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Chapter 2 ある転生者の場合
2.2 Response surface
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なかなか売上が伸びない中で、領主様のお嬢様はよく顔を出してくれるようになった。随伴するメイドさんの雰囲気もだんだんと和らぎつつある、ような気がする。
「麹の作り方のコツですか?」
「買ったやつを種麹にしてやってみたんだけど、なかなか上手くいかなくって」
「自信満々で腐らせたのは可笑しきでしたねぇ」
「黙って」
僕は術理院会員であり、培養の経験もある。
「原料に種麹を植え付けて自然培養する方法では、目的の麹以外のカビなども一緒に培養されるので、管理が難しくなります。お酒を作る場合は酒の神の力を借りれば良いですが、目的は違いますね?」
「まあ、違うわね」
普通の麹は蛋白や多糖の鎖をちぎってそれぞれアミノ酸と単糖に変えるだけで、アルコールを産出しない。酵母を使って糖からアルコールを出さない限り、酒の神の力を借りることはできない。
よって、麹などの特殊なカビを用いる食品作りは、その地域に受け継がれる“職技”により達成される。
未経験の若者が参入するには難しい分野だ。
「温度、撹拌速度、仕込み量、水分量、時間といった条件を制御して完成に導かなくてはなりません。そのままでは難しいので、何かの神様に祈りを捧げてスキルを習得するのがいいと思います」
「あれ、術理院会員は神に祈らないんじゃなかった?」
「店主は魔法をお使いでしょ」
「そうなの? そんな魔法があるの?」
メイドさんの言うとおり、僕は魔法で条件を最適化している。
最適化。
このような抽象的な概念は、術理院会員の得意分野だ。もともと僕たちの魔法は、冒険でモンスターを倒したり怪我を治したりするために発展したものではない。
「簡単なのは、応答曲面法というものです。これはかなり便利で、始めと終わりの状態さえ決めてしまえば、自然に最適化された条件での反応が進行します」
格子模様の魔法陣をふたりに見せる。ここでは分かりやすいように、特殊なインクを用いることで魔法陣を時間変化させて表現している。
「わ、勝手に線が動いてる!色まで変わるのね」
「ただの格子模様が、動いたら凹凸があるように見えますな」
「この例では単目的の最適化なので、この凹凸の一番凹んでいるところが最安定、すなわち最適条件と解釈できます」
説明のために、ここでの魔法陣の格子は、平面に投影した3次元曲面に色を追加した4次元で表現されている。
実際の系では、温度、湿度といった条件の数だけ次元が増えることに注意して魔法を適用することになる。
「さて、これはこれ。本日は店主にお願いですな」
「貴方の乾燥酵母、うちに専売して欲しいの」
「全然売れてないので良いですよ。でも、もう結果が出たんですか? まだぶどう酒は熟成中だと思っていました」
いくつか性質の異なるサンプルをちょっと前に渡したばかりだ。
「始めに考えたのとはちょっと違うんだけど、良いものが出来たの。実物を持ってきたから飲んで考えてみて。まだ市場には出してないものよ」
「領主様命令。他領に渡ることなきよう、ですー」
「言われなくても、領主様を馬鹿にするようなマネはできませんよ」
リメリア王国では、ぶどう酒の醸造は伯爵以上の貴族のみに認められている。
領営が潰れることは少ないので、材料の酵母を売る僕にとって非常に良い収益源となり得る。
藁にもすがりたい時に太い幹がきた。これは起死回生になるかもしれない。
ご令嬢とメイドさんが帰ったのと入れ違いにソフィーさんがやって来て、抱えていた箱を入口の横に下ろした。
ギルドに僕宛ての荷物が届いていて、買い物ついでに持ってきてくれたらしい。
「はいこれ、王都からだって」
「わざわざありがとうございます」
「それよりルークン、いまスゴい豪華な魔力車が出てったけど、……そのボトルは?」
「お客さんが来ていて、試供品を貰ったんです」
文字通り目の色を赤から金に変えて、とんでもない早さでカウンターに詰め寄ったソフィーさんが、片手でボトルを持ち上げる。
