異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

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Chapter 2 ある転生者の場合

2.4 Unit cell

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「あっぶないなあ」

 尻もちをついた僕は上を見上げた。
 石造りの天井の中央には扉がついている。ただし僕が落ちてきた形跡けいせきは見られず、ピッタリと閉じていた。

 立ち上がって部屋を見渡す。

 それほど広くない石造りの部屋は、4方と上下が壁で囲われていて、6面のそれぞれ中央、“回"のような位置に、横開きの扉がついていた。

 角砂糖の中に入っているような気分だ。

 まずは自分の置かれた状況を把握するため、分析装置を立ち上げる。
 そして、スタートアップの待ち時間の間に、壁面の扉を観察しに行く。

 扉は“回"のように壁の少し高い位置についているので、ハシゴが欲しいところ。

 歩いていって壁に手をつくと、僕は壁に向かって“落下”した。

「あれ?」

 不可解な力を感じる。

 身体を起こして立ち上がると、準備中の装置が壁の上方に張り付いているのが見える。

 壁の上方に張り付いている?
 僕は思わず首をかしげた。

「んん?」

 今度は、装置が張り付いている壁に、おそるおそる足を踏み出すと、僕は急に前につんのめって倒れ込んだ。

 顔を上げると、床面に置かれた装置が見えた。

 つまり、僕が歩く面が常に下になっている。
 何だこれ。

 確認した所、全ての面が歩ける仕組みのようだ。僕は天井からではなく、どうやら足元にあるこの扉から“落下”してきたらしい。

 とても良くないことに、原理がわからない。

「分析装置は…較正こうせいエラー」

 機器分析においては、正しい値が測定できるかを確認する、較正こうせいという作業が必要だ。

 例えば重さをはか天秤てんびんだったら、魔法で均質化した標準分銅を用いた測定を行う。
 地面が微妙にかたむいていたりして、質量が分かっている標準分銅で天秤が釣り合わないようだと、同じ重さで釣り合うように天秤側を調整する必要がある。

 較正こうせいは装置立ち上げの際に自動で行うようにしており、今回はその自動調整ができていない。
 同じ標準試料を3回測定して、3回とも測定結果が桁違いにバラバラじゃあ無理だろう。

 さっきまではうまく動いていたので、恐らくこの空間そのものが原因だと考えられる。
 無重力空間や水中で天秤が使えないように、この空間では、今持っている分析機器は使えないということだ。

「これは困ったな…」

 思わずつぶやく程度には歓迎できない状況だった。










 地面から落ちる前、土精霊ノームを助けてあげてとお嬢様は言っていた。僕が知覚できない精霊を、分析結果さえ信頼できないこの空間で。

 土精霊ノームを助けるにもここから脱出するにも、まずは情報を集める必要がある。

 装置をかたづけたあと、僕が落ちてきたと思われる足元の扉を開ける。頭を中に入れると、“頭上”には、さっきと同じ扉つきの部屋が広がっていた。

 レイアウトは全く同じだ。恐らく、6方が全て同じ構造の部屋に繋がっているのだろう。巨大な箱に隙間なく詰められた角砂糖のように、この先の部屋も、その先の部屋も、その先も。

 これでは部屋の区別がつかない。
 闇雲に動けば絶対に迷う構造だ。

 僕は少し考えて、次に示す試験を行った。

 はじめに簡単な魔法陣を用い、新しい部屋を射影幾何Projective geometryでマーキングした。次に、いったん頭を引っ込めてから再度覗き、射影したマーカーの状態を確認した。そして、この手順を他の扉でも同様に行った。

 結果、射影したマーカーは全て消えていた。

 僕は試験結果から、以下のように推察した。

 この迷宮は、扉を越えると部屋の状態がリセットされる、かつ/または、扉を越えると毎回異なる部屋に繋がる性質を有する。

 クエストだったら、達成条件はこんなかんじだろうか。

「広さが分からずマッピングも困難な立体迷宮の中から、知覚できない精霊達を探しだし、まだ見ぬ脅威から救出しつつ脱出せよ」

 銅星等級のクエストにしては難度が高すぎると思う。





 立体迷宮から不可視の土精霊ノームを効率的に発見するために、魔法を使いたい。

 どこまで続いているか分からない迷宮の中から、数の分からない精霊をれなく見つけるのは、大変なことだ。
 ただし今回の場合には、この手の魔法を大幅に簡略化できるかもしれない。

 今いる立体迷宮の構造について、機器分析はできなかったけれど、大まかに次の予想をしている。

 この迷宮は、同じ形の部屋の繰り返しで構成されている。言い換えると、この迷宮は周期性を有する。

 周期性Periodicity。とてもうれしい性質だ。

 ダンジョンの階段を調査した際にも注目した性質である。

 周期性が高いということは、全体の構造から、小さい繰り返し単位を抽出できるということだ。
 これは、果てしなく広大な模様を、手のひらサイズの紙で記述できることを意味する。

 ありがたい。
 大変うれしい性質である。

 この迷宮が同じの部屋の繰り返しで構成されているのなら、3次元的に高い周期性があると言える。
 すると、今いる1つの部屋を調べるだけで、迷宮全体の情報がわかることになる。

「準安定構造のダンジョンに、これだけの周期構造があるなんて思ってなかったな」

 もともとのダンジョンで、僕は準結晶Quasicrystalを採掘しようとしていた。一般のダンジョンより周期性が乏しいことは確認済みだ。

 けれども、そこから繋がるこの立体迷宮は、高い周期構造を持っていると考えられる。
 ここはダンジョンの一部というよりも別の空間、超階になっている可能性が高い。

 いずれにせよ、僕はこれから周期性を利用した探索魔法を行使する。

 予想通りに迷宮の周期性が高ければ、精霊たちを簡単に発見できる。魔法が失敗した場合、実は周期性の低い準安定状態であることが、間接的に示される。

 魔方陣は平行6面体の投影図。角砂糖の骨組みのような図形だ。



 何も知らない者にとっては、ただ線を繋いだ箱形の図形。しかし、周期構造を知った僕達にとっては違う意味を持つ。

 この単純な平行6面体は、たった1つで広大な領域を表現できる、最小の基本構造である。
 平行移動だけで結晶構造全体を形成するこの基本構造のことを、単位胞Unit cellという。

「良かった、これで大丈夫そうだ」

 魔法陣が激しく明滅している。

 単位胞Unit cellの平行移動、いわゆる並進により移動させてきた精霊の魔力を、次々に検出していると自然に解釈できる。

 術理を知っていると、難しそうな問題を簡単に解決できることがあって良い。




 
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