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水の天使に捧ぐ狩り その2
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アラシは裏切り者だった。かつては竜調ギルドの団員であったが、ある時、聖銀河に寝返った。その理由を知る者は少ない。マリアはアラシと幼馴染の間柄であったから察しはついた。本心からくる裏切りではないと知っていたからこそ、マリアはアラシを連れ戻す決心をしていた。
白鯨は非常に巨大な天使。その巨体から繰り出される攻撃は、地をも揺るがす。敵に回しては勝ち目はない。ところが、アラシはまるで動じなかった。ヒヒ型天使だけで十分に勝てると確信していた。
「ケッ!図体がデカいだけの能無しが!」
「絶対に連れ戻すわ、アラシくん!あなたをもう一度仲間として迎え入れるために!」
マリアは必死だ。その気勢に応え、白鯨は一層駆動音を大きくした。まるで雄叫びのよう。一声を響かせ、ヒヒ型を押し潰そうと突進した。それでもアラシは、ほくそ笑んでいた。
「デカけりゃ勝てるってもんじゃねぇ!戦いはよ!」
ヒヒ型天使は水面を蹴って運河から飛び上がった。そうして白鯨の首元に杖を突き立てた。そこが弱点だとアラシは知っていたのだ。
白鯨は、たちまちよろめいた。急所を突かれ、墜落してしまいそうになった。マリアは途端に慌てた。
「あっ、そんな…!ど、どうしましょう…!このままじゃ…!!」
白鯨を街中に墜落させるわけにはいかない。マリアは急いで白鯨を退かせた。尻尾を巻いて逃げ出すその様をアラシは鼻で笑った。
「つまらねぇな。やっぱテメェの実力なんてそんなもんだ」
たった一突きで白鯨を退けるとは。このままではアラシに卵型天使を奪われかねない。こうなれば自分が戦うしかない。レイヤは火天使を呼び出そうとした。ところが、マリアが許してくれなかった。
「ダメよ、レイヤくん!」
「なんで止めるんだよ、マリアさん!?」
「今のレイヤくんじゃアラシくんには勝てないわ!」
「そんなのやってみなくちゃわからないだろ!?」
レイヤは構わず火天使を降臨させた。大天使型は、ゼンノウの最高傑作と呼ばれる最強の天使。しかし、無敵ではない。弱点だってある。火天使が姿を現した直後、アラシの目がぎらりと輝いた。
「先手必勝!!行け、エテ公!!」
ヒヒ型は火天使に先制攻撃を仕掛けた。絶対に隙を与えてなるものか。杖を用いた素早く絶え間ない攻撃。これでは炎を吹かす暇がない。あっという間に痛めつけられ、そのせいで駆動音が濁っていく。レイヤには耐えらないことだ。
「もういい!!これ以上の戦いは…!」
「もう喧嘩は始まってんだ!!誰も逃げられねぇぜ!!」
アラシは勝利を確信した。卵型天使だけでなく、火天使をも勝ち取るのだ。ところが、大天使攻略を目前にして、一隻のゴンドラが運河を漂ってこの場に現れた。その船首には、ひとりの少年。
「お宝はどこだ!?ここか!!この底か!!よし、スパロウ!錨を下ろせ!」
カリブ少年だ。ゴンドラを漕いでいるのは、海賊のような出で立ちをした巨人型天使。カリブによってスパロウと名付けられている。今まさに彼は困っていた。錨を下ろせと命じられたが、ゴンドラに錨はない。いつまでもぐずぐずしていると、カリブにどやされた。
「グズグズするな!早く子分をほうりこめ!お宝はすぐそこだ!」
スパロウには子分がいる。小鮫型天使だ。その群れを運河に解き放ち、水底を探らせた。カリブは竜調ギルドの団員。目的は言うまでもなく卵型天使。
カリブなんぞに奪われてなるものか。アラシは、ヒヒ型を運河に飛び込ませた。もう火天使と喧嘩してる場合じゃない。なんとしてもカリブよりも先に卵型を回収する。
「このクソガキ!テメェにだけは横取りさせねぇ!」
