めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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不死鳥の背の上で

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 そして、魚影が浮上すると、一頭の巨大な鯨が海面を裂いて姿を現し、浜に乗り上げると、皆は騒然とした。とりわけ、たわみつは、おぼつかない足取りで河童に走り寄ると、こう口走った。
「まさか、勇魚いさなを連れてきてくれたのか!?」
河童は、アヒルのような鳴き声を短く発すると、それをしかりとした。
「ちょっとなんなのよ、その鯨はっ!?」ルルリリは、遠巻きから声を張ってたずねた。
「勇魚だよ!心配しなくても、こいつは味方だから!」たわみつは、手のひらを返したように明るく、笑みを絶やさなかった。「この勇魚に乗って行けば、ここから脱出できるかも!」
 巨躯きょくの迫力に当てられた皆は、恐る恐る歩み寄り、ようやく鯨の前までやってくると、その黒い体躯を間近から観察した。喉から胸にかけて幾重にも溝が刻まれ、そのせいで表れた白い縦筋模様が、古老の威厳をかもし出すための作り髭に誇張されて見える。このような立派な鯨を眺めていると、その背に乗り、文明の最果てから悠々と脱出する様相を、自ずから思い描いてしまう。ふてぶてしくも堂々とした佇まいで息衝くばかりの黒船は、我々を何処かへ導くのだろうか。
「この鯨、乗っても大丈夫なのかよ?」ホームズは、疑心暗鬼を隠す事なく言った。
「人には慣れてるけど、どこへ行くかは、こいつの気分次第さ」たわみつは、急いたように答えると、「こんなに目立つ勇魚が現れたんだし、宿命稼ぎに見つかる前に早く乗った方がいいかも」と皆を煽り立てた。
「ちょっと待ちなさいよ!バスポテトを見捨てていくつもり!?」ルルリリは、臆病風に吹かれるばかりのたわみつに詰め寄った。「鯨に乗るのは、宿命稼ぎからバスポテトを助けてからよ!」
「でも、また宿命稼ぎと出くわすくらいなら、いっそ死にたい…」たわみつは、しどろもどろに弱音を吐く最中、人知れず鯨に向けて奇異な唸り声を上げるスコアを目にし、思わず言葉を呑んだ。
 その不気味な低音は、鯨を揺り動かし、まもなく低唱させると、おどろおどろしい二重唱を共に奏で始めたので、皆は狐につままれたような心持ちになった。
 やがて歌唱が一段落したのを見計らうと、トロンは制止させるように口を入れた。「宿命稼ぎをおびき寄せるつもりか。それとも、遊んでいるだけなのか」
「わかってないなぁ」スコアは、呆れたように言った。「セイズだよ。こうやって仲良くなっとけば、この鯨を操れるからさ。そうすれば、ボクらの行きたい所に行けるようになるよ」
あらゆる動物を従わせるセイズをもってすれば、鯨でさえも意のままに操る事ができる。トロンは、表情こそ硬いままであったものの、内心では、スコアに対する認識を改めていた。抜かりなく操舵そうだの手筈を整えるとは感心した、そう思ったのも束の間、鉄屑が擦れ合うような異音を耳にすると、招かねざる客の到来を予感し、咄嗟に周囲を見回した。
 塵芥にまみれた砂浜から鯨の元を訪問した者とは、鉄鎖を肩に担ぎ、漆黒の棺桶を引きずる宿命稼ぎに相違なかった。重い棺桶を引きずってくるのは相応の労力を求められ、それ故に滲ませた陰鬱とした表情が鯨に向いた途端、一驚に緩んだ。彼が取り返すべき獲物をわざわざ運んできてくれたのは好都合であった半面、それ以上の危機が押し迫っている事は自明であったし、ましてや喜びに浸る者など皆無に思われたが、存外当てが外れた。宿命稼ぎの姿を見るや否や、ホームズとルルリリは二人して奮い立ち、進んで戦いを挑もうと声を荒らげたのである。
