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流せ、綴れ、情愛
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翌朝は、あいにくの曇り空であったが、エシレウスの心情は青天のように澄み渡っていた。新たなシュラプルの隆盛を夢見ていたからである。降りかかる困難を乗り越えるには、武力だけでなく、固い結束も必要不可欠である。その事を皆に思い出させるために、今朝中にはシュラプルを一致団結させなければならない。現世に留まるには限りがあり、よってシュラプルの未来を見届ける事は叶わないが、それでも繁栄の礎を築き上げるべく、粉骨砕身の覚悟をしていた。これから先の事は、この肉体の主、タフに見届けてもらいたい。そう切に願い、そのために必要な知識を与え続けてきたつもりであった。短い間ではあるが自らと五感を共有し、また、記憶すらも分け与え、今ではタフの言動も人並みとなっていよう。生まれ変わった彼には、エシレウスの名だけでなく、人としての使命をも受け継いでもらいたい。その使命とは、万人への愛を成し遂げる事である。底なしの愛さえ心に宿していれば、自然はもちろんの事、人間同士の諍いすらも乗り越えられるとエシレウスは信じているのだ。そして、その想いの片鱗だけでも、置き土産として残して逝きたいのだ。押しつけがましい事この上なく、鬱陶しく思われるかもしれないが、このエシレウスの死に免じて許せ、息子よ。
さて、これから大再起が再開される。そのために泥土をこしらえ、新たな闘技場は整えられている。あとは、メルヘンを信じ抜き、三兄弟の到来を待ちわびるのみである。エシレウスは、教会のある高台から村中を臨み、声高にこう叫んだ。
「シュラプルよ!!遂に強者は、終止符を打つ!!大再起は、たった一人の強者を選び出し、その者こそがシュラプルの運命を定めるのだ!!いまだ残りし強者は、ここへ来て、勇ましく名乗りを上げよ!!次なる戦いこそが、シュラプルの存亡を懸けた、真の決戦となるであろう!!」
敗者となった住人は、村中からエシレウスを見上げ、その強者の雄叫びを聞いている事しかできなかった。ひとたび敗者となった者は、強者に挑む事を許されず、女々しく傍観する事を強いられる。それが大再起の掟であり、皆は自ずから遵守していた。ところが、掟を蔑ろにする者が現れた。大再起はシュラプルの人間でなければ参加する事ができないにもかかわらず、部外者たるトロン・F・レインは、悠然と高台を登りきると、エシレウスの面前に姿を現したのである。
「俺がシュラプルの運命を背負って立つ」
エシレウスは面食らった。三兄弟ではなく、双子の片割れが名乗りを上げたからである。「大再起の掟は知っていよう。シュラプルの強者は、シュラプルの住人でなければならない」
「大再起における戦いは、一対一でなければならない、ともある。だが、その掟をアンタは自ら捻じ曲げた」トロンは、歴戦の剣を静かに引き抜いた。「俺は強者を志す。シュラプルに愛を思い出させるために」
エシレウスは、考えるような素振りを見せ、少しだけ間を置いたのち、「ならば、この神速のエシレウスに打ち勝ってみせよ」とトロンの参加を承諾した。
エシレウスは、泥土の闘技場へと歩みを進め、その後をトロンは追従した。やがて、難色を示した全住人が、群れとなって高台を駆け上がり、泥土を取り囲むと、銘々が不服を唱え始めた。シュラプルの存亡を部外者に任せていいはずがない、その一点において住人は譲歩できずにいたのだ。多くの野次が飛び交ってはいたが、それでも大再起は開始された。強者の戦いに弱者が付け入る隙などないのだ。
トロンとエシレウスは、泥土に靴を沈めつつも向かい合わせに剣を構えた。すると、二人から漂う張り詰めたような緊張感が、たちどころに住人を黙らせた。しかし、静寂も束の間、トロンは泥土を蹴ってエシレウスに踏み込んでいったが、すぐに強者の洗礼を受ける事となる。狩人であるため多少なりとも腕に覚えがあったのだが、エシレウスの剣に早くも鼻を折られそうになったのだ。神速の異名は伊達ではなく、エシレウスの剣捌きは筆舌に尽くしがたいほどに極まっていた。体感してみると、側目で見ていた時よりも遥かに速く感じられ、自らの井蛙の見を痛感した。これほどの強者を相手によく立ち向かってみせたものだ、とシュラプルの住人に人知れず敬意を払った。敗者は、なるべくして敗者となるのだろうが、彼らは敗者ではなく、精神の強者なのだ。尻尾を巻くという言葉がシュラプルにはないのだ。たとえ自然の脅威に敗北し、故郷から退こうとも、精神だけは何物にも屈してはいないのだ。トロンは、シュラプルの精神を図らずも学び取った。そのせいか、不思議とエシレウスに拮抗できていた。自らの生半可な腕では一蹴されるかと思いきや、望外の戦いだった。なぜかしら体がひとりでに動き、神速の剣に順応できているのだ。その全身を操られるような感覚は、歴戦の剣に宿った自我によるものだった。剣に刻まれし戦いの歴史が、トロンに神がかった力を貸し与えていたのだ。
