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信条に架ける風
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三人は、ウッドチャックの巣穴に引き返し、一旦は難を逃れた。しかし、シフォンは、トロンと引き離された事に大層腹を立て、融通を利かせたはずのウェザーに対し、八つ当たりにも似た言葉を浴びせた。
「なぜ邪魔をしたのです!?せっかくお兄様と再会できたのに!!」
「愛しの兄を人斬りにはしたくないでしょう」ウェザーは、非難を物ともせず、事も無げに言った。「あらかじめ断言しておきますが、言葉だけではトロンの目を覚ます事はできません。彼の裏で糸を引く強大な権威を取り除かない限りは、どんな言葉を投げかけても無意味です。残念ですが、兄の事はもう忘れてしまいなさい」
「じゃあ、雲上に行って、天仔をひっぱたけばいいんだね」スコアは、進退両難な状況に置かれているにもかかわらず、軽々と言い除けた。
「ひっぱたくだなんて…」シフォンは、苛立った気を収めると、嘆息混じりに「わたしだってミハルを懲らしめたいのは山々なのですが、彼は権威に見合うだけの実力を身に着けていますし、わたしたち三人だけではとても…」
「私を頭数に入れないでほしいですね」ウェザーは、すかさず訂正した。「天仔に挑むのは勝手ですが、私は御免蒙りたいですね。助かる命をみすみす捨てたくはありませんしね」
「わかりました。お兄様を助けるために、わたしとスコアだけでも行きます」シフォンは、トロンを救うべく敢然と立ちあがった。
「ねぇ、思ったんだけどさ。救世主に直談判してみればいいんじゃない?」スコアは、思い切って死中求活を試みた。「結局の所、救世主を味方につけてしまえば、天仔なんかどうにでもなるよ。トロンを導いてたのはミハルの演じた偽物だし、もしかしたら本物はボクらを助けてくれるかもしれないよ」
「いいんですか。救世主に直談判するとなれば、天仔たちが黙ってはいませんよ」ウェザーは、覚悟のほどを問うた。
「仕事だしねぇ。やるっきゃないかなぁ」スコアは、楽観したように答えた。
シフォンもまた、大きく頷くと、それを確認したウェザーは「身の程知らずも甚だしいですが、まぁ、いいでしょう。私も救世主の正体には、興味がありますしね…」
「あれ?一緒に来るんだ」スコアは、手の平を返すウェザーを意外に思ったが、なによりも味方は多い方がよい。「それよりもさ、いい方法を思いついてるんだ。種を植えるのに良い場所があるんだよ」
スコアに引率されるがままに巣穴を進むと、暗い地下を通じてヘイヴンへと忍び寄った。地中より豆の木を伸ばしてしまえば、流石の天仔も大いに仰天するに違いない、そうスコアは企んでいたのだ。しかしながら、その行く先である雲上は、彼女らにとっての鬼門である。いくら奮闘しようが敗北は必至であるが、それでも救世主の元へとたどり着ければ御の字である。シフォンは是が非でも成し遂げようと自らを奮い立たせていたが、スコアにとっては、所詮仕事でしかなく、トロンに対する情は薄い。確かに薄いが、それでも借りを返してやるつもりでいた。あの渦中から自らを救い出してくれなければ、今頃は悪の藻屑と消えていただろう。あまつさえ、宥免してくれなければ、世界を悪しきものとして憎悪し続けていただろう。そんな少なからぬ恩を感じていたのである。
いくらかのウッドチャックを側目にかきながらも進んでいる道中、思いがけず三人は足を止めた。第七位の権威を有する天仔、シェイ・P・リンスが行く手に立ち塞がったからである。
「いたちごっこは、もう終いにしよう」シェイは、光り輝く純白の翼を背に生やし、三人を通すまいと単身対峙した。「巣穴を掘られてばかりでは、きりがない。どのみち雲上に昇れば、僕らとの戦いは避けられないよ」
「通してください!」シフォンは、勇猛にも進み出た。「わたしは、お兄様を取り返したいだけなんです!ミハルの権威から、お兄様を自由にしたいだけなんです!」
「兄に会いたければ、君も彼と同じように己が宿命に従うといい。たったそれだけで、兄と一緒になれるんだ」シェイは、神妙な面持ちで語りかけた。
「いえ!わたしは、従いません!わたしだけでなく、お兄様も!」シフォンは、凛然として言い切った。
「ならば、その意志、試してやろうか」
