天使調律師

しろくじちゅう

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水の天使に捧ぐ狩り

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 スペーシアの笑顔を見るのは久しい。憎きレイヤと竜調ギルドに一泡吹かせられたのだ。いまや風天使はこの手の中。すべては@の功績。その仕事ぶりを高く評価した。
「すばらしいですわ、@。さすがわたくしが見込んだだけのことはありますわ」
 ここは聖銀河支社の一室。幹部候補となる調律師が集められたが、その中で唯一@だけが賞賛されていた。なんともうらやましい。コネクタは@に嫉妬した。その顔に悔しさをにじませた。
「くそっ…!僕よりもあんな品のない男の方がいいって言うのかい、スペーシア…!」
 確かに@はみずほらしい格好をしていたが、スペーシアは特段気にしなかった。彼女が部下に求めるものは、従順さ。そして、失敗とは常に無縁であることだ。@は有能だ。見てくればかりを気にするコネクタとは比べるまでもない。スペーシアは、そう評価していた。
「さて、コネクタ。そろそろあなたとは縁を切ろうかしら」
「ま、待ってくれ!君は明らかに@を買い被っている!そいつは火天使を取り逃したんだぞ!僕なら絶対にそんな失敗はしない!」
 そうやって張り合おうとするコネクタに@はほほえみを隠せないのだ。
「頼もしいですね。そんなアナタのためにあえて火天使を残しておきました。手柄を立てる絶好のチャンスです」
「そうか、それはいい!ならば、すぐにでも火天使を狩ってこよう!」
「待ってください。その前にひとつゲームをしましょう」
 そこで@はコネクタだけでなく、その場にいたリカバリとアラシにもこう言った。
「アナタがたの腕前をボクに見せていただきたい。この街のどこかに“卵型天使”が潜んでいます。見事捕らえた者には褒美として、大天使型・水天使の所持者となっていただきます」
 それを聞いて皆は驚いた。コネクタもリカバリも俄然その気になった。とりわけアラシの心には火が付いた。このゲーム、絶対に勝ってみせる。皆が意気込む一方、スペーシアは不満を抱いた。途端に機嫌を損ねるほどだ。
「@!勝手に仕切らないでちょうだい!水天使は我が聖銀河が…」
「いつまでも研究材料にしているだけではもったいない。ふさわしい主の元で存分に活躍してもらわなければ」
「あなたはわたくしのしもべ!わたくしの思い通りに動いていればいいんだわ!」
「もちろん。すべてはスペーシア、あなたのためです。信じてください」
 @の態度がなんだか鼻に付く。風天使を強奪してきた手腕は認めるが、だからといって自分を差し置いてこの場を取り仕切るなど言語道断。スペーシアは不快に思った。そうやって顔をしかめている所が、アラシにとっては面白いのだ。
「ヘッ!こりゃ@の方が上司として優秀かもな!」
「ま、確かにお嬢さまよりは退屈しないかな?」
 リカバリもまた、@を好意的に思った。コネクタでさえ、名誉挽回の機会を与えてくれたと喜んだ。皆して@のやり口を歓迎しているのだ。スペーシアはますます腹を立てた。
「まったく…。本当に反抗的なしもべたちね。まぁいいわ。このゲーム、どうせ勝つのは…」

 卵型天使を狩るのは容易ではない。あれは非常に貴重な天使で、姿を見かけることさえ稀なのだ。そんな卵型を竜調ギルドは喉から手が出るほどに欲しがった。あれをサイハの手で強化改良することで巨人型天使が作られる。卵型は、巨人型の原料なのだ。ミハルを戦線復帰させるために、なんとしても捕獲しなければならない。
 しろがねの守護神を復活させるべく、竜調ギルドは一致団結した。その中心にはDr.サイハがいた。彼女の力なくして巨人型を作ることはできない。だからだろう、団長のミハルに代わって皆を取り仕切っている。
