72 / 124
流せ、綴れ、情愛
33
しおりを挟む
大再起、その最後の戦いは、尻すぼまりに幕を閉じたかに思われた。無様に敗れ去ったトロンに心無い野次が浴びせかけられたが、彼は微塵たりとも意に介さないどころか、泥だらけになりながらも立ち上がってみせた。まだ決着はついていない。確かにエシレウスとの一騎打ちには破れただろうが、真の勝負はこれから始まるのだ。もうじき三兄弟がやって来る。メルヘンに連れられてここへやって来る。彼らには、シュラプルを背負って立つ英雄となってもらうべく、シュラプル一の強者として名乗りを上げ、この非難と冷やかしの嵐を歓声へと変えてもらわなければならない。自然をも凌駕するほどの強者を求めてやまない住人に、真の英雄が誰なのかを歴然とさせるには、大言壮語の不甲斐ない似非勇者が必要なのだ。その憎まれ役をトロンは買って出た。メルヘンに頼まれはしたが、断じて彼女のためでなく、妹の罪滅ぼしを手伝うために買って出たのだ。今は群衆に混じり、おろおろと兄の身を案じるばかりの妹を傍らで支えてやりたい。ただそれだけのために、トロンは泥土に汚れ、避難轟々を浴び、ひどく惨めな思いをしているのだ。敗者は直ちに去れ、と住人は口々に辛辣な言葉を口走ったが、まさに柳に風、トロンは何食わぬ表情でエシレウスに剣先を向けて構えてみせた。シュラプルを訪れて以来、一生懸命に奔走し続けた妹のために、今だけは往生際を悪くするべきなのだ。三兄弟、そして、彼らの母の到来に備えて。
エシレウスは、トロンの不格好をせせら笑う事もなく、戦う姿勢を貫いてくれていた。いまだトロンを敗者と見做していない何よりの証左である。住人の意思に反し、大再起は続行されるのだ。ところが、凱旋の時は唐突に訪れた。
ずかずかと住人の囲いを突き破り、メルヘンが泥土の前に躍り出た。その両手には、エラクレス三兄弟が首根っこを掴まれ、なんとも情けない姿で引きずられていた。アンデスやブブゼラはもちろん、行方不明だったはずのポワソンまでもが顔面蒼白となり、まるで勝気な母に帰宅を強制される駄々っ子のような醜態を晒していた。これでは英雄の面目など立たないだろう。三兄弟の登場に皆が一斉に閉口し、気まずい沈黙が流れたが、メルヘンの第一声は雷鳴の如く静寂を裂いた。
「この子らの腐った性根を叩き直しておくれよ、将軍!!」
その口調は、断じてメルヘンのものではなく、どこか荒々しい、それでいて母性愛を感じさせる響きがあった。やはり今のメルヘンには、三兄弟の母、クレア・エラクレスが憑依しているのだ。三兄弟に結束を促すための奥の手として、彼らの母を現世に復活させたのだ。住人は、豹変したメルヘンの言動に唖然とするばかりであったが、その不敵者な態度からは、脳裏に刻まれたかの女将校の勇士を思い起こす事ができた。
クレアは、三兄弟の襟を離すと、泥土の中へと押し入った。トロンの眼前で足を止めた矢先、その頭を乱暴に撫で回しながら「兄妹想いの兄ってのは、あんたかい!」と屈託のない笑顔を向けた。
トロンは、瞬く間に青ざめ、クレアと関わり合う事を億劫に思った。相手とするには苦手な性格の持ち主であったからである。
それはそれとして、クレアは、戸惑うトロンを他所にしてエシレウスの前に進み出ると、剣を泥土に突き立てるばかりの彼に向かって「将軍には、これからウチの三兄弟と戦ってもらいます。でも、その前に!」と言ったかと思うと、シフォンに向かって手招きを繰り返した。
シフォンは、いぶかりながらも手招きに応じ、恐る恐る泥土に足を踏み入れると、トロンの隣まで呼び寄せられた。
まもなく、クレアは双子に面と向かい、期待のこもった熱い口調でこう言った。
