めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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不死鳥の背の上で

20(終)

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 その頃になると、いよいよ海も時化しけたようで、荒立つ押し波にトロンと宿命稼ぎは危うく呑まれそうになった。ところが、そんな荒海を尻目に、二人は、我を忘れて物思いにふけた。やがてトロンは、残された軽銀の魔笛を手に取ると、静かに立ち上がり、宿命稼ぎと向かい合った。文明の最果てに、たった一人取り残された彼は、ようやく自分のためだけに覚悟を決める事ができた。この場にて雌雄を決し、堂々と陸路から脱出するのである。幸いにして、サニーが戦うだけの力を残して行ってくれたため、十二分に拮抗きっこうする事ができる。ところが、宿命稼ぎは、存外もっと正々堂々とした立ち合いを望んでおり、施条銃を捨てると、ふいに話を持ち掛けた。
「もうお互いに満身創痍って感じだな。だったら、どうだい?ここは潔く決闘といこうじゃねぇか。実に手っ取り早く、それでいて公平な決闘だ」
「どういう風の吹き回しだ。姑息な手段で散々追い回してきたアンタが」トロンは、言うまでもなくいぶかった。
 宿命稼ぎは、二丁の拳銃を取り出し、それぞれを両手に持った。それは何の変哲もない平俗な回転式拳銃であった。「こいつを使うのさ。心配しなくても、種も仕掛けもない単なる銃だ。あとはわかるだろう?フェアに命を賭けようぜ」
「そんな言葉を信じると思うか」
「俺を信じられねぇんなら、その笛を吹いて俺を粉微塵にでもするんだな。だが、銃を信じられねぇんなら、それは臆病風に吹かれてんのと同じだぜ。なんなら、お前さんに好きな方を選ばせてやるよ。右か左か、残った方を俺が使う。これなら文句ないだろ?」
「だったら、右だ」
 宿命稼ぎは、トロンから見て右の拳銃を寄越よこした。その銃を間近で確認してみると、公平という言葉に疑いの余地はないように思えた。仕掛けの類もなく、弾倉には六発の弾薬が装填されており、射撃の備えは万全であった。こうなると宿命稼ぎの言葉が、いかにも胡散臭く思え、やはり意図を聞き出さなければ気が済まない。
「こんなもので決着をつける必要があるのか」
「もう俺は、お前さんを獲物だと思っちゃいない。俺の手を煩わせた曲者として、葬るべき敵として、そして、敬意を払うべき好敵手として、俺はお前さんを仕留めたいだけだ。それが俺の故郷の流儀って奴さ。ところで、お前さん、名前を聞いてなかったな」
「トロン。そういうアンタは?」
「サバタ。サバタ・リーロイ・ザ・グリード。それじゃ……やるかい」
トロンは、暫し考え込んだのち、「ああ。その方が面倒も少ない」
 それは実に単純明快な決闘であった。お互いに銃を構えたまま向き合い、合図と共に引き金を引く。ただそれだけによって勝敗を決し、敗者は非情にも命を落とすのである。そのような早撃ちに臨むにあたって、トロンは、若干楽観視したように軽々しく銃を構えてみせたが、それは宿命稼ぎの重々しい身構えとは、あからさまなほどに対照的に見えた。それほどまでに二人の覚悟には違いがあり、大きく水をあけられているようにすら思える。彼らの勇姿を見届けるものは、塵芥と荒海を置いて他にはおらず、暗鬱かつ騒々しい視線を浴びつつも命を賭する事となった。
 なぜトロンが宿命稼ぎの申し出を鵜呑みにしたのかは、本人ですら存ぜぬ所である。手っ取り早い決着を望んでいたわけでもなく、決闘という勇ましい響きに感化されたわけでもない。ただ、ふとして覚悟の化けの皮が剥がれ、その奥に隠れ潜んでいた感情が露わになった途端、受けて立たずにはいられなかった。今の彼の心持ちは、同病相憐どうびょうあいあわれむ、という言葉を映していた。己が宿命にあえぐ者同士だからか、心ともなく敵に同情していたのである。もしかすると気丈に振る舞う人間ほど、人知れず死の淵に進んで立っているのかもしれないと、そんな疑念を抱いていた。疑いが募れば募るほどに、敵が引き金を引くのを躊躇しているように思えてならない。そうであるならば、既に勝敗は自明である。
 宿命稼ぎは、一枚の銀貨を取り出すと、これみよがしにトロンに見せつけ、矢庭にコイントスを行った。銀貨が高々と宙を舞った末に、瓦礫の上に落下し、甲高い合図を出した。ところが、両者は引き金の軋む音すら出さなかった。ほんの刹那の間を置いたのち、宿命稼ぎの鳴らした銃声が耳をつんざくと、トロンの胸元を銃弾が打ち抜いた。
 トロンは激痛に思わず前屈みになり、咄嗟に拳銃を手放して胸を押さえたが、やはり流血は免れず、自らの死期を悟ってしまった。自らの命を守るためとはいえ、遂に人としての一線を越える事はなかった。これまでの過去を省みれば、たとえ敵であろうと命を奪えるはずがなかった。かつての行いによって犠牲となった者たちの声が、そうさせたのだ。しかし、その自死とも見て取れる決断こそが、彼自身の強き意志である。決闘によって雌雄を決した以上、これにて宿命稼ぎとの戦いは幕を閉じ、この掃き溜めから気兼ねなく立ち去る事ができる。宿命稼ぎの傍観する中、波打ち際に背を向けると、乱れ足で歩き出し、陸路から脱出を図った。つらくはあったが、意識をしかと保ち、見せつけるように一歩一歩を踏みしめながら歩んでみせた。人を殺めるくらいなら、この程度の苦痛など何度でも乗り越えてみせる。死に瀕してもなおトロンは生きようとしていた。どんなに苦しかろうと、数奇な人生から逃げずにいた。肉体は死にゆこうとも、精根だけは確固たる意志によって頑強なままでいた。
 うらむらくは、砂浜に向かって唐突に高波が押し寄せると、あえなくトロンは波にさらわれ、荒れきった海へと引きずり込まれた。瞬く間に沖へと連れ去られたが、泳ぐどころか海中から顔を出せるだけの体力もなく、やがては力ない抵抗すらやめ、その身を父なる自然にゆだねた。五感が徐々に薄らいでいくのを感じつつも沈みゆく最中、トロンは、少なからぬ無念を思い起こしながらも、己が一生に思いを馳せてみたものの、不思議なほどに無我のままであった。もはや心までもが息絶えようとしている何よりの証拠であった。
 眼前に朧げな輪郭をした女性が、ふいに現れたかと思うと、ひしと抱きしめられた。霞む瞳を極力凝らしてみると、下半身が魚そのものであり、図らずも人魚に抱擁された事を自覚した。こんな幻覚に囚われているようでは、九死から抜け出せそうにもない。トロンは、夢と思しき人魚と共に水葬され、そのせいか一片の寂しさすらも感じずにいられた。


(次回更新未定)
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