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不死鳥の背の上で
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それから間を置かず、トロンは、掘っ建て小屋からほど近い所にて、装甲車に鉄板を手際よく組み付ける四人の仔を発見した。もっとも、その装甲車は、廃棄されたマイクロバスそのものであり、正常に駆動するかも疑わしいほどの廃物にしか見えなかった。それはともかくとして、車体に鉄板を釘で打ち付けるルルリリの姿を認めたので、それとなく問いかけようと質問を厳選していると、向こうから声をかけられた。
「あ、来た」ルルリリは、その手を休めると、トロンに歩み寄り、金槌を差し出した。「はい、手伝って。力仕事は、男の方が得意でしょ」
トロンは、金槌を手に取りはしたが、その場から一歩たりとも動こうとはしなかった。「それよりも聞きたい事がある…」
「口よりも手を動かして」ルルリリは、質問の滑り出しを潰すように言葉を被せた。「時間がないんだから。あの車でここから脱出するんだから早く完成させないと。宿命稼ぎの目を掻い潜って、しかも何日もかけて整備したんだから、いよいよ大詰めよ。さ、手伝って」
装甲車が完成するまでは、とても取り合ってもらえそうにない。トロンは、急いた足取りで装甲車に寄ったかと思うと、黙々と鉄板を車体に打ち付け始めた。
「あ、命の恩人さん」そうトロンに声をかけ、作業を中断させたのは、喜撰たわみつであった。「さっきは精神的に死にかけてた所を助けていただいて、ほんとにありがとうございました」
その控えめかつ、照れたような口調からは、ほがらかな印象を受けた。幅広な鉄板を瓦礫から担ぎ出す最中のようだが、悠長にも話に興じる姿勢を見せていた。
「恩人さんのおかげで、ぼくは、こうして無事でいられるんですし、何かお礼とかした方がいいですかね?あんまり人にあげられるものは持ってないんですけど」
「気にしなくていい。俺が勝手にした事だ」トロンは、会話もそこそこにして作業に戻った。
たわみつは、話に花が咲かない事を負い目に感じたのか、饒舌を装ってでも会話を切り出した。「あ、恩人さんは、確かガゼットって所から来たと聞いたんですけど、どんな場所なんですか?」
トロンが、ねちっこい駄弁を煩わしく思っていると、突如としてホームズが装甲車の下から顔を出し、無駄口を叩くたわみつの顔面に向かって小さな砂蟹を投げつけた。すると、たわみつは、たかが蟹に恐れをなしたように驚動し、常軌を逸した叫喚を伴いつつも逃げ惑い始めた。期待通りの反応に満足顔を浮かべたホームズは、車の下から這い出ると、上機嫌のままにこう言った。
「作業を放り出して、くっちゃべった罰さ!」
トロンは、たわみつの狂乱ぶりに、いささか心配を覚えた。「もしかして、蟹が嫌いなのか」
「カニだけじゃないぜ。エビとかヤドカリも嫌悪する、いわば甲殻類恐怖症なんだ、たわみつは」ホームズは、打って変わって深刻そうな面持ちになった。「見ての通り、異常なまでに嫌ってんだけど、やっぱトラウマってヤツのせいかな」
ただ一人黙々と装甲車のタイヤを点検していたサニーが、ゆっくりと近寄ってくると、「悪戯は、よくないよ」とホームズをやんわりとたしなめた。
「あんなに大声で喚いてたら、宿命稼ぎが来ちゃうかもな。でも、どのみち、アイツとは決着を付けなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、ここから脱出なんてできないし」そこでホームズは、鬱憤を募らせたかのように語勢の強さを増すと、鼻息を荒くし、「なにより、自然に与するヤツは、皆、ぶっ叩かないと気が済まないんだよ!今、無性にそういう気分だぜ!」
その剣幕にサニーは気後れした矢先、「あれ…?ルルリリちゃんがいないよ…」と呟いた。
その言葉通り、周囲にルルリリの姿が見当たらず、与り知らぬ内に忽然と行方をくらましているようだった。途端に、皆は慌てたが、トロンだけは至極冷静であった。子供らの面倒を任された以上、相応の責任が付きまとっていただけでなく、子らの中では年長者たる自身が取り乱していては、恥をかくばかりである。「俺が探しに行く」、それだけ言い残すと、黙々と彷徨に身を投じるのであった。
かすかな人気色を辿っている内に、どこからともなく叱責が飛び交って来たので、その声の方へ誘われてみると、懸命に息吹くスコアに愛の鞭を振るうバスポテトを目撃した。指導の最中、つい熱が入ってしまったのか、宿命稼ぎの脅威も憚らず声高に教鞭を執っており、そんな光景を遠巻きに見つめるトロンは、心ともなく妬心を感じていた。自然に勝るだけの力を切望してはいるものの、いまだに燻ぶってばかりいる自分に腹が立ち、悲壮を映した眼差しを注いでいると、巧まずして、物陰から指導の様子を盗み見るルルリリが目に留まった。そっと背後に近づいてみたが、静観に夢中であったため、軽く肩を叩いてみると、ぎょっとした表情を振り向きざまに見せつけられた。