「こ、この印は間違いなくエルミートワイン。しかも試供品ってことは、新しいやつ!」
「勝手に取らないでくださいよ」
瞳孔を開いたまま瓶のラベルを眺めるソフィーさん。
「すぱーくりんぐ?」
「領主様のお嬢様が作ったそうです。これから分析するので、持っていっちゃダメですよ」
「分析って、お酒は飲むものでしょ」
「味覚には主観の差があるのに対し、含有成分を定量すれば、ある程度客観的に評価できます。そもそも、僕はお酒飲めませんし」
ソフィーさんが店のドアのプレートを裏返して閉店させた。僕に断りもなく。
「うんうん。ルークンが飲めないならしょうがないなー。ベテランのあたしが試飲してあげよう。領主様から賜ったワインの感想も言えないんじゃ失礼にあたるよ?」
「もう、仕方ないな。分析量は少しあればいいので構いませんが、絶対に言い触らさないでくださいよ。まだ売り物じゃないみたいなので」
「わかったわかった! さっすがルークン! 最高!」
僕の頭をぽふぽふ叩きまくるソフィーさん。ライトブラウンの兎耳がお辞儀するようにピコピコ動いていた。
店の奥の居住スペースにて、机の上に冷やしたワインとおつまみの炒り豆が用意されている。ろくな食べ物がなかったので、実験用に貰った大豆が供された。
ソフィーさんが早速とばかりに瓶の栓を抜きにかかる。
「へー、栓抜きいらないんだこれ。わ! みてみてルークン、ちょっと緩めたら勝手にコルクが上がってくよ!」
「内圧が高いんですね、って、見てないでちゃんとコルク押さえ」
ポン、という音とともに天に旅立つコルク。旅行者は天井で斜めに折り返してテーブルの皿に着弾すると、おつまみの炒り豆を弾き飛ばしながら床へと転がっていった。
「これ、楽しいねー!」
「栓をする前に高圧でガスを封入したか、栓をしたあとに内部でガスを生成したか、あるいはその両方かな」
「わー、すごい、グラスに注いだらしゅわしゅわ泡が出てるよ」
「減圧されて、溶けていたガスが気体になったんでしょう」
赤いぶどう酒の注がれたグラスの底から、微小な空気の粒が浮き上がっている。
僕の酵母を使ったということなら、栓をする直前にボトルに酵母と糖を入れて炭酸ガスを発生させたのかもしれない。
「それじゃ、かんぱーい!」
「かんぱーい」
ソフィーさんは満面の笑みでグラスを傾けてひとくち。僕は水だ。
「わー、おいしい。口の中がパーティパーティする」
「炭酸でしょうね。でも、何でわざわざこんなことを…」
「そりゃ、おいしいからでしょ」
炭酸自体はおいしいものだとは思えない。それを敢えて利用するとは。
「僕には思いつかない発想だなあ」
「やっぱさー、飲んでみないと分かんないんだよ、お酒の味ってのは。分析なんかしてもさー」
「僕は味が無くても、栄養が取れて毒がなければいいんですよ」
「あたしは味があると楽しいな。あー、おいしい。これはおいしい」
本当に幸せそうに、にやけながらグラスを傾けるソフィーさん。
「どこら辺がおいしいですか?」
「え? いや、まー、とにかく良いよ。口の中ではじけるのも癖になりそう」
「こう、甘いとか、酸っぱいとか、苦いとか」
「いい感じに冷えてておいしい!」
ベテランを自称した割には感想が薄っぺらい気がする。
結局ソフィーさんは瓶を1本空けた後、飲み足りないと外に繰り出していった。
領主様に酵母を卸すようになって収益は良化し、希望が見えてきた。
と思っていた所、冒険者ギルドから呼び出しがあった。
「カナリアoさん、僕に指名依頼ですか?」
「はい、ルークン様にはこの度出現したダンジョンの調査を行って頂きます」
「あー、この前のダンジョンの実績で」
「それと合わせ 、依頼者様からの要望もありましたので」
普段は冒険者として活動していない僕を指名するなんて、変わった依頼者がいるものだと思う。術理院の関係者だろうか。
「ルークン、今日はよろしくね! ギルド推薦の冒険者に知り合いがいて助かったわ」
「ごきげんよろしゅー」
待ち合わせ場所のダンジョン前に居たのは領主様のお嬢様とメイドさんだった。
「あの、ご令嬢が未踏破のダンジョンなんて行って大丈夫なんですか?」
「お父様の許可はとってるわ」