「あんたらの事は大体わかってる。なにせ、さっきまでは現世を気ままに彷徨う幽霊だったんだからね。あんたらのシュラプルでの言動は、こっそりと見聞きさせてもらってたんだ。でも、昔の事を責めようってわけじゃないんだよ。今大事なのは、あの腐った三兄弟に兄弟の絆がもたらす底力ってのを見せつけてやる事なんだから!そこで、あんたらには手本を見せてほしいんだよ!兄妹が力を合わせれば、将軍にだって勝てるって所を皆に見せてほしいんだよ!」
クレアは、甚だしいまでの無謀を強いてきたが、不思議と拒む気にはならなかった。大きな期待を寄せられているからだろうか。それとも、情熱的なクレアの雰囲気が琴線に触れたからだろうか。双子は、クレアの頼みに対し、うんと小さく頷く事で応えた。
エシレウスは、トロンの不格好をせせら笑う事もなく、戦う姿勢を貫いてくれていた。いまだトロンを敗者と見做していない何よりの証左である。住人の意思に反し、大再起は続行されるのだ。ところが、凱旋の時は唐突に訪れた。
ずかずかと住人の囲いを突き破り、メルヘンが泥土の前に躍り出た。その両手には、エラクレス三兄弟が首根っこを掴まれ、なんとも情けない姿で引きずられていた。アンデスやブブゼラはもちろん、行方不明だったはずのポワソンまでもが顔面蒼白となり、まるで勝気な母に帰宅を強制される駄々っ子のような醜態を晒していた。これでは英雄の面目など立たないだろう。三兄弟の登場に皆が一斉に閉口し、気まずい沈黙が流れたが、メルヘンの第一声は雷鳴の如く静寂を裂いた。
「この子らの腐った性根を叩き直しておくれよ、将軍!!」
その口調は、断じてメルヘンのものではなく、どこか荒々しい、それでいて母性愛を感じさせる響きがあった。やはり今のメルヘンには、三兄弟の母、クレア・エラクレスが憑依しているのだ。三兄弟に結束を促すための奥の手として、彼らの母を現世に復活させたのだ。住人は、豹変したメルヘンの言動に唖然とするばかりであったが、その不敵者な態度からは、脳裏に刻まれたかの女将校の勇士を思い起こす事ができた。
クレアは、三兄弟の襟を離すと、泥土の中へと押し入った。トロンの眼前で足を止めた矢先、その頭を乱暴に撫で回しながら「兄妹想いの兄ってのは、あんたかい!」と屈託のない笑顔を向けた。
トロンは、瞬く間に青ざめ、クレアと関わり合う事を億劫に思った。相手とするには苦手な性格の持ち主であったからである。
それはそれとして、クレアは、戸惑うトロンを他所にしてエシレウスの前に進み出ると、剣を泥土に突き立てるばかりの彼に向かって「将軍には、これからウチの三兄弟と戦ってもらいます。でも、その前に!」と言ったかと思うと、シフォンに向かって手招きを繰り返した。
シフォンは、いぶかりながらも手招きに応じ、恐る恐る泥土に足を踏み入れると、トロンの隣まで呼び寄せられた。
まもなく、クレアは双子に面と向かい、期待のこもった熱い口調でこう言った。
「あんたらの事は大体わかってる。なにせ、さっきまでは現世を気ままに彷徨う幽霊だったんだからね。あんたらのシュラプルでの言動は、こっそりと見聞きさせてもらってたんだ。でも、昔の事を責めようってわけじゃないんだよ。今大事なのは、あの腐った三兄弟に兄弟の絆がもたらす底力ってのを見せつけてやる事なんだから!そこで、あんたらには手本を見せてほしいんだよ!兄妹が力を合わせれば、将軍にだって勝てるって所を皆に見せてほしいんだよ!」
クレアは、甚だしいまでの無謀を強いてきたが、不思議と拒む気にはならなかった。大きな期待を寄せられているからだろうか。それとも、情熱的なクレアの雰囲気が琴線に触れたからだろうか。双子は、クレアの頼みに対し、うんと小さく頷く事で応えた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる