めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 双子は、案内人を失い、手探りで記念堂を目指す事となったが、目的の建物を見つけるのに、それほど時間は要しなかった。三兄弟の根城となっている三つの建物、壁、教会、記念堂のいずれも、石切り場を利用した高台に建っている故、非常に目立っていたからである。記念堂に向かって一直線に歩いていると、三つの領域を隔てる小石の行列に立ち止まった。無断で境界線を越える事は許されない、そうメルヘンに忠告を受けてはいたものの、今ばかりはやむを得ない。トロンはシフォンに先駆け、小石を踏み越えた途端、武装した住人が群れを成して押し寄せ、双子の前に分厚い人の壁を作った。シュラプルへ立ち入るのに、門からでなく、敷地を乗り越えて来る者は、盗人であり、すなわち我らの敵である。やはり無断で立ち入る事は許されず、壁を強引に割って進む事もできない。住人の一人一人が目くじらを立て、こちらに敵意を表している以上、越境は断念せざるを得なかった。そこでシフォンは、アスレチックさんに頼んでみてはどうでしょうか、とトロンに提案し、双子は進路を門へと変え、早足にその場を立ち去った。
 門にたどり着くと、案の定、アスレチックが門の下に鎮座していたので、双子は、記念堂の領域に立ち入りたい、とこいねがった。すると、アスレチックは、おもむろに立ち上がったのち、双子に新たな試練を突きつけた。
「ならば、疾風の如く駆ける牡鹿を捕まえてみせよ。正体不明の牡鹿が、シュラプルを遠巻きに眺めている姿が数日前から頻繁に目撃されている。害はないと思うが、不気味に思う住人も少なからずいたため、念のために捕獲する運びとなった。ところが、何人もの狩人が牡鹿の狩猟に挑んだが、誰一人として成果を上げる者はいなかった。牡鹿の足が速すぎたためだ。そこで貴公らには、その牡鹿を自力で狩ってもらう。それができれば、記念堂の領域へ足を踏み入れる事を許可しよう。ちなみに、その牡鹿には、羽団扇はねうちわのような白い模様が尻にあるので覚えておくがいいぞ」
てんで大した事ない、とトロンは思った。彼は腐っても狩人、狩りは得手である。いくら獲物の足が速かろうが、飛び道具で木陰から射てしまえば万事解決であろう。そのために、シュラプルの住人から銃を借りたい、とアスレチックに願い出た。が、それはならぬ、と断られた。何物にも頼る事なく、あくまでも自力でやり遂げなければ、試練を課した意味がない。そうたしなめられたトロンは、銃を諦め、仕方なくシフォンと共に狩りへ出かけた。
 俊足の牡鹿を探して森にやってきた双子は、早々に途方に暮れた。広大な森の中から一匹の獣を探し当て、さらには飛び道具なしで捕まえろなどと、随分と無理難題を吹っかけられたものだ。しかし、試練を受けたからには、意を強く持ち、の目鷹の目で探し回らなければならない。双子は、最初こそ森を当てもなく彷徨さまよっているだけだったが、やがてシフォンが名案を思い付くと、指笛を甲高く鳴らした。すると、彼女の巨大猪が近くの茂みから飛び出してきた。久しぶりの再会という事もあってか、軽いスキンシップを交わした後、シフォンは猪に、牡鹿の匂いを探してください、と頼んだ。すぐに猪は、地面に大きな鼻を近づけ、ふがふがと匂いを嗅ぎつつも歩き出し、牡鹿の追跡を始めた。本当に頼りがいのある猪であり、また、シフォンの機転にも助けられ、トロンは心の中で一人と一匹を嘆美した。うんとしばらくの間、その後を追っていると、突然、猪は足をぴたりと止め、そこから離れた前方、一匹の牡鹿が木々に紛れて佇む後ろ姿をつぶらな瞳で凝視した。茶色い体毛に覆われ、枝分かれした二本の角を持つ大型の鹿であり、尻に浮かんだ羽団扇状の白い模様が目を引いた。あれが捕らえるべき獲物なのだろう。すぐにでも捕まえたかったが、その速力が発揮された頃には、とうに姿をくらましているだろう。ならば、あの牡鹿を刺激しないよう、細心の注意を払いつつも捕らえるしかない。そうトロンは考えたものの、そのための道具すらも持ち合わせておらず、手元にあるのは歴戦の剣のみであったため、正直言って自信がなかった。流石の元狩人もお手上げかと思われたが、ここでもシフォンが役に立った。彼女は、何も言わずに牡鹿へ向かって抜き足で歩み始めたかと思うと、鹿の泣き声を模倣し、盛んに鳴いてみせた。すると、牡鹿は、鳴き声に顔を振り向け、少し硬直したのち、ゆっくりとした足取りでシフォンに歩み寄ってきた。そして、シフォンの元までやってくると、スキンシップを求める両手にその体をゆだね、背中を優しく撫でられた。その触れ合いの様子をトロンは指をくわえて見ている事しかできず、心なしか面目を潰されたような気がした。シフォンは、一度のみならず、二度までも手柄を打ち立て、ものの見事に試練を乗り越えてみせたのだ。