「でもでも、危なくなったらすぐ帰りますよぉ、お嬢様」
あのメイドさんがダガーの扱いに長けているのは身をもって知っているけれど、またこの前みたいに高位悪魔が出たりすると大変だ。
「ちょっと不安要素があるので、戦力を召喚しましょう」
「おや、あるいは召喚魔法。初めて見ますねぇ」
「召喚って、異世界から!? そんな簡単にできるものなの?」
「簡単にできる世界から、召喚します」
魔法陣は正257角形。円と直線を何回か繰り返すだけで作図できる正素数多角形は、魔法に強い制約条件を要請できる。
冒険の神の庇護下に入れる召喚対象で、レベルは僕より高く、かつ10倍以下となるように調整する。
光の中に小さなシルエットが浮かんできた。
「……っ…げほっ、危なかったぜ。ルークンお前、失敗しやがったな」
「うわ、レオ君? 君が来られるはずなかったんだけれど」
「変わった魔力源が近くにあったんじゃねーの? 俺様が他の奴等を出し抜いてなかったら、ルークン逆召喚されてたぜ」
「えぇ、それは危なかったな。ありがとう」
術理院の召喚魔法は“簡単に行き来できる”世界間で成立するので、召喚の最中に向こうから召喚されてしまうことは十分にあり得る。
普通はそういう類の事故や、想定外の対象の召喚を避けるために魔力を精密調整している。ところが、周囲の魔力を拾ってしまったりして、思わぬ結果を招くことがある。
召喚したレオ君(レベル: 65535)
要するに失敗だ。
「よろしくな、ねーちゃん達! 俺様が炎の星霊、レオニスだ」
「こ、こ、この魔力…どーなってんですかよぉ…!」
「スゲーだろ。ここまでザコい器を作れるのは俺様くらいなもんだぜ。他の奴等は加減ってのを知らねーからな」
「コヒュー……ザコとは…ザコとはイッタイ…?」
糸目を開いて白目を剥くメイドさんの目の前に浮かぶ星霊のレオ君は、手のひらに乗るくらいの妖精のようにデフォルメされていた。
炎の模様が入ったオレンジ色のパーカーを着ていて、そのフードから背中まではギザギザの突起がついている。
「…ルークン。あの子、本当に精霊? なんかヤバそうだけど本当に大丈夫なの?」
「僕たちに危害は、ないはずです」
むしろダンジョン自体にダメージがいかないかが心配でならない。
いま言えることは1つだけ。今日の召喚魔法は失敗だ。
「麹の作り方のコツですか?」
「買ったやつを種麹にしてやってみたんだけど、なかなか上手くいかなくって」
「自信満々で腐らせたのは可笑しきでしたねぇ」
「黙って」
僕は術理院会員であり、培養の経験もある。
「原料に種麹を植え付けて自然培養する方法では、目的の麹以外のカビなども一緒に培養されるので、管理が難しくなります。お酒を作る場合は酒の神の力を借りれば良いですが、目的は違いますね?」
「まあ、違うわね」
普通の麹は蛋白や多糖の鎖をちぎってそれぞれアミノ酸と単糖に変えるだけで、アルコールを産出しない。酵母を使って糖からアルコールを出さない限り、酒の神の力を借りることはできない。
よって、麹などの特殊なカビを用いる食品作りは、その地域に受け継がれる“職技”により達成される。
未経験の若者が参入するには難しい分野だ。
「温度、撹拌速度、仕込み量、水分量、時間といった条件を制御して完成に導かなくてはなりません。そのままでは難しいので、何かの神様に祈りを捧げてスキルを習得するのがいいと思います」
「あれ、術理院会員は神に祈らないんじゃなかった?」
「店主は魔法をお使いでしょ」
「そうなの? そんな魔法があるの?」
メイドさんの言うとおり、僕は魔法で条件を最適化している。
最適化。
このような抽象的な概念は、術理院会員の得意分野だ。もともと僕たちの魔法は、冒険でモンスターを倒したり怪我を治したりするために発展したものではない。
「簡単なのは、応答曲面法というものです。これはかなり便利で、始めと終わりの状態さえ決めてしまえば、自然に最適化された条件での反応が進行します」
格子模様の魔法陣をふたりに見せる。ここでは分かりやすいように、特殊なインクを用いることで魔法陣を時間変化させて表現している。
「わ、勝手に線が動いてる!色まで変わるのね」
「ただの格子模様が、動いたら凹凸があるように見えますな」