「宝はおれのだ!アラシなんかやっつけろ!」
水中では言うまでもなく小鮫型が優勢。ヒヒ型にとっては苦難の連続だ。
アラシは運河の水面をじっと見つめていた。ヒヒ型が卵型を持ち帰る。自信があった。カリブも同じだ。小鮫たちが宝を持ち帰ると信じていた。その場の誰もが固唾を呑んで成り行きを見守った。
少しして変化があった。水面が徐々に泡立ってきた。誰か上がってくる。
「よしきた、お宝!さっさと網だ!引き上げろ、スパロウ!」
カリブは早とちりして喜んだ。ところが、浮かび上がってきたのは、恐竜の頭。レイヤには見覚えがあった。
「あっ!?大火竜だ!!」
恐竜型・大火竜。その迫力に運河は水しぶきを巻き上げた。奴こそ勝者。その口には、かわいらしい卵があった。翼の生えた巨大な卵。それこそが卵型天使。あらゆる競争相手をはね飛ばし、大火竜は卵型を勝ち取ったのだ。しかし、アラシは腑に落ちない。
「なんで大火竜がいやがるんだ…!?コイツは確かスペーシアに没収され……そうか!!」
大火竜は、元々聖銀河の所有物。これまではリカバリに持たせてやっていたが、もう堪忍袋の緒が切れた。スペーシアは、そばの建物から運河を臨んでいた。大火竜を従え、ゲームに乱入したのだ。アラシは、ものすごい剣幕で怒鳴った。
「テメェ、スペーシア!!邪魔すんじゃねぇッ!!」
「あなたには悪いけど、このゲーム、絶対に認められませんわ。だって、賞品が水天使だなんてちゃんちゃらおかしいでしょ?」
「テメェ…!最初からぶんどるつもりでいやがったな!」
「わたくしが勝ってしまえば、それでよし。水天使は聖銀河の所有物であり続ける」
「ふざけんな!!このゲーム、テメェの出る幕はねぇ!!さっさと卵をよこせ!!」
「文句なら@に言いなさいな。だって、全部彼が勝手に決めたことなんですもの」
大火竜は逃走を図った。運河から街道に上がったところで、その背にスペーシアが飛び乗った。そうして一緒に聖銀河支社を目指した。@に卵型を手渡し、この馬鹿げたゲームを終わらせるために。
絶対に逃がすものか。アラシは青筋を立てて走り出た。できれば、レイヤもそうしたかった。それでも、傷ついた火天使をまず気に掛けた。ヒヒ型にひどく痛めつけられたのだから診てやらないと。
「……大丈夫そうだ。駆動音はひどいけどな」
ひとまず安心だ。ハッカとマリアも表情を柔らかくした。
「ダメよ、レイヤくん。アラシくんは一筋縄じゃいかないんだから」
「悪かったって…」
レイヤは、アラシと戦ったことをたしなめられた。マリアでも怒る時はあるが、大抵は笑ってる。そのせいか、あまり怒られた気がしない。むしろ気が軽くなった。だから、ハッカも気さくでいられた。
「あの、マリアさん。どうしてレイヤさんじゃアラシに勝てないって思ったんですか?」
「アラシくんのことだから大天使型の弱点を研究してると思ったのよ。ほら、現に手数で押してきたでしょう。きっと@の戦い方を参考にしたのよ」
「@…か」
そうレイヤは落胆した。ハッカは気まずい思いがした。どうにか彼を励ましてやりたい。
「あ……でも、マリアさんってスゴイですよね!頭がいいっていうか、いつでも冷静沈着っていうか!それに、あのすっごく大きな鯨さん!あんな大きな天使を持ってるなんて、マリアさんはスゴイ調律師なんですね!」
「あら、はずかしいわ。そんなに褒めてくれるなんて…」
「私、今まで諦めてました!調律師になる夢!資格試験に落ちちゃって…それっきり…。でも、レイヤさんと出会って、また頑張りたいって思いました!いつか…いつかマリアさんみたいなスッゴイ調律師になりたいです!!」
オレじゃないんだ…。レイヤはますます落ち込んだ。ハッカは途端に青ざめた。励ますつもりが傷口に塩を塗ってしまった。その一方でマリアは嬉しく思った。できることならハッカの夢を叶えてやりたい。