「じゃ~ん!!ワタシの考えた、卵型捕獲計画!!すごいんだよ!!」
 その場にはレイヤもいた。彼はギルドの団員ではない。それでも彼らに手を貸そうと決めたのは、少なからぬ負い目を感じていたからだ。ミハルの巨人型は自分を庇って死んでいった。確かに地天使は強かったけれど、それを言い訳にはしたくない。ミハルのために新たな天使をこしらえる手伝いをしよう。
 サイハは張り切っていた。卵型捕獲計画とやらを熱心に説明していた。ただ、あまり頭に入ってこない。レイヤは、ずっと不思議に思っていた。
「なぁ、サイハ」
「ん?邪魔しないでよ、説明してるんだから!」
「いや…オレとマリアさん以外、どこ行った?」
 確かにこの場には三人しかいなかった。マリアの屋敷に集まるよう今朝連絡したはずなのに、誰も来ない。ミハルすら来ない。どういうことだ。マリアは思わず苦笑いした。
「あらら…。他の皆は、とっくに卵型を探しに出かけちゃったわねぇ」
「なんで!?ワタシ、副団長なのに!!」
 サイハは突然怒り出した。無理もない。せっかく作戦を立てたのに誰も協力しようとしないのだから。
「みんな、好き勝手バラバラに動いてさ!もういいよ!こんな計画やめるもん!!」
 やはりサイハでは副団長は務まらない。レイヤは急に不安になった。
「じゃ、オレも行くから…」
 ここは彼女をあてにせず、自力で卵型を探し出そう。そう思ったが、意地になったサイハからは逃げられそうにない。
「待って!!レイヤはここにいて!!」
「なんだよ…。もう自由にさせてくれ」
「ダメ!!また@に出くわしたらどうする気!?」
「それは…」
 答えられなかった。まだ手元には火天使が残っているが、きっとまた惨敗するだろう。それほどまでに力の差があると理解していた。どうすればその差が埋まるのか。レイヤにはわからない。しかし、サイハは違った。
「今のままじゃ絶対に勝てないよ。これまでの性能に頼った戦い方は、もう通じない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ…?」
「目には目を!火天使も武器を取らなきゃ!」
「弓なんてないぜ。そもそもゼンノウじいさんは天使のために武器なんて作ってないんだ」
「も~。この間ゼンオンおじいさんに電話で言われたでしょ?ワタシを頼れって!」
「いや、オレ自身が強くならなきゃダメなんだ。風天使が奪われたのも、巨人型が死んだのも全部オレのせいだから…」
 レイヤは、しみったれていた。落ち込んでいるのは分かるが、そんな時だからこそ周囲を頼ってもいいんじゃないか。サイハとマリアは、ますます心労を募らせた。
 レイヤは卵型天使を求めて街に出た。しかし、闇雲に探し回った所で都合よく見つかりはしないだろう。卵型は特別であるが故に希少なのだ。幸運が巡ってこない限り、まず見かけることはない。そもそもこの街に潜んでいるかどうかもわからない。それでも探そう。頑張ろう。そうやってミハルに借りを返すんだ。
 レイヤは、ぶらぶらとほっつき歩いた。こんな街中でも猫型天使や鳩型天使を見かけることができた。でも、違う。彼らを捕まえてもしかたない。そうだ、耳をすまそう。卵型の駆動音を耳で探し出すのだ。ところが、それらしき音がしない。
 レイヤは常に耳を尖らせて歩いた。しかし、耳をすますことに夢中になるあまり注意がおろそかになった。そのせいで人とぶつかってしまったのだ。謝ろうとした矢先、それよりも先に相手から謝られた。
「…ご、ごめんなさい!私、本当に全然前見てなくて…。あはは…」
 ハッカだった。レイヤは驚いた。
「なんだ、ハッカかぁ!」
「あ、レイヤさん!こんなところで会うなんて!」
「悪いなぶつかって。天使探しに夢中になってたからさ」
「私もです!ずっと耳をすましてたんです!そしたらちょっと変わった音がしました!ささやき声みたいな駆動音!」