その言葉から程なくして、三人の道程を追跡するようにして巣穴に木の根が張り巡らされた。それらは大木に根差したものらしく頑強であり、さながら天然の鉄格子であった。たちどころに三人の退路を断つと、さらには、怒涛の勢いで押し迫ろうとしてきた。
「あの根は、権威による業。捕まったが最後、もはや逃れる事はできない」
そうシェイが教えたものの、その半ば、三人は一目散に駆け出したかと思うと、韋駄天走りに逃げ出した。闇雲に前進し、シェイにも構わず擦れ違い、振り向く余裕すらなく、根の追走を振り切ろうと躍起になって走った。
三人は、疾風の如く駆けてみせたが、それでも根を振り切る事は難しく、差は縮まる一方であった。そこでスコアは身を翻すと、目前に差し迫る根と相対したのち、左手のひらを前に突き出した。すると、自然除けの文字の効力により、ぴたりと根が静止したのである。時間が止まったかのようであったが、あまり長続きはしないだろう、そう誰もが理解していたため、息を吐く間もなかった。それでもスコアの身を挺した時間稼ぎを無駄にするわけにはいかない。シフォンは矢庭に地面を掘り返し、げんぽぽの種子を埋めると、自らの権威をもってこう命じた。
「どうか、天を突き破るほどのカスタノスペルマムに成長してください!」
ところが、豆の木どころか芽すらも出ない。シフォンが、天仔としての宿命を自覚していなかっただけでなく、これまで一度として権威を振るった事がないためである。雲上へ赴くには、より強い権威に縋るしかないのにもかかわらず、今の彼女は権威を操る術に乏しいのだ。神頼みでもしようか。切羽詰まった挙句、そんな情けない考えが脳裏をよぎりもしたが、あのような不確かな存在に命運を託すような事だけはしたくないと頑なになった。
万物を揺り動かすものは、権威ではなく、強い意志だ。シフォンは、兄への強い想いを胸に往来させると、目を閉じ、ただ一心に願った。この想いよ、天まで届け。秘めたる意志が、埋められた種を揺り動かすと、瞬く間に芽が出てきたのも束の間、若木に育ち、天井をも突き破りながら成長を続け、その末には雲上を突き破るほどの巨木へと変貌してみせた。あまりの成長の速さに皆は唖然としたが、何はともあれ、救世主の元へと通ずる道が開通した。三人は、泡を食いつつも大葉を飛び移っていくと、巣穴から脱出し、そのまま天上へと登り詰めたのである。
「なぜ邪魔をしたのです!?せっかくお兄様と再会できたのに!!」
「愛しの兄を人斬りにはしたくないでしょう」ウェザーは、非難を物ともせず、事も無げに言った。「あらかじめ断言しておきますが、言葉だけではトロンの目を覚ます事はできません。彼の裏で糸を引く強大な権威を取り除かない限りは、どんな言葉を投げかけても無意味です。残念ですが、兄の事はもう忘れてしまいなさい」
「じゃあ、雲上に行って、天仔をひっぱたけばいいんだね」スコアは、進退両難な状況に置かれているにもかかわらず、軽々と言い除けた。
「ひっぱたくだなんて…」シフォンは、苛立った気を収めると、嘆息混じりに「わたしだってミハルを懲らしめたいのは山々なのですが、彼は権威に見合うだけの実力を身に着けていますし、わたしたち三人だけではとても…」
「私を頭数に入れないでほしいですね」ウェザーは、すかさず訂正した。「天仔に挑むのは勝手ですが、私は御免蒙りたいですね。助かる命をみすみす捨てたくはありませんしね」
「わかりました。お兄様を助けるために、わたしとスコアだけでも行きます」シフォンは、トロンを救うべく敢然と立ちあがった。
「ねぇ、思ったんだけどさ。救世主に直談判してみればいいんじゃない?」スコアは、思い切って死中求活を試みた。「結局の所、救世主を味方につけてしまえば、天仔なんかどうにでもなるよ。トロンを導いてたのはミハルの演じた偽物だし、もしかしたら本物はボクらを助けてくれるかもしれないよ」
「いいんですか。救世主に直談判するとなれば、天仔たちが黙ってはいませんよ」ウェザーは、覚悟のほどを問うた。
「仕事だしねぇ。やるっきゃないかなぁ」スコアは、楽観したように答えた。
シフォンもまた、大きく頷くと、それを確認したウェザーは「身の程知らずも甚だしいですが、まぁ、いいでしょう。私も救世主の正体には、興味がありますしね…」
「あれ?一緒に来るんだ」スコアは、手の平を返すウェザーを意外に思ったが、なによりも味方は多い方がよい。「それよりもさ、いい方法を思いついてるんだ。種を植えるのに良い場所があるんだよ」