「ハッカちゃん。もしよかったらだけど……わたしの弟子にならない?」
「あっ、実はその………いえ、なんでもないです!私、マリアさんの弟子になりたいです!」
ふたりは、ほほえみ合った。そんな彼女たちを邪魔したくない。レイヤは気を利かせた。
「…オレ、ちょっくら卵型を取り返してくる!ふたりはここにいろよ!」
火天使は、まだ戦える。自分ひとりでも卵型を取り返せるはずだ。レイヤはスペーシアを追って駆け出した。彼女の姿をとうに見失っていたが問題はない。耳をすまして駆動音を追えばいい。それはヒヒ型の駆動音。ひどく汚れていたから捉えるのは簡単だった。
この街では、調律師同士が戦うなんて日常茶飯事だ。交差点のど真ん中では、アラシとスペーシア、そしてカリブが火花を散らしていた。その誰もが卵型天使を狙っている。
レイヤも戦わねば。ここはカリブに加勢しよう。彼は竜調ギルドの団員。ミハルのために頑張っているのは彼も同じ。協力しよう。そう決め込んだ矢先、スパロウが大火竜の一撃に倒れてしまった。
「うわぁ!スパロウ!」
「所詮は子ども。身の程をわきまえなさい。さ、アラシ。とどめを」
スペーシアはそう命じたが、アラシはずっと反抗的なのだ。
「うるせぇ!!卵をよこせってんだ!」
「まぁ、しもべのくせに生意気!おしおきだわ!」
そうして大火竜とヒヒ型天使が争い始めた。ヒヒ型は、実にすばっしこい。その機敏さに大火竜はついていけない。スペーシアは、とうとう苛立ちを隠せなくなった。その腹いせに目を付けたのは、レイヤ。
「ちょっと待ちなさい、アラシ。まずは目障りなレイヤから片付けませんこと?そうすれば火天使はわたくしたち聖銀河のものですわ」
「ちげぇ!!オレのもんだ!!」
火天使が誰のものになるかはさておき、ふたりの利害は一致した。これでは分が悪い。
「勝手なことばっか言いやがって!!絶対に渡すもんか!!」
レイヤはむきになった。火天使を呼び出して応戦したが、ヒヒ型にさえ手を焼いていたのだ。二対一では勝ち目などなく、あっという間に追い詰められてしまった。
なんてこった…。やはりサイハの言う通り、これまでの性能に頼った戦い方は通じない。そのことを改めて痛感させられた。レイヤは願った。より強い力を求めた。
レイヤの危機を察してか、マリアとハッカが駆けつけてきてくれた。今のレイヤには助けが必要だ。ハッカはマリアに頼み込んだ。
「師匠!レイヤさんがピンチです!早く助けてあげてください!」
「え…ええ」
マリアは困ってしまった。アラシには分かっていた。
「ハッ!マリアのポンコツが師匠だと!笑わせんじゃねぇ!」
「なにがおかしいんですか!?」
「マリアのこと知らねぇんだな、テメェ。マリアはド三流のザコ調律師なんだよ。資格試験に何度も落ちまくった挙句、身内のお情けで調律師になりやがって」
「それがどうしたんですか!?」
「なにぃ!?」
「むしろもっとマリアさんのことをスゴイと思いました!!私なんか一度試験に落ちただけで諦めちゃったのに!マリアさん、何度も何度も諦めないで頑張ってたんですね!」
マリアは心底嬉しく思った。確かに今の自分では力不足だが、ハッカの思いに応えたい。レイヤを助けようとこう呼びかけた。
「レイヤくん!サイハちゃんからの贈り物よ!使って!」
その時、天から十字架が舞い降りた。いや、槍だ。十字型の槍だ。遂に火天使が武器を手に取った時、
「これが天使の加護!!いや、サイハの加護か!!」
そうレイヤは強気になり、スペーシアは恐れおののいた。
「なっ!?なんですの、あの槍!?」
「チッ!サイハのヤツ、余計なもん作りやがって!」
アラシはヒヒ型をけしかけた。しかし、もはや火天使の敵ではない。突けば稲妻、投げれば烈火。ヒヒ型は一蹴され、そして大火竜までもが地に伏した。
