めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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信条に架ける風

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 ふとした事に光風こうふうを感じたかと思うと、ばたばたと布がはためく音を耳にした。すぐに見遣みやってみると、救世主を覆い隠す純白の帳が、こちらに向かって大きく揺れ動く様を認めた。
 「あっ…!もしかして!」
 トロンやウェザー、ミハルまでもが玉座から立ち上がり、固唾を飲んで帳を見守る中、その黄色い声を上げたのはスコアであった。失血死は免れないと思われた彼女であったが、驚くべき事に、何食わぬ顔で立ち上がると、皆と一体になって熱い視線を注ぎ始めた。これには誰もが面食らった。
「な…何がどうしたんだ一体…!?」トロンは、理解の及ばぬ出来事に唖然するばかりであった。
「傷、治ったみたい」スコアは、血まみれの脇腹をしきりに擦った。「風が吹いたら、いきなり痛みが消えたんだ。理由はわからないけど、やっぱり治ったみたい」
それを聞いたミハルは、愕然とした。「馬鹿な…!!まさか救世主が、あのような不心得者を救ったとでも言うのか!?」
「そっか。救世主がボクを助けてくれたんだ」スコアは、血色のいい顔で小さく頷いた。
「おのれ…!!」ミハルは、成り行きが大層気に食わず、歯ぎしりしながら唸った。
 その折、ウェザーは、唐突に腕を振り上げ、帳を指差した。その指示に従い、燃え盛る火球が宮の通路を駆け抜けてくると、帳に命中し、たちどころに灰と変えた。とうとう救世主のお出ましだ。念願の対面に、ウェザーは心を躍らせたが、思いがけず目を剥いた。
 あろう事か、帳の裏は、もぬけの殻であった。救世主どころか物一つなく、何の変哲もない白い空間が広がっているだけであった。帳を消し去ってはみたものの、思わぬ結果に、皆は肩透かしを食らったが、ミハルだけは憤慨した。
「よくも…!!よくも救世主の御座をけがしたな!!」
 ミハルは、怒りに震える右手を高々と掲げた。すると、鐘楼に安置されていた贖い鐘が、鐘楼より飛来し、宮の通路を抜けた末、ミハルの両手に収まった。まもなく鐘とビーターの一組を構えたかと思いきや、それらを合体させ、ハンドベルを髣髴とさせる形態へと変えてみせた。そして、悠然と両手で構えると、三人に、
「やはり最初からこうしておくべきだったのだ…!救世主の意思をないがしろにする者に対しては、無慈悲に対処するべきだったのだ…!!」
「救世主は、どこ!?誰もいないじゃん!!」スコアは、戸惑ったようにたずねた。
「……そうか。よくよく考えれば、当然の事だったのかもしれません」ウェザーは、ひらめいたように言葉を漏らした。
「察しの良い奴め…。昔からお前はそうだった!」ミハルは、人目をはばからず怒り心頭に発した。「まったく、あのお人好しが!!この男にロザリオのみならず、要らぬ事まで吹き込みおって!!一体全体、余所者にへつらう事に何の意味があるのだ!?」
「まぁ、そう怒らずに。私は、これにて失礼しますから」ウェザーは、すみやかにその場から立ち去ろうとした。
「地獄からの使者は、既にお前の首を捉えているのだぞ!」そこでミハルは、さらに声を張り上げると、「堕天せよ!!意に値せぬ者よ!!」
 その第一位の権威により、宮の通路から腕をかたどった巨大な樹木を引き出すと、ウェザーを不意に鷲掴みさせた。それは雲上を貫きながら伸びるカスタノスペルマムであったが、今はミハルの意によって自在に動かされており、その巨人のような腕からは何人たりとも逃れる事叶わぬ。
「まぁ、目的は果たしましたし…よしとしますか」ウェザーは、尋常ならざる握力に堪え忍んでいたが、まもなく樹木の腕によって宮の外へと引きずり出されてしまった。
 スコアとトロンは、大木をも従えるミハルの権威に驚動し、たじろいだ。彼は、名実ともに第一位の権威の持ち主であり、いまだ底知れぬ力を秘めているのだ。
「今更、怖気付いた所で手遅れだ。お前たちへの処罰は既に決定済みなのだからな」ミハルは、残る二人の外敵を見据えた。「そこの少女は、この私直々に雲上から突き落とし、地獄へと放り込んでやろう。だが、トロン。お前は、この完全となった贖い鐘により、文字通り永久の眠りについてもらう。たとえ私の権威をもってしても、天仔を殺める事は、救世主の意に反するのでな」
「永久の眠りとは、どういう意味だ…!?」トロンは、歴戦の剣を拾い上げつつ答えた。
「宿命を定め直すのだ」ミハルは、一体となった贖い鐘を見せつけるようにして掲げた。「これこそが贖い鐘の本来の姿であり、その力は、これまでをゆうに凌ぐ。武器と化した贖い鐘は、叩きつけた者の宿命を歪め、強制的に定め直す事ができるようになるのだ。その力は、強大であると同時に危険もはらんでおり、それ故に普段は分かたれた状態で使用していたが、お前のような不義の者が現れた今となっては、やむを得ない。今この時をもって、お前は永久の眠りを宿命として定められるのだ!」
「そんな力があるのに、どうしてトロンを眠らせるの!?」スコアは、トロンを守ろうと前に進み出た。「あえて天仔の宿命に従わせないのは、やっぱりトロンの権威を恐れてるからなんでしょ!?トロンに地位を奪われるのが怖いんでしょ!?」
「黙れ!!誰も私の権威を凌駕する事はできんのだ!!」
 せめてスコアをここから脱出させねば。トロンは、少しばかりの時間を稼ぐべく、猛然とミハルに斬りかかった。
「下郎が!!」ミハルは、贖い鐘を大きく振るうと、降りかかる刃を易々と弾き飛ばし、さらには、態勢を崩したトロンをも殴りつけようと再度振りかざした。「悔い改めよ!!そして、その目を閉じるがいい!!」
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