スコアに引率されるがままに巣穴を進むと、暗い地下を通じてヘイヴンへと忍び寄った。地中より豆の木を伸ばしてしまえば、流石の天仔も大いに仰天するに違いない、そうスコアは企んでいたのだ。しかしながら、その行く先である雲上は、彼女らにとっての鬼門である。いくら奮闘しようが敗北は必至であるが、それでも救世主の元へとたどり着ければ御の字である。シフォンは是が非でも成し遂げようと自らを奮い立たせていたが、スコアにとっては、所詮仕事でしかなく、トロンに対する情は薄い。確かに薄いが、それでも借りを返してやるつもりでいた。あの渦中から自らを救い出してくれなければ、今頃は悪の藻屑と消えていただろう。あまつさえ、宥免してくれなければ、世界を悪しきものとして憎悪し続けていただろう。そんな少なからぬ恩を感じていたのである。
いくらかのウッドチャックを側目にかきながらも進んでいる道中、思いがけず三人は足を止めた。第七位の権威を有する天仔、シェイ・P・リンスが行く手に立ち塞がったからである。
「いたちごっこは、もう終いにしよう」シェイは、光り輝く純白の翼を背に生やし、三人を通すまいと単身対峙した。「巣穴を掘られてばかりでは、きりがない。どのみち雲上に昇れば、僕らとの戦いは避けられないよ」
「通してください!」シフォンは、勇猛にも進み出た。「わたしは、お兄様を取り返したいだけなんです!ミハルの権威から、お兄様を自由にしたいだけなんです!」
「兄に会いたければ、君も彼と同じように己が宿命に従うといい。たったそれだけで、兄と一緒になれるんだ」シェイは、神妙な面持ちで語りかけた。
「いえ!わたしは、従いません!わたしだけでなく、お兄様も!」シフォンは、凛然として言い切った。
「ならば、その意志、試してやろうか」
その言葉から程なくして、三人の道程を追跡するようにして巣穴に木の根が張り巡らされた。それらは大木に根差したものらしく頑強であり、さながら天然の鉄格子であった。たちどころに三人の退路を断つと、さらには、怒涛の勢いで押し迫ろうとしてきた。
「あの根は、権威による業。捕まったが最後、もはや逃れる事はできない」
そうシェイが教えたものの、その半ば、三人は一目散に駆け出したかと思うと、韋駄天走りに逃げ出した。闇雲に前進し、シェイにも構わず擦れ違い、振り向く余裕すらなく、根の追走を振り切ろうと躍起になって走った。
三人は、疾風の如く駆けてみせたが、それでも根を振り切る事は難しく、差は縮まる一方であった。そこでスコアは身を翻すと、目前に差し迫る根と相対したのち、左手のひらを前に突き出した。すると、自然除けの文字の効力により、ぴたりと根が静止したのである。時間が止まったかのようであったが、あまり長続きはしないだろう、そう誰もが理解していたため、息を吐く間もなかった。それでもスコアの身を挺した時間稼ぎを無駄にするわけにはいかない。シフォンは矢庭に地面を掘り返し、げんぽぽの種子を埋めると、自らの権威をもってこう命じた。
「どうか、天を突き破るほどのカスタノスペルマムに成長してください!」
ところが、豆の木どころか芽すらも出ない。シフォンが、天仔としての宿命を自覚していなかっただけでなく、これまで一度として権威を振るった事がないためである。雲上へ赴くには、より強い権威に縋るしかないのにもかかわらず、今の彼女は権威を操る術に乏しいのだ。神頼みでもしようか。切羽詰まった挙句、そんな情けない考えが脳裏をよぎりもしたが、あのような不確かな存在に命運を託すような事だけはしたくないと頑なになった。
万物を揺り動かすものは、権威ではなく、強い意志だ。シフォンは、兄への強い想いを胸に往来させると、目を閉じ、ただ一心に願った。この想いよ、天まで届け。秘めたる意志が、埋められた種を揺り動かすと、瞬く間に芽が出てきたのも束の間、若木に育ち、天井をも突き破りながら成長を続け、その末には雲上を突き破るほどの巨木へと変貌してみせた。あまりの成長の速さに皆は唖然としたが、何はともあれ、救世主の元へと通ずる道が開通した。三人は、泡を食いつつも大葉を飛び移っていくと、巣穴から脱出し、そのまま天上へと登り詰めたのである。
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