あっという間だった。スペーシアとアラシは、愕然とした。卵型は既に火天使の手の中にあった。いつの間にか大火竜から奪い取っていたのだ。なんという速さ。大天使型・火天使の真価を誰もが目の当たりにした。
白鯨は非常に巨大な天使。その巨体から繰り出される攻撃は、地をも揺るがす。敵に回しては勝ち目はない。ところが、アラシはまるで動じなかった。ヒヒ型天使だけで十分に勝てると確信していた。
「ケッ!図体がデカいだけの能無しが!」
「絶対に連れ戻すわ、アラシくん!あなたをもう一度仲間として迎え入れるために!」
マリアは必死だ。その気勢に応え、白鯨は一層駆動音を大きくした。まるで雄叫びのよう。一声を響かせ、ヒヒ型を押し潰そうと突進した。それでもアラシは、ほくそ笑んでいた。
「デカけりゃ勝てるってもんじゃねぇ!戦いはよ!」
ヒヒ型天使は水面を蹴って運河から飛び上がった。そうして白鯨の首元に杖を突き立てた。そこが弱点だとアラシは知っていたのだ。
白鯨は、たちまちよろめいた。急所を突かれ、墜落してしまいそうになった。マリアは途端に慌てた。
「あっ、そんな…!ど、どうしましょう…!このままじゃ…!!」
白鯨を街中に墜落させるわけにはいかない。マリアは急いで白鯨を退かせた。尻尾を巻いて逃げ出すその様をアラシは鼻で笑った。
「つまらねぇな。やっぱテメェの実力なんてそんなもんだ」
たった一突きで白鯨を退けるとは。このままではアラシに卵型天使を奪われかねない。こうなれば自分が戦うしかない。レイヤは火天使を呼び出そうとした。ところが、マリアが許してくれなかった。
「ダメよ、レイヤくん!」
「なんで止めるんだよ、マリアさん!?」
「今のレイヤくんじゃアラシくんには勝てないわ!」
「そんなのやってみなくちゃわからないだろ!?」
レイヤは構わず火天使を降臨させた。大天使型は、ゼンノウの最高傑作と呼ばれる最強の天使。しかし、無敵ではない。弱点だってある。火天使が姿を現した直後、アラシの目がぎらりと輝いた。
「先手必勝!!行け、エテ公!!」
ヒヒ型は火天使に先制攻撃を仕掛けた。絶対に隙を与えてなるものか。杖を用いた素早く絶え間ない攻撃。これでは炎を吹かす暇がない。あっという間に痛めつけられ、そのせいで駆動音が濁っていく。レイヤには耐えらないことだ。
「もういい!!これ以上の戦いは…!」
「もう喧嘩は始まってんだ!!誰も逃げられねぇぜ!!」
アラシは勝利を確信した。卵型天使だけでなく、火天使をも勝ち取るのだ。ところが、大天使攻略を目前にして、一隻のゴンドラが運河を漂ってこの場に現れた。その船首には、ひとりの少年。
「お宝はどこだ!?ここか!!この底か!!よし、スパロウ!錨を下ろせ!」
カリブ少年だ。ゴンドラを漕いでいるのは、海賊のような出で立ちをした巨人型天使。カリブによってスパロウと名付けられている。今まさに彼は困っていた。錨を下ろせと命じられたが、ゴンドラに錨はない。いつまでもぐずぐずしていると、カリブにどやされた。
「グズグズするな!早く子分をほうりこめ!お宝はすぐそこだ!」
スパロウには子分がいる。小鮫型天使だ。その群れを運河に解き放ち、水底を探らせた。カリブは竜調ギルドの団員。目的は言うまでもなく卵型天使。
カリブなんぞに奪われてなるものか。アラシは、ヒヒ型を運河に飛び込ませた。もう火天使と喧嘩してる場合じゃない。なんとしてもカリブよりも先に卵型を回収する。
「このクソガキ!テメェにだけは横取りさせねぇ!」
「宝はおれのだ!アラシなんかやっつけろ!」
水中では言うまでもなく小鮫型が優勢。ヒヒ型にとっては苦難の連続だ。
アラシは運河の水面をじっと見つめていた。ヒヒ型が卵型を持ち帰る。自信があった。カリブも同じだ。小鮫たちが宝を持ち帰ると信じていた。その場の誰もが固唾を呑んで成り行きを見守った。