大再起の最中、群衆をかき分けシフォンが飛び出してくると、トロンに向かって「お兄様!!あともう少しで来ます!!」と声をかけた。
すると、トロンを操っていた不可視の糸が切れ、全身が意のままに動かせるようになってしまった。シフォンの姿がちらついたからなのか、あるいは、その声が耳障りに聞こえたからなのか、なんにせよトロンを支配していた集中が途切れ、歴戦の剣は無情にも力を取り上げてしまったのだ。こうなってしまっては成す術もない。たちまち劣勢となり、とどめの一撃といわんばかりに大振りの一撃を食らわされ、あっけなく泥土の上を転げ回っていった。
さて、これから大再起が再開される。そのために泥土をこしらえ、新たな闘技場は整えられている。あとは、メルヘンを信じ抜き、三兄弟の到来を待ちわびるのみである。エシレウスは、教会のある高台から村中を臨み、声高にこう叫んだ。
「シュラプルよ!!遂に強者は、終止符を打つ!!大再起は、たった一人の強者を選び出し、その者こそがシュラプルの運命を定めるのだ!!いまだ残りし強者は、ここへ来て、勇ましく名乗りを上げよ!!次なる戦いこそが、シュラプルの存亡を懸けた、真の決戦となるであろう!!」
敗者となった住人は、村中からエシレウスを見上げ、その強者の雄叫びを聞いている事しかできなかった。ひとたび敗者となった者は、強者に挑む事を許されず、女々しく傍観する事を強いられる。それが大再起の掟であり、皆は自ずから遵守していた。ところが、掟を蔑ろにする者が現れた。大再起はシュラプルの人間でなければ参加する事ができないにもかかわらず、部外者たるトロン・F・レインは、悠然と高台を登りきると、エシレウスの面前に姿を現したのである。
「俺がシュラプルの運命を背負って立つ」
エシレウスは面食らった。三兄弟ではなく、双子の片割れが名乗りを上げたからである。「大再起の掟は知っていよう。シュラプルの強者は、シュラプルの住人でなければならない」
「大再起における戦いは、一対一でなければならない、ともある。だが、その掟をアンタは自ら捻じ曲げた」トロンは、歴戦の剣を静かに引き抜いた。「俺は強者を志す。シュラプルに愛を思い出させるために」
エシレウスは、考えるような素振りを見せ、少しだけ間を置いたのち、「ならば、この神速のエシレウスに打ち勝ってみせよ」とトロンの参加を承諾した。
エシレウスは、泥土の闘技場へと歩みを進め、その後をトロンは追従した。やがて、難色を示した全住人が、群れとなって高台を駆け上がり、泥土を取り囲むと、銘々が不服を唱え始めた。シュラプルの存亡を部外者に任せていいはずがない、その一点において住人は譲歩できずにいたのだ。多くの野次が飛び交ってはいたが、それでも大再起は開始された。強者の戦いに弱者が付け入る隙などないのだ。
トロンとエシレウスは、泥土に靴を沈めつつも向かい合わせに剣を構えた。すると、二人から漂う張り詰めたような緊張感が、たちどころに住人を黙らせた。しかし、静寂も束の間、トロンは泥土を蹴ってエシレウスに踏み込んでいったが、すぐに強者の洗礼を受ける事となる。狩人であるため多少なりとも腕に覚えがあったのだが、エシレウスの剣に早くも鼻を折られそうになったのだ。神速の異名は伊達ではなく、エシレウスの剣捌きは筆舌に尽くしがたいほどに極まっていた。体感してみると、側目で見ていた時よりも遥かに速く感じられ、自らの井蛙の見を痛感した。これほどの強者を相手によく立ち向かってみせたものだ、とシュラプルの住人に人知れず敬意を払った。敗者は、なるべくして敗者となるのだろうが、彼らは敗者ではなく、精神の強者なのだ。尻尾を巻くという言葉がシュラプルにはないのだ。たとえ自然の脅威に敗北し、故郷から退こうとも、精神だけは何物にも屈してはいないのだ。トロンは、シュラプルの精神を図らずも学び取った。そのせいか、不思議とエシレウスに拮抗できていた。自らの生半可な腕では一蹴されるかと思いきや、望外の戦いだった。なぜかしら体がひとりでに動き、神速の剣に順応できているのだ。その全身を操られるような感覚は、歴戦の剣に宿った自我によるものだった。剣に刻まれし戦いの歴史が、トロンに神がかった力を貸し与えていたのだ。
大再起の最中、群衆をかき分けシフォンが飛び出してくると、トロンに向かって「お兄様!!あともう少しで来ます!!」と声をかけた。
すると、トロンを操っていた不可視の糸が切れ、全身が意のままに動かせるようになってしまった。シフォンの姿がちらついたからなのか、あるいは、その声が耳障りに聞こえたからなのか、なんにせよトロンを支配していた集中が途切れ、歴戦の剣は無情にも力を取り上げてしまったのだ。こうなってしまっては成す術もない。たちまち劣勢となり、とどめの一撃といわんばかりに大振りの一撃を食らわされ、あっけなく泥土の上を転げ回っていった。
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