「この例では単目的の最適化なので、この凹凸の一番凹んでいるところが最安定、すなわち最適条件と解釈できます」
説明のために、ここでの魔法陣の格子は、平面に投影した3次元曲面に色を追加した4次元で表現されている。
実際の系では、温度、湿度といった条件の数だけ次元が増えることに注意して魔法を適用することになる。
「さて、これはこれ。本日は店主にお願いですな」
「貴方の乾燥酵母、うちに専売して欲しいの」
「全然売れてないので良いですよ。でも、もう結果が出たんですか? まだぶどう酒は熟成中だと思っていました」
いくつか性質の異なるサンプルをちょっと前に渡したばかりだ。
「始めに考えたのとはちょっと違うんだけど、良いものが出来たの。実物を持ってきたから飲んで考えてみて。まだ市場には出してないものよ」
「領主様命令。他領に渡ることなきよう、ですー」
「言われなくても、領主様を馬鹿にするようなマネはできませんよ」
リメリア王国では、ぶどう酒の醸造は伯爵以上の貴族のみに認められている。
領営が潰れることは少ないので、材料の酵母を売る僕にとって非常に良い収益源となり得る。
藁にもすがりたい時に太い幹がきた。これは起死回生になるかもしれない。
ご令嬢とメイドさんが帰ったのと入れ違いにソフィーさんがやって来て、抱えていた箱を入口の横に下ろした。
ギルドに僕宛ての荷物が届いていて、買い物ついでに持ってきてくれたらしい。
「はいこれ、王都からだって」
「わざわざありがとうございます」
「それよりルークン、いまスゴい豪華な魔力車が出てったけど、……そのボトルは?」
「お客さんが来ていて、試供品を貰ったんです」
文字通り目の色を赤から金に変えて、とんでもない早さでカウンターに詰め寄ったソフィーさんが、片手でボトルを持ち上げる。
「こ、この印は間違いなくエルミートワイン。しかも試供品ってことは、新しいやつ!」
「勝手に取らないでくださいよ」
瞳孔を開いたまま瓶のラベルを眺めるソフィーさん。
「すぱーくりんぐ?」
「領主様のお嬢様が作ったそうです。これから分析するので、持っていっちゃダメですよ」
「分析って、お酒は飲むものでしょ」
「味覚には主観の差があるのに対し、含有成分を定量すれば、ある程度客観的に評価できます。そもそも、僕はお酒飲めませんし」
ソフィーさんが店のドアのプレートを裏返して閉店させた。僕に断りもなく。
「うんうん。ルークンが飲めないならしょうがないなー。ベテランのあたしが試飲してあげよう。領主様から賜ったワインの感想も言えないんじゃ失礼にあたるよ?」
「もう、仕方ないな。分析量は少しあればいいので構いませんが、絶対に言い触らさないでくださいよ。まだ売り物じゃないみたいなので」
「わかったわかった! さっすがルークン! 最高!」
僕の頭をぽふぽふ叩きまくるソフィーさん。ライトブラウンの兎耳がお辞儀するようにピコピコ動いていた。
店の奥の居住スペースにて、机の上に冷やしたワインとおつまみの炒り豆が用意されている。ろくな食べ物がなかったので、実験用に貰った大豆が供された。
ソフィーさんが早速とばかりに瓶の栓を抜きにかかる。
「へー、栓抜きいらないんだこれ。わ! みてみてルークン、ちょっと緩めたら勝手にコルクが上がってくよ!」
「内圧が高いんですね、って、見てないでちゃんとコルク押さえ」
ポン、という音とともに天に旅立つコルク。旅行者は天井で斜めに折り返してテーブルの皿に着弾すると、おつまみの炒り豆を弾き飛ばしながら床へと転がっていった。
「これ、楽しいねー!」
「栓をする前に高圧でガスを封入したか、栓をしたあとに内部でガスを生成したか、あるいはその両方かな」
「わー、すごい、グラスに注いだらしゅわしゅわ泡が出てるよ」
「減圧されて、溶けていたガスが気体になったんでしょう」
赤いぶどう酒の注がれたグラスの底から、微小な空気の粒が浮き上がっている。
僕の酵母を使ったということなら、栓をする直前にボトルに酵母と糖を入れて炭酸ガスを発生させたのかもしれない。
「それじゃ、かんぱーい!」
「かんぱーい」
ソフィーさんは満面の笑みでグラスを傾けてひとくち。僕は水だ。
「わー、おいしい。口の中がパーティパーティする」