少しして変化があった。水面が徐々に泡立ってきた。誰か上がってくる。
「よしきた、お宝!さっさと網だ!引き上げろ、スパロウ!」
カリブは早とちりして喜んだ。ところが、浮かび上がってきたのは、恐竜の頭。レイヤには見覚えがあった。
「あっ!?大火竜だ!!」
恐竜型・大火竜。その迫力に運河は水しぶきを巻き上げた。奴こそ勝者。その口には、かわいらしい卵があった。翼の生えた巨大な卵。それこそが卵型天使。あらゆる競争相手をはね飛ばし、大火竜は卵型を勝ち取ったのだ。しかし、アラシは腑に落ちない。
「なんで大火竜がいやがるんだ…!?コイツは確かスペーシアに没収され……そうか!!」
大火竜は、元々聖銀河の所有物。これまではリカバリに持たせてやっていたが、もう堪忍袋の緒が切れた。スペーシアは、そばの建物から運河を臨んでいた。大火竜を従え、ゲームに乱入したのだ。アラシは、ものすごい剣幕で怒鳴った。
「テメェ、スペーシア!!邪魔すんじゃねぇッ!!」
「あなたには悪いけど、このゲーム、絶対に認められませんわ。だって、賞品が水天使だなんてちゃんちゃらおかしいでしょ?」
「テメェ…!最初からぶんどるつもりでいやがったな!」
「わたくしが勝ってしまえば、それでよし。水天使は聖銀河の所有物であり続ける」
「ふざけんな!!このゲーム、テメェの出る幕はねぇ!!さっさと卵をよこせ!!」
「文句なら@に言いなさいな。だって、全部彼が勝手に決めたことなんですもの」
大火竜は逃走を図った。運河から街道に上がったところで、その背にスペーシアが飛び乗った。そうして一緒に聖銀河支社を目指した。@に卵型を手渡し、この馬鹿げたゲームを終わらせるために。
絶対に逃がすものか。アラシは青筋を立てて走り出た。できれば、レイヤもそうしたかった。それでも、傷ついた火天使をまず気に掛けた。ヒヒ型にひどく痛めつけられたのだから診てやらないと。
「……大丈夫そうだ。駆動音はひどいけどな」
ひとまず安心だ。ハッカとマリアも表情を柔らかくした。
「ダメよ、レイヤくん。アラシくんは一筋縄じゃいかないんだから」
「悪かったって…」
レイヤは、アラシと戦ったことをたしなめられた。マリアでも怒る時はあるが、大抵は笑ってる。そのせいか、あまり怒られた気がしない。むしろ気が軽くなった。だから、ハッカも気さくでいられた。
「あの、マリアさん。どうしてレイヤさんじゃアラシに勝てないって思ったんですか?」
「アラシくんのことだから大天使型の弱点を研究してると思ったのよ。ほら、現に手数で押してきたでしょう。きっと@の戦い方を参考にしたのよ」
「@…か」
そうレイヤは落胆した。ハッカは気まずい思いがした。どうにか彼を励ましてやりたい。
「あ……でも、マリアさんってスゴイですよね!頭がいいっていうか、いつでも冷静沈着っていうか!それに、あのすっごく大きな鯨さん!あんな大きな天使を持ってるなんて、マリアさんはスゴイ調律師なんですね!」
「あら、はずかしいわ。そんなに褒めてくれるなんて…」
「私、今まで諦めてました!調律師になる夢!資格試験に落ちちゃって…それっきり…。でも、レイヤさんと出会って、また頑張りたいって思いました!いつか…いつかマリアさんみたいなスッゴイ調律師になりたいです!!」
オレじゃないんだ…。レイヤはますます落ち込んだ。ハッカは途端に青ざめた。励ますつもりが傷口に塩を塗ってしまった。その一方でマリアは嬉しく思った。できることならハッカの夢を叶えてやりたい。
「ハッカちゃん。もしよかったらだけど……わたしの弟子にならない?」
「あっ、実はその………いえ、なんでもないです!私、マリアさんの弟子になりたいです!」
ふたりは、ほほえみ合った。そんな彼女たちを邪魔したくない。レイヤは気を利かせた。
「…オレ、ちょっくら卵型を取り返してくる!ふたりはここにいろよ!」
