異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

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Chapter 3 僕の場合

3.3 Fermat prime

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 冒険者ギルドの扉をくぐる。

「ルークン...ここですべきことは..........」

「僕の考えでは、メンバー募集中のパーティに入ること、好ましくは多人数のパーティ、さらに好ましくは恋仲関係にある冒険者を含むパーティですね」

 僕の試練は“恋を見つける”こと。

 発見のためには、はじめから恋があると思われる環境に身を置くことが良いだろう。
 この前提と、ギルドを目指すロザリィさんの動きから、僕はここに来るまでに以下の推論を得た。

 冒険者パーティに属した方が、街中で生活するよりも恋を見つける確率が高い。

「違います」

「残念です」

 断定的に結論された。

 推論が間違っているなら、前提か推論過程、もしくはその両方が間違っている。

 正答を待つ僕に、ロザリィさんが口開く。

「いいですか......冒険者登録ができなくて困っている...愛しい子を探します。ロマンスは出会いが肝心です...出会いが......!」

「冒険者登録、受付のかたが教えてくれますが」

「田舎から出てきたばかりで右も左もわからず、不安に泣きそうな所に、颯爽さっそうと現れるあの方......!」

「田舎、ここですが」

 論理的必然性があるようには思えない。
 もしかしたら、大教会徒の第6感が働いているのかもしれないな。

 ロザリィさんは何かを感覚しているのか、両手を胸の前で組んで恍惚こうこつとした息をほぅと吐くのだった。





 僕達はギルド併設の酒場に座り、入口を通る冒険者達をひとりひとり検分していった。

 やがて、僕は氷が完全に溶けた3杯目の果汁を飲み干した。

「残念ながら、お探しの方はいないようですね」

「諦めませんッ! 同じ《第二の空》の下、ふたりは出会う運命なのですッ!!」

 まばたき1つしない監視体制により充血した両目で言い切るロザリィさん。
 周りの冒険者やギルド職員はさっきから何事かとばかりに目線を送っては、赤い気迫のロザリィさんを見つけて顔をそむけていく。

「待っているだけでは何も起きないと思いますよ」

「それは私達の求め方が足りないからです! 見つかるまで私はここを動くつもりはありませんッ!」

 張り上げられる声に酒場のマスターが思い切り顔を歪ませ、泣きそうな目でこちらを見つめている。

 僕も永遠に待つのは避けたい。

 僕はお手洗いに行くと言って立ち上がり、まだ受付に座っているソフィーさんに裏口から出たいとジェスチャーを送る。
 ソフィーさんはライトブラウンの兎耳を半分折ると、酒場のマスターに流し目を送る。
 常連客のサインを受け、マスターの眉がぴくりと動く。

「お客様、こちらから隣の建物へどうぞ。また、くれぐれも、忘れ物にはお気をつけください。忘れ物がないように。ええ、くれぐれも」

「分かっています」

 連れを捨てて逃げるなよ、という言葉尻の哀願を聞きながら、後ろ手で裏口を閉める。

 ロザリィさんを動かすには、田舎から出てきたばかりで冒険者登録の仕方も分からない、可愛い子が必要なようだ。

 そんな子がこのギルドに来る確率なんてゼロと言っていいと思う。
 もっとも、言い切るには全ギルドの訪問者を記録して統計を取る必要があるけれども。

 いずれにせよ、来ないならこちらで用意するまでだ。

 僕はギルドの裏口で、ふところから魔法陣を取り出す。
 魔法陣は円に内接する正257Fermat prime角形。僕たちが円と直線のみで作図できる正素数多角形を用いると、魔法に強い制約条件を要請できる。

「こんなことで喚ぶのは申し訳ないな」

 周囲に変な魔力体がないことを何重にも確認した後、魔力を精密調整し、召喚魔法を行使する。
 魔法陣の幾何学きかがく模様が発光し、やがてこの世界に、頭、胴、両手足を持つ姿が浮かび上がってくる。

「やあルーちゃん、久しぶりなのだ」

 召喚された実在は僕たちに似たかたちをしていた。

 どこまでもどこまでも深い青の髪は、夜の海がひそかに波打つようにゆるりと巻かれながら目の横にひと房ずつ垂れ、残りは背中まで伸びている。
 耳にはきれいな3日月のイヤリングが揺れ、吸い込まれそうな黒い瞳が僕を覗いていた。