「もう大丈夫ですよ、お兄様」シフォンは、牡鹿を撫で回しつつも兄に微笑みを向けた。「セイズで懐かせましたから、もう逃げる心配はありませんよ」
セイズとは、ガゼットの廻仔が生まれながらに使う事ができる能力であり、あらゆる動物を従わせる事ができる。しかし、シフォンは、ヘイヴンの廻仔である。恐らくはオッド=アインにでも教わったのだろう。ともあれ、これで試練は乗り越えた。トロンは、牡鹿に近寄り、その角を掴むと、門前まで連れて行こうとした。
 ふと双子が帰路に視線を据えると、全身を黒いマントで覆い隠した人影が立っていた。その素顔を垣間見る事すらできず、双子は揃って眉をひそめる事となった。
「あの…。どちら様ですか?」シフォンは、物怖じせずにたずねた。
ところが、人影は一切返答せず、微動だにもせず立ち尽くしているばかりであった。その底気味悪い態度に業を煮やしたトロンは、人影に向かって押し迫っていったが、すぐに鼻に突くような強烈な香りに顔をしかめ、あまりの衝撃に立ち止まってしまった。まとわりつくような、それでいて鬱陶しいほどのリンゴの香水の匂いに、たまらずむせ返ってしまったが、それは同時に、かつてラブ=ラドールが述べていた意味不明の言葉をも思い出させた。甘いリンゴの残り香、そう彼は発していた。まさかこの人物は、不死の獅子を退治したあの場に居合わせていたのだろうか。トロンは、一つの疑念を抱くと、人影をこう問い詰めた。
「アンタは、あの不死の獅子とどういう関係がある?」
人影は、控えめに艶笑えんしょうした。その女声は、若く、かつ流麗で、品があった。「いいえ。関係ないわ。だって、あたし、あなたを助けたいだけなんですもの」
「ならば、なぜ素顔すら見せない」トロンは、いぶかりながらも、問いを重ねた。
黒マントの女性は、トロンの目前まで進んでから、こう言った。「だって、今は、まだお披露目すべきじゃないもの。でも、いつか皆が一堂に会する時が来たら、あたしは喜んで素肌を晒すわ。だから、あなたも招待状を受け取ったら、無視なんかしないで、きちんと来てね」
「何を言っている」
「確かに、あなたはヘイヴンの廻仔かもしれない。でも、あなたの故郷は、他のどこでもない、ガゼットなのよ。そうでなければ、あれほどまでに命を懸ける事なんて、絶対にできない。そうでしょ?」
この女は何者なのだろうか。なぜガゼットでの出来事を知っているのだろうか。トロンは、眼前の女性をひどく怪しんだ。
シフォンは、急に猛烈な不安に駆られたのか、急ぎ足でトロンの隣にやってくると、「あなたは誰なのですか!?」と黒マントの女性を問いただした。
すると、黒マントの女性は、おもむろに右腕を上げていき、青白い人差し指が露わになると、シフォンの背後に立つ牡鹿を指差した。「その牡鹿、あなたたちにあげるわ。あたしには、もう不要だから」
「質問に答えろ!アンタは誰だ!?」トロンは、苛立ちを伴って問うた。
「あなたが心配で心配で仕方がないのよ。これからあなたはシュラプルに戻るんでしょうけど、気を付けてね。あそこには大きな脅威が潜んでいるから。特に、あの聖なる箱は、人間に災いをもたらす呪われた箱なの。だから、決して関わり合いになってはいけないんだけど、あなたの事だから引き留めても無駄なんでしょうね。……いい?あの箱には、ろくでもないものしか入っていないように見えるけど、実際には“薄っぺらい希望”も一緒に封じられているの。だから、危うい状況になったら、躊躇なくそれを使いなさい。あなたが生き延びるためにもね。そう、あたしの魔法が叶うその時までは……絶対無事でいなさい。でないと、あたし、………きっと泣いてしまうわ」
 不思議な事に、双子が一瞬たりとも目を離していないのにもかかわらず、黒マントの女性は、刹那の間に消え去ってしまった。まるで神隠しのような現象を見せられ、双子は狐につままれた気分であった。ただただ呆然とするしかなかった。
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