火天使は、まだ戦える。自分ひとりでも卵型を取り返せるはずだ。レイヤはスペーシアを追って駆け出した。彼女の姿をとうに見失っていたが問題はない。耳をすまして駆動音を追えばいい。それはヒヒ型の駆動音。ひどく汚れていたから捉えるのは簡単だった。
この街では、調律師同士が戦うなんて日常茶飯事だ。交差点のど真ん中では、アラシとスペーシア、そしてカリブが火花を散らしていた。その誰もが卵型天使を狙っている。
レイヤも戦わねば。ここはカリブに加勢しよう。彼は竜調ギルドの団員。ミハルのために頑張っているのは彼も同じ。協力しよう。そう決め込んだ矢先、スパロウが大火竜の一撃に倒れてしまった。
「うわぁ!スパロウ!」
「所詮は子ども。身の程をわきまえなさい。さ、アラシ。とどめを」
スペーシアはそう命じたが、アラシはずっと反抗的なのだ。
「うるせぇ!!卵をよこせってんだ!」
「まぁ、しもべのくせに生意気!おしおきだわ!」
そうして大火竜とヒヒ型天使が争い始めた。ヒヒ型は、実にすばっしこい。その機敏さに大火竜はついていけない。スペーシアは、とうとう苛立ちを隠せなくなった。その腹いせに目を付けたのは、レイヤ。
「ちょっと待ちなさい、アラシ。まずは目障りなレイヤから片付けませんこと?そうすれば火天使はわたくしたち聖銀河のものですわ」
「ちげぇ!!オレのもんだ!!」
火天使が誰のものになるかはさておき、ふたりの利害は一致した。これでは分が悪い。
「勝手なことばっか言いやがって!!絶対に渡すもんか!!」
レイヤはむきになった。火天使を呼び出して応戦したが、ヒヒ型にさえ手を焼いていたのだ。二対一では勝ち目などなく、あっという間に追い詰められてしまった。
なんてこった…。やはりサイハの言う通り、これまでの性能に頼った戦い方は通じない。そのことを改めて痛感させられた。レイヤは願った。より強い力を求めた。
レイヤの危機を察してか、マリアとハッカが駆けつけてきてくれた。今のレイヤには助けが必要だ。ハッカはマリアに頼み込んだ。
「師匠!レイヤさんがピンチです!早く助けてあげてください!」
「え…ええ」
マリアは困ってしまった。アラシには分かっていた。
「ハッ!マリアのポンコツが師匠だと!笑わせんじゃねぇ!」
「なにがおかしいんですか!?」
「マリアのこと知らねぇんだな、テメェ。マリアはド三流のザコ調律師なんだよ。資格試験に何度も落ちまくった挙句、身内のお情けで調律師になりやがって」
「それがどうしたんですか!?」
「なにぃ!?」
「むしろもっとマリアさんのことをスゴイと思いました!!私なんか一度試験に落ちただけで諦めちゃったのに!マリアさん、何度も何度も諦めないで頑張ってたんですね!」
マリアは心底嬉しく思った。確かに今の自分では力不足だが、ハッカの思いに応えたい。レイヤを助けようとこう呼びかけた。
「レイヤくん!サイハちゃんからの贈り物よ!使って!」
その時、天から十字架が舞い降りた。いや、槍だ。十字型の槍だ。遂に火天使が武器を手に取った時、
「これが天使の加護!!いや、サイハの加護か!!」
そうレイヤは強気になり、スペーシアは恐れおののいた。
「なっ!?なんですの、あの槍!?」
「チッ!サイハのヤツ、余計なもん作りやがって!」
アラシはヒヒ型をけしかけた。しかし、もはや火天使の敵ではない。突けば稲妻、投げれば烈火。ヒヒ型は一蹴され、そして大火竜までもが地に伏した。
あっという間だった。スペーシアとアラシは、愕然とした。卵型は既に火天使の手の中にあった。いつの間にか大火竜から奪い取っていたのだ。なんという速さ。大天使型・火天使の真価を誰もが目の当たりにした。
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