異世界召喚でわかる魔法工学

M. Chikafuji

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Chapter 3 僕の場合

3.2 Numbers

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 この街、ブレイドメルの教会は街の外れにひっそりと建っている。

 時を告げる大きいベルをようした鐘塔を有する2階建ての石造で、建物の窓には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれている。
 庭には物干しがあって、白いシーツや小さな修道着が風に揺られていた。向こうには子どもたちが暮らす教校も見える。

 ロザリィさんは両開きの木扉に手をかけながら僕を振り返った。

「術理院会員が教会におもむく今日......《第二の空》が訪れていることは...࿙࿙です......」

「あの、僕はただ単に、「最近運が悪いのをどうにかしたいんです」」

 透き通った声が重なり、僕は驚いて目を見開く。

 恐る恐る教会の中に入ると、ステンドグラスを透過した光が、ほの暗い教会の床に様々な色を落としている。

 ステンドグラス中の微粒子に特定波長を吸収された透過光の中心で、ひとりの聖職者が僕たちに背を向けたまま両手を広げていた。

 空中に、何の力もなく浮かびながら。



「世界と触れあい、世界を感覚し、世界を広げる」



 澄みきった声が教会に響き渡る。



産声うぶごえをあげる赤子はやがて、ゆりかごの外の世界の、家の外の世界の、街の外の世界の存在を感覚するのです」



 小さな白い法衣が風もない教会内でゆったりと揺れている。



「今この時の空腹に泣く赤子はやがて、今日の、明日や昨日の、遠い未来や過去の存在を感覚するのです」



 肩にかかる純白の髪に、降りそそぐ光が淡い色をつけている。



「そしてやがては、世界の果てから永遠へ」



 そう言って、ゆっくりとこちらに向き直った。

 淡い色の幻想に浮かぶ聖者は、焦点の合っていない灰色の瞳をまたたかせると、ふわりと床に降りて微笑んだ。

「初めましてエルター親愛なる・ルークン。リメリア六大枢機卿の二席、フレイシアはなんじを歓迎するのです」

「だ、だ、だい、大枢機卿?」

 僕より年下にも見える小柄な聖職者は、司祭でも司教でもなく、王国に6名しかいない大枢機卿だった。
 まさかそんな大物がこんな田舎いなかまで巡礼しているなんて。

エルター親愛なる・ロザリィも健勝そうで何より。祈りが、導かれたのですね」

「はい......こちらのルークンにより万事.........そして今日こちらに来たのは...「ルークンが࿙࿙を求めていましたので......」」

 非言語を含んだ声を重ねたフレイシア卿は、片手をかざしながらステンドグラス越しに空を見上げる。

「全ては導きの示すまま、フレイシアは――で繋がる家族を感覚するのです。エルター・ルークン、広がる世界に迷う異教の聖者よ、汝の求むる答えは教会にあるのです」

「あの、僕は聖者ではないと思うんですが」

 あまりのおそれ多さに耐えかねて言葉が出る。
 《異端》の司祭にお金を払って試練を突破しようと思っていたのが僕だ。

 フレイシア卿は法衣のすそをかるく持ち上げながら歩みよって、僕を下から見上げる。

「エルター・ロザリィはかつて司教候補と呼ばれた姉妹。その祈りを導いたのが若き異教徒というのならば」

「恋に生きる道を進んだ私......司教候補と呼ばれたのは......昔の話ですが...」

 ロザリィさんはフレイシア卿の隣に立ち、柔らかな眼差したちが僕に向けられる。

「「エルター・ルークン、聖者こそ汝にふさわしい」」」

 別の教会へ行きますとは言えなくなってしまった。





 静かな礼拝室で試練を待つ。

「既に神託はり、リメリア六大枢機卿の二席、フレイシアがエルター・ルークンに試練を感覚させるのです」

「よろしくお願いします」

 フレイシア卿は、何もない空間から聖書を取り出してページをめくる。
 非言語からなる詠唱により、ページから目映い黄色光が部屋に広がっていった。

 くらむ視界に、白いシルエットだけがぼんやりと浮かび上がる。その口がゆっくりと開かれるのを僕は見ていた。

「恋を見つけるのです」

 瞬間、視界に色が戻った。

 恋を、見つける?
 どうやって? 何を?