「な…なによ…!びっくりさせないで…!」ルルリリは、激しく動揺し、抱え込んだ金魚鉢から清水を少々こぼしながらも小声で憤った。
「何をしている」トロンは、何食わぬ顔でたずねた。
「なんだっていいじゃない」ルルリリは、気を落ち着けると、そっけなく答えた。
「アイツが羨ましいんじゃないのか」トロンは、虹色の光彩をわずかに口から吐き出すスコアに目をやった。
ルルリリは、暫し返答に窮したが、やがては口惜しい心持ちを吐露した。「そうよ…!本当なら今頃あたしだって…!時間がないって言うのに…!いつまでも立ち止まってるわけにはいかないのに…!いつまで経っても、廻文字が手に入らないままじゃ、どうしようもないじゃない…!」
「なぜそれほどまでに廻文字を欲しがる?」
「あんたには関係ないでしょ…!廻文字も持ってないくせに、差し出がましいのよ…!」
「その通りだな。別に言いたくないなら、それでもいい」
その薄情な物言いに、ルルリリは拗ねたのか、意地になって自ずから私事を打ち明けた。「……故郷を救いたいのよ。“アビシー”って言って、海底にある秘密の集落なんだけど、実は数年前から崩壊の危機に立たされているの。でも、廻文字があれば、どうにかなるかもしれないって聞いたから、あたし、故郷を抜け出してきたのよ。廻文字を手に入れるためだけに。でも、もう駄目かもしれないわね…」
トロンは、静聴に徹していた折、質問を投げかけた。「その事はバスポテトに話したのか」
「ええ…。でも、諦めろ、だって…。廻文字を手に入れるのは無理だって…。あの人、ゴルデミッドの人だから物知りだし、どうにかしてくれると思ったんだけどね…。せっかく原初まで持ち出してきたのに、意味なんて何もなかった…」
「もし廻文字のために原初の悪を作ろうとしているのなら、やめておけ。多くの人々を犠牲にしてまで手に入れる代物ではない」
「ううん。あたしは、“原初の善”を作るの。人々を強い希望で満たせば生まれるらしいんだけど、あまり詳しくなくて」
「だが、それを作った所で、それだけでは廻文字を手に入れた事にはならない」
「馬鹿ね。その手には乗らないんだから」ルルリリは、急に小生意気を言ったかと思うと、トロンの来た道を足早に辿り始めた。「あんただって廻文字が欲しいんでしょ。だったら、あたしにとっては目の上の瘤でしかないのよ」
トロンは、思い違いをされているように感じたが、決して誘導尋問をしたつもりはない。ただ、話を聞き、受け答えをしていただけであるのに、謂れのない敵対心を抱かれてしまった。存外気にも留まらず、無事にルルリリも発見したため、すみやかに装甲車へと引き返した。
「あ、来た」ルルリリは、その手を休めると、トロンに歩み寄り、金槌を差し出した。「はい、手伝って。力仕事は、男の方が得意でしょ」
トロンは、金槌を手に取りはしたが、その場から一歩たりとも動こうとはしなかった。「それよりも聞きたい事がある…」
「口よりも手を動かして」ルルリリは、質問の滑り出しを潰すように言葉を被せた。「時間がないんだから。あの車でここから脱出するんだから早く完成させないと。宿命稼ぎの目を掻い潜って、しかも何日もかけて整備したんだから、いよいよ大詰めよ。さ、手伝って」
装甲車が完成するまでは、とても取り合ってもらえそうにない。トロンは、急いた足取りで装甲車に寄ったかと思うと、黙々と鉄板を車体に打ち付け始めた。
「あ、命の恩人さん」そうトロンに声をかけ、作業を中断させたのは、喜撰たわみつであった。「さっきは精神的に死にかけてた所を助けていただいて、ほんとにありがとうございました」
その控えめかつ、照れたような口調からは、ほがらかな印象を受けた。幅広な鉄板を瓦礫から担ぎ出す最中のようだが、悠長にも話に興じる姿勢を見せていた。
「恩人さんのおかげで、ぼくは、こうして無事でいられるんですし、何かお礼とかした方がいいですかね?あんまり人にあげられるものは持ってないんですけど」
「気にしなくていい。俺が勝手にした事だ」トロンは、会話もそこそこにして作業に戻った。
たわみつは、話に花が咲かない事を負い目に感じたのか、饒舌を装ってでも会話を切り出した。「あ、恩人さんは、確かガゼットって所から来たと聞いたんですけど、どんな場所なんですか?」
トロンが、ねちっこい駄弁を煩わしく思っていると、突如としてホームズが装甲車の下から顔を出し、無駄口を叩くたわみつの顔面に向かって小さな砂蟹を投げつけた。すると、たわみつは、たかが蟹に恐れをなしたように驚動し、常軌を逸した叫喚を伴いつつも逃げ惑い始めた。期待通りの反応に満足顔を浮かべたホームズは、車の下から這い出ると、上機嫌のままにこう言った。
「作業を放り出して、くっちゃべった罰さ!」
トロンは、たわみつの狂乱ぶりに、いささか心配を覚えた。「もしかして、蟹が嫌いなのか」
