めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 「おい、なに勝手に話を進めてんだよ、母上!!」母の勝手を許すまいとブブゼラが荒々しく横槍を入れた。「いきなりこんな所まで引きずってきたかと思えば、のんきに観戦かよ!!しかも、将軍と戦えだって!?冗談じゃないぞ!!」
クレアは、三兄弟に向かって真っすぐ足早に泥土を出ていき、ブブゼラの眼前に立ち塞がると、頭ごなしに「ずべこべ言える元気があるなら、さっさと兄さんどもと口利きな!!」と人目をはばからず叱りつけた。
ブブゼラは、たちどころに口ごもった。アンデスとポワソンも、すっかり縮こまっていた。母には頭が上がらないようである。
そんな情けない息子たちにクレアは、こう叱咤激励した。
「みっともないねぇ。こんな軟弱な男に育ててしまったのかと思うと、自分が情けなくなるよ…。でも、いついかなる時だって、クヨクヨしてる暇なんかないんだよ!!いいかい、あんたら!!あんたらは、この守護のエラクレス、クレア・エラクレスのれっきとした息子なんだよ!!もっと背筋伸ばして、しゃんとしな!!特にアンデスは、長男なんだから、いつまでも亀みたいに壁に引っ込んでんじゃないよ!!もっと人の度量を信じて、外に飛び出していきな!!あんたもだよ、ポワソン!!森の中でメソメソしてる暇があるなら、シュラプルのために鹿の一頭でも捕ってきな!!涙は人のためならず、愛のために流すべき……って昨日将軍に言われたんだったら、その通りにしな!!そんで、ブブゼラは臆病風なんかに吹かれてんじゃないよ!!いつまでもウジウジするくらいだったら、いっそ玉砕したほうがいいんだよ!!兄弟のくせに口すら利けないだなんて、ほんと、人様に笑われてもおかしくないねぇ!!」
 その威勢のいい叱り声は、住人をどっと大笑させ、三兄弟を赤面させた。平凡な一家としての姿を赤裸々に晒され、支配者としての威厳は完全に失われたのである。しかし、住人は三兄弟を馬鹿にしているわけではなく、むしろ和気藹々わきあいあいとした朗笑を響かせ、破顔一笑はがんいっしょうを浮かべる者も少なくはなかった。その様子に双子は困惑していたせいか、「あれが、神の如きとまで言われたエラクレス三兄弟の本性だ!」と、場外からアスレチックに声をかけられた。大再起の幕切れを見届けにきた彼もまた、三兄弟を笑い飛ばしているようだった。
「かつてのシュラプルでは、クレアに叱られてばかりのどうしようもない三兄弟として有名だった!とても誇れる事ではないが、それでこそエラクレス三兄弟だったのだ!」
笑ったものか、それとも呆れたものか。結局トロンは、はぁとため息をついた。
片やシフォンは微笑んでいた。「流石は、お母さまですわ。あそこまで堂々と叱れるなんて」
 クレアは、三兄弟を叱りつけると、双子に振り向き、「さぁ、さっさとやっとくれ!!兄妹の絆の力を見せてやるんだよ!!」と大再起の再開を急かした。
「母上…!大再起なら僕が受けて立ちます!」ポワソンは、支配者としての面目躍如のために勇ましく名乗りを上げたが、すぐにクレアに耳たぶをままれ、こう怒鳴られた。
「黙って見とれ!!今のあんたらじゃ、束になったって将軍の足元にも及ばないんだよ!!」
 トロンは、すっかり戦意を喪失していた。とても真剣勝負などできる雰囲気ではなかったからである。しかし、エシレウスの鶴の一声が、皆の緩んだ気を引き締めさせ、場の空気を一変させた。
「大再起を侮るな!!」
