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Chapter 1 ある召喚者の場合
1.1 Introduction
しおりを挟むそのとき僕は薬草の採集に出掛けた帰りだった。そもそもの目的は、売り物にするポーションの材料調達である。
森を抜けると木々に遮られていた雨がたくさん落ちてきて、街に入る前に豪雨になってしまった。
まさに嵐だ。ついてない。
しかし、風雨でまともに歩けないなんて、いくらなんでもおかしい。
この地方では気候変動は珍しく、考えられる原因は何かの魔法か、特殊なモンスターの出現くらいだ。
「こんな街の近くで神話級モンスターに遭うなんて聞いたことないけどな」
「𝕲𝕽𝖗𝖗𝖗𝖗…!!!!!」
つまり、今の運勢は間違いなく悪い。
見上げれば雷を纏う金色のドラゴンだ。
土砂降りの雨の中にもしっかり視認できる姿は、サンダードラゴンの特徴によく合致する。冒険規定によるレベルで表現すれば、10000を超えるだろう。
それが何故、眼前にいるんだろうか。
雷竜はこちらを向いていて、今その口を開いて大きく首を反らし、これはブレスの挙動で。
ついてない。本当に。
僕はポケットから魔法陣を取りだし、魔力を行使する。
豪雨が止み、空に陽が差し、天に大きな虹が掛かった。
その後、突然ドラゴンが出現したけれど天使が降臨して街が救われた、と少し騒ぎになった。
膨大な魔力に満たされた草原が綺麗な花畑に変わるなどしたものの、特に悪影響はないようだったのでひと安心だ。
僕は薬を売って生計を立てている。でも、本来の専門は召喚魔法だ。
召喚魔法を実用する際に最も重要なことは、高度で精密な魔力制御である。世界間の移動を扱う魔法ではむしろ、とんでもない存在を召喚しないことに気をつかう。
安易な召喚魔法が失敗すると大変な事態になることがあって、例えばそれは、迷い込んだダンジョンを全壊に追い込むほどだ。
しかし僕はそのときより進歩し、いつでも冷静に魔力を調整し、工夫した魔法陣を用いることで、安定した召喚を実現することができるようになった。
なった、はずだった。
「ブレスで加算される魔力分を見誤ったのかな…」
僕は店の奥で薬草を抽出にかけながら反省していた。言うまでもなく、膨大な魔力に満ちた世界から天使を召喚したことへの反省だ。
「そう重く考えることないの。キミはわるくないから」
「でも、次に同じようなことがあった際に、進歩していないと困ってしまいますから」
「嫌なことがあったら何とかしてあげるから。キミは守られて、甘やかされて、ひとりでは何もできないくらいだめになって、そうなればうれしいの」
天使はにっこり笑って僕の背後に回り、耳元で墮落するように囁く。
1説には、天使と惡魔は同一視されることもあるらしいけれど。
「僕は遠慮しておきます」
「そう。ざんねんなの」
天使、あるいは彼女は椅子にふわりと腰かける。
情景はそこだけ切り取られた絵画のように映り、まるで彼女以外の全てが色を失っていくようにさえ見える。
それでも、魔力はある程度まで落ちついてきたようだ。
「今日の所はそろそろ送還しますね」
「もしキミが一緖にきてくれれば嬉しいの」
この差し出された手を取れば、未踏の世界へ連れていかれてしまうだろう。でも、僕はまだこの世界に生きていたい。
「僕がこの世界を離れることになったら、そのときはお願いします」
「またいつか、キミを迎えにくるから」
天使はにわかに魔力光と消え、機能を果たした魔法陣は単なる幾何模様へと変化する。
抽出装置は未だ動き続け、規則的に音をたてて薬草から目的成分を分離していた。
僕がひとりで営んでいる薬屋は通りに面していて立地が良い。
それなのに、製薬したポーション類を陳列して勇んで店を開けているのに、売れ行きは過去最低だった。
特に主力のポーションが1つも売れていない。謎だ。
近場にダンジョンが出現したとの確かな情報があったはず。
「原料費抑えるために、わさわざ自分で薬草取りに行ったのに」
僕のポーションは銅星1等級の下級品で、低レベルの冒険者に需要がある。
普通は銅星1のポーションなんて赤字覚悟の慈善事業。一方で、僕の場合は利益が見込める。
その秘密は、僕の薬が他店が使わないようなクズ薬草から作られることにある。
原料から目的成分だけを分離する技術を、僕が持っているからこそだ。
薬草をすりつぶしてマジカルエーテルに溶かすだけの従来法と比較して、僕の分離技術では不純物の量を段違いに減らせる。さらに、濃縮も簡単にできる。
よって、安っちい薬草からでも採算がとれる薬が調製できるというわけだ。
「でも売れなかったら意味ないな。ちょっと街に出てみようかな」
僕は市場を調査することにして店を閉める。
どうせお客さんは来ないんだ。切ないことに。
冒険者ギルドのクエストボード前で、僕は考え込んでいた。
新規ダンジョン関連のクエストはあるし、適正も銅星等級。
「どうして客足が遠いんだろう…」
「あれ、ルークンじゃん。どしたの?」
冒険者ギルドの職員である兎獣人が近くに来て、赤い瞳で僕を見下ろす。ライトブラウンの兎耳を片方だけ折りたたんで挨拶する彼女に、軽く手を上げて応えた。
「ソフィーさん、それがですね、うちの店にお客さんがあまりにも来ないもので様子を見に来たんですよ」
「へー、そうなんだ。もしかしてアレのことかな?」
「何か心当たりがあるんですか?」
「あるにはあるよ。でも、どうしよっかなー」
指を顎にあてて露骨に思案するソフィーさん。にやけた目線が送られてくるので、僕はバッグから錠剤の入った小瓶を取りだした。
「2日酔いの薬が余っているので、良かったらどうぞ」
「ほんとに? いやー悪いね! コレばっかりはやっぱルークンのじゃないと。西門の外に良いポーション売ってる露店商がいるとは聞いたけどね」
「毎度ありがとうございます」
彼女はひったくるように薬錠を受けとってポケットに突っ込んだ。
「じゃあ、あたしは帰るから」
「まだ昼前ですよ? 受付はいいんですか?」
「今日はもー疲れちゃったよ」
相変わらず自由なギルド職員だ。
「よーし、ちょっと寝たら早速飲みに行こっと」
「薬があるからって朝まで飲んだくれてちゃだめですよ。それと、薬には作用に伴う副作用が必ずあります」
「分かってるって!」
彼女は僕の肩をぽふと叩くと、上機嫌に兎耳を動かして去っていった。本当に分かっているかは怪しいところだ。
さしあたり、西門の外でポーションを売っているという露店を覗きにいこうと思う。
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