「え。聞こえるか、そんな音?」
「はい!こっちです!」
 ハッカの足取りには自信がみなぎっている。レイヤを案内した先は、運河を渡るゴンドラ。その船着き場だ。ここ階都は、蜘蛛の巣状に運河が張られている。決して珍しい光景ではない。
「あっ、ここです!」
 ハッカは運河の水底を指差した。覗き込んでみたが、底は深くて見透かせない。レイヤは首を傾げた。
「運河の底に天使が?まさかな…」
「でも、はっきり聞こえます!天使の声がします!」
 随分と耳が良い。きっと誰にも聞こえない声を拾っているのだろう。調律師には必要不可欠な才能だ。
 運河を覗き込むのに飽きた頃、マリアが後を追ってやって来た。レイヤを心配しているからこそだ。
「レイヤくん」
「あれ、マリアさん」
「そんなに運河ばかり見つめて…。もしかして財布でも落としちゃったの?」
「天使がいるんだって」
「あら…。でも、声は聞こえないわ」
「でも、ハッカがいるって」
 もしかしたら空耳かも…。ハッカは急に自信がなくなってきた。胸が高鳴る。冷や汗がにじむ。不安のあまりハッカは、しどろもどろになった。
「……ごっ、ごめんなさい!!たぶ…たぶん聞き間違い…かも…!こんな運河…に…天使なんているわけないですよね…!あはは…」
「いる」
 運河を見据えてレイヤは断言した。ハッカは、とにかくびっくりした。
「あっ…!?いますか…?じゃあ……よかったです…!」
「…くる!!」
 突然、運河の底から浮上してきたのは、なんと猿。杖で武装した猿の天使だ。姿を現すなり、レイヤに飛びかかった。
 不意打ちだ。しかし、レイヤはひらりとよけて、それから猿を問いただした。
「サル!!いや、ヒヒ型天使だ!!ずっと水の中に潜ってたのか!?」
「…チッ。しくじったか」
 そう舌打ちをしたのは、アラシ。ヒヒ型天使を従えてこの場に現れた。どうやら虫の居所が悪いようでヒヒ型に怒鳴った。
「このエテ公が…!卵型を捕まえるまで帰ってくんじゃねぇっ!!」
「卵型だって!?」
「なに、ちょっとしたゲームだ。オレとコネクタとリカバリ。誰が一番早く卵型を捕まえられるか競争ってわけだ」
「聖銀河も卵型を狙ってるのか!」
「ヘッ!このゲーム、オレの勝ちだ!見つけたぜ!卵型天使は、この運河の底にいる!」
「本当か!?」
「さぁな。そこにいる女が見つけたんだろ?」
 女とはハッカのことだ。いまだ自信を取り戻したわけではないが、勇気を振り絞って言った。
「私の聞いた音は…そこのおサルさんじゃありません!ささやき声はまだ運河から聞こえてます!」
「ほらな。そのささやき声こそ卵型の駆動音。テメェの耳が狂ってなきゃ間違いねぇ!」
 アラシは、ヒヒ型の背中を蹴って運河に突き落とした。そうやって無理にでも卵型を回収させるつもりなのだ。なんてひどい奴だ。そもそもヒヒ型は水中での活動に適していない。潜水は不得手なのだ。無理がたたって駆動音だって汚れて聞こえる。助けてくれと叫んでる。レイヤは激怒した。
「おい!!なんで天使にそんなヒドイことできるんだよ!?」
「エテ公の代わりなんざいくらでもいる。壊れたら新しい天使に乗り換えりゃあいい!」
「そんなの絶対間違ってる!!」
 レイヤは熱くなっていた。けれど、マリアは彼以上に怒りを感じていた。レイヤは驚いた。初めて目にする顔だ。マリアは滅多なことでは怒らないというのに。今に限ってはアラシに怒りの矛先が向いている。
「アラシくん。あいかわらずね」
「テメェに用はねぇ!ザコは引っ込んでろ!」
「いいえ!竜調ギルドを裏切ったあなたをこれ以上ほうっておけないわ!」
 だんだんと鐘の音が近づいてくる。白鯨はくげいの駆動音だ。雲に混じって到来したのも束の間、アラシに戦いを挑んだ。
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