは、万雷を束ねた神の如き廻仔であり、愚かにも自分は雷神に盾突こうと試みているのである。まったく自惚れが過ぎる。かつてガゼットを雷が襲撃した際も、悪戦苦闘を強いられたのにもかかわらず、その頂点たる原初に敵う保証など絶無である。しかし、尻尾を巻いて逃げる事は許されず、何とかして一矢報いてやろうと必死の闘争を繰り広げるしかない。かつて岩と海を封じ込めた時のように、今回も歴戦の剣が頼みの綱ではあるが、いざ構えてみせても、持ち主を操ろうとする気配は一向にない。やはり何物にも頼らず、己が力のみで抗ってみせるしかないのだ。トロンは、勇気の第一歩を踏み出し、ブブゼラに対して勇猛果敢に突撃してみせた。ところが、踏み込んだ途端、雷光が万物を白く照らしたかと思うと、真正面から飛来した稲妻を全身に浴び、瞬く間に宙に放り出された。やはり無謀であった。雷に反応できる生物などこの世には存在しない。もちろん、トロンも反応どころか、攻撃の瞬間すら捉える事ができず、理解の及ばぬままに地へ墜落すると、全身を刺さるような電撃に襲われ、立ち上がる事すらままならなかった。
シフォンは、あまりの衝撃に胸を潰され、声を発する事すらできず、脇目も降らずにトロンに駆け寄り、渾身の力で抱きかかえた。「お…お兄様…!!!」
「わずかでも敵うと思っていたのか!?この君臨のエラクレスに並び立つ者など、この世には存在しない!!」ブブゼラは、勝者の余韻にうつつを抜かした。
 トロンは、歯を噛みつつもシフォンの腕を払い除け、懸命に揺らぎ立ちはしたが、すぐに膝を折り、無防備にしゃがみ込んでしまった。もはや剣を構える事すらできなかったものの、その両目だけは、いまだ雷神に対する闘志に燃えていた。
向けられた眼差しにブブゼラは感銘を受けはしたが、それでも情けをかける事はなかった。原初の雷を天高く掲げると、「この君臨のエラクレスに戦いを挑み、そして敗北したからには、もはや我が裁きから逃れる事はできない!!」
 双子は、窮地に立たされた。しかしながら、彼らは幸運である。雷神の裁きが下らなかったのは、荒くれペルーセことアスレチック・ペルーセが駆けつけ、ブブゼラに剣を振り下ろし、原初そのものによって防御させ、裁きを否応無しに中断させていたからである。原初の雷は、剣の一振りを受けても傷一つ付かないどころか、むしろ反撃してやろうと微々たる放電を繰り返していた。
「ブブゼラ!!あまりにも横暴!!」アスレチックは、ブブゼラに対して怒りを露わにし、閃光を散らせながら原初と鍔迫り合った。「退け!!そして、自らの行いを省みよ!!」
「この女どもを庇うのか!?こいつは、かつてのシュラプルを滅ぼした憎き仇敵だぞ!?」ブブゼラは、アスレチックを忌々しく思いながらも反駁はんばくした。しかし、すぐに「このシュラプルの面汚しめ!!」と捨て台詞を吐いたかと思うと、その身を雷に変え、シュラプルの高台に建つ宮殿のようなドームへと翔けていった。
 アスレチックは、ブブゼラが消えるや否や、すぐに双子、特にトロンを気にかけた。「あの雷撃を受けながらも耐え抜くとは、流石に廻仔の体は頑丈にできている。怪我はしているが、命を失うには及ばんだろう」
「お…おかげで助かりました…!ありがとうございます…!」シフォンは、感謝を述べつつも、手負いのトロンに肩を貸し、一体となって立ち上がった。それから「どうか、お兄様の手当てをできる場所を…」と、兄のために治療が出来る場所をたずねようとしたが、
「問題ない」トロンは、お節介を嫌い、シフォンの手を借りずとも、自力で立ってみせた。
「それでこそ、人のたくましさ。やはり貴公には見所がある」アスレチックは、トロンの意気地を賞賛した。「だが、これ以上シュラプルに留まれば、またしてもブブゼラの餌食になる。名残惜しいが、今すぐにでも旅立った方がよいだろう」
ところが、シフォンは心変わりをしたのか、トロンにこう願い出た。「お兄様…!わたし……やっぱり逃げたくありません!!このまま逃げてしまったら、何も変えられないと思うんです!!ブブゼラさんだけじゃなく、三兄弟は一生、かつてのような明るい関係には戻れないと思うんです!彼らが仲違いをしたのは、わたしのせいでもあるから…!!」
「好きにすればいい」トロンは、図らずもシフォンの想いを汲み取り、思い切って人肌脱いでやる事にした。手前勝手な妹に心置きなくやらせてやろう、そう思ったのだ。
「うむ、それでこそ兄妹!」アスレチックは、双子のやり取りに感心させられていた。「ならば、この荒くれペルーセが手を貸してやろう……と言いたいが、門番の務めを放り出すわけにもいかん」
「いいんです。わたしたちだけでも、頑張れますから」シフォンは気丈に振る舞った。それからトロンに「とりあえず、教会に戻ってみませんか?今なら、まだ皆さんが残ってるかもしれませんよ」
トロンは黙って頷いた。どうせならラブ=ラドールにも手伝わせてやろう。
「ところで、少しばかり前に、やけに図体の大きい猪を見かけたぞ。門番でありながら、ついつい追いかけてしまったが、あれはやはり貴公の連れか?」アスレチックは照れながらシフォンにたずねた。
「はい。どうか、そっとしておいてください」シフォンは、にこりと笑って答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...