 僕はといえば、挨拶も忘れて、円に内接する正257角形を見つめていた。送還前にも関わらず、手のひらの上で役目を終えた魔法陣を。

 僕はとても驚いたのだ。
    僕の行った召喚から、この結果が、生じるはずはなかったから。

「ああ、この格好じゃわかんないか? ぼくの名前は」

「待ってまって!!  分かる、分かるよ! ちょっとびっくりしてただけ」

 ギリギリで立ち直ってさえぎる。

「久しぶり、ラトちゃん」

「ルーちゃんの試練は知ってるよ。本日はお日柄もよく、ぼくが出会えるのだ」

 ラトちゃんは、背伸びをして僕と目線を合わせている。
 あのとき僕は、背伸びをしてこの黒い目を覗いていた。

「ところで、冒険者の格好はこんなでいいの?」

 見てみて、とくるりと回るラトちゃんは、真新しい革の軽鎧を装備していた。
 どこも汚れていない軽鎧はなんとなく不釣り合いで、初々ういういしさを感じさせる。

「田舎から出てきて冒険者登録のわからない可愛い子、できてるか?」

「田舎…まあ田舎か。冒険者登録は知らないだろうし、凄く可愛い。うん、完璧だよ」

「えへへ、められたのだ」

 指をもじもじさせながら、白い頬を染めている。

「それじゃあ、ぼくに冒険者登録を教えるのだ」

「うまくできるといいけれど」

「ルーちゃんとなら大丈夫だな!」

 手を引かれながら裏口からギルド正面に回り、僕達は扉をくぐった。

「ふわぁ、これが冒険者ギルド?」

「受付はあっちだよ」

 キョロキョロと辺りを見回すラトちゃんの手を引いて促す。
 視界の端に、パレードを見る子どもみたいな顔をしたロザリィさんが映った。

「こんにちは、本日はお日柄がいいのだ」

「カナリアoさん、新規の冒険者登録をお願いします」

「承ります。失礼ですが、文字の読み書きは?」

「文字? こういうのか?」

 ラトちゃんはカウンターの上に、軽鎧の隙間から黒い本を取り出す。
 ページさえも闇夜のように黒く、表紙のタイトルらしき位置には、識別不可能な紋様がいくつも並んでいる。

「これは…?」

「な、なんでも共通語の普及していない田舎の出身らしくて。僕が代筆しますよ」

「そうそう、ぼくの出身は退屈な田舎、エラビリンシニアンデメンシオンなのだ」

 この世界に存在しない地名を自慢気じまんげに語るラトちゃんに、黒い本をしまってもらう。

 僕は素知らぬ顔で受付用紙を記入して提出。カナリアoさんは目を通した後、ロザリィさんがいる方角を見てから小さくため息をついた。

「書類は形式的なものですから、これで結構です。ギルドカードを発行致しますので、こちらの魔水晶に手をかざしてください」

「ぼくのギルドカード、どうなるか楽しみだな」

 カナリアoさんが取り出した魔水晶は、ギルドカードの初期値を決定する魔導具で、冒険の神マリノフの力が働く。
 これで1度カードを発行できれば、冒険者は冒険の神の庇護下に規定され、その後は《鑑定》などで確認や更新ができるようになるらしい。

 小さな左手が魔水晶にかざされると、その上に銅色のギルドカードが表れ、空中でゆっくりと回転する。
 ラトちゃんはカードを掴み、色々な角度から眺めている。

「これでぼくも冒険者とは、感慨かんがい深いのだ」

「なお、入門クエストの前に、訓練を受けて頂きます。指導者は希望がなければギルド側で選出致しますが」

 カナリアoさんが少し区切ると、ラトちゃんが要望を出した。

「ぼくはルーちゃんがいいな」

「僕もその方が良いです」

「ではルークン様、こちらが訓練内容になります。……お気をつけて」

 神妙にお辞儀をするカナリアoさんにお礼を言ってカウンターを後にする。

 流れで冒険者登録をしたのは良いとして、僕は試練を達成できるのだろうか。
 とにかく、訓練内容に目を通そうと、ガサガサと書類をめくる。

 なるほど。訓練といっても、採集クエストを中心に大まかな流れや禁止行為などを教えればよいらしい。

「こんにちは、本日はお日柄がいいのだ。君がロザリィだな? ぼくのことはラトと呼ぶがいいのだ」

「ラト.....宜しくお願いしますね......ところでその装備...職業に合っていますか...?」

「ぼくの職業は、えっと、ぷ、りー、すと、らしいのだ。合ってないか?」

「軽鎧は...違いますね......プリースト向きの装備の方が...可愛いですよ」

 少し目を離した隙に、既にふたりが話し込んでいた。
 現状は考えてどうにかなることでもないし、このまま先に進むことにしよう。





 僕が全然来たことがない装備屋で、ラトちゃんが白と明黒のローブを掲げる。

「ねーねーこのふたつ、どっちがぼくに合う?」

「僕は明黒の方が似合うし、可愛いと思う」

「なら、こっちを着てくるのだ!」

 とてとて試着室に歩いていくラトちゃん。

「ルークン...プレゼントの用意......できてますか?」

「できていません。今はじめて聞きましたから」

「いけませんね......恋するかたはみんな、思いがけないプレゼントが嬉しいものなのですよ」

偏見へんけんってやつじゃあ…」

「そんなことはありませんッ」

 ロザリィさんの自信がどこから来るのかがわからない。
 竜退治に送られた先生が言っていた言葉が思い出される。覚悟だけはしておいた方がいいぞ、と。

 この調子じゃあ王都まで行ったパーティも大変だっただろう。

 ラトちゃんの着替え終わった声が聞こえたので見に行く。

「どうだ、似合ってるか?」

 ローブをつまんでその場でくるりと回転するラトちゃん。

 軽鎧から柔らかい明黒のローブになっただけで、シルエットは大きく変わっていた。
 子どものようにも見える華奢きゃしゃな身体つきなのに、その姿は、明確に幼さ以外のものも意識させる。