「「あの、恋って一体」」

 フレイシア卿は質問に重なって僕を止めた。

「エルター・ルークン、この世界に、恋は存在します。そして、この世界に生きとし生けるならば、生命を祝福する確かな存在から、決して目を背けてはならないのです。このことを忘れた者には、例え異教の聖者でっても、幸運は訪れないのです」

 術理院では、術理で扱える対象のみが議論される。ところが、それでは運勢は好転しないらしい。

 恋、気にしたことがなかった。

「今までは、どうして大丈夫だったんでしょう」

 疑問に思って聞いてみると、意外だったのか、フレイシア卿は焦点の合わない灰色の両目をぱちくりさせた。
 そして今度は慈愛に満ちた穏やかな表情で、ふわりと浮き上がって僕の頭を撫でる。

「不安なのですね。しかし、この移り変わりゆく世界でフレイシア達は、いつまでも無垢むくな幼子のままではいられないのです」

「あ、あの、分かりましたので」

 子ども扱いされる年齢は過ぎているので、1歩退いて1礼する。
 フレイシア卿は僕を撫でていた手を顔の前にかざし、うなずいた後、両手を大きく広げた。

「困った時、辛いとき、どうしていいか分からなくなった時、いつでもここに来てください。たとえ、大教会は変わらず在り続け、いつでも汝を待っているのです」

「はい。その機会が来たら、また」

「エルター・ルークン、いつでもここに来るのです」

「? ええ、また教会に来ます。それでは」

 入口の方に振り返ると、礼拝室の扉の前に、両手を広げたフレイシア卿が変わらず浮いていた。

 転移魔法?
 わざわざ何のために。

「さあ、フレイシアの腕の中へ」

「あの、とても有難ありがたいのは理解しているんですが、僕は今元気ですから」

 どうして大枢機卿の腕の中に飛び込む必要があるんだろうか。あまりにもおそれ多い。

「では、フレイシアは質問をするのです。エルター・ルークン、どうやって恋を見つけるのですか?」

「僕には知見が乏しいので、「まずは文献ぶんけん調査」」

 フレイシア卿は淡い微笑みで声を重ねると、その唇の前に指を立てて僕を遮った。

「エルター・ルークン。書物や伝聞によって世界を感覚するのはとても、とても難しいのです。実際に世界と触れあい、身を持って感覚することを、フレイシア達は忘れてはならないのです」

「僕は術理院会員で文献調査は慣れているので、ヒントくらいは見つけられるかと思いまして」

 術理院のライブラリを参照するのとは全く別物だとは思っている。一方、無知なままで闇雲に動くと思わぬ事故に繋がる恐れもある。

 各種書籍に共通する内容を抽出、分類してまとめられれば、恋についてある程度の参考パターンを構築できる、と僕は考えていた。

「本来、感覚は少しずつ広がるのです。幼子は、見えるもの、聞こえるもの、触れるものから感覚します。だんだんと、未来や過去、訪れたことのない場所や、“もし”の世界という触れられない概念、さらには――や―――のような言葉にできない――まで、感覚を広げていくのです」

 数で例えると、はじめは両手で数えられる範囲の自然数からはじまり、次第に小数と分数へ。
 学び進むうちに、マイナスの数、べきこんなどを含めた実数や、さらなる拡張の複素数や多元数、あるいは無限などを扱えるようになる、ということだろう。

 指を折って数を数える子どもには、小数の足し算はとても難しい。
 しかし、自分で感覚することが必要だったら、感覚が乏しいまま成長した僕はどうするべきだろうか。

「恋を見つけるという目的に対して、僕の感覚はどの程度の所にあって、感覚はどうやったら広がると考えられますか?」

「フレイシアがひとつ答えるのです。エルター親愛なる・ルークン、どうしていいか分からなくなった時、いつでもここに来てください」

 フレイシア卿が、僕の目の前で再び両手を広げる。

 そこに行ったとして、いったい何が得られるのかさっぱりわからないけれど。それでも、その未知を信じてみようと思った。

 1度は遠慮した身ながら、フレイシア卿が広げる腕の届く範囲に立つ。

 すると、フレイシア卿は僕を包み込むように胸に抱き寄せた。
 ふわりとした法衣の向こうから、体温の暖かさが伝わってくる。

「エルター・ルークン、汝は今、フレイシアとぬくもりを感覚し合っているのです。この世界に生きる汝は、心を感覚できるのです」

「心を、感覚…」

 伝達する体温だけではない。今、フレイシア卿が僕ひとりのために尽くしてくれている、その心が伝わってくる。

 単なる平行6面体が結晶全体を構成する単位胞Unit cellを表したりするように、単なる4角形が位相幾何Topologyの球を表したりするように、フレイシア卿の抱擁は、言葉そのものを超えた色々な意味を僕に与えた。