 その激声に皆は襟を正し、また、双子はたがを閉めさせられたかのように武者震いを覚えた。和やかな雰囲気は消え失せ、再び緊張感が場を支配した。消えかかっていた戦意が心底から沸々とこみ上がってくるのを感じ、トロンは歴戦の剣をしかと構えてエシレウスと向き合った。その真剣な態度に応えるかのように、エシレウスもまた、双子に剣先を向けて立ち塞がった。真の強者に言葉などいらぬ。無言こそが敵に対する最大の敬意なのである。ところが、シフォンは、あいにく得物を持ち合わせておらず、トロンと足並みを揃える事ができずにいた。すると、すかさずアスレチックが自らの剣を投げて寄こしてくれたおかげで、シフォンは気合いに冷や水を差さずに済んだ。両手で剣を構えると、エシレウスに向き合いはしたものの、そんな妹をトロンは心配する羽目になった。そもそもシフォンは剣を扱えるのだろうか。そんな疑問がトロンの脳裏に浮かび上がり、人知れず不安に駆られた。
 そんな心配も露知らず、シフォンは一人駆け出した。エシレウスとの間合いを一気に詰めると、勇猛果敢に剣を振るい、兄の度肝を抜いてみせた。狩人顔負けではないか。トロンは、つい目を疑ってしまうほどに驚かされた。其の実、シフォンは剣術に秀でていた事をまざまざと見せつけられ、呆然と立ち尽くしている他なかった。しかし、すぐに我に返ると、善戦する妹の加勢に駆けつけ、二人してエシレウスに戦いを挑んだ。双子は懸命に剣を振るい、敵の虚を突こうとはしたが、それでもエシレウスには寸分の隙もない。勝って兜の緒を締めよ、そう言わんばかりに油断も隙もないのだ。やはり彼は、名実ともに達人である。次第にエシレウスが本領を発揮し始め、双子がますます苦戦を強いられていると、「もっと心を通じ合わせるんだよ!!」とクレアの激励が飛び、はっとさせられた。双子は、共闘こそしていたが、その心までは重なり合ってはいなかった。戦いの最中、兄妹の間で言葉が一切交わされていなかったからである。たとえ以心伝心の可能な双子だったとしても、言葉なくして阿吽あうんの呼吸に至る事はできない。一言一行いちごんいっこうを重んじる事こそが協調の神髄であり、協調なくして結束を組む事はできないのである。
 双子は、エシレウスと鍔迫り合ったが、その剛力に押し返されそうになった。窮地に立たされた今こそ心を一つにする時である。
「お兄様!!」シフォンは、トロンに呼びかけた。
「わかっている!!」トロンは、シフォンに応えた。
 双子は同時に後ずさり、エシレウスから距離をとった。それから、迷う事なくシフォンは剣を捨てた。アスレチックから借りた剣を自ら放棄したのである。大再起では、武器を失った者は敗者となるのだが、その掟が適応される事はなかった。なぜなら、シフォンはトロンと共に歴戦の剣を握り、自らの新たな得物としていたからである。トロンは右手で、シフォンは左手で歴戦の剣を支え、双子は寄り添うようにして身構えてみせた。その奇行には、群衆のみならず、エシレウスまでもが驚愕させられた。
「下手な言葉は、いらない!ただ、声さえあれば!」トロンは、シフォンに呼びかけた。
「はい!ありったけの想いを、この声に込めます!」シフォンは、トロンに応えた。
 双子は、喊声かんせいを上げつつもエシレウスに向かって駆け出した。今度は足並みを揃え、声を合わせ、息を合わせ、まさに一心同体の極みへと至り、悠然と身構えるエシレウスへと迫っていった。そして、剣を振り上げると、渾身の力で斬り下ろし、再びエシレウスと鍔迫り合った。その最中、トロンとシフォンは、一蓮托生の想いを共有し、一声を斉唱し、滾々こんこんと沸き上がる力のすべてを叩きつけ、そして、遂にエシレウスの剣を叩き折ってみせたのだ。
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