 僕の視線に気づいたのか、ラトちゃんが身をくねらせる。三日月のイヤリングが揺れて光を反射していた。

「えへへ、ルーちゃんはぼくのせくしーぼでーにめろめろなのだ?」

「めろめろかは分からないけれど、その恰好はとても魅力的だよ」

「それは凄く重畳ちょうじょうなのだ! ぼくはこれにするのだ!」

「じゃあここは」

「ラトの冒険者登録祝い......私に任せてください」

 財布を取り出そうとした僕をロザリィさんが止める。
 僕に向かってパチッとウインクをすると、足早に会計に向かっていく。

「あーっと、僕からのお祝いは、考えている最中なんだ」

「ルーちゃんの事情はよく知っているし、気にせずともよいのだ。ただ、お祝いしてくれるならぼくは嬉しいな!」

 ラトちゃんは、吸い込まれそうに深い黒瞳で、口を三日月みたいにして笑った。





 用を全てこなした僕とラトちゃんは、店にもどってきていた。

 居住スペースを覆う魔法陣をしつこいくらいに確認し、外側からくる魔力を十分に減衰させ、内側からの魔力伝播でんぱを遮断すると、僕はようやくひと息ついた。

「これでよし、と」

「ふぃ~、のびのびできるのだ~」

 ラトちゃんがふにゃりと力を抜くと、部屋中の全ての色が消し飛び、くらい青に沈んでいった。

 僕の身体はバラバラに崩れ落ちてゆく。

 僕は死んだ。




















「…はっ」

「ごめんごめん、うっかり忘れてたのだ。ルーちゃんは弱かったんだったな」

 僕の周りには鮮血の池ができており、僕の内容物が散乱していた。
 魔力伝播でんぱを遮断していなかったら、近接作用Localityで居住スペースの外まで大変なことになっていただろう。

「頼むから気をつけてよ。特に外では」

「ぼくはこの世界で冒険者になったから安心なのだ。そのように振る舞わなくては実在できないからな」

 ラトちゃんは僕の返り血などを体内に吸収しながら申し訳なさそうに言う。

「うう、でも、ルーちゃんの前だとつい油断してしまうのだ…」

「外で大丈夫ならそれでいいよ」

「大丈夫なのだ、ぼくの神に誓って」

 胸を張るラトちゃんは、もう何事もなかったように綺麗に戻っている。

「ところでルーちゃん、周りのやつはもう使わない?」

「うん。というか掃除しないと」

「捨てるくらいならぼくが貰うのだ!」

 一瞬だけ視界が暗闇に覆われると、部屋のなかは元通りになっている。

 僕の前で満足そうに口をぬぐうラトちゃん。

 この綺麗なかおをしている実在は、この世界にとって危険な、僕が知る限りにおいて最も危険な、召喚対象だ。

 あるとき召喚した際には、あるダンジョンを全壊させてしまった。

 だから、安全な対応策を確立するまでは、ラトちゃんを召喚しないような仕組みを、僕は実現したはずだった。もう二度と、世界を壊させないために。

 僕がラトちゃんの危険性をどこに見ているか。

 それは余波だけで僕を自壊させる魔力ではなく、僕がこれまで召喚してきた天使や惡魔や星霊、あるいは系外の星霊の本体を100億並べても意味を成さない強さでもなく、圧倒的能力を世界に影響させないでいる振る舞いそのものでもない。

「そうだ、忘れないうちに、ラトちゃんに魔導書を渡しておこう。魔法使いやプリーストは、杖か魔導書を武器に使うものなんだよ」

「お~、もしかしてルーちゃんとお揃いか?」

「うん。僕と同じように、使いたい魔法をこの白書に書いて使ってね」

 この世界にとっての最大の危険は、ラトちゃん自身が召喚魔法を使えることにある。

 大教会とも術理院とも違う異世界の魔法体系は、異世界の神をも無尽蔵に召喚する。
 この世界を簡単に滅ぼせる存在が住む世界を簡単に滅ぼせる存在を。

 召喚の余波だけでこの世界は終わりだ。

 今はせめて、異世界の召喚魔法が行使されないように気を付けよう。
 そうして稼いだ時間の中で対応策を確立すればいい。

 渡した白書の中身をいっしょに作れば、少なくとも最悪の事態は回避できるはずだ。

「さすがルーちゃん、ちょうどよかったのだ。ぼくの後ろ言葉《バックワーズ》はさっき盗まれたからな!」

「……盗まれたって、何が?」

「だから、後ろ言葉《バックワーズ》なのだ。ギルドで見せた黒い本、あれにはぼくの神を喚ぶ魔法をはじめとして、ぼくの魔法の全てが書いてあるのだ」

「ラトちゃん、僕は今日、疲れたよ」

「ルーちゃん、どうして膝をつくの?  …あぅ、いきなり抱きつくのは、ちょっぴりだいたんなのだぁ」

 放心状態で倒れこむ僕をラトちゃんが支える。

 みなさん、ごめんなさい。
 この世界の終わりは僕が始めました。




 
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