「やい、そっちから出てくるとは、いい度胸だぜ!」ホームズは、怒声をもって言い寄った。
「あたしだって…!ようやく廻文字を手に入れたんだから!」ルルリリは、託されたナイフを懐から取り出すと、ふと紫に輝いていたはずの廻文字が青白く変色していた事に気付き、思わず声を潜めて首を傾げた。「…あれ?色が変わってる」
「色なんかどうでもいいに決まってんだろ!!」ホームズは、ますます語勢を増し、怒りの様相を顕著にした。「こうなったら、命懸けだ!!あの宿命稼ぎを倒すには、もう懸けるしかねぇ!!」
 二人の勇み足を阻止するべく、ひとまずトロンは、宿命稼ぎに言い寄るホームズに迫り、その腕を掴むと、強引に足を止めさせた。
言うまでもなくホームズは、反抗し、怒鳴り散らした。「離せよっ!!廻文字を持ってないヤツは、引っ込んでろよっ!!」
「今の俺たちでは、あの男には敵わない。無駄な犠牲になるくらいなら、いっそ逃げた方がいい」トロンは、腕尽くで引き留めつつ言った。
「このまま尻尾巻いて逃げるだなんて、できるかよっ!!もうオレには、戦うしか道が残されてないんだよっ!!」ホームズは、思い詰めたようにがなり立てた。
「ガキに戦いは似合わねぇよ」宿命稼ぎは、出し抜けに声をかけた。「戦いは、大人のたしなみさ。そう、大人だけのな」
「うるせぇ!!戦いに大人も子どももあるか!!」
 一触即発の気配の中においても、話が堂々巡りになる事を気怠けだるく思った宿命稼ぎは、おもむろに骨製の施条銃を構え、その照準をホームズに突きつけると、暗に脅かした。それでもホームズは怯む事なく、憤怒に勇み立っており、悶着に備えていた。ルルリリも、廻文字の刻まれたナイフを強く握りしめ、意を強くすると、進んで同志に並び立った。片や、たわみつは、河童の手を借りつつも鯨によじ登ろうと躍起になり、また、スコアとサニーは、進み出た三人の背中をただ見守っていた。しかし、その中でもトロンだけは、戦う気概を持ってはいなかった。むしろ戦いを避ける手段を一生懸命に巡らせていた。このまま抗戦を許せば、宿命稼ぎの餌食となり、全滅の可能性も視野に入ってくる。犠牲となったバスポテトの想いをふいにできず、ましてや、己が野心を道半ばで終わらせるわけにもいかず、ここは是が非でも逃げ果せたいと切望した。
 すると、降って湧いた幸運、鯨が頭頂部から奔流ほんりゅうのような噴気を放出したかと思うと、たちまち一帯は怪雨に見舞われた。水晶玉のような物体が雨に混じって降り注ぎ、地面に触れた途端、音を立てて割れると、その鋭い破片が見境なく飛び交った。たまらず皆はすくんだが、降りしきる飛礫つぶてに居た堪れなくなり、まもなく逃げ散っていった。黄色い声が鳴り響く中、トロンは、雨宿りできる場所を求めて駆けずり回っていると、こちらに背を向けて逃走を試みる宿命稼ぎの姿を認め、さらには、その足跡を辿るように引きずられる棺桶に着目した。図らずも好機を見出すと、真鍮の魔笛を取り出し、満を持して吹き鳴らそうとした矢先、突如として潮吹きの勢いが増した事により、いよいよ身の置き所がなくなり、気忙しさに吹奏もままならなくなった。それでも押して、宿命稼ぎに目をやると、ふいにジェスチャーを送られた。自分の両目をピースサインの二本の指先で指したのち、そのまま手を相手に向けるという、いわゆる“見張っている”という意を表すものである。そんな挑発めいた行動に憤りを感じはしたが、我慢の限界も近く、脇目も降らずにその場から逃げ去った。怪雨の届かぬ先に向けて、ただの一人、ひたすらに疾走した。
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