「カニだけじゃないぜ。エビとかヤドカリも嫌悪する、いわば甲殻類恐怖症なんだ、たわみつは」ホームズは、打って変わって深刻そうな面持ちになった。「見ての通り、異常なまでに嫌ってんだけど、やっぱトラウマってヤツのせいかな」
ただ一人黙々と装甲車のタイヤを点検していたサニーが、ゆっくりと近寄ってくると、「悪戯は、よくないよ」とホームズをやんわりとたしなめた。
「あんなに大声で喚いてたら、宿命稼ぎが来ちゃうかもな。でも、どのみち、アイツとは決着を付けなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、ここから脱出なんてできないし」そこでホームズは、鬱憤を募らせたかのように語勢の強さを増すと、鼻息を荒くし、「なにより、自然に与するヤツは、皆、ぶっ叩かないと気が済まないんだよ!今、無性にそういう気分だぜ!」
その剣幕にサニーは気後れした矢先、「あれ…?ルルリリちゃんがいないよ…」と呟いた。
その言葉通り、周囲にルルリリの姿が見当たらず、与り知らぬ内に忽然と行方をくらましているようだった。途端に、皆は慌てたが、トロンだけは至極冷静であった。子供らの面倒を任された以上、相応の責任が付きまとっていただけでなく、子らの中では年長者たる自身が取り乱していては、恥をかくばかりである。「俺が探しに行く」、それだけ言い残すと、黙々と彷徨に身を投じるのであった。
かすかな人気色を辿っている内に、どこからともなく叱責が飛び交って来たので、その声の方へ誘われてみると、懸命に息吹くスコアに愛の鞭を振るうバスポテトを目撃した。指導の最中、つい熱が入ってしまったのか、宿命稼ぎの脅威も憚らず声高に教鞭を執っており、そんな光景を遠巻きに見つめるトロンは、心ともなく妬心を感じていた。自然に勝るだけの力を切望してはいるものの、いまだに燻ぶってばかりいる自分に腹が立ち、悲壮を映した眼差しを注いでいると、巧まずして、物陰から指導の様子を盗み見るルルリリが目に留まった。そっと背後に近づいてみたが、静観に夢中であったため、軽く肩を叩いてみると、ぎょっとした表情を振り向きざまに見せつけられた。
「な…なによ…!びっくりさせないで…!」ルルリリは、激しく動揺し、抱え込んだ金魚鉢から清水を少々こぼしながらも小声で憤った。
「何をしている」トロンは、何食わぬ顔でたずねた。
「なんだっていいじゃない」ルルリリは、気を落ち着けると、そっけなく答えた。
「アイツが羨ましいんじゃないのか」トロンは、虹色の光彩をわずかに口から吐き出すスコアに目をやった。
ルルリリは、暫し返答に窮したが、やがては口惜しい心持ちを吐露した。「そうよ…!本当なら今頃あたしだって…!時間がないって言うのに…!いつまでも立ち止まってるわけにはいかないのに…!いつまで経っても、廻文字が手に入らないままじゃ、どうしようもないじゃない…!」
「なぜそれほどまでに廻文字を欲しがる?」
「あんたには関係ないでしょ…!廻文字も持ってないくせに、差し出がましいのよ…!」
「その通りだな。別に言いたくないなら、それでもいい」
その薄情な物言いに、ルルリリは拗ねたのか、意地になって自ずから私事を打ち明けた。「……故郷を救いたいのよ。“アビシー”って言って、海底にある秘密の集落なんだけど、実は数年前から崩壊の危機に立たされているの。でも、廻文字があれば、どうにかなるかもしれないって聞いたから、あたし、故郷を抜け出してきたのよ。廻文字を手に入れるためだけに。でも、もう駄目かもしれないわね…」
トロンは、静聴に徹していた折、質問を投げかけた。「その事はバスポテトに話したのか」
「ええ…。でも、諦めろ、だって…。廻文字を手に入れるのは無理だって…。あの人、ゴルデミッドの人だから物知りだし、どうにかしてくれると思ったんだけどね…。せっかく原初まで持ち出してきたのに、意味なんて何もなかった…」
「もし廻文字のために原初の悪を作ろうとしているのなら、やめておけ。多くの人々を犠牲にしてまで手に入れる代物ではない」
「ううん。あたしは、“原初の善”を作るの。人々を強い希望で満たせば生まれるらしいんだけど、あまり詳しくなくて」
「だが、それを作った所で、それだけでは廻文字を手に入れた事にはならない」
「馬鹿ね。その手には乗らないんだから」ルルリリは、急に小生意気を言ったかと思うと、トロンの来た道を足早に辿り始めた。「あんただって廻文字が欲しいんでしょ。だったら、あたしにとっては目の上の瘤でしかないのよ」
トロンは、思い違いをされているように感じたが、決して誘導尋問をしたつもりはない。ただ、話を聞き、受け答えをしていただけであるのに、謂れのない敵対心を抱かれてしまった。存外気にも留まらず、無事にルルリリも発見したため、すみやかに装甲車へと引き返した。
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