「炭酸でしょうね。でも、何でわざわざこんなことを…」
「そりゃ、おいしいからでしょ」
炭酸自体はおいしいものだとは思えない。それを敢えて利用するとは。
「僕には思いつかない発想だなあ」
「やっぱさー、飲んでみないと分かんないんだよ、お酒の味ってのは。分析なんかしてもさー」
「僕は味が無くても、栄養が取れて毒がなければいいんですよ」
「あたしは味があると楽しいな。あー、おいしい。これはおいしい」
本当に幸せそうに、にやけながらグラスを傾けるソフィーさん。
「どこら辺がおいしいですか?」
「え? いや、まー、とにかく良いよ。口の中ではじけるのも癖になりそう」
「こう、甘いとか、酸っぱいとか、苦いとか」
「いい感じに冷えてておいしい!」
ベテランを自称した割には感想が薄っぺらい気がする。
結局ソフィーさんは瓶を1本空けた後、飲み足りないと外に繰り出していった。
領主様に酵母を卸すようになって収益は良化し、希望が見えてきた。
と思っていた所、冒険者ギルドから呼び出しがあった。
「カナリアoさん、僕に指名依頼ですか?」
「はい、ルークン様にはこの度出現したダンジョンの調査を行って頂きます」
「あー、この前のダンジョンの実績で」
「それと合わせ 、依頼者様からの要望もありましたので」
普段は冒険者として活動していない僕を指名するなんて、変わった依頼者がいるものだと思う。術理院の関係者だろうか。
「ルークン、今日はよろしくね! ギルド推薦の冒険者に知り合いがいて助かったわ」
「ごきげんよろしゅー」
待ち合わせ場所のダンジョン前に居たのは領主様のお嬢様とメイドさんだった。
「あの、ご令嬢が未踏破のダンジョンなんて行って大丈夫なんですか?」
「お父様の許可はとってるわ」
「でもでも、危なくなったらすぐ帰りますよぉ、お嬢様」
あのメイドさんがダガーの扱いに長けているのは身をもって知っているけれど、またこの前みたいに高位悪魔が出たりすると大変だ。
「ちょっと不安要素があるので、戦力を召喚しましょう」
「おや、あるいは召喚魔法。初めて見ますねぇ」
「召喚って、異世界から!? そんな簡単にできるものなの?」
「簡単にできる世界から、召喚します」
魔法陣は正257角形。円と直線を何回か繰り返すだけで作図できる正素数多角形は、魔法に強い制約条件を要請できる。
冒険の神の庇護下に入れる召喚対象で、レベルは僕より高く、かつ10倍以下となるように調整する。
光の中に小さなシルエットが浮かんできた。
「……っ…げほっ、危なかったぜ。ルークンお前、失敗しやがったな」
「うわ、レオ君? 君が来られるはずなかったんだけれど」
「変わった魔力源が近くにあったんじゃねーの? 俺様が他の奴等を出し抜いてなかったら、ルークン逆召喚されてたぜ」
「えぇ、それは危なかったな。ありがとう」
術理院の召喚魔法は“簡単に行き来できる”世界間で成立するので、召喚の最中に向こうから召喚されてしまうことは十分にあり得る。
普通はそういう類の事故や、想定外の対象の召喚を避けるために魔力を精密調整している。ところが、周囲の魔力を拾ってしまったりして、思わぬ結果を招くことがある。
召喚したレオ君(レベル: 65535)
要するに失敗だ。
「よろしくな、ねーちゃん達! 俺様が炎の星霊、レオニスだ」
「こ、こ、この魔力…どーなってんですかよぉ…!」
「スゲーだろ。ここまでザコい器を作れるのは俺様くらいなもんだぜ。他の奴等は加減ってのを知らねーからな」
「コヒュー……ザコとは…ザコとはイッタイ…?」
糸目を開いて白目を剥くメイドさんの目の前に浮かぶ星霊のレオ君は、手のひらに乗るくらいの妖精のようにデフォルメされていた。
炎の模様が入ったオレンジ色のパーカーを着ていて、そのフードから背中まではギザギザの突起がついている。
「…ルークン。あの子、本当に精霊? なんかヤバそうだけど本当に大丈夫なの?」
「僕たちに危害は、ないはずです」
むしろダンジョン自体にダメージがいかないかが心配でならない。
いま言えることは1つだけ。今日の召喚魔法は失敗だ。
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