「恋が汝に関係ない事柄との認識を改め、自ら出会い、触れあい、内なる世界を広げあう。汝の導きの示すまま、道は拓かれるのです」

「どうにかやってみます」

 とにもかくにも、この身を通した体験が必要ということだろう。

 フレイシア卿は、僕の背中に回した腕を外すと、にっこりと微笑んだ。

「汝の試練にはいつでもフレイシアがついているのです。迷ったその時には、いつでも思い出してください」

「ありがとうございます。でも、「どうして見ず知らずの僕にここまでしてくださるんですか?」」

 言葉を重ね、広げた両手を大きく掲げて天を見据えるフレイシア卿。

「同じソラで繋がる家族を祝福するのに、理由などないのです。家族が辛く苦しい時はいつでも、終わりなきソラで繋がるフレイシアが側にいるのです」

 あふれる感情をうまく説明できないけれど、僕は確かに、とても素敵な気持ちになった。

 これが、六大枢機卿の二席、《第二の空》か。





 礼拝室を出ると、ロザリィさんと男の先生が僕を待っていた。
 以前にダンジョンで会ったことがある先生は、僕に片手をあげて挨拶した。

「よう、先のダンジョンでは世話になったな。もっとも、君は覚えていないかもしれないが…」

「ちゃんと覚えていますよ、先生。ただ、こうして教会でお会いするとは思っていませんでした」

「それはこの教会に来るつもりがなかったってことかぁ? まあ、正直でよろしい」

 司祭のローブをまとう男性は、この教会で教校の先生をしている方だ。
 ロザリィさんのひとり娘のリズィちゃんをダンジョンに引率した時に、低位悪魔と共闘した経験がある。

 先生は短く刈り揃えられたあごひげに指で触れ、不敵な笑みで返す。

「まあこれも、導きってやつだな。《第二の空》と術理院会員、なかなか出会うこともなかろうが、貴重な体験だと思うぜ」

「本当に、有り難みを感じました」

 そうだろう、そうだろう、と先生が僕の肩を叩く。
 その様子を見ていたロザリィさんが口を開いた。

「...してルークン......試練は...どうでしたか?」

「恋を見つけるのが僕の試練だそうです」

「!? おい、そんなこと教えたら」

 ロザリィさんの両目から、カッと閃光がほとばしる。
 閃光? どうして目が光を発するのだろう。

「......リズィ、そちらの調子はどう? ......え? ...ドラゴンが出た? そんなのそっちで何とかしなさい............こういう時くらい役に立って...? こちらはもっと重大ですッ!」

 虚空と対話を始めるロザリィさんの横から司祭の先生が寄ってきて、小声で僕に語りかける。

「…おい、ルークン、《赤い夢》を知らないのか。恋を相談なんかしたら地の果てまで追ってくるぞ…! なんとか理由つけていた方がいい」

「僕は嘘をつきたくありません」

「素晴らしい、素晴らしい心がけなんだが、あれを見ろ。絡まれたらまともな試練にならんことはわかるだろ」

 先生が指差す先では、《遠話》するロザリィさんの長い緩めの3つ編みが怪しげにうごめいている。なんだか、空間に赤いゆらめきまで見えているような。

 化物のオーラだ、と先生は息をのむ。

「何にせよ、協力があるのは有り難いことです。今回の試練は、僕にとってあまりにも高難度ですから」

「だからといってだな、よりにもよってあのお見合いおばさんを当てにするのはどうかと思うぞ」

 お見合いおばさん、と言った所でロザリィさんの動きが固まった。

「昔からラブロマンスを求めて要らぬおせっかいを焼くのが大得意なんだよ。特に自分より若い年頃の恋話になると、性格が変わったようにしゃしゃり出て来てな。ははは、老婆心ってやつかもな」

 ひそひそと笑う先生を無表情で凝視するロザリィさん。

「自分好みの恋模様を求めて、ありとあらゆるテコ入れをしてくるから、覚悟だけはしといた方がいい。最近現役復帰したとはいえ、求める内容は年増のそれだ。まあ、無視しとけばいずれ別の標的を」

「先生、後ろ、後ろ」

 僕が遮ると、先生の顔からみるみる血の気が引いていき、滝のような汗が、だくだくと流れ出した。

「ロ、ロ、ロザリィさんよ、それぞれにそれぞれの自由があるんだぞ。それを邪魔するのはお門違いだって、お、お前の旦那も言ってたよな! そうだよな!?」

「...ええ。それと...私を傷付けるのに......何の関係が.........?」

「悪かった! 俺の悪いクセだ! この埋め合わせは必ず!」

「なら.........竜退治でもしてきなさい......」

 瞬間、先生の姿が消えてしまった。

 ロザリィさんは掃除が終わった後のように両手を叩くと、拳をぎゅっと握った。

「ルークン......早速ギルドに行きましょう...」

「ギルド? 何かあるんですか?」

「作り出しますよ、ルークンの言う何かを......!」

 拳を天に掲げるロザリィさん。

 今の運勢での冒険は避けたかったものの、目を輝かせるロザリィさんの勢いに勝る代案を出すことはできなかった。




 
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