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駆け落ち

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「結婚ですか……。ボクとアンさんが?」
「そうよ、このままこの聖院で略式の結婚式を挙げたあと聖都に向かうわ」
……聖都とは、この世界の聖者の信仰を集める聖地にある街のことで、結婚式を挙げたあと新婚旅行で赴くカップルは多い。つまり、自然な行動である。
「……聖都になりかあるんですか?」
「そうね、まず私たちぐらいの年のカップルが聖都に向かうのは極めて自然な行為よ……。それゆえ、人々は何の疑いも抱かない」
「なるほど、とりあえず、この場を逃げるということですか……」
「そうなるわね。そして、聖都には……帝国の大きな研究所の支部もあるわ……」
……研究所とは、おそらく、この世界の理を調べている施設なのだろう。
「そこには……ここみたいに、人形もあるのでしょうか……」
正直、あまり気分のいいものではなかったので、つい聞いてしまった。
「……ここよりずっと規模の大きい人形部屋もあるわ……」
「そうですか。人形って、もともとは生きていたひとだったり……するのでしょうか?正直……怖いです」
「いうまでもなく、人造物よ……。でなければ、私とあなたにそっくりだけど別人の人形を用意することなど、ほぼ不可能でしょう?」
……なるほど。確かにそれはそうか……。

「じゃ、結婚しましょ?はい、これが私に捧げる指輪よ……。あらかじめあなたに渡しておくわ……」
「……あの、式をいちいち挙げる必要性ってありますか?」
「ふふ、こういうのは嘘でもやっておくものよ……。そのほうが演技に真実がこめられて、嘘が見抜かれにくくなるの」
……まあ、エリー様と結婚式を挙げているみたいで、悪い気はしないだろうけどね。
「わかりました!じゃ、結婚式あげましょう。エリー様」
ボクはアンをエリー様と呼んでいる。
「その呼び名なんだけど、アンにもどしてくれるかしら……。あなたのことはレインじゃなくて、レイって呼ぶことにする。これから私たちは一般人になるのだから……」
「……わかりました。アンさん」
「うん、じゃあ、花嫁衣装に着替えてくるね。レイもキチンと正装してね?」
……僕たちは一度別れると、聖院の一階の挙式の間で再会した。

「アンさん……、すごい、綺麗ですね……」
実際、エリー様とこれから結婚するみたいで……ボクはすごいドキドキしていた。
「ふふふ、レイもなかなかの格好しているじゃない?素敵な思い出にしようね?せっかくだし」
「……準備はできたようですな……」
とじいは言った。

「では新婦から結婚の契約の言葉を……」
契約の言葉とは夫を縛る妻からの要求の言葉だ……。これに応えることで、結婚という契約がなされる。
「……レイよ。私アンを……一生の主人とすることを認めなさい!」
それは……普通では考えられないような強い契約の言葉だった。
大抵は私を幸せにしてくれる?程度であることが多いとボクは聞いていた。
だが、ボクに迷いはなかった。
「……はい。アン様……私はアン様を一生の主人にすることを誓います……」
「いま、契約が成立した……。もし、この契約が破られたとき……、夫は妻にどのような罰を受けても……甘受せねばならぬ!」
とじいが厳かに宣言する。

「……レイよ。私アンに口づけをなさい……」
「……はい……」
ボクは彼女にキスをした……。……その瞬間全身から力が抜けるような、凄い快楽の稲妻が四肢に走る。
「あぁ……あああああ、あああ」
ボクは腰を砕かれ、その場にしゃがむ。
「……ふふふ、気持ち良かったでしょ?でも、今度は気絶しないで済んだね?」
「……どうして……」
「人形の体には、あらかじめブラックシードの麻薬を仕込んであるの……、その体液が混ざるとき、すさまじい快楽が襲ってくるのよ……」
「レイさんも……、気持ち良かった?」
「うん、もちろんよ。何回しても、いいものね……。でも、わたしはあなたと違って慣れているから……」
……それはちょっと悔しい。
「ええと、他の男の人と……、こういうことしてたってこと?」
あまりの嫉妬から、つい疑問を口にしてしまうボク。
「カワイイね!レイは。違うよ。私がキスするのは、もっぱらエリー様だよ?イヤかしら?」
……うーん。それはそれで複雑かな?
「アンさんは……エリー様のことすきなの?」
「そうね、主人として敬愛しているわ……」
まあ、そうか……。そういう主従なのかな?
「……とにかく、アンさんとボクは結婚したんだよね?」
なんとなく、いたたまれなくなって、話をそらす。
「そうだよ、レイ。でも、普通の夫婦じゃないからね?わかっているよね?」
……誓いの言葉であそこまで強烈なのは……普通ない。
「……ボクはもうアンさんには逆らえないんだね……。もともと、そんな気もないけど」
……その瞬間アンはボクをキュッと抱きしめてくれた……。
「……もう。本当に可愛いんだから……。大丈夫、怖がらなくても」
ボクはおびえているように見えたのだろうか……。
「怖くは……ないです。ただ、お嫁さんにここまで誓っている夫っているんでしょうか……」
「キミは夫であると同時に、私のお人形さんでもあるのよ?」
「はい……」
ボクは……、そんな彼女の束縛する愛がキライではなかった。
だから、ボクは今とても彼女と結婚して幸福の絶頂にいた。
これから僕らは聖都へと新婚旅行にいく。とても楽しい